人生を思う

昨日母を1日がかりで病院へ連れて行き、午前中整形外科、
いったん帰宅して、午後消化器内科。
今回は結構母がおとなしくしてくれたので助かった。
股関節の骨折もくっつき始めていて先生も喜んだ。
脳梗塞をやった人はホルモンなどの関係で石灰化が進むんだそうな。
それでくっついたのか、エビスタという薬が効いたのかどっちかわからないけど
先生も私もあきらめていたのに、くっついたから良かった、万歳だ。

母は、「ありがとうございます」「あ、そう」と言った。
私はおおげさに良かったね、良かったねと言ってみた。

午後、「私は泊まれないの?」と聞くので
私の具合がよくなくてお母さんの世話をしてあげられないこと
お父さんにも手がかかることを説明すると、
「しかたないね」と言った。

病院は混んでいて駐車場にははいれないのでどうにかしなくちゃと
考え、朝7時に車を駐車場においてきた。
うちから歩いて8分、母は車椅子で病院へ。
ただ私の体力と悪い腰と足と心臓が車椅子の往復に
耐えられなくなっていたので車を先に置くことがいちばんだった。

帰りは母に、蒸しパンとコーヒー牛乳を買い、車の中で食べさせた。
普段なら、糖尿に悪いものは一切あげないけど
楽しみもなくちゃと思い切った。

父のところに寄りたいという母の希望は果たせなかった。
もう私が母の乗り降りに限界だったから。

ホームで元気なスタッフに迎えられると母はもうケロッとしていた。

あわただしさも消え、静かな車の中で
「おとうさん、おかあさん、ありがとう、ごめん」
と言いたくなって、号泣しちゃった。

夫に言わせると父母のめんどうを一生懸命みれることは
幸せなことなんだという。

でも私から言わせてもらうと、やってあげたいこと、やらなければならないことの
半分しかできていない。
父が通い続けていた教会へも顔だしていないし、コンタクトも
取ってないし、父や母の人生をどういう風に整理してあげればいいのかも
わからない。
毎日のことに振り回されるだけだ。

先日私が病院へ行かなかった日の翌日、実は父は
死にかけた。
幸いに主治医もいたのと、あわてたナースたちの必死の思いで
助かっていた。
要するに、午後中、父はほったらかしで父の異変に気がついたのは
夕食の時間だったと言うこと。
父は生きようとする力が強かったらしく、できない呼吸を
必死にしていたらしい。
口の潰瘍にあてたガーゼがのどに詰まっていたのだ。

前日、痰がからんでもナース呼べないし、ナースも来ないし、
それで死んじゃうなら、うちで私が理解できる範囲内で
死ぬほうがいいと、夫に話していたばかりだった。

ただ病院はこのことを話す気があったのか、そこが疑問。
ちょうど騒ぎがおさまったところに私が行ったのだが、
詳しい話があったのは1時間くらいたってからだ。
私の質問には「痰がからんだ」とうそを言っている。
これって、やっぱりクレームだしたほうがいいのかな。
その後、毎日、ナースたちに謝られるのは閉口する。

とにかく父も復活し、また生き始め、母は体調抜群でケロッと生きてるし、
これを感謝しつつ、私自身の人生もきちんと落ち着かせなくちゃ。
振り回されすぎないように・・・
by ygracia | 2006-03-15 18:48 | 今日のお話


<< コメントへのお返事 在宅介護と救急体制 >>