2017年 10月 06日 ( 1 )

こころで

時間もお金も余裕があったわけじゃないけれど、前から予定していた旅に出た。
友人ふたりと話す、ために。

レビー小体病の医療とケアがいつまでたっても広まらない、かわらない現状に
やっぱり介護者が余計な回り道をしないで済むように、本人がより良い時間を
続けられるようにと仲間とはじめたボランティア家族会。
来年はまるまる10年活動してきたことになる。

10年。
ありきたりだけれど、長いような短いような。
しかし、明らかにレビーを取り巻く状況は少しづつ、ほんとに少しづつだけれど、
変化してきている。

一方で、相変わらず、間違った診断、処方。
またレビーなのにそれをもっと複雑にしてしまう認知症診断が増えたり。

家族側も勉強していなければ、またいろんな例を聞いていなければ
そのまま、医師の言う通りに治療を進めていく、これも一向に減らない。

一方で疑問を持つのは良いことだが、勝手な解釈や中途半端な支え方で
すべてを悪い方向に持って行ってしまう家族も多い。

人間それも運命、価値観の違い、その本人と家族の歴史、そう言われてしまえば、
私たちが悩むことではないのだけど。

認知症の家族会はどこにでもあるけれど、レビーは「認知症」とついてはいるけれど
ちょっと違う認知症。普通の家族会に参加しても、なかなか話が通じないことで家族も不完全燃焼となる。
そして本人は記憶障害がない、体調不良がある、そういう日々の変動がほかの認知症の方々に通じなかったり、集まりの場では「僕は君たちとは違う」と場を離れることになったり、遠慮して自分の変化は話さないでいる、という方もいた。

私の父が最初に診断されたときの診断名は
「びまん性レビー小体病」

認知機能障害もでてくるとはいうものの、最期の最期まで父は父であったし、
小さな声ではっきりしない口調だけれど、父は発信していたし、家族はそれを
理解できていた。
体調不良や不可解な行動は当然出現し、それに振り回されたのも本当。
だけど、いつも感じるのは「お父さん、わかってる、何でも」ということ。

今までに参加してきた家族たちの声もこれだっった。
「だってわかっているんですもの。普通なときのほうが多いんだもの」
だから、何とかならないんだろうか、なんでこうなるんだろうか、レビーって
一体なんなんだろうか。
医師は「認知症」「薬剤過敏があるし、薬は出さない、ケアで乗り越えて」「とても効く薬をだします」「検査入院で徹底的に調べましょう」。。。

そしてその通りにして行ったら、本人、家族共々に疲弊していく現実。

私たちは医師を顧問にはおかなかった。
確定された治療法がないときに、医師を置くことはかえって医師だのみを増やすと思ったし、
とにかく病院も医師も治療方針もすべて違う、家族たちの話をみなで聞いて
それぞれの選択肢を増やせる場にしようと考えた。
ケアの基本はいつの時代でも変わらないけど、そこにレビーエッセンスは
必要だから、本人の心地よい、生きるための時間を作れるようにと
みんなで話し合ってきた。
主役は家族と本人。家族の向こうにいるそれぞれの本人をみんなが思い浮かべて
話してきた。

いろいろな変化を経験しながら続けてきた会も後を引き継ぐ人はいない。
私たち自身が100人きたら終わりにしようなんて言ってたくらいだから。

10年の年月はやはりとっても大きい。
私たち自身もそれぞれの人生のソフトランディングを考えなきゃならない年齢。

私たちのボランティアはレビーの歴史のほんの通過点にすぎない。

今、目の前に苦しむレビーの本人とその家族が、いつも華やかな楽しそうな
集まりからこぼれ落ちていることも知ってほしい。
藁をもつかむ気持ちで家族会に参加する人々は具体的な「希望」や
できるかもしれない「試み」をひとつでも得たいと願っている。

私がレビーに関する活動で、最後にしたかったのは、レビーに関わる医師たちの討論会。研究発表会ではない、意見交換会。
系列?に関係なく、いろんな分野から、集まってもらって、
平行線で構わない、先生たちのレビーに関する意見を聞きながら、
もっともっと多くの医療者や専門職や、もちろん一般人も家族も
すべての人たちがレビーに関心をもってもらえたらと思っていた。
しかしこれは大それたことだと周囲からは言われてたし、
きっとこれからそういう講演会や機会は増えてくるのだろうと感じている。
ひとつの治療傾向に偏らない、医師間の暗黙のマナーにつぶされない、
遠慮のない、そんな自由な討論会を願っている。

と、書き続けたけど、10年の家族会の体験談は膨大だ。
症状の変化、薬の作用、ケアの種類、涙、笑のエピソード、
本人の真実の声。。
データもない、
ランセット的なエビデンスもない、
医師でも信用してくれない、
だけど、ほんとに論文だしたら、すごかっただろうとつくづく思う。

なんだか目に見えない誤解も受けた。
みんなが傷ついたこともあった。
そんなことより、やっぱり、家族と本人の「今」に
わたしたちは寄り添い続けた。

10年。
今、できること、今の自分たちの役割は何か。
そして卒業への道はだんだんはっきり見てくるのかもしれない。

二日間の旅で、日常を離れてそんなことを考えていた。

東京に戻るや否や、
ガン闘病中の飼い猫の最終章に入り、レビー家族のSOSに応える。
これは今の私の役割。




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by ygracia | 2017-10-06 12:08 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


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