2005年

新年明けましておめでとうございます。
ことしもよろしく。

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年末28日に退院した母の世話ですべてが振り回されて、とにかく皆大変。
母に言わせると、母が一番がまんしているらしいが、数分まえのことも定かではないので
いちいち気にすることもないのだが、私はすべてに混乱した。

一日目は私も緊張してやるべきことをやり、満足していたが、
翌日にはもうめげた。
夜、眠ることもできず、昼間もうたたねすることもできず、
母のトイレに振り回され続ける。
ちょっとでも遅れようものなら、鬼のような顔で訴える。
呼び出し用のボタンをわたしても父を使って私を呼ぶ。
10分から15分でトイレだと言うので膀胱炎かと思ったが、
たまたま父の世話をして、母を待たせるとテレビを見だして
母のそばに行くと「ベット直してよ」と言う。トイレは忘れている。

病院のように間に合わないときはパッドにしてくれるといいのだが
「ぜったいできない」と言う。
寝る前になると大丈夫、パッドにするから、そのほうが眠れるし・・と
期待したのもつかの間、私は一晩ねむることはできない。
昨日、おとといは母との戦いで
「おかあさんにつきっきりではいられないのよ」
「動けない私をおいていこうっていうの!」

母も私を忘れる。
母が女学校のときに生まれた、姉の娘の名前を呼び続ける。
よっぽどかわいかったのだろう。
ひととおり、姪や、甥の名前を言ってから私の名前が出てくる。

疲れ果ててた朝、私は息子に言った。
「お○○こ、だめ!って言ったって、無理よね・・・」
「そうだね」
「言われるままに世話してあげるほうが平和よね・・・」
「あのさ、救急救命センターの医者に近いものがあるよね~」
「???」
「仮眠取る暇もなく、呼ばれていくんだよね~」
「・・・」

あきらめてみたり、母にあたってみたり、家族に愚痴こぼしたり・・・

息子にトイレ介助教えたものの、息子が飛んで言ってくれても
母の剣幕にまけて私を呼びに来る。
そんなんでもすこ~し楽だ。

これを書いている今も母が叫んだ。
「だれか、起きて~、はやく、はやく」
しばらく聞いてから行ってみると、
「パンツを切って~」
からだの位置をかえ、さすって、右に倒れないようにし、
説得。
母は右が麻痺。ひどくはないが右にすべて傾く。
右をしたにしてねてしまうと、身動きがとれず、よれたパジャマなども
ひっぱれないのでくるしい体勢になる。
それでもくせで右をしたにして寝てしまう。
しびれるたびに、「パンツを切って~」
となる。

昨日は父がぴー○ーになり、その処理をしておわったと思ったところで
母がにおう。
「あれ、どうしたの」
「お○○こはパッドにしなさいっていったじゃない、だからしたわよ、できた」
「・・・」

もう泣きたくなった。
現実、今朝10分おきに起こされたときは泣いた。
「おかあさん、もうできないよ~」って。

今日は父がデイにいったので、母に暗示をかけた。
「おかあさん、わたし剛の受験の振込みがあるから、出かける、
お○○こ、がまんできなかったら、お願い、パッドにしてね」
「わかった、どのくらいでかえってくる?」
「2時間くらい」
「行っておいで」

実際には私が足の痛みを耐えられなくなり、用を済ませて買い物もせず
すぐに帰ってきたので母は1時間弱の我慢だったのだが、
その後も2時間したらトイレにしてみた。
途中、よばれてもすぐにいかないでいると、テレビを見ている。
あまり我慢させて膀胱炎になってもいけないので注意しながらやってみたが
今日は、うまくいって、しっかり尿もでたので本人も落ち着いていた。

父は、せん妄がすこしでているが、せん妄状態でも楽しそうで
私たちも笑ってしまう。
父のほうがまともに見えてしまうし、ぜんぜん問題ないじゃないと
家族一同いま、思っている。
by ygracia | 2005-01-04 23:33 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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