結論

夕べは午前2時17分から母のてっちゃんコールが始まった。
私の体がどうにも動かないのでパッドもしていることだし、行かなかった。
そして、15分から20分くらいの休みをいれながら、
「てっちゃあん、としこ~ひでこ~(全部私の名前ではない)」をくりかえし、
朝の6時40分まで続いた。

8時前に病院へ向かわなければならないので
トイレに連れて行き、服を着替えさせ、朝食をとり、準備。
出かける間際に父のパンを焼き、ミルクを電子レンジにいれたが、
ミルクがわからなくて、うろうろしてたので出してテーブルへ。

母はトイレにいってしまうと、もうよその人。
いままでの騒ぎはなんだったのか。
でも私の名前は呼ばない。

整形外科で新しい外科の先生に診察を受ける。
結論。
骨頭の骨折は骨はまったくついておらず、3本のピンも
数ミリづれてきている。
悪い状態だ。
老健などかんがえられる段階ではなかった。
トイレ全介助に逆戻り。
このごろ、自分でたちあがってもらってたが、それもいけなかった。
1ヵ月後に以前の大腿骨の骨折部分も検査する。
また骨密度もだ。
母の骨は、いい方のあしももう外側のうすーい骨しかない。
悪くすると、背骨骨折もありうると言われた。

先生もこういう骨折を繰り返しているとほとんどが寝たきりになると言った。
唯一、ベットの上で、動くところはすこしでも動かして筋力をつけるようにと
言われた。

帰ってきてからどっと疲れが出た。
母はまたトイレコールになり、一回でもパッドにしてというと
泣きまねをした、私の顔色を片目でうかがっているのだ。
母は昔の母ではない。

父も疲れたという。
夕べ私が眠れなかったように、父も眠っていない。

母と戦ってもまったく意味がない。
母のトイレコールに適当に付き合えるようになるよりほかない。
でも15分で呼ばれるとさすがにムッとなる。
母はでるでると大騒ぎ。
でもさっきしたのだからちょっとしかでない。
整形の先生はたぶん、ベットで横になっている分、尿意を感じやすいのだ、
また膀胱炎にもなりやすいから水分いっぱいとって、流すよりほかないって。
あ~結局私は母のトイレコールから逃れられないわけだ。

3月にショートステイを頼んだ。
今日は4月分も申し込んだ。
あたるといいな。
ショートにいってもらって、また私は体を休め、つぎの日々へ
つなげなければならない。
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by ygracia | 2005-02-02 21:56 | 今日のお話


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