入院中3(胃ろうへ)

20,21日も変わりなく、父を夕方訪れる。
ほとんど寝ている。
熱はさがっているらしい。
食事は鼻チューブから。

22日、私の診察があったので済んだから、朝いちで父のところへ。
ちょうど検査に行く父と出くわす。
目はしっかりあいていて、病室の外へ出たのがウレシそうに
周りをみていた。
私には反応なし。
夕方から個室に移れるそうなので、荷物を整理し、私はいったん家に帰る。

夕方いくともう父は個室でのびのびと寝ていた。
カーテンで閉ざされることもなく安心したようだ。

「食事の用意ができました、食堂で召し上がる方は・・・」
の放送をきいて、私に合図する父。
父の食事は鼻チューブからの流動食。
「おとうさん、おなかすいた?」
「おなか、すいたよ」

う~ん、父のチューブに流れる液体を見ながら
いろんなことを考えてしまう。

救急で運ばれたとき、女医さんが私にふたつの選択肢をだした。

経管栄養をなぜ考えなかったのかと問われた。

訪問診療の先生は先回の入院のあと、来てくれて、
「まだ点滴しなくてだいじょうぶだ」
といってくださったし、なんとか口からたべてもらっていたし・・・

女医さんは続けた。
「このまま帰宅してからも経口で続ければ自然に衰えていくでしょう
それを選ぶか、胃ろうにして、足りない栄養と水分を補給して
長生きしてもらうか、ご家族で考えてください」
「・・・」

胃ろうに対して、詳しいことはまだ勉強していなかったから
これを選んだら、二度と口からご飯を食べさせてあげられなくなると
思っていた。
でも口からも好きなものを食べてよいという。
あくまで足りない分を補給するのに使うという。
でも経口にすればやっぱり誤嚥性肺炎は繰り返すだろうし・・・・

父の意識は寝たきりになってからのほうがはっきりしている。
フリーズすることがすくなくなったせいか、
私や孫との会話もスムーズなのだ。

この意識がはっきりしているかぎり、やっぱり父には長生きしてもらいたい。

意識が混濁したら、延命治療はしないことを
母にも了解を得ている。
私自身もそう決めている。
でもきっと、また迷うんだろうな。

「残り火いのちの11年間の介護記録」を読んだ。
以前も読んだけど、もう1回読んだ。
偶然に同じ大学の先輩が書いたものだった。
尊厳死についても書いてあり、
その訪問診療の先生は
「口から食べられなくなったらそれが自然な死へのかたち」
としている。
もちろん、いろいろな身体の機能が衰退しているのだけれど・・
著者自身も点滴をしてくれる先生に途中「浮気」をしたり
悩んでいる。
どこからが延命治療なのかな・・・

ただ、父はまだきっと生きようとしている。
ときどき、
「それも運命」なんていうこともあるけど、
まだまだ元気だ。

「おとうさん、I建設の東京支店の50周年記念で、
ご招待の連絡きたのよ、一応欠席だけど、
建友会の名前はいれておくけど、いいよね」
I建設の名前をきいたとたん、父の目がしっかりした。
支店長を長くつとめ、仕事をいっぱいした時期だし
印象が一番強いのだ。
「車椅子でもいかれたらよかったね」
「うん」
「まずは肺炎なおさなくちゃね」
「うん」

私の悩みは尽きることはない。
それもひとりで考えていかなければならない。
by ygracia | 2006-02-23 01:41 | 胃ろう

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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