御礼

コメントをいただいたみなさまへ

母はとびきりのおしゃれをして、迎えに来た父と光の階段を登って行きました。

友が、「静かでやさしい葬儀だった」と言ってくれましたので
そうだったのだろうと思います。

わずかの親類と私の友人たちとホームでお世話になった担当主任介護士のおふたり、
ご近所で母を慕ってくださった方たち、そして
教会の方々だけというほんとうに小さな小さな葬儀でした。

いろんなことがあったけれど、ホームでの生活を支えてくださった
若いふたりの顔を見たら、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

コメントにもちゃんとお返事しない私なのに、いっぱい言葉を頂いて
嬉しく嬉しく、ひとつづつかみしめながら、読ませていただきました。

また、おもいがけないお花を送ってくださった方にも感謝します。

母はお花を愛した人なので、お花葬にしました。
いっぱいのお花、そして、おおぶりの胡蝶蘭に囲まれて、眠り、
帰宅してからもたくさんのお花に囲まれて、、しあわせだと思います。

初めてコメント下さったTomyさん、私も応援しています。


私はというと、今は喪失感というよりも、虚脱感が強く、
始動するのにはもう少し時間が
必要かと感じています。

といってもひきこもりでもないので、ご心配なく。

母のターミナル、そして思ったことなど、また少しづつアップしていきます。

介護はほんとうに百人百様。
みなそれぞれの背景のなかに生きています。

ただひとつ今、言えることは、「命」はただひとつ、自分のもので、
ほかの誰にも指示できるものではなくて、
命尽きるまで自分の生き方を人間はしているのではないかと
感じています。
たとえ、すべてにおいて生きるためにサポートされている人、でもです。
「命」にはその人の使命があるのだと感じています。

いままでは、「命」を丸ごと預かるって大変だ、と思ってたんですが、
そういうこと自体、おこがましいことだったと今は感じています。



みなさま、ありがとうございました。
by ygracia | 2012-02-07 00:03 | 母の記録


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