介護認定調査

ホームで、私立ち会いのもとに、というより、ホームと私への
事情聴取のほうが主体の、介護認定の調査があった。

今回は在宅ではないので、区役所に介護保険の更新申請を
私がして、区役所から依頼された、横浜のホーム近くの
在宅支援センターのケアマネが調査することとなった。

私は母の変化がわかる人にお願いしたいと思って、以前の在宅支援の
事業所のケアマネに連絡をした。
しかし、その会社と契約していないので、仕事をすることができないため
あえなく没。
区役所にもその旨尋ねてみたが、あくまでも第三者がしなくては
いけないとのこと。ふ〜〜ん。
フリーランスのケアマネが働ける社会になればいいのに。

依頼されたケアマネさんも状況がよく読めないとのことで、
また母の病歴を最初から話した。
変化も話したけど、話す方もむずかしいから、聞く方はもっと大変。
ホームでの様子、母に対する見解は私と一致しているから、
これはほんとに良かった。

どっちにしても生活は全介助なんだけれど、
認定のレベルというか、質問の仕方が微妙。

「意思表示ができますか」
「飴や飲み物をだして、いる?ときけば、いるとかいらないとは言うけれど、
喉が渇いたから何かちょうだいとは言わないし、自分から暑いからどうのこうの
とも言わないし。。でもイヤなことは嫌というし、、」

「意志伝達は?たとえば人を呼んで、自分の意志を言うとか。。」
「人は呼ぶけれど、そこに何かの意思表示があるかどうかはわからない。
てっちゃん、てっちゃん、とは呼ぶけれど。。。認知症のなかでどこまで
ほんとの意志伝達というのか。。」

「食事はひとりで食べることができるんですね」
「見守りです、一人で食べることはできても、急いで食べてしまうので
声かけなど必要。」

「薬はひとりで飲めますね」
「口を開けてもらって、薬を飲ませます。ほっておいたら自分では飲めない」

「他人に対してのトラブル、問題は?」
「忘れた頃にときどきかんしゃく起こす、でもそれは自分の意志に反することを
されたとき。。」

微妙な答えのときは、回数で判断するのだそうだ。
そういう状況が週何回くらいあるかとか。
だけど、そんな脳の作用で起こす行動が今週は何回かあったかもしれないけど、
その後全くないかもしれないし。。。突然出るかもしれないし。。

で、母には介護保険の更新のための調査だから、答えてねとは
話していたのだが。

「はじめまして。お元気ですか?」
いぶかしげな顔の母
「はい、元気ですよ」
「お名前を教えていただけますか?」
耳が遠いので、何回か聞いた後、
「鎌田マサ子」と答える。旧姓。

「ここはどこかわかりますか?」
「え、なんで、ここは病院でしょ、」
「あ〜病院? 病院ですね。」
「なんで、病院なのに、聞くのよ、」
「。。。」
ケアマネさんが言葉を探しながら、いろいろ言うと
「あ〜〜まだるっこしい!!」
母が怒鳴った。

生年月日を聞かれると、「大正12年。。」はすぐ出た。
これは画期的な出来事!
そのあと、何月何日かと聞かれて、私の方を見る母。
私が思うに、母の言語分野のなかで、「何月」とか「何日」
という言葉が消えているのだと思った。
脳梗塞のあと、この言葉には理解不能をいう感じを受けている。
いろいろ説明して、「10月かな」と言った。
9月30日だからあたってるのかも。。。

今日の母は怒りぽかった。
トイレに連れて行くと、ほかのおばあちゃんがトイレ内で
介助されていて、ああだこうだとなかなかどかないので、
車いすの母は入れない。
ヘルパーさんに手をひかれてやっとでてきたおばあちゃんは
トイレ入り口で止まる。
母「はやく出なさい!」
おばあちゃん「すみませんねぇ〜〜」

ときどき、大声で一日中話す人にも「あなた、うるさい」というらしい。
耳が遠いはずなんだけど。。。。

母に伯母のてっちゃんの写真を見せた。
「あ〜てっちゃんだぁ、北海道行ってきたのね、会って来てくれたのね。
よかったぁ」
「おかあさん、私が北海道行くの覚えてたの?」
「そりゃ、覚えてるよ」

今日は母は私が迎えに来たとおもったらしい。
施設長がなんとなく諭してくれたのか、帰りはごねなかった。
私のほうが気持ちがぐらついて、心の中で(ごめんね)の
繰り返し。

「早く、迎えに来てね」

母の顔をまともに見れなかった。

体調悪くて引きこもってたから、今日はものすごい疲労感。
明日からはまた忙しい日々が始まる。
自分で忙しくしているだけだけれど。。だって忙しくないなら
母を連れて帰ってこなくちゃと、張り切りだしちゃうだろうから。。
もう少し、自分戻しと、体調整備をしなくちゃ、在宅はできない。。。
by ygracia | 2007-07-05 01:14 | 今日のお話


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