カテゴリ:今日のお話( 588 )

平穏

今日はとても平和だった。

ゆうべ、私はこの1週間の疲れで何が起ころうとも目覚めない状態で寝ていた。
だから、父もきっとあきらめて静かにしていたのだろう。
目が覚めたのは朝6時。
父はパジャマのままうろうろしていたので
「もう起きる?」
「・・・・」
「じゃ、あと1時間ねて」
「うん」
さ、私ももうすこし休もうと思ったら
むくっと起きた父、居間にむかって、
「あと2時間、おまいりを遅らせていただきます、あしからず」
「あと2時間、おまいりを遅らせていただきます、あしからず」
と大声で2度くりかえし、最敬礼の挨拶をし、
ベットに戻った。

ふわ~~~すっかり目が覚めた。

朝食が終わるまでは、何もわからない父。
いつものことができない。
電子レンジもわからない。
電動シャッターのスイッチもわからない。

疲れたのでほおっておいたら、2時間後にはひととおり
作業は終了していた。

10時をすぎて元気なのでテレビの体操をいっしょにやってみた。
とても楽しそうに動かないはずの体がなぜかよく動く。
足もでる。

きょうは午前も午後もひとりで家のまわりを一周。
ふらふらしない。

きのうからドプスとアリセプトを再開しているせいだろうか。
でもアリセプトを3週間続けると、父の場合、また朦朧としてくる。
はじめて飲んだときはその効果にみなびっくりした。
ケアマネージャーさんが
「目がこんなにおおきな方だったんですね、すてき」
といってくださるくらい、目がしっかりあいて、
2年間忘れていた新聞取りや、洗顔やいろんなことが
スムーズに思い出して元気になった。

母はゆうべ、尿のバルーンを無意識にはずしてしまったらしい。
こういうことがあったのでベットからの転落、もしくは骨折
のリスクが出てきたことを了承してくださいと言われた。
せん妄は、薬をのむほどではないというから、
母の行動におかしなところはあるみたいだ。
母に「カテーテル取っちゃったの?」
と聞くと、「知らない」
「あの女の人がそう言ったの?」
と看護師さんにいやな顔をした。
看護師さんをなぜか、いつも「女の子」とか
「しらない女の人」とか言う。
導尿をやめたのでベットからおりてポータブルにいかなければならない。
間に合うはずがない。
また巨体なので大変な作業となる。
1回おりただけで、へとへとになっている。
パジャマが足りなくなったので家に取りにかえり、前に使った紙パンツも
もっていった。
夜だけでも使えばいい。
看護師さん、「しばらく紙パンツにさせていただきます」だって。
ま、いいでしょう。
家にかえればまた間に合わなくてもだいじょうぶだし、
ふつうにできるから。
母は、もうひとことも口をきかなかった。
はやく寝たかったようだ。

そのまえに父の寝ぼけた話をしたら、
げらげら笑っていた。

私は帰りに「秋の童話」を借りてきた。
ストレス解消だ。

夜は娘がおすしを買ってきてくれたので、
父と娘と私で缶ビールをひとつ、わけあって飲んだ。
父完食。歯をポリグリップで止めたから~

私はビール大好きののん兵衛だが、この1年、飲まなくなった。
飲んじゃったら、夜中に活動できなくなるから。

明日は平穏かなぁ~~~~b0055939_2051453.jpg
by ygracia | 2004-11-02 20:52 | 今日のお話

今日の

母はやはり看護師さんがくると甘えようとする。
人の話はあまり聞かない。
右手が序々に鈍くなっているように思える。
もうシャワーまで車椅子で移動させられ入浴も今朝したという。
脳の血流を調べる検査であまり長くて疲れたとこぼしていた。
顔はもう完全に脳梗塞患者のそれだ。
どうも言葉をかなりなくしているように思うが聞くと知ってるよといって
その間に言葉を捜しているような感じだ。

薬はいままでの糖尿病の薬を飲むことになった。
早く帰されるかも。
うれしいことだがすごい不安。

父はもう最悪。
昼間は問題ないが、朝の2時からが活動開始だ。

「もう、やめた!」
「やめるんだよ」
「やめた!」
普段は静かな父が大声で叫んでいる。
私はもう眠くて、黙っていると、
「もう力がない。おもいんだよ」
「おもいんだよ」
なお黙っていると、
「たすけて~~~~たすけて~~~だすげで~~~」
と蚊の鳴くような声で話している。

仕方がなく起きていくと、電気シーツが熱すぎて、
布団をけりたいのに布団がからまって動けないと言う状態。

布団をバーっともちあげ、
「は~い、ばんざいして~~」
硬く硬直した父を万歳させて、布団に風を送り、シーツのスイッチを切った。

父はあっという間にすーすーと寝息を立てた。

それから1時間くらいかな、
眠ったような寝てないような。

「非難しないと!」
「逃げなくていいの?」
父が大声で話している。
「異常事態だ!」
「交通止めだ」
「どかさなくちゃ」
「違法行為だ、罰してもらわなくちゃ」
「逃げなくちゃ」

すっかり目が覚めた私。
3時だ。

「どこへ逃げるの?お父さん」
「どこだかわからないけど、にげなくていいのか?」
「いいよ、逃げなくて。」
「そうか」

もうスースーと寝ている。

それから1時間後、ごそごそ音がしている。
「お父さん、トイレ?」
「・・・・」
だまってトイレにいった。

それからまた1時間後。
「のどが乾いた!」
叫ぶ父。
「自分で飲んできて!」
そしたら、自分でちゃんとおきてのんでいタ。
丁寧にコップもゆすいで伏せていた。

もう私はよれよれ、
もうすぐ息子の出る時間。
もう起きていよう。
2階へあがったけれど、おなかがすいてきて
夕べのおみをつけを飲んだ。
そしたら知らないうちにソファで寝てしまい、
気がついたら9時少し前。
息子も娘も爆睡・・・・

父はひとりでトーストを焼いて朝ごはんを済ませていた。
しかし眠い眠いといってベットへ。
そりゃそうでしょ~~~

あとから娘にきいたら夕べ結構大きい地震があったって。
もしかして父はこれに対して
「にげなくていいのか」って言ったのかも知れないと思った。
気がつかなかったのは私のほうだった。b0055939_1993872.jpg
by ygracia | 2004-11-01 19:02 | 今日のお話

父と

父は入れ歯の具合が悪くて歯医者に通っている。
最初はひとりで行っていたのだが、なんだか話がよくわからないのでついていくことにした。

入れ歯の微調整はむずかしい。
まして、父のように脳梗塞の後遺症で
口が大きく開かないし、舌の動きも鈍く
感覚も鈍いのでなにがどう、具合悪いのか
わからないので先生も一苦労だ。
よだれが多すぎて型取りができないと言う。

娘とふたりで口の中を見るのに苦労した。
娘に懐中電灯で照らしてもらいながら
わりばしで口をひらき、舌をどける。
でもやっぱり見えない。
開いてというとしっかり口を閉じてしまう。
舌が大きくひろがり、押さえてもあふれる。
とりあえず、見たことにして、
父に何もないことを言うと
父は納得。
痛いところもころころ変わる。
入れ歯を固定しないとご飯が食べれない。
先生は固定剤を使うなと言うがそれでは
ご飯がたべれないのだ。
だから今日は朝からしっかり固定してしまった。
そうしたら、昼まで気持ちよくスムーズにご飯も食べれたし、よかった。
歯茎が変形してしまうからいけないという先生の意見もわかるが、年寄りに明日はない。
食べれるうちに自分のくちでしっかり味わって
ご飯を食べるほうが大事だ。

父が歯がだめじゃ、もう終わりだ。
生きている意味もないといった。
そこからお説教。
40だって、50だって、やることなくなったら人生おわりだとおもってぼーっとしてくわよ
そこでがんばって、目標作って生きてくのが
人間よ~~
おとうさん、まだ自分の歯がのこってるでしょ、
剛がお医者になるのだって、りょうがどんな建築やってくのかだって楽しみジャン。
考えることいっぱいあるじゃん。

わ~~私の頭もほんとに疲れた。
母がいなくなって、母が脳梗塞と知って
父がまたうつ状態になりそうだ。

昨日は父とDVDで
「阿修羅の如く」を見た。
長いね~といいながら真剣に見てた。

DVDの刺激も結構いいぞ、
新発見だ。

母は今日はふつうの顔つきでテレビを楽しんでいた。
新聞も読んでいた。

先生がきて両手を上に上げさせてどちらの手が下がるかって見てた。
母の手はさがらない・・・
あの~寝たままでやっても意味がないんじゃないのかな。

とりあえず、明日から検査。
でもどんどん快復していく。
それが脳梗塞というものだって。
母の場合、もともと車椅子生活なので
リハビリも簡単かもしれない。
車椅子が動かせるようになればいいわけだから。
セカンドストロークがこないことを祈ろう。

入院した夜のあの、不安な気持ちは消えた
by ygracia | 2004-10-31 00:29 | 今日のお話

まいった

家族の非常時というときはこどもがたくさんいればよかった
なんて思う。

母はかなり元気だ。
自分が脳梗塞だということも
ぼけてきたこともわかっていて話している。
でもどこまでわかっているのかわからん。
看護婦さんがくると異常にはしゃぎ、赤ちゃんがえりのようになる。
やっぱり母じゃない。

食事は要注意だ。
めんどうくさくていっぺんにいっぱいほおばるので
むせる。
お茶もいっぱいふくむのでまたむせる。
誤嚥がこわい。

院内感染は患者にも家族にもずいぶんちゅういがあるが、
よく観察していると病院側のほうが手抜きだ。
尿がめをチェックしたその手で患者にさわり、
食事のはしなどを用意したりもする。
食膳台もふいている気配がない。
昨日の食べこぼしがこびりついている。
部屋の出入り口にあるドライアルコールは何のため?
使っているのは教授?と私だけだ。
最悪。

母は私にそばにいてほしいのに
うるさいともいう。
こまったもんだ。

父もあかちゃんがえりをした。
自分でなにもしない。
なにかさせると、すぐに眠くなったという。
夜中は2時半から3時におきて着替えようとする。
トイレは2回。
私も昨日は熱がでて、どうにも動けず
ベットのうえから叫んだ。
まだ2時だよ、お願いだからねてちょうだい~おとうさん!
「わかったよ~」
父も大声でこたえた。
わずか70センチはなれてるだけなんだけど、
たぶん父は私が2階から叫んだと思ってる。
ポータブルトイレではないところの音を聞きながら
私はもうなにも考えずに寝た。
もちろん朝、みずびたし~~~~
by ygracia | 2004-10-30 00:28 | 今日のお話

人間

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はりきりすぎても相手が人間だとどうにもならないことのほうが多い。

娘が学校へいったので父の世話と病院の母の介護とどうしようかと迷い、父も病院へつれていき、
昼食はそこでと考えていた。

ゆうべ、というか朝の4時から、父のおなかの具合でいろいろハプニングがあり、私も一睡もせず、
体調は最悪。
三度寝した父もきのうまでとはうってかわって、
ぼーっとしていて動きも最悪。
着替えをさせて、歩いて病院へ。

母は父をみてよろこんだが、こんどは心配しだして
無理につれてくるなと私に怒った。
かえって、母に心配をかけさせることになった。

私もからだ中がしびれ、動悸はするし、
完全に過労状態。
夜にはこどもたちに、私が倒れた場合の
段取りを話しておいた。

父はまごといっしょに、DVDのブラックジャックによろしくをみ、それをみてから夕食にするからと
自分でいい、
わたしに食事を介助してもらい、
孫におふろにいれてもらい、
孫に風邪を引くよと気を使い、
とてつもなく上機嫌でベッドに入った。

私は、もうたってるのもやっとだ。
母の入院、四日目でもうこんな状態。
夜、しっかり眠れないのはつらい。
母も夜、父のことでこんな生活だったのかと
申し訳なく思った。

母の容態にかわりはない。

疲れた。
by ygracia | 2004-10-29 00:14 | 今日のお話

病院は

b0055939_012230.jpgなかなかベテランぞろいの病棟で安心した。

母が元看護婦ということで大先輩には最大の看護をという方針も功を奏しているような気もする。

母は私が来るのをまっていた。
部屋に日が差し込みすぎて、冬物のパジャマでは
暑すぎた。
「暑くて死ぬかと思った。」
「てっちゃん、着るものあるの?」
「お母さんの着てるからだいじょうぶよ」
「・・・・」

私を自分の姉と思っていたらしい。

食事もできるようになったが、まだ誤飲が怖い。
麻痺の自覚がないのでふつうに口にいれるので
むせてしまう。
食事時間は極力そばにいることにした。
完全看護といってもなかなかうまくはいかないから。心配。

電話で母と父を話しをさせた。
やはり、鈍くて、以前の母ではない。
電話が終わって
「わたしのほうがぼけてる」
と母が言った。

右半身脱力、傾脈
当分この治療となる。

歩いて五分のところに病院があるので助かった。
父の夕食を準備して娘にたのんで、母のところにいった。
やはり、待ってた。

娘のいない日は父を車椅子にのせて、
お弁当もって、母のところにいくことになる。
え~い、ふたりまとめて、めんどうみるわ~い!
by ygracia | 2004-10-28 00:10 | 今日のお話

今日は

b0055939_09372.jpg母は思ったより元気な顔付だった。
意識の混乱もない。
しかし、好きなラジオもテレビも見たくない。
新聞も。
やはり母ではない。

倒れた次の日、母は寝てばかりいた。
私の大失態だ。
お薬手帳の薬の数を一回量とまちがえて3倍量のませていた。
幸い大事にはいたらなかったけど、からだ中が震えた。

消化器内科から神経内科に移った。
やはり脳梗塞の疑いと言う。
小さい病棟に移ったので静かで看護師さんも
先生もベテランのようでなぜかほっとした。
まだ担当医は決まらない。

しかし食事は点滴、
トイレはカーテーテルで、これではあっというまに
寝たきり老人になってしまう。
母にがんばってね、しっかりねといったけど。
母は「あ~とんでもない目にあった」
と言う。

まだ私の心に引っかかることが出てきた。
たしかに今年の春をすぎて、母の顔つきが
わるくなっていて、
「どこか、具合わるいんじゃない?」
といっていたし、疲れがピークの私は
よく母と口論をした。
夫婦なら父の世話をもっとしてよ、
と母に言った。
母も疲れていたのに。

母のために用意していた健康茶もそうだ。
すごく気になる。
もしかして、のみすぎて血栓が動いて
つまったのかもしれない。
さらさら血液にするのも要注意とテレビで
言っていたのに。

夕べはねむれなかった。

父はとてもしっかりしているが、きっと母を心配しているのだろう。
私のためにデイサービスに週2回行くことを承諾してくれた。
ほんとうは家でのんびりしたいのだろうに。
でも娘もそうそう学校をやすむわけにもいかないし、私は病院へかかりっきりになる。
ひとりで父を置いておくわけには行かない。
でもときどきはデイは休ませてあげよう。
「幼稚園」と父は言う。
父の気持ちにそぐわないことがいっぱいあるのだと思う。

ふ~~
怒涛の日々が始まる。
by ygracia | 2004-10-27 00:06 | 今日のお話

b0055939_054331.jpg母が入院しました。
よかったのか、わるかったのか、でもやはりしろうとよりは専門家にまかせるべきだと・・・

糖尿のインシュリンの調整が私ではむずかしくなったので先生を必死で捕まえました。
先生が夕方みてくださり、元気な母でないことを
すぐにわかってくださったので入院となりました。
しかし、入院すると担当医がかわり、母をしらない先生です。
ここがちと腹が立つところ。
食事も点滴になってしまいました。
舌の動きが悪いからということで~

S大学病院は息子の第一志望の大学の病院なのですが、なんだか、ひさしぶりで入院棟に
いったら、ナースも先生もぴーちく、ぱーちく
うるさいのなんのって。
なにをはなしているかっていうと、私服をきたら
やせてみえるとか、医局の掃除に何先生が
適任だとか、どーでもいいことぴーぴー
しゃべってます。
ナースステーションのまわりには患者の家族もいて
帰り際に担当医や看護師さんに挨拶したくて
まっているのに、そのほうにはだれも気がつきません。話に夢中。

当直の研修医はおきまりの質問をならべ、
人の話を読む余裕なんてないから
カルテに家族のいうことを羅列筆記。
まちがいもそのまま。

あ~なんて、こころのない連中だ。
家族が入院するっていう家族のきもちなんて
だ~れもきがつかない、若い医療従事者たち!

外来の先生と、看護師さんとヘルパーさんが
いちばん親切でこころがあったかかった。

息子よ、志望大学変えたほうがいいかもよ。
それと、こころの広い、あったかい医者になってよ。

父の主治医の西村知香先生にも感謝。
くるみクリニック最高です。
by ygracia | 2004-10-26 23:59 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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