父緊急入院

14日夜、父は救急車でE病院に運ばれた。
いつもいつも断られるのに、今回は運良く受け入れられた。

朝から食事拒否していた父、なんだかんだで
夕食は食べるというのでほんのすこし、用意して
アガロリーを足して、夕食終了。
しばらくテレビを見ていたが、寒いといい始めた。
つぎに大きな震えがきた。
今まで見たことないくらいの震え方だ。

娘を呼び、クリニックの看護師さんの携帯に電話。
毎晩話しているのでほんと助かった。
どうも肺炎のような気がするというと
「家族がいちばんわかるから」という。
それでも在宅の方向で話していたのだが、
やはり救急だと私は判断した。

毎回搬送先でもめるから、先にE病院に電話してみる。
話し振りでは車で個人的につれてくるぶんには診察はするという感じ。
救急車をよぶというと、じゃ、救急隊員に電話させて
それから医師につなぐという。でも受け入れはできるかどうか
分からないという返事。
なんなんだ。
それで先週お世話になったH病院に電話。
救急が混雑してて、10分か15分後に電話してという。
決めた、
救急車を呼んだ。
12月にさんざんもめた救急隊員がやってきた。
「このまえもきましたよね」
E病院には電話してこうだったと話す。
じゃ、H病院にしますか、
でもEにしてみてください。
じゃ、といって、かれはすごくうまく電話いれてくれた。
そしてすぐOK。
「入院のことは言ってないから。先生にみてもらえば、
もうだいじょうぶ」

女医さんにいろいろむっと来ることいわれたけど
がまんがまん。

肺の音はそんなに悪くないという。
しかし、レントゲンと血液検査の結果、
「誤嚥性肺炎」
パルオキシメーターも85.
いつもなら97か98なのに。
と思ってたら、酸素マスクがやってきた。

点滴は足首から。
採血はソケイ部の動脈から。

家で震えがきたとき、父は「なんだか変だ」
といい、救急車をよぶといったら、
「はやくしてくれ」とまともに言った。
なぜか頭はいままでより、クリア。

入院病棟に行くと、顔見知りの看護師の方たち。
なんだか安心した。

家に戻ったのは夜中の12時過ぎ。

15日は朝いちで私の内科の診察。
父のオムツや着替えをもったまま、診察と採血採尿。
病棟にいくと比較的しっかりした父。
熱はまだそんなに下がっていない。
背中にアイスノンがひいてあった。

戻って母をつれてホームへ。
ゆうべ救急車がきたとき、母は私に言った
「あしたのご飯どうするの」
私がいなくなると困ると思ったらしい。
「おとうさん、意識ないの?」

ホームへ連絡して予定より早く戻ることを伝えた。
車にのると「私、どこへいくの?」
また同じ説明をして、今こういう状況だから
おかあさんはホームで過ごして楽しんでほしいというと、
「わかったよ」

母を送り届けて、家にもどったが、疲れて動けない。
すこしうとうとして、夕方、父の必要なものを買いに行く。
このごろ、買い物してなくてパジャマも上下ばらばらでよれよれなので
買う。でもSサイズはなかなかなくて困る。
病院は暑いから薄手でいいのだが、それも今の時期ない。
以前から言われていた前あきの下着も買う。
タオルも。

その足で病院へ。
ミトンをされた父、どうも酸素マスクをはずすようだ。
先生がきて、薬ののませるためのチューブの鼻からの装着を
はじめる。
あ父の食道はしっかりとじているらしい。
なかなかうまくいかないので口をあける器械とチューブをはさむ
はさみで中にいれてた。
娘がずっと父の手をにぎっていたので
なんとか父もがんばってた。
娘の声にも話にも一番安心する父なので
卒論もおわったことだし、娘が多いに働くことになる。

もう病院に任せる状態だ。
食事もないので介助もない。
4人部屋でなかなか自由なお話もできない。
今回は静かな私になっている。

そしてまたおおきなポカをした。
明日、私自身、糖負荷検査なのに、
すっかり忘れて、夜9時すぎから大いにたべて、飲んでしまった。
明日の朝、電話して変更しなきゃならない。
1日にいろんなことありすぎて、すっかり忘れてしまった。

父のこと、心配だけど先ずは肺炎の治療しかない。
by ygracia | 2006-02-16 01:07 | 今日のお話


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