カテゴリ:幻視( 4 )

ブレインストーミング

月一回のレビー仲間のおしゃべり会も定着してきた。
できるかぎり少人数で、みんなで話ができるようにと思っているが、それもうまく稼働してきた。
最初からの仲間は上手に話をつなげたり、ふったりもできるから、
人数が増えたらまたいろいろ形を替えながらおしゃべり会を
続けて行けると確信した。

そして出会いが運命でもあるとつくづく思ったりもした。
古い仲間の顔がサプライズで、ドアの向こうから出て来て、もうびっくり。
つながりを大事に思った。
サナさん、うしこさん、すごいよね、ほんとに。
これもレビーのお父さんたちに感謝です。

さて話は戻って、仲間でブレインストーミング。
十分に脳を使って、みんなで集団思考。
でもこれって結構普段気がつかずにやってるけど、意識してすると
かなり効果があると思うのだ。
何気なくブレインストーミングと言う言葉が、仲間からでて、
みんなが??ってなったようだけど、いいんじゃない。
意識してたまには脳を使っても。
いろんな場面でみんなもいっしょにブレインストーミング♪

もうひとつ、いつもちょっとだけ理解に悩むせん妄や幻覚についてのお話。
自分でももうちょいはっきりさせようと先生に質問してきた。

アルツハイマーの幻視と、レビーの幻視の違いは?

アルツハイマーは比較的夜間せん妄が多く、幻視はその中で起きたりしている。
夜間せん妄は寝ぼけた状態。

一方レビーはせん妄状態のときもあるが、覚醒しているときでもはっきりとした
リアルな幻視を一日のうち、いつでも見ることが多い。



私も父と母を見ていて、レビーの幻視とアルツの幻視がなんとなく違うと思っている。

レビーの父の幻視は、ほんとにリアルで、目の前でしっかり見えてて、寝ぼけはなくて
普通に見えてるものを話す。現時間同時進行。怖がったり、楽しんだり、喜んだり
いろいろ。
ヨーロッパの実験でも患者は見えてるものをリアルに描画表現しているという。

一方、母の方は、今、人がそこを通ったとか、だれか来ているとか、
虫が出たとか、そこから作話が広がる。だから今人が来てたけど
もういないとか、あまり現時間同時進行ではない。回数も少ない。
そして今はほとんどない。

脳の話は解明されてるわけではないから、このお話もあくまで一例として。

最近、医者でもないのに、知識ばっかり増えちゃうから、
やっぱりプロの医師に話をきちんと聞くことはすごく大事と思っている。

医師を信頼することも大事。
いや==な医師に出会ってしまったとしても信頼されてると伝われば、医師を目指した人間だもの
心が解けて、初心に戻ってくれるかもしれないじゃない。

家族も医師もがんばって。


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by ygracia | 2009-06-29 11:09 | 幻視

父入院中4 (幻視)

今日の父はあまり変わりない。
ただ目がはっきりしない。
調子のいいときのように、ぴっとあいてはいない。

食事がとろみ食になっていた。
朝食でブロッコリーをひっかけて、窒息するとこだったという。
しかし、あまりにも味気ないので看護師にいうと、
「娘さんが介助されるときはきっと、だいじょうぶだとおもうのですが、
病院では人が変わるので、上手なひとも下手な人いて娘さんのように
うまく食べさせられない場合もあるから、まず、安全性を第一に考えて
ペースト状にかえました。」
ナースマンはこちらの気持ちがわかるらしく、丁寧に説明してくれた。

味気ないものの、味はいいので父はぺろっと完食した。
夕ご飯はさすがに、目にはいってくるものがなんか絵の具みたいらしく
(私にはそうみえる)途中でやめてしまうので、なんとか
はい、酢の物、はいごはん、はい、野菜の煮物と解説しながら
スプーンで食べさせた。

私がもっていった、離乳食用のすり鉢もいらなくなっちゃった。
ただ、赤ちゃん用スプーンが介護用スプーンより父の口に
ぴったりでこれは発見でよかった。
口を大きくあけない父にすっと入れられる。
父も食べやすいようだ。
食事の時間ですというと、父は目をあけ、準備して
自分で食べだすのだが、やはり途中でめんどうになるみたいだ。
点滴にならないように、とにかくがんばって通ってたべさせなくては。

朝いくと父はベットがたいらになっていてそっくりかえっていた。
手袋もベルトもしてるから、動きもできない。
どうもオムツをかえるときに平らにしてそのままいっちゃうらしい。
猫背の父は、ベットをあげてあげると、大きくため息ついた。

今日のせん妄は同業者のS建設の部長さん。
「さむいんじゃないか」
「なんていう名前?」
「名前は忘れた」
「さむいんだよ」
「コート着てないの?」
「着てないよ」
「だいじょうぶだよ、もうすぐあったかくなるから」
「そうか」
そのほか、いっぱい部下がきてたらしい。

いつものように2時過ぎにおきて、食堂にいき、カフェオレをのみ
牛乳がいい(これは自動販売機でみたのでそれでらしい)というので
牛乳を一口のみ、部屋へもどった。

壁を見渡すので誰かいるときくとだれもいないよという。
一生懸命わたしのハンドタオルを折っているので、
あした、折り紙もってこようかというと、なんかぶつぶつ言ってた。
そのあと、ノートとボールペンでなにかかいて、本とちらっとのぞいて、
お遊びタイムがおわり、眠った。

家に帰ると、夫と息子がお寿司をかって待っていた。
息子と私の誕生日に乾杯。
息子ははたちというのに、なんにもお祝いできず、当日好物のスパゲティミートソースを
作ってあげていた。
ま、来年の受験のあとに盛大にやろうということになった。
娘はいま、金沢で美術館探訪中。
by ygracia | 2005-09-11 08:43 | 幻視

父入院中1(幻視)

今朝の父は元気そのもの、リカバリー室から一般に移された。
せん妄などで騒いではと思い個室希望したが、脳神経関係の病棟のため
重篤な方が多いから個室はあかないそうだ。
4人部屋だが、父ともうひとりしかいなかったのでま、良かった。

母をショートにつれていくためにとんぼ返り。
ショートでは皆さんが心配してくれて、おまけに、ラッキーなことに
キャンセルがはいり、延長できることになった。
チーフのKさんは数年前から知っていて、この方のおかげも大きい。
いつも私の話をゆっくり聞いてくれるので涙がでる。

母はとても落ち着いていて、このショートならいつでもいいそうだ。
家をでるときの母はどこかへとんでいったらしい。

夕方母の薬を取りに病院へいき、そのまま別の病院の
父のところへ。

朝からテレビを付けっぱなしにしたのがいけなかったのか、
起きてる父がいろいろ話す。
「1匹300円だよ、」
「???何が」
「さかなだよ、そこにいっぱいいるだろ、早くつかまえないと、」
「???」
「流れ出たさかななんだよ、あぶないぞ」
「????」
「網もってこい」
と、ベットからでようとする。
ああ、そうか。
ニュースでずっと、台風の洪水の話を聞いていたのだ。

「私がぜんぶ取るから、だいじょうぶよ、それより、まだ起きちゃいけないのよ、
安静にして横にならないと、うちに早くかえるんだから」
そしたら、おとなしく寝た。

手も足も動く。
元気。

夜の回診。
やっと寝たのに、起こされた。
あげくのはてに、ゆっくりしか考えられない父に院長先生、矢継ぎ早の質問。
また仰向けの父は舌が下がった状態だから、言葉がはっきりしないのだ。

「やっぱり、DLBだね、まいちがいないね」と研修医たちへ言う。
なんだか説明したかったけど、白い巨塔のご回診はいそがしいらしいのでやめた。

それと第一番目の問題がでた。
夕食のあと、ドプスとアローゼンが出た。
しかし、ドプスは父の場合、飲むと血圧が上がる。
それで覚醒するから、今夜はまちがいなく元気になる。
アローゼンはききすぎるから、夜中大変なことになる。
一応今夜の看護師2名に伝えてきた。

大騒ぎになり、きっと睡眠薬が出され、それが寝たきりに始まりになると
なんとなくみえてきた。

ショートでもここだったら、騒ぎにならないことが病院ではやはり、
問題になり、拘束とか薬とかになってしまうと話がでたが、
そのとおりだ。

回復具合と治療のことを見極めて、父を連れてかえることは
心に決めた。

救急の看護師さんが、昨日言ってくれた言葉が胸にささった。
「入院して治療することより、家で過ごすことを選んだとしても
それは岡村さんらしい生き方と言えるんですよ。」
by ygracia | 2005-09-06 21:28 | 幻視

悲しみ(せん妄)

朝から、また救急車を呼ぶかどうか迷った。
救急センターに電話をいれたところ、決まり文句で断られた。
断る理由はいわれなくてもわかる。
高齢・痴呆だ。
要するに、助けても助けなくても高齢ならそれであきらめるだろうからだ。
と、今日はすべてにネガティブな感じ。

父は大汗をかき、呼吸も荒かった。
誤嚥性肺炎か、打撲のせいか。

診察予定だったので9時までまったが、父は眠ったまま。
脳外科で呼吸のことをいうと、背中の打撲のせいかもという。
そして、整形でみてもらってください。
整形にいき、せなかの傷と打撲をみせて、
レントゲンを6枚。
やり直しを2枚。
父はへとへとで眠ったまま。

結局はっきりとした骨折はなかったものの、ひびはあるかもという。
ただ、うでも動かせるのでシップでいいだろうって。
固定するとうでも動かなくなるからって。確かに。

首は老齢のためほねのあいだは詰まっていた。
ま、これもシップのみ。

いつもの大学病院、土曜のせいでとっても静かだった。

昼寝から起きた父、
トイレにいって戻ってくると、またベットへ行こうとする。
「少し起きたら?」
だまって、ソファにすわったが、なにかかしこまっている。
「なんで呼び出すんですか?」
まっすぐ前を見て言う。
「なあに?」
「なにか用事でもあるんですか?」
父に名前をきくと、他人に聞かれたようにです、ますで答える。
娘の名前まで言えた。住所も電話番号も。
「娘のつれあいは?」
「。。。。。」
「孫の名前は?」
「。。。。。」
「私はだれ?」
「副所長の・・」
「え?」
「職員」
「掃除の係りの・・」

胸が痛くなった。
夫は、機嫌が悪く、「だからどうしろっていうんだよ、しかたないだろう」

涙がとまらなかった。
娘が来て「だ~れだ?」
と聞くと、「りょうこ」
あれ、
「じゃ、この人は?」と娘が指差すと。
「見たことある」
「ゆみこだよ、」
「嫁にいったのに、なんでいるんだ」
「ずっといっしょに住んでるんだよ」と娘。
「そうか」

そのあとは、自分が起こされている理由がないといいはるので、
娘が絵の道具を持ってきて、書かせた。
私が泣きながら夕飯の準備をしている30分間で
船の絵を書き上げていた。

ごはんの前に
「私は誰?」
ときくと、「ゆみこ」
「忘れないでね」
と言っておいた。

猫が4匹いることは覚えていた。

痴呆と診断されてからいろんなことがあったし、
もっとぼけていることもあったけど、
私のことをわすれることはなかった。
母がいつも「ゆみこのいうとおりにしなさいよ」っていってたし、
父も「うん」といっていた。

ショックが大きすぎて、母の病院へいく気力がなくなってしまい、
娘にいってもらった。
母は母できょう一日、水ものめず、つらかったらしい。
完全看護といってもこんなもんなんだ。いつものことだが。

地域のホームドクターは必要だ。
私の子供のころは、先生が家まで来てくれてた。
父を時間をみて地元の先生のところで見てもらうことにした。
ちょっとした熱や、そんなことでも助かる。
今日一日、こどもたちが赤ちゃんだったころ、急の発熱や、
そんなことで一喜一憂して病院へかけつけたころと
同じだと思った。

全国の病院に老人科を作るべきだ。
内科や脳や、耳鼻科、眼科、歯、整形、ひとつずつ回されなくても
すべての可能性を疑ってくれる医師と連携してくれる医師たちと
こころのあったかい看護師と、臨機応変な事務方と・・・
休む場所と・・・・
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by ygracia | 2004-11-06 21:47 | 幻視