すこやかに逝きたい その1

ねこみみさんのブログから、サンケイ新聞のゆうゆうライフを見て来た。

すこやかに逝きたい(4)望む終末、迎えるために
 終末期に多くの管を入れるなどの延命治療をしてほしいかどうか−。患者や家族には大きな選択です。ところが、そうした治療をしないでほしいと思って自宅療養を選んでも、急変して病院に運ばれれば、望まぬ医療が行われるケースが少なくありません。患者の意思に添って在宅の看取(みと)りを実現するには、状態の変化や不安にいつでも応じる窓口や、事前の十分な情報提供が必要のようです。(佐藤好美)

 「皆さん方は、ママの最期の何日かを、考え得る最高の日々にしてくれました」

 「最期の2週間はママにとって、とても貴重でした。家族と家で誕生日を祝えたことは、非常に意味深いことでした」

 英国のがん患者の在宅看護、在宅看取りを支援する慈善団体「マリー・キュリー がんケア」のパンフレットには、家族からの感謝の言葉が並ぶ。同団体は国内10カ所でホスピスを運営、訪問看護師2000人を抱え、年にがん患者約2万5000人に無料で訪問看護を提供する。

 英国の調査では、病気で死期が近づいた場合、自宅で逝きたいと考える人は70%に上る。しかし実際に、自宅で最期を迎えられるのは20%にとどまる。

 同団体の医療アドバイザーで、王立医師会緩和ケア部代表のテレサ・テイト医師は「英国でも、在宅患者が夜中に救急車で運ばれ、病院で望まぬ延命治療を施されて亡くなる状況はつい最近までありました」と言う。

 こうした事態を解消しようと、同団体は国内4カ所のコールセンターを設けた。午後3時から翌朝8時まで、看護師が待機し、必要ならホスピスから医師や看護師を緊急派遣する。

 テイト医師は「患者や家族が夜間、看護師に相談できるようにしたことで、意思に反して救急車で病院に運ばれてしまうケースを減らすことができました」と話す。そして、「開業医、訪問看護師がいなければ、その整備には多額の費用がかかります。でも、スタッフがいるなら、連携させる費用は大したことはないのです」と説明する。

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 在宅療養を希望する患者、特に、もはや治療の手だてがない高齢患者の看取りをどうサポートするかは、日本でも課題だ。

 10月、75歳以上の後期高齢者の医療を考える厚生労働省の部会で、委員の「在宅看護研究センター」(東京都新宿区)代表、村松静(せい)子さんは、こう発言した。

 「病院は退院支援をして患者を自宅に帰すけれど、患者は変化があれば救急に運ばれる。高齢の末期患者に、本人の意思がはっきりしないままチューブが入れられ、その状態で自宅に帰されてくるという現実がある。病院の集中治療室と似た状態で自宅にいることが、本当に患者の意思だったのかと思う」

 村松さんは長く、末期患者の訪問看護に携わってきた。感じるのは、「医療行為が多すぎるのでは」との疑問だ。血圧や脈のモニター、導尿カテーテル、胃への栄養補給、人工呼吸器。患者によって状態が違うにもかかわらず、「高度な病院ほど、医療行為の『ワンセット』をあたり前につけ、そのうえで『もう、できることはありません』と、患者さんを帰してきます」。

 チューブが増えれば、皮膚がただれたり、液が漏れたり、トラブルも増える。「家族の苦労は、チューブが1本増えれば倍になり、本数に比例して重くなる。疲れ果て、看取る余裕もなくなります」と、村松さんは訴える。

 しかし、村松さん自身、救急にはそうせざるを得ない面もあると指摘する。救命が最優先。通常は、その後の「生活の質」まで考えられない。村松さんは「地域や医師によって医療行為の差も大きい。終末期に何が適切で、どこから過剰医療なのか、検討することも必要です」という。

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 患者が急患で運び込まれる背景には、患者や家族が、主治医から終末期のプロセスをきちんと知らされていないこともありそうだ。

 「仙台往診クリニック」(仙台市泉区)の川島孝一郎医師は年に100人弱を在宅で看取る。「本当に入院が必要なのは全体の5%くらい。事前に選択肢を示し、『生き方をどうしたいのか』を判断してもらえば、入院は少なくて済みます」と言う。

 川島医師は、患者が当たり前のことを知らされていないと感じる。

 歩けなくなり、食べられなくなり、呼吸困難になり、血圧が下がり、意識が落ちて、大往生を迎える。

 「それなのに、状態が変わることを、『悪化』とか『危険』とか言うから、家族も驚く」(川島医師)。“急変”で救急車が呼ばれ、患者は搬送先で濃厚な医療を受け、それが希望と異なるケースも生じるわけだ。

 「皆さん、大往生を誤解している。おいしいものをパクパク食べて大往生とか、昨日までスタスタ歩いて大往生ということはありません」と言う川島医師。「医者は、状態が変化したときに、どんな選択肢があって、それによって、どう生活が変わるかを、患者さんに説明する必要がある。そうしないと、患者さんは生き方を選べません」と強調している。=おわり

(2006/12/21)


私も父が徘徊を始めた頃から、いつもケアマネさんに、質問していた。
「最後はどうなっていくの?」

そして訪問診療が始まってから、「看取り」の覚悟を決め、折りにふれて
ナースに尋ねたり、友人に尋ねたり、いろいろ頭の中では準備をしていた。

延命については延命治療はしないと私が決めていたのだけれど、
それが父の意思とはちょっとちがうみたいだとときどき感じてはいた。
はっきりと父は常に「生きたい」と思っているのだとわかったのが
「胃ろう」造設のときだった。
by ygracia | 2006-12-24 00:49 | 今日のお話


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