カテゴリ:胃ろう( 6 )

胃ろう

胃ろうは「延命治療」であるかどうかという問いがよく
なげかけられる。
私も父が胃ろう造設を勧められたとき、ショックだったし、
悩んだ。
そんなことまでして、長生きさせていいのだろうかと。
でもそれは私の奢りだったと今ははっきり思える。

父は確かに生きていて、生きようと努力していた。
くるみクリニックの西村先生から
「餓死させる」という言葉をメールで受け取り、
はっと目が覚めた。

今は言える。
胃ろうは栄養と水分補給のためのひとつの手段。

嚥下状態によって経口に戻すリハビリもできる。

もし嚥下が良くない状態でも

いちばんの幸せは、

家族と過ごすすばらしい時間が長くなること。

胃ろうを使用すれば、元気になります、顔色も良くなります。

介護する人の負担はふえるけれど、

なににもかえられない、すばらしい時間はまだまだ続くのです!


胃ろう入門


NPO法人PDN ペグドクターズネットワーク
会員になっていろいろな相談もできるし、
新しい情報も得ることが出来ます。

こぶたさんのHP

PEG(胃ろう)
固形化の実践


うちの場合、胃ろうの管理、滴下について、詳しくは教えてもらわなかったため
かなり自分で調べたり、考えたり、訪問看護師の協力で
なんとかできるようになった。
また固形化をおしえてくれる人がいなかったこと、実践している人がいなかったこと、
在宅医はあまり勧めなかったことなどから、かなり悩んだ。
決意して、試行錯誤を始めたときには
容態が変化し、達成することはできなかった。
指導できる人が増えてくれることを願った。

また体調、体質によって、固形化があわない場合もあるとおもう。
父の場合はもうすでに胃腸の吸収能力がおちていたような気もした。
何事もタイミングがあるのかもしれない。
by ygracia | 2008-02-27 23:31 | 胃ろう

決定(胃ろうへの決断)

E病院のN先生は私が数年前に無呼吸症候群でかかってお世話になった先生。
その後、去年の父の脳梗塞でまたお世話になり、救急車で運ぶことに
なるたびにお名前を出させてもらったけど、なかなかウマくE病院に到達しなかった。
今回は運命としかいいようがないけど、父が入院する10日ほど前に
私は、悪くなった無呼吸のことでN先生をひさしぶりに訪れ、そのときに
私の非礼をお詫びし、また父の様子などを話していた。
今回はその直後だったせいか、E病院に父をスムーズに運ぶことができた。

先生から胃ろうの説明があり、ビデオもみてどういうものかは
わかった。
手術に関しては、父の場合、胃カメラが飲みにくいので少々、
苦しい思いをするかもしれないということとたまに胃の血管の位置と
チューブの位置の関係で出血することがあるかもしれないということ。
これから先のことを考えて、栄養補給、肺炎予防のために「胃ろう」
を勧めるとのことだった。
訪問診療の先生からも連絡があったとのことで「胃ろう」を勧めて
という話になっていた。

父は昨日の説明は忘れたらしい、
だからもう一度いうと思い出したそうで、また「いいよ」といった。
それと、「ここでやるのか」と聞いてきた。

午後からふたりの友と食事をした。
友のひとりの母上が混乱が始まったという。
1ヶ月連絡なかったのでおかしいと思ってたら怒涛のひと月だったという。
これで仲良し4人組の親全員が手のかかる状態になった。
今日会えなかった友も義父と実父が同時入院。
もう一人は週一度実家へ行き、昨年認知症発症した母を見ている。
楽しくコロコロ笑ってた私たちも会えば、介護の話ばかり。
いつ卒業するのかそれは分からない。

さて、私も3月1日から2泊3日で父と同じとこに入院する。
無呼吸症候群とその治療器の「CPAP」の調整のためだ。
昼間はすることがないけど寝てはいけないそうだ。
検査は夜のみ。お勤めのある人は昼間は仕事に行くそうだ。
心筋梗塞、脳梗塞のリスクを減らすべく、私もがんばらなくちゃならない。
やせることが先決なんだけど、治療器と平行してすることにした。
やせるまえに倒れちゃったら意味ないからね。

ま、人生いろいろあるもんです。
by ygracia | 2006-02-28 01:40 | 胃ろう

コメントくださった皆さんへ。(胃ろうへの決断)

☆かっちゃんさん、いつもありがとう。
まだまだお若いかっちゃんさん、今日を楽しく生きましょうね、
私もそうしようと思ってるし、ケセラセラ、のひとなんだけど、
どうもウツウツしちゃいます、いけないいけない~

☆ファントムさん、ありがとう。
自分のことなら自分で決められるのだけど、どうも親のこと
にはふっきれないものがあります。
またまたご意見いれてください、いつでも。

☆ねこみみさん、
父にはまだ生きたいという希望が見えます。
なんだかんだやはり老衰の域には入っていると思うのですが、
今日のニュースにも反応するし、意見もあるし、
食べたいのに食べれないというだけなのに、じゃ、
餓死させていいかといったら、そんなことできるわけないものね。
認知症であろうが、反応がなかろうが、その人の脳のなかも
心の中も見えないけど、人の命を勝手に絶つ権利は
誰にもないというのだけははっきりしていると思っています。

☆こぶたさん、メールありがとう。
一番にメールくれたので私の心も落ち着きました。
私は1年前のこぶたさんのお父さまの様子を参考に
父を見てきました。同じ感じで進んでいたから。
ただ父はやはり入れ歯が使えなくなった時点で
嚥下の問題がでてきたみたいです。
それでも同じような状態があるのだと知るだけでも
ほっとします。

「胃ろう」の決断ははっきり言って、悩みました。
病院側はもう手術日も決めてあったし、
もう仕方のない方向かとも思ってました。
ネットで胃ろうのことを調べ、種類もあることをしり、
父に一番向くものとか考えたり、
物理的には父には胃ろうは必要だと確信したのに、
引っかかっていたのは、これが延命治療になるのか
父の意志はどうなんだろうということでした。
そして父がどれだけ理解できるのかということも。

くるみクリニックの西村先生にメールをいただき、
私の迷いは消えました。
「胃ろう」にしましょうと言われたとき、どんな家族も
混乱し、どうしても口から食べさせたいと懇願するようです。
私も同じでした。悔いたのは、このごろ冷凍の介護食に
頼っていたから、手料理が少なかったこと。そして最後の
最後に食べさせたのはベビーフードのおじやとうどんだもの。
とんでもないことしたと、ほんと落ち込みました。
もう大好きなうなぎも肉もねぎとろも食べさせてやれないと思うと
もう自分をせめるばかり。私は好きなものばっかり食べて
こんなに太っててと・・・

メールの内容は先生に許可をいただいていないので
のせませんが、「胃ろう」で悩む家族には
参考になるものです。
また機会があったら載せたいと思います。

いろんな考え方もあるけれど、今の父には必要な「胃ろう」
私も助けてくれる「胃ろう」
そして父の意思確認もできたのでこのまま進めることを決めました。
by ygracia | 2006-02-27 01:35 | 胃ろう

入院中4(胃ろうへの決断)

今日は午後いちで父のところへいき、夜8時半くらいまで一緒にいた。
いままでもほんとは長く過ごすべきだったのに、私の気力もないし、
病院はインフルエンザや風邪患者ばかりだし、予防接種してない私は
やばいな~とおもいつつ、どちらにしても気力体力なくて夜だけ
様子を見に行ってた。父も肺炎治療でずっと寝たきりだったし、
この数日から顔色もよく、血圧も安定、元気になってきた感じだから
ちょうど良かったのかもしれない。

ベットもおこして、身体をおこし、しばらく様子を見ていた。
やはり血圧は少しさがるのか、目がうつろにはなるけど
返答ははっきりしてた。

夕方近く、目もしっかりした父に
胃ろうの話をした。
悩んでいた私だけどくるみクリニックの西村先生から
アドバイスをいただき、吹っ切れた。
父に話をしてみたのだ。
「おとうさん、もうすぐうちに帰るけど、その前にね、
胃にチューブの穴をあけるけど、いい?
いままで水をのむの、たいへんだったでしょ、
飲んでも飲んでも脱水だっていわれたじゃない、
だから、おとうさんが飲むのにつかれたら、
私が水を胃にいれるの、そのための入り口をつくるの
ご飯もね、疲れたらそこから私がいれるから」
「うん、わかるよ」
「説明わかった?」
「わかったよ、いいよ」

父は言った。水を飲むのはたいへんだったよと。

これで「胃ろう」は決まった。
私も勉強しなければならない。

今日もパジャマのズボンをはいていなかったので
全部着替えをし、手も顔も拭き、爪もきり、
きれいにしてきた。

山のようにパジャマ用意してあるのに。

父は今日は痰がいっぱい出た。
だけど、コールしてもなかなか来ない。
きても完全には取らないのか、取れないのか。
だから結局いけないけど、私がやった。
きれいに取れた。
「おとうさん、私のほうがうまいね」
「うん」

声をなかなか出さない父に、一生懸命声をださせるために、
「あ=」
「ららら」
「ががが」
「らりるれろ」
「るるるるる」
とかやってたら、父が私の顔をみながらニヤニヤしてる。
「なんでやってくれないの?りょうこ(孫娘)のいうことなら
きくんでしょ~」
というと、また笑った。

ま、できる時間帯があるので、ウマくその時間にあえばいいけど、
こればかりは気まぐれレビーなのでどうしようもない。

あるナースは、まったく反応のない人と思ってるし、
別のナースは父に一生懸命話しかけて
しっかり「返事」を聞いているので、反応のある人と思ってる。
そのときそのときの人で反応ちがうからね~~
また父の好みもあるのかもしれないとふと思った。

「おかむらさ~ん、テレビみえますかぁ~~」
「みえるよ」
話してる。

「おとうさん、じゃ、寝る時間だからね、また明日来るね」
「お~」

父は生きている。
by ygracia | 2006-02-27 00:07 | 胃ろう

入院中3(胃ろうへ)

20,21日も変わりなく、父を夕方訪れる。
ほとんど寝ている。
熱はさがっているらしい。
食事は鼻チューブから。

22日、私の診察があったので済んだから、朝いちで父のところへ。
ちょうど検査に行く父と出くわす。
目はしっかりあいていて、病室の外へ出たのがウレシそうに
周りをみていた。
私には反応なし。
夕方から個室に移れるそうなので、荷物を整理し、私はいったん家に帰る。

夕方いくともう父は個室でのびのびと寝ていた。
カーテンで閉ざされることもなく安心したようだ。

「食事の用意ができました、食堂で召し上がる方は・・・」
の放送をきいて、私に合図する父。
父の食事は鼻チューブからの流動食。
「おとうさん、おなかすいた?」
「おなか、すいたよ」

う~ん、父のチューブに流れる液体を見ながら
いろんなことを考えてしまう。

救急で運ばれたとき、女医さんが私にふたつの選択肢をだした。

経管栄養をなぜ考えなかったのかと問われた。

訪問診療の先生は先回の入院のあと、来てくれて、
「まだ点滴しなくてだいじょうぶだ」
といってくださったし、なんとか口からたべてもらっていたし・・・

女医さんは続けた。
「このまま帰宅してからも経口で続ければ自然に衰えていくでしょう
それを選ぶか、胃ろうにして、足りない栄養と水分を補給して
長生きしてもらうか、ご家族で考えてください」
「・・・」

胃ろうに対して、詳しいことはまだ勉強していなかったから
これを選んだら、二度と口からご飯を食べさせてあげられなくなると
思っていた。
でも口からも好きなものを食べてよいという。
あくまで足りない分を補給するのに使うという。
でも経口にすればやっぱり誤嚥性肺炎は繰り返すだろうし・・・・

父の意識は寝たきりになってからのほうがはっきりしている。
フリーズすることがすくなくなったせいか、
私や孫との会話もスムーズなのだ。

この意識がはっきりしているかぎり、やっぱり父には長生きしてもらいたい。

意識が混濁したら、延命治療はしないことを
母にも了解を得ている。
私自身もそう決めている。
でもきっと、また迷うんだろうな。

「残り火いのちの11年間の介護記録」を読んだ。
以前も読んだけど、もう1回読んだ。
偶然に同じ大学の先輩が書いたものだった。
尊厳死についても書いてあり、
その訪問診療の先生は
「口から食べられなくなったらそれが自然な死へのかたち」
としている。
もちろん、いろいろな身体の機能が衰退しているのだけれど・・
著者自身も点滴をしてくれる先生に途中「浮気」をしたり
悩んでいる。
どこからが延命治療なのかな・・・

ただ、父はまだきっと生きようとしている。
ときどき、
「それも運命」なんていうこともあるけど、
まだまだ元気だ。

「おとうさん、I建設の東京支店の50周年記念で、
ご招待の連絡きたのよ、一応欠席だけど、
建友会の名前はいれておくけど、いいよね」
I建設の名前をきいたとたん、父の目がしっかりした。
支店長を長くつとめ、仕事をいっぱいした時期だし
印象が一番強いのだ。
「車椅子でもいかれたらよかったね」
「うん」
「まずは肺炎なおさなくちゃね」
「うん」

私の悩みは尽きることはない。
それもひとりで考えていかなければならない。
by ygracia | 2006-02-23 01:41 | 胃ろう

入院中(鼻チューブ)

16日も父は昼間はむくんだ顔で寝ていた。
夜娘といくと目を覚まし、娘の手を握りながら
「かえる」といった。
肺炎で熱があるからもうすこし、がんばってというと
納得した。

17日は朝から私はブドウ糖負荷試験。
30分、1時間と計5回の血液検査と3回の尿検査。
最後のほうは気分悪くなり、まいッタ。
途中で父を見に行くと寝ていた。
尿でよごれるらしいのでパジャマのズボンも余分に
もって行き、クローゼットにいれておいた。

帰りにまたのぞくと、父はズボンをはいていなくて
防水シーツを腰にまいているだけ。
はかせてというと、尿検査がおわったらという。
ズボンも十分あるからといっておいた。

夜、また娘をつれていくと、
ズボンをはいていない。
目を覚ましている父、寒いという。
ナースコールを押してからずいぶんたっても誰も来ない。
2回目でやっときて、
尿が多くてズボンが汚れるからこうしてるという。
私がその前にオムツをチェックすると、
男性用の局部にまく小さなパッドしか使っていないのだ。
ちゃんとお尻にひく吸収率のいいパッドも用意してあるのに
ちいさいパッドしか使っていない。
そこでナースにとにかくこの大きいほうでいいから使ってください
それなら漏れないからと、伝える。
それとズボンも置いてあるんだからはかせてくださいといっておいた。
今日が見ものだ。たぶん、またはかせてないだろうな。
クローゼットを何もチェックしてないんだから、彼女たちは。
オムツをチェックしてると、父がパジャマの上を脱ごうとする。
触ったら、わき腹が濡れていた。
ズボンばっかりじゃないじゃない。
着替えさせて、一段落。
父は話をしないのでどうも認知症の反応のない患者として
扱われているようだ。
なかなか満足いく看護をしてくれるところってないんだなと思う。

父は娘と話している。
「鼻に何がはいってるのかな」
「薬をいれるためのチューブだよ」
「そうか」

いつものように熱いおしぼりで顔をふき、首筋に
それをあてて、じんわりあっためて、
手を拭いて、寝る支度。
父にしたら、1日寝てるんだから嫌かもしれないけど、
ちょっとでも気持ちよくしてそのまま眠りについてもらいたい。

私のほうはどうも気力、体力とも落ち込んでいて
疲れている。
かわいそうな息子も夕べは寝ぼけておきてきて、
「。。。どうやってご飯をたべていいのかわからない・・・」
とつぶやくと、また部屋に戻ってそのまま寝てしまったらしい。
このごろ、私が早く休んでしまうので
きっと、今日の夕飯どうしようといっつも思ってるんだろうな。
かわいそうに。
今夜はいっぱい食べさせなくちゃ。
by ygracia | 2006-02-18 12:19 | 胃ろう

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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