支えること

今日も楽しい時間を過ごして来た。

生活するために日本語を学ぶ人たちと過ごすようになって、もうウン十年。

いつも、「気持ち」を想う。

朝起きて、今日の日付は、日本語で言えない。

住所を聞かれても良くわからない。

自国語でも確実には言えない。

私はいったいどこにいる、だれ。

先生たちは英語を使いたがる。

自分は大学院まで出ているのに、だれもそれは知らない。

病院で初診受付を書いて下さいと言われたけど書けない。

痛い。

プライド。

まだ電車に乗ったことがない。

いくら勉強しても日本語が難しい。

親の都合で日本に突然来た、納得できない、荒れる。

自国で学校に行った事がない。

勉強したいけど、働くことが先決。

辛い。

自国語で溢れる思いを涙目で語る若者。

自分を認めてくれる人がいて嬉しい。

私、子供のためにがんばりたい。

自信を持って話していたことば、「どうこも」→「docomo」だった。

悔しい。

先生、どうしよう。

いろんな思いがいっぱい。

ちょっと手を貸して整理することを手伝ってあげるだけ。


今日は来年の目標をふたりで決めた。
私も伴走者。

大切な時間。
by ygracia | 2013-05-14 01:31 | 気まぐれなお話


<< それぞれの介護、それぞれの人生 母の日に >>