わたしのきもちは

「死」について書いてみたら、みんな突然覗きにきたようで。。

最期のときって、個人はあまり語ってないから?

レビーは初期、中期、後期といういい方はしない。
なぜなら、医療と介護のバランスで、階段3段下がっても、また適切な対応で
階段5段登れちゃうから。
その繰り返し。

だが、どうしてもターミナルはやってくる。
自然に進行していってターミナル。
これは認知症にかかわらず、人間としてのターミナル。

ところがここで、家族はおおあわてする。
まだ復活のチャンスはぜったいある、と信じるから、いろいろチャレンジしようと
考える。
もちろん、チャレンジはそれぞれの決断であり、まったく自由な選択だから
それでもいいのだ。
またそれに応えて、復活するかもしれないし。

でも、何かから逃げている。

それは「死」を考えたくない、知らないから。

知り合いのおばあちゃんは、朝家族みんなで食事をして、
元気に美容院にでかけ、帰って来てお部屋を片付けて
夜、きれいなお布団にねて、去って行った。

私の祖母は、寝たきりになってから家族をひとりひとり枕元に呼んで、話をしていた。
私も呼ばれたが、「ゆみこ、あそこにね、ゆみこのすきなおせんべいを買っておいたから、
黒い缶のだよ、ひとりで食べていいんだからね、ゆみこのだからね」と
シャキシャキの江戸弁で言った。眠って、シャキーンと去って行った。
私はいつも特別扱いの孫だったから。。

大好きな伯父は、みんなが集まってて、だけど最期まで元気だぞと
見せてた。かっこよく去った。

伯母は好きなもの食べてしんでくのが何が悪い?と好きなようにして
亡くなった。伯母らしいダイナミックな去り方だった。

友は私を心配させないように、何にも言わずに「私は元気よ」電話くれて
突然去った。

幼なじみは「おとなになってからもっと話せばよかった」と手紙をくれて
去っていった。

こうやってみると、みなほんとに、生きてたように死んで行くとつくづく思う。

となると、私はひっちゃかめっちゃか?????
とにもかくにも、部屋だけは片付けておくか。

そうそう、医師は、生物学的には死を知っているけれど、また科学を超える死も
あることを知ってるから、家族へ伝えることばが、へたくそになる。

と、思う。

ま、これも人それぞれ、最初からこころ広くあたたかい医師もいるもんね。

「死」のこと、知りたかった人にはいいけど、知りたくなかった人は私の記事
のぞいちゃって、嫌な気分になったのかもしれない。


人間いつかは死ぬ、と思ってれば、今は楽しくすごそうや〜〜って思うのは私だけ?
夫はゆみこさんはいつもいつもケセラセラじゃないか、計画性がまったくない、と怒る。
まあね。

で、ここ数日、認知症にもなんにも関係ない日々。
地域猫活動のおばさんがやってきて、協力要請があり、私もお手伝いすることにした。
つかまえて手術してリリース。
この地域から5年後、10年後にはかわいそうな猫をなくそうということ。
リリースしたら責任もってエサはやる。
私のうちがわりとエサやりしやすいので、ここでするのだけど、
TNR終了のお試し猫ちゃんをつれてきたのだけど、、やはりむずかしい。
なわばりもあるしね。元の地域でもなかまはずれとのこと。
とりあえず来たら、あげる。
来週は、我が家の外ねこ、ちびこの捕獲。さ〜てどうなるか。

お友達はセミプロのシャンソン歌手、数年ぶりで歌声を聞きに行く。
お客さんは10名ほどで、ぜいたく極まりない空間。
グランドピアノの横に陣取って、たっぷり音楽を堪能してきた。

ひさしぶりで、香水つけて、お化粧して、頭盛って??、いちばん嬉しかったのは
ハンドバッグを持ってでかけたこと。

だって〜〜いっつもトートバックか、リュックでしょ、だから
こぶりのバックでおでかけ、うれしい〜〜

シャンソンはプチ人生劇場、歌を聞きながら、映像が浮かび上がる。
こころが揺れる。
このお友達と会う前はシャンソンはあまりわからなかったのに、
彼女のアルファー波の溢れる声に魅了されてから、
すっとこころに入って来た。

また今回は大御所のプロの松宮一葉さんが参加されたので、
も==すごいのなんのって。
映画を見たみたいな感覚で、ずっと声とピアノに酔いしれた。

もちろん、友だちもほんと、素敵!だった。


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by ygracia | 2013-06-01 14:08 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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