命日祭

今日は教会で命日祭があり、家族で参列。
法事なわけで、仏教なら各家庭でするものだけれど、
今日はミサで皆一緒に亡くなった方々を思う。

カトリックでは11月が死者の月と言って、帰天された方々のために
祈る。

ではなぜ11月なのか。
キリスト教は「復活」を信じて人びとが支えあい生きる。
だから種のまかれる春から実りの収穫までが一生で
その実りを確認して次の復活を信じてまた、日々を始める。
だから収穫祭と同じ時期、11月が死者の月となる。

で、私も信者だけどずっと11月の意味を考えたことがなかったのだ。
今日神父様からのお話でよく分かった。(ちょっと恥ずかしい)

仏教では死者を思う時期は「彼岸」
死者は手の届かないところ、かなたの岸に行ってしまう。
キリスト教では、死者は生者とともにいる。
命は与えられた物なので、それをくださった方に返し(帰天)
命の復活を信じて、天の国で新たな仕事をする。
ヨーロッパで教会の床下が墓地になっていて、その上で
人びとが集まりミサを捧げるのも生者と死者は共に
いるということ。

なんとも頭の悪いのがばればれの文章だけれど、自分で納得。

父がまた家族を集めてくれた。
二日酔いの夫も、おなじく二日酔いで大学祭のただ中の息子も
精神的体調不良の娘もだまって参列してくれた。

父がお気に入りの紺の背広でそこにきちんとすわっているような気がした。
はっきりしない口調で一生懸命聖歌を歌っているような気がした。

前に喪服姿の息子ぐらいの男の子と私と同年代の父親がすわっていた。
母を、妻を亡くされたのだろうか。ふたりの落ちた肩が寂しさいっぱいで
おもわず涙があふれた。

ふだんほったらかしの父の遺影も私のバタバタ生活を見て
笑っている。
今日はおいしいものお供えしたから、いっぱい食べてね。


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by ygracia | 2007-11-03 17:18 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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