生きることは

2階では20代の娘と息子がきゃっきゃと、笑って、歌を歌ってる。

その母は、今日半日講演を聞いて来た「尊厳死」について考えている。。

午後、先輩の藤原留美さんの会 ホスピタリティ☆プラネットに参加。
今日の講師は「私たちの終わり方 ー延命治療と尊厳死のはざまでー」の著者
真部昌子先生。
お父様は医師で、ご自分は看護師から看護教育、そして法学部に入り直し、その後
人間科学研究科で修士を取られ、教育の道に進まれた方。
ほかにも「ベジタブル」「ストマックチューブ」などの小説も発表されている。

日本人の死因は昭和15年頃は第1位は結核、2位が肺炎など、3位は脳血管疾患 4位は胃腸炎 
5位が老衰。
昭和30年頃から1位は脳血管疾患 2位悪性新生物、 3位は老衰 4位は心疾患。
昭和56年頃から 1位は悪性新生物 2位は脳血管疾患 3位は心疾患。
平成になると1位は悪性新生物 2位は心疾患 3位は脳血管疾患 4位は肺炎 5位不慮の事故。
(国民衛生の動向から)

看護師として現場で直面する「人間の最期のとき」
人の死に方について、話される。

その中で1983年から1990年まで続いたアメリカでの尊厳死の問題
「ナンシー・クルーザー事件」のビデオを見た。

経管・人工栄養を実施するか否か、あるいは中止を誰が決定するのか。

医療技術は進歩すれば、そこには必ず光と影が存在すると先生は続ける。

患者の意志や家族の意志をどこまで尊重し、汲み取れるのか、

限られた医療資源をどのように配分するのか。

家族の負担(経済、身体、精神)はどうなるのか。

医療者側のジレンマは。。。

3年前の父のターミナル期の記憶が蘇り、涙が出た。

海外では口から食べられなくなったとき、それは自然死を受け入れる事につながっていくという。

ビデオのなかでは、娘の自然死をじっと待つ、家族の顔。。。憔悴している。
自分たちが選んだ判断は正しかったと言い切りたいのだけど、言葉は詰まる。。。
その世話をしなければならない看護師の苦悩。
医療で、患者を治し、痛みを和らげなければならない医師が、苦悩する。


ひとりひとりが死に方を考えた数時間。

実は私はここに出かける前に
尊厳死ってなんだろうと考えていた。

私の答えは  「尊厳死は その人の生きる姿、生き方」 

その人が生きて来た姿を考えれば、それにともなって尊厳死が見えて来る。
その生きる姿は命のともしびが消える寸前まで見えるのだ。

そしたら、真部先生はまとめた。

死生観とは本来はその人の普段の生き方なのではないか。。


とにかく濃〜〜い午後だったあ。

アンケートのなかに、こんなのがあった。

あなたは回復の見込めず、口から食べられなくなったとき、どこまで医療措置を望みますか?

延命措置は望まない、痛みを緩和するだけでよい。
点滴 (輸血、栄養剤)
胃ろう
経管栄養
酸素吸入
人工呼吸器
その他

あなたが感じているご自身の終末期の不安は何ですか?

孤独、経済的行き詰まり、死への恐怖、ガンの痛み、病気の苦しみ、家族に迷惑をかける
その他。

う==ん
私の不安は、やっぱり猫たちのことかな〜〜〜〜〜



おすすめの本
「私たちの終わり方 ー嚥名著量と尊厳死のはざまで」 真部昌子 学研新書
「いつ死なせるか ハーマン病院倫理委員会の六ケ月」 リサ・べルキン 中央法規
「いのちの砂時計 終末医療はいま」 共同通信社社会部 日本評論社

おすすめ映画
「ミリオンダラー・ベイビー」 アメリカ
「海を飛ぶ夢」スペイン

自分の終わり方、もやっとだけれども、見えて来たような気がした。。

でもね、命が終わる時って、やっぱり自分自身で決めてるような気がするんだけど。。
父の「ニヤッ」と笑ったような最期の顔、決して忘れる事はない。


追記
帰り際に先輩の好意で、セミナーの案内をした。
そのあと、ひとりの女性が近づいて来た。
ーこの会はどこで集まってるんですか?
ーレビーって何ですか?どんな違いがあるんですか?
80代の母親がアルツハイマーで、アリセプトを飲むと具合が悪くなるという。
ひとりで暮らしたいという意思を尊重して、通い介護をしているが
自分自身の健康に自信がない。どこかの集まり等にでかけることはできない。
不安げな顔を見て、心配になった。パソコンはしない。情報は入らない。
困っている事はと聞いてみた。
自分の状況を知らないだれかでも話すことで、すこしは心が楽になるかもしれないと思った。
暗い谷間にいて、不安の日々に苛まれ、情報も手に入れられない、、こういう方たちに
周囲はもっと気がついてほしい。
ケアマネやヘルパーや医師や、みんなが気を配ってほしい。
緊張した面持ちがほんの少し、明るくなって、お別れした。
私の思い違いか、軽い笑みが見えたと思った。がんばって。





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Commented by hokehoke at 2009-09-06 12:50 x
尊厳死と言うのは、医師にとっても重い課題です。
医師の役割は、とにかく病を治して長生きをさせることと言う立場に立つと
人の死=医療(医師)の敗北と言う図式になり、尊厳死は受け入れらえないと言うことになりがちだし、とにかく回復させ寿命を延ばすことが医師(医療)の役目と割り切れば、心理的には楽になります。
尊厳死の問題から医師は逃げ出した方が楽なのです。
私は在宅医療を中心としていましたので、その方の看取りまで責任を持つ必要があります。そういう意味で、人の死=医療の敗北と言う考えから言えば、必ず医師の負けと言う環境にありました。その過程で末期の医療は、ご家族と本人に死をいかに受容してもらうかと言う観点で対応してきました。そう考えないと終末期の医療は成り立ちません。
最も対象が80台後半から90歳代の方が大部分っですから、尊厳死を受け入れることは、それほど心理的な負担になりません。
以下続く
Commented by hokehoke at 2009-09-06 12:51 x
むしろ急性期で若い方々を対象にしているときの方がつらかったです。どうにもならないと分かっていても万に一つの奇跡を願って一生懸命治療にあたったことを思い出します。どこで見切るのか?我々医師は神ではありません。でもその方の運命を決めるカギを持たされたら・・・・。我々医師は神ではありません。そのカギを開けるのか閉めるのか。どうするのが良いのか悩みます。最後はご家族に決めて頂くしかないのです。一般の方は、肉親の死が目の前に迫らないと考えられません。尊厳死を本当に望む方は、ご家族や親族(ご自分のお子さんたち)と常にこの問題を意識して話し合ってもらうしかないと思います。
Commented by ygracia at 2009-09-06 13:21 x
hokehoke先生、コメントありがとうございます。
お医者様の立場からのお話、感無量です。
まさに、
「尊厳死を本当に望む方は、ご家族や親族(ご自分のお子さんたち)と常にこの問題を意識して話し合ってもらうしかないと思います。」
この通りで、避けないで話し合って行く事、大事だと思います。
Commented by かめこ at 2009-09-07 23:08 x
「尊厳死は その人の生きる姿、生き方」 私もそう思います。

遺伝性の病気が分かった子ども時代から、「病気」「結婚」「出産」「命」については考えてきました。
学校がキリスト教だったせいか、「生きる」「死ぬ」も、考えてきて、
母が認知症になってからは、「尊厳死」について考えた、というか、母の終末期についての私の答えは直ぐ出ました。
弟とも話し合いましたが、
実際直面した時には、どういう感情を持つのでしょうね。

そういえば、父は主治医に希望(何もしない)を話していて、主治医は私たちに、「それでいいですか?」と尋ねられました。
今、思い返しても、私自身にも悔いがありません。
父の生き方を、父の望むとおりに支えられたと思えています。

自分のことは、大病をしたときも「死」は考えなくて、「どう生きるか」考えました。
でも、そういえば、こういう話題が出るたびに、夫とは軽く希望を伝えあっています。
意識して話すのではなくて、軽く。
でも、多分お互いに、重く受け止めています。
ああ、そういえば、義母も、おしゃべりの中で何度も言っていたわ。

こういうテーマの講演会に、私も出席したいです。
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by ygracia | 2009-09-06 01:19 | 今日のお話 | Comments(4)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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