また新たな世界へ一歩と在宅介護の難しさ

口腔介護、リハビリテーションの相談室に行ってきた。
歯科衛生士などが相談に乗ってくれるのかと思ってたら、
医師のK先生。
明瞭かつ迅速で、E病院のN先生、訪問のKN先生、くるみのN先生
とオーラが同じで、とてつもない安心感に包まれた。

父の状態がどうなのか、はっきりさせたいこと、
楽しむための経口の食事をさせたいが、いいのかどうか、
だめだった場合のなにか、指導があるかどうか
言葉の不明瞭さを(もしかしたら病気のせいかもしれないが)なんとかしたい

これらをクリアして検査を受けることになった。
もちろん、先に、訪問の木之下先生には相談にいくことを
言ってあったので、よかったし。

どちらにしても父が体調を整えて、病院までリクライニングで行かれるように
準備しなければ。(もちろんリスクもふまえてだけど)
でもうれしいのは、高齢者の診療にたいして、非常によく
理解していること。
ふつうの一般病院なら、検査日にこれないなら
無理ですよとなるところだ。
ただし、ここは家まで来てくれて検査もできる。
病院なら完全にできるということなのだ。

つくづく思ったのは、こういう場所があることを昨年知っていたら、
嚥下障害の始まりの段階でいろいろ対処できたこと、
私ももっと父の食生活のためにもっと力をだせただろうということ。
残念でしかたがない。

今日は、父をケアヘルパーさんに任せた。
だからスムーズな滴下時間で、午後には訪問看護のナースが来てくれて
悩み続けるラコールのことを話し合った。

ナースが言う。
在宅介護の方法というのはとにかく家族の生活があって、
それにあわせたものでなければ、成り立っては行かない。
先生が「まかせる」というのはそういう意味であろう。
ナースがいくらこの方法でといっても、それで家族が負担になるのでは
いけない。
ただ、家族の生活に合わせてもそれが本人にとって、いいかどうか
そこがまた問題になってくる。

ケアヘルパーさんも言う。
このごろは在宅での「胃ろう」が増えて、家族の負担が
大きくなってる。
なぜなら病気で「胃ろう」になり、病気は治癒したら
「胃ろう」は医療ではないので病院を出なくてはならない。
在宅でといっても家族も本人も時間に拘束されて、
生活というものが成り立たなくなる。


う~~んと私は思った。
父のためにがんばってたことが、今ちょっと失敗で、
どうも水分量が多すぎたらしい。
というか、かなり多かったみたいだ。

でも難しいのはだれひとりとして、はっきり、水分これだけ入れてください、
とは言わない。

このくらいは必要だろう、とか、十分だろう、とか、

診療のほうの担当ナースは私が部屋の温度や、湿度や
かけるものや、きちんと管理しているから
それほどの水分量はいらないと言う。
ラコールも85%が水分なんだそうな。

父のアップアップ状態も頻繁に見られるので、
固形化のことを話し合った。
1食は固形化でやってみる。
それも私が調べてだ。
さ~てまた再勉強しなくちゃならん。

父の左わき腹と背中左がわだけ、むくんじゃったのだ。
皮がびょ~~んとなってて、ふとったのだと勘違いしてた私。
むくみだそうな。

お友達のお義父さんがなくなるとき、からだじゅうから水が出て、
オムツにくるまれてたという話が頭をよぎり、
めちゃくちゃ、落ち込んだ私だった。

それでも今日の父はヘルパーさんや、ナースたちに
要求をいったリ、なんだかはっきりしてて、楽しそうだった。
私といるより、いいんだろうな。
もちろん、ご飯再開のために喉の検査にいくことを知らせた。
「お~~」と言った。
by ygracia | 2006-07-27 20:38 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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