デイ

今日も小雨のなか父はデイに出かけた。
意思表示が無反応な日でも着替えを始めるとデイの日だと
気がつくようで、バスが来て、職員の顔を見ると
元気に片手をあげる。

このデイに変えたのは4月。
痴呆専門、少人数(10人)制。
グループホームの通所型と言っていいだろう。
自分のペースにあわせて、一日を過ごせる。
職員4~6人にボランティアが3~4人入る。
だからマンツーマンと言っていいくらい。

ここの職員の質は高レベル。
段階で評価させていただけば、Aランクだ。
なぜなら、手が足りている(足りていないかもしれないけど)と言うことで心の余裕があり
お年寄り、ひとりひとりの性質をしっかり見ているからだ。
医療、心理に関しても高レベル。
また介護者、家族ケアも怠らない。

父は午前中はソファでゆっくりし、午後は絵を描いたり、
ボールゲームなどで体を動かしている。
公園に散歩も行く、スーパーにも行く。

帰りのバスの中のお年寄りの顔はみなすっきりした顔だ。
お互いに気遣いあい、それもまたお年寄りたちの自己確立に
役立っているのだ。
家に帰れば、包丁も持たせてもらえないおばあちゃんが
デイでは上手に果物をむき、みなに配る。
漬物も上手に漬ける。
洗い物もガーデニングもやる。
父は昔バラをそだてていたから、きっとまたみんなと花をいじるだろう。

その人の残存能力を十分に生かし、自己に自信を持たせてあげて
穏やかに生きること。
家族は以前の状態と比較して、「だめになった」とおもうけど、
お年寄りにしてみれば、脳の作動がゆっくりになり、動作も遅くなり、
視界も曇り、だけど時間をかければなんでもトライできる・・・

父が認知症と診断されたとき、父は鬱状態だった。
笑うこともなくすぐに横になった。
医師は「そのままでいい、ふつうでいい」といいつづけた。

たしかに与えられた命を自然のままにまかせて、寿命をまっとうするのも
一理ある。
でも私はそのとき思った。
父は努力の人だ。なんでもトライする人だ。
「おとうさん、がんばってみようよ、りょうこが一級建築士に、ごうが医者になるのを
しっかり見届けようよ」
父は「うん」と言った。

無理のない、小さな努力で父は元気に生活できている。
あのままだったら今頃どうなっていたかと・・
筋力もちょっとした体操でみごとに戻る。

本人が今日を元気に過ごしたいと願う限り、私も協力したい。
デイのちからも多いに借りて。
by ygracia | 2005-07-23 09:45 | 介護に思う


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