ホーム二日目の母

パジャマとベット柵と、果物ときびだんごを持って母のところへ。

夕べは何事もなく、よく寝たそうだ。
相変わらず、カーテンを閉めているので私が全開にしたが
怒らなかった。
果物をおいしい、おいしいと言って、二人分食べてしまった。
きびだんごは北海道のもので、母が昔よくこどもたちに買って
たべさせていたもの。
これも入れ歯にくっつくといいながら、ムシャムシャ食べた。
担当主任が、まるで昔からここにいるみたいで、順応能力高い、だって。

こんどのお部屋はバリアフリーなので自分ですいすい車いすで
でてくるらしい。
イベントも豊富。
どこまで母が楽しんでくれるかわからないけど、
かなり自由に動き回れそうののでいいかもしれない。
お部屋も以前より明るいし、すこしだけ広い。
下のホールへいこうといったら、いやだって。
じゃ、外へ行こうかというとまたいやだって。

いつうちに帰れるのかと聞いてくる。
来週かというので、来週は私が検査入院するからだめだよっていうと
こんどは心配しだした。
「そんなに悪いの?」
「いや検査だけ」
「そうか、じゃ、だいじょうぶね」

果物とお菓子を食べ終わると、早く家ににかえりなさいという。
ほんとはいてほしいけどね、という。
いてもいいよというと、いや帰りなさいという。
もうちょっと休みたかったわたしなんだけど、
帰ることにした。

担当主任と、抜けてたことを注意して、お願いして、それから
介護長にもあって、不穏にならなくて良かったと話した。

帰りにあのレビーだとおもわれるお父さんが椅子にすわらされていた。
何もない机のうえをながめながら、姿勢よくキチンとすわっている。
新聞か雑誌ないのかな、言ってあげようかな、
スタッフはおそらく、この方が何も理解できない、またしたくないだろうと
いうところで、接している感じがする。
違うんだよ、なにかさせてあげてよって言いたかった。

そこへ若い夫婦とこども三人があらわれてその方の前へ。
「おとうさん、○○です」と丁寧な挨拶。
おとうさんの顔に明るい表情が戻った。
「お〜今着たのか」
何かお話していたが突然「会報をね」とおとうさんが言い始めた。
会報を持って来てほしいと言ってるのだ。
会報が気になっているのだ。
息子はわからなくて、というより、またおとうさんのぼけがはじまったと
もうコミュニケーションは取れないと判断し始めた。
孫たちも「かようび?」とよこやり。
お嫁さんはみるだけ。

真面目で厳格そうなおとうさん、わかってもらえないと知って
また眉間にしわを寄せた。
まだお若い。
いくらでも対処できるのに。。
私は家族ではないけれど、なんだか悲しくて。。。

家族もきっと父親の変化に驚いて、混乱して、格闘して
このホームにたどり着いたのだろう。
だからそれもこの方の運命だけれど、
自分をまだ自分でわかっているときはできるだけ
できるだけ自分を表現できる環境を作ってあげてほしい。
新聞でもいい、鉛筆と紙でもいい。
何も書かなくたって、目の前に何か置いてあげてほしい。
聞いてあげてほしい。

一方で、リクライニング車いすのおばあちゃんと歩けるおばあちゃんが
会話していた。
「ほんと、こまりますね。なんだか頭がはっきりしなくてね」
「ほんと、ほんと、わからないわけじゃないんだけど、はっきり言えないしね」

ため息いっぱいで、帰って来た私。

一週間の疲れのため、発熱。
おやすみなさい。
by ygracia | 2007-09-02 23:56 | 母の記録

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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