「わたし」の人生(みち)我が命のタンゴ

認知症の映画を見たいと思える人は仲間しかいなかったから、
ゆるりさんをひっぱりだして、銀座まで出かけた。

久しぶりの銀座、歩行者天国はあいかわらず人が溢れかえってた。

ちいさなミニシアター系の古い映画館。
階段しかないので、腰の曲がった方もえっちらおっちら、
降りたり登ったりで、席まで。
椅子は大きめゆったりで、ラクチンだった。

介護が百人百様なのは、その家族の背景が異なるからだけど、
この映画は、大学の名誉教授で、娘もジャーナリズムの教授という
設定。
知識レベルが高いと思われる一家が、認知症にも介護にも
詳しくはなかったとこから始まる。

でもどこのうちでもそんなものだと思った。
まして、しっかりものの、人生高歴の父がおかしくなるなって
だれも思ってない。
私だって、80の父の姿に、まだまだ100まで仕事できると
思ってた。
介護サービスの内容だって、そんなに知りもしなかったし
知ろうともしてなかった。

設定が前頭側頭型認知症だったことがちょっと驚きだった。

映画開始から、涙の私。
やばいと思いながら、もう秋吉久美子が演じる長女に
入り込んでしまった。
小柄風な橋爪功も父に見え出した、やばい。
でも前頭側頭型認知症は、母を思い出した、、やっぱりなああ。

そうなのよ、そうなのよと思いながら、見続ける。
周囲からは落ち度のない人だろうと
思われながら、だけど心も頭も大混乱。
ほおりなげたい、、ほおりなげたい、けどできない。

どんどん壊れて行く父親。

職も失い、涙にむせながら外で今川焼きをほおばるシーン。
こっちまで胸も喉も苦しくなっちゃって、あんこの味まで
してきちゃった。
感情移入しすぎで、反省。
でも同じようなことあったんだ。あんこをかじって
飲み込みようにも喉通らず、涙の塩味と、
そしてやっと噛み砕いたはずの味は砂の味なのだった。。。け。

胸が痛くなってきた。

次女が歌う、アルゼンチンタンゴの歌詞に完全に涙が溢れ返っちゃった。

有名な曲だけど、なんだったかなあ。
だけど、私を忘れないで、、みたいな。

映画の内容に重ねてた。

タンゴのリズム、言われてみれば心臓の鼓動に近く、
ステップだけなら、非常に良い運動になる。

小倉久寛演じる、医師もたんたんとしてて良かった。

「認知症は治らないし、、」とさりげなくいうところが
最初は、私としては、なぬっーー!だったんだけど、
そのあとのせりふが、かならず家族を救い上げることばになるのだ。

入居者の死を悲しむ介護士に
「死ぬときに幸せだったと思ってもらうために自分たちがいる」
とすごく自然に語る姿もよかったなあ。

鬱ぽくなってる長女にそれとなく言葉をかけて次の道を知らせて行く。

これって、やっぱり医師の性格にかかってくるなあ。

キリキリ、かりかりの長女を取り巻く、夫、娘、妹、
いちばん心配しているのに上手に向かい合えない長女。

アルゼンチンで成功していた妹はなんのためらいもなく
認知症の方々のなかに溶け込んで行く。
そしてタンゴが父と長女をまた結びつける。

「私は前頭側頭型認知症なんですって。」
「お、奇遇ですな、私もその前頭側頭型でして」
「まッ、おそろい!」

通所サービスの仲間が言った〜

「どうせ生きるなら、たのしくやろうや」

ほりさげてはいない。
ある家族に起きたことを大きく捉えて浅すぎず、広すぎず、深すぎず
大げさではなく、また認知症になっても生きる人間の姿、
ごくごく自然に描かれていた。

ま、つっこめば、金物屋にきたヘルパーさんが
「おじいちゃん」と言ったこと。
ゆるりさんとも「名前」で呼ばなくちゃ行けないのでは、、って。
ま、親しくなったと仮定してるのか。
でもそのあと、「おじいちゃんって呼ぶな」というせりふが
あったから、そのために使ったのか。。
なんて、現場を知り過ぎてる人たちは結構つっこむかも。
ほかにも施設での介護士のせりふとか、、いろいろね。

やっぱりね、人の手を借りて生きなくてはならなくなるけど、
自分がどう生きるか、そして認知症になっても
その生き方を忘れずに、がんばりたいなあって思っちゃった。
周囲は良い迷惑かも。
可愛くないおばあちゃんで、結構よって、言いたい、、かも〜

パーソンセンタードケアよりもまずは誰のマネもしない
自分の生き方を信じるべきだって思った。
そして認知症であろうがなかろうが、人として
尊敬しあえば、人は自然に生きて行かれる。



それより、ミニシアター系の映画の予告があったけど、
どれもこれも見てみたいのばかりだった。

屋根裏部屋のマリアたち
人生いろどり
みんなで一緒に暮らしたら
ニッポンの嘘
そして友よ、静かに死ね
The Lady 引き裂かれた愛(アーサン・スーチーの半生)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「おとうさん、どこまでもつきあうけん」

この言葉と同じようなことを母の手をとり、父と腕を組み
三人でがんばろうって声した日があった。

秋吉久美子は静かに言ったけど、こころのなかは燃えるように熱かっただろうか。。


わたし」の人生(みち) 我が命のタンゴ


フランス映画
「みんなで一緒に暮らしたら」

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by ygracia | 2012-08-13 15:21 | 気まぐれなお話


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