2005年 06月 21日
見えない介護生活
介護に関係する掲示板を見ていると介護の実態がなんとなく見えてくる。
まず、介護する家族の無知さ。
次に認知症に対しての考え方の相違。これは地域の医者の考え方も
見えてくる。「年のせい」「こんなもんでしょ」そして、ありきたりの投薬。
これは認知症専門医が少ないことも原因のひとつだ。
そして広く考えれば、専門外来も少ない。
精神科にいくのか、神経内科にいくのか。
精神科にいくことに躊躇する家族もまだまだ多い。
悲しいことに、認知症とわかるとすぐ、精神病棟入院と思っている人も多いのだ。
介護保険のシステムも家族に介護を必要とする人がでてこないと
ほとんどはわからないだろう。
だから、介護サービスの内容ももちろんわかるはずがない。
ひとりで介護をはじめて苦しんでいる人、壁に突き当たる人、
たくさんいる。
そういう人の場合、ケアマネージャーにも事業所にも恵まれていない。
これはまた、介護に関する事業所の基準の甘さにもつながっているのだ。
事業所でサービス内容も異なるし、ヘルパー、ケアマネの質も
大いに異なっているし。
先月、ひょんなことで某テレビ局の朝、10じからの番組から
介護生活の取材をさせてほしいと電話がきた。
こちらはそんな精神状態ではないし、切って張っての番組にも
貢献したくないし、いちばんはそのプロデューサーのため口に
腹立ったので・・・・
ま、そのやりとりのなかで「見えない介護」ということばが
何回か出てきた。
メディアの使命は介護生活を世間に知らしめること?
どうにも在宅介護がむずかしくなったときに家族は大いに悩む。
受け入れてくれる施設がないということ。
特養は2~5年待ち。
老健は3ヶ月待ち。
有料老人ホームは経費の高さに問題あり。
その老人ホームも金銭トラブルを避けるためということで年金手帳、貯金通帳を
渡さないと入居できないところも多いのだ。(昔からの慣例らしい)
お年寄りの人権もなんにも尊重されない。
老人病院など、最たるものだ。
家族が見ていなければ「死へのベルトコンベアー」状態で尊厳なぞありはしない。
悲しみのかたまり ではなく、暖かいひだまりのような、介護生活がみな、できればいいのに。
まず、介護する家族の無知さ。
次に認知症に対しての考え方の相違。これは地域の医者の考え方も
見えてくる。「年のせい」「こんなもんでしょ」そして、ありきたりの投薬。
これは認知症専門医が少ないことも原因のひとつだ。
そして広く考えれば、専門外来も少ない。
精神科にいくのか、神経内科にいくのか。
精神科にいくことに躊躇する家族もまだまだ多い。
悲しいことに、認知症とわかるとすぐ、精神病棟入院と思っている人も多いのだ。
介護保険のシステムも家族に介護を必要とする人がでてこないと
ほとんどはわからないだろう。
だから、介護サービスの内容ももちろんわかるはずがない。
ひとりで介護をはじめて苦しんでいる人、壁に突き当たる人、
たくさんいる。
そういう人の場合、ケアマネージャーにも事業所にも恵まれていない。
これはまた、介護に関する事業所の基準の甘さにもつながっているのだ。
事業所でサービス内容も異なるし、ヘルパー、ケアマネの質も
大いに異なっているし。
先月、ひょんなことで某テレビ局の朝、10じからの番組から
介護生活の取材をさせてほしいと電話がきた。
こちらはそんな精神状態ではないし、切って張っての番組にも
貢献したくないし、いちばんはそのプロデューサーのため口に
腹立ったので・・・・
ま、そのやりとりのなかで「見えない介護」ということばが
何回か出てきた。
メディアの使命は介護生活を世間に知らしめること?
どうにも在宅介護がむずかしくなったときに家族は大いに悩む。
受け入れてくれる施設がないということ。
特養は2~5年待ち。
老健は3ヶ月待ち。
有料老人ホームは経費の高さに問題あり。
その老人ホームも金銭トラブルを避けるためということで年金手帳、貯金通帳を
渡さないと入居できないところも多いのだ。(昔からの慣例らしい)
お年寄りの人権もなんにも尊重されない。
老人病院など、最たるものだ。
家族が見ていなければ「死へのベルトコンベアー」状態で尊厳なぞありはしない。
悲しみのかたまり
by ygracia
| 2005-06-21 19:12
| 介護に思う