カテゴリ:気まぐれなお話( 155 )

おでかけ

浜松行ってきた。

b0055939_164838.jpg


そう、河野先生のセミナーで、「ゆるりん通信」のお知らせをする、のがミッションだった、、はず。

久しぶりで人前に立ったから、考えていた内容はぶっ飛んだ。
でも、でも麻酔科の先生のお墨付きの本番に強い私、のはずなので、
適当に?しゃべったけど、やはり準備不足はいかん、途中からぐるぐる。
で、覚えてません。
まさに旅の恥はかきすて〜〜で、すみません。

b0055939_152530.jpg


ホテルアセント浜松に泊まってみた。
口コミで、女性や家族連れに評判良かったから。
確かにフロントは女性ばかりで、なんか安心。
お部屋もコンパクトになってるけど、ベッドは広く、のびのび。
有線の音楽もチョイスできて、すごくほっとした。

朝方までともだちの部屋でたわいのないおしゃべり。
知らないうちに夜はあけていた。。
朝食込みだったけど、残念ながら、寝るほうチョイス。
ともだちは12時チェックアウトにしてたから、ゆっくりだけど
私は10時。
寝たのか寝ないのかわからないけど、結構爽やかに出かけた。


b0055939_155845.jpg




駅でうらめしいうなぎ(夕べ食べ損なった)を見つけたけど、
夜明かしの胃にはどうもピンと来なくてあきらめた。
かわりにひつまぶし(結局食べる?)

b0055939_171889.jpg


もちろんうなぎパイも忘れずに。

新幹線も久しぶりで楽しかった、だって相席いなかったし、のびのび。



私はほんとは旅がすごく好き。ま、だれでも好きか〜

またいつか旅を始めたいなあ〜70超えちゃうかな。。。歩けるようにやせなくちゃ。。。


b0055939_194292.gif



2年ぶりに河野先生のお話を聞いて、正直、びっくり。
その進化というか、先生が全速力で走ってきたんだと思っちゃった。

だって、レビーが整理されてるんですもん。

独自の治療法を完結されたとはっきりおっしゃってる。

何にせよ、だれにせよ、家族にとっては家族の味方の医師が
存在することは、大きな力なのだ。

家族の希望をつぶすような医師はほんとにいらない。。
by ygracia | 2011-06-01 01:10 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

また別れ。。

23日、朝、トラが死んだ。
18才。

一緒に暮らして15年。

息子が11才だった。
娘が13才だった。
父も母も元気で、トラを可愛がってた。

レビー小体型認知症に罹った父から離れずに世話をしてくれたのもトラだった。

パジャマのまま、外に出て行った父が塀にまたがって、オロオロしているときに、
短いシッポをピンとたて、父を見上げながら行ったり来たり、
私を見つけると目をキッと見開いて、そこに座ったトラ。
まるで、忠犬だった。

放尿してしまった父が、いつも「それはトラだ」と、言張ると、トラはしかたないなぁと言う顔で
父と私を見た。

らんちゃんとジュリを育てたのもトラ。
喧嘩仲裁もトラ。

わからなくなった母に「あか」と呼ばれても母をじっと見つめて優しい顔をするトラ。

脳トレのドリルをする父の足元にずっとついてたトラ。。

うちにはまだ猫がいっぱいいるのに、全部いなくなってしまったような喪失感。
トラの存在の大きさを今知る。

他の子たちもうつろになっている。

この数日、トラは人間の高齢者と同じような身体状況になり、
今更ながら、もっとトラを気遣うべきだったと思った。
この気候の変化に翻弄されてしまったトラ。
人間なら100才に近い。

立派だったトラ。。
お寺のかたにもほめられたよ。
今日はもう姿はないけれど、トラのゴロゴロが聞こえて来る。

ありがとう。。
by ygracia | 2011-05-25 00:58 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

認知症って

親の介護に遭遇しなかったり、また認知症という言葉と縁のない生活を送っている同世代の人も
たくさんいる。
高齢だけれど、自分とは離れて両親だけで暮らしているし、「だいじょうぶなんじゃない」という
言葉を聞くたびに、「ほんとにそうなのかなあ」と思ってしまう。
でもそれもその人の運命で、私が心配することではないから、ま、深くは追求しないんだけど、
話しているうちに「なんだかぼけたことしてる」「なんでわからないんだろう」なんて
言葉がでてくると「だから、それが認知症なんだってば、認知ということが難しくなるんだってば」と
ついつい、気合いが入ってしまう。

だけど、認知症もさまざま。

母は脳梗塞のあと、MRIで見てもらって、もう明らかな脳の萎縮とダメージ部分があり、
アルツハイマーと言われた。
糖尿病のためアリセプトは使用しなかった。

早い時期に失語になっている。
ものと物の名前も一致しないし、家族の名前も忘れている。
今ある状況を把握しているかというと、
そうではないみたいだし。

で、今回の帰宅でわかったことは、「やっぱりわかってない」
ということだった。
できることも徐々に減って行く。

やはりアルツハイマーであり、レビーじゃない。

父の場合は座ってというと、座ろうとする意志を見せ、がんばっているのだか、
体が言う事を聞かない。
座って維持しようとするけれど、神経の問題でど〜〜んと後ろに倒れて行くのだ。

母は座るよ〜と行っても、うんうんとはいうけど、その意志はまったくない。
こちら任せ。
座るんだから、、と行っても、カラダを預けた相手に依存。
座ってというと、「できない」「なんでしなくちゃいけないの」「うるさい」とか言う。

夫は「家族だから甘えてるんじゃないの」というけど、そういう問題じゃない。
理解する気もなく、理解もできなくなってきているのだ。

ただ、とりつくろいは上手。

あとは猜疑心が強い??

車いすの部品がホームで破損されてしまい、そのため全取り替えなので
業者さんがきたのだが、その間なぜかベッド柵の間から
じ〜〜っと見ている目の恐い事。

今回はほとんど「てっちゃん」と呼ぶ。
「てっちゃんは、おかあさんの姉さんでしょ」
「そうだよ」

私もしつこいから「てっちゃんじゃない」というと、「だれさ」
「ゆみこ」というと「そうだった」とはいうけど、「ゆみこ」とは口にしない。

娘も「ひでこ」と呼ばれ「ひでこじゃないよ」と聞くと
「だれでもいい」と言う。

朝食のあと、もうホームに行く時間なのでそのまま車いすにすわってもらっていると、
「はやく〜〜はやく〜〜〜」のコール。
ベッドということばは出てこないので、「あっちに行く」と主張。
もう出かけるからというと納得するものの、また直ぐにコール。

最後は娘に「早く、早く、大変だから早く帰る」と主張。
娘はてっきり、私と娘が大変だから、もう帰ると言い出したのだと思ったそうで、、
ところが
「早く 帰る、病院に帰る、これに座ってるのは大変だから、いやだ」
ということで、主張。

車の中では、なぜかるんるんで、娘が朝から何も飲んでない私のために
ラテを作ってくれてきてたのだが、それを横取りしようとする母。
甘くないんだってば。。。
熱さもわからないので、カップのなかに指を突っ込みそうになった母。
危なかった。

車から車いすに移乗のとき、案の定、だれも来ません。
またすべりおちそうになったけど、踏ん張った。
脱力する母を支えきれない。
もう次回から介護タクシー決定だ。

今回はなぜかワガママ全開の母だった。
夜は8時前には眠りに入り、2時頃から起きだして、
うなったり(ガンのせいか、わからない)
てっちゃん、ごはんは〜〜を繰り返し。
そのあと、またうつらうつら。

今回は初めて寝言を聞いた。
母らしい寝言。
「やめなさい! そこの人、やめなさい!」
とはっきりとした命令口調。
大昔婦長さんだったから、命令口調得意なのよね。。。
一瞬幻視かと思ったけど、そうではなくて寝言だった。
どんな夢?
正義感の強い母はどんな夢みてたんだろう。。仲裁かな。。

でも12時頃のおむつ交換では、「ゆみこ、寝ないの?」と突然いう母。
寝ぼけてれば私は「ゆみこ」なのかなあ。。。と不思議だけど、
結局嬉しくなるんだ。
やっぱりおかあさんだと、そのときだけは思うんだ。
by ygracia | 2011-05-20 15:10 | 気まぐれなお話 | Comments(2)

ママ友と再会

娘と息子が幼稚園時代、若さ(若くなかった私は)?で勢いで、でも真剣に
ママ友たちと付き合った〜〜〜

東京に引っ越すときに、別れたきりだったママ友Hちゃんと、
その間一回あったママ友Oちゃんと春秋ツギハギで再会!!!

な〜〜んだ、変わってないじゃん!!!
ふたりとも、いつも美人でおしゃれで、もちろん私よりずっと若いけど。

話は先日、テレビ番組で「モンスターペアレンツ」のことから。。
「あんなもんじゃなかったよね、もっとスゴい」と笑いながら、

「でも、こども育っちゃったら、あれは一体何だったんだろう、、だよね〜〜〜」

そう、地元の私立幼稚園、地元の付属に行かせるために、
幼稚園選びから始まってたし。。。
私はそんなこと知らずに選んでたから、入ってから目がテン。

でもね、私の仲間はみんな若くて誠実で、一生懸命だった。
だから20年近くのブランクなんか何にも感じなかった。

なんでね、仲良しになったんだろうって言うから、
なんでだろうね、、ま、みんな真剣に人生語ってたから、
こどもたちより、ずっとずっと仲良しになっちゃったんだもんね。
こどもたちには、こどもたちで、それぞれの思い出があり、

そんな母の話を聞いてた娘、Mちゃんとのお遊びも楽しかったのよ〜〜
ひとことも発せず、一緒に作業するんだけどさ〜〜〜またはマンガみるとかさ〜〜〜
でも楽しかったのよ〜〜〜と思い出にふけっておりました。

息子は、「え、H君のおばちゃん?え〜〜〜うそ〜〜」
私は知っております。
息子の女性像はずっとあなたのイメージであります(笑)

しゃべりまくって時間の経つのも早い。

次は神戸で会いましょう〜〜〜



b0055939_22264274.jpg

バリバリの80〜90年代
by ygracia | 2011-05-13 19:06 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

母とハグハグ

今週は、追いまくられるように忙しかった。
細かいことがいっぱいあったかなあ。。。。

ある日。
母に会いに出かけて、寝ていた母に声をかけると、「あ〜〜てっちゃん!!来たのぉ〜〜〜」
で、
「来たよぉ〜〜〜」と
しっかりハグハグ。

気がつくと匂う。。。。
みたら溢れてた。

すぐに介護士さんに言って、来てもらう。
もちろん、ちと待つ。

パッドのみ交換しようとしたので、全部取り替えてください、と頼む。
だって、オムツも汚れてるのにチェックしてない。
ただ施設だとあのくらいなら良しとするのかな。
うちじゃ、きれいに取っ替える。だって匂いだってついてるでしょ、大だもの。

で背中をみるとところどころ赤むけ状態。
アズノールないから、ちょっとと言って、フェルゼアつけたら
母「痛いわよ」と染みたらしい。
で、介護士さんが看護師さんを呼んで来るというので、おしり開いたまんま
かなり。。。待った。
もちろん、冷えちゃったから、案の定、再取り替えとなりましたさ。
防御してないもんね。

私はひとこともモウしません。
人間、失敗して気がつくんです、でも、、、気がつかないかぁ。。。。

看護師さん、さっさとアズノールぬるけど、、、母部屋にあったもう
何年もおきっぱのクリーム等の入れ物に入ったアズノールを塗る。
変色してた。
新しいのはなくなったら、頼むなんていってたけど、アズノールは
2本渡したはず。
どこにあるんじゃ。

で、全部すんで、出て行きましたね。みんな。

で、母の下着とセーターを着替えさせました。
だって、うしろの部分、しっかり染みて匂っております。
だれも気がつきませんのだ。
いちおう触って、「あ、汚れてません」とかおっしゃってましたが、
匂いかいでみ〜〜〜

その日はね、午前中にお風呂はいったんだそうで、なんともね〜〜〜
だからもう着替えさせないのかい。

クリーニング代もコッチが払うんだし、いいでしょ、別に。
オムツ代だってコッチが使用分払うんだからいいでしょ、

って思うけど、最低限の生活を守ってもらっているので
このごろはあまり文句は言わない。
はっきりしてるのは、私の体力と気力のバランス、整っちゃって、
静かになってしまったのかも。
できない、危ないって思う事が増えて来た。

ケアプランも再確認。
静かな生活、苦痛のない生活、できるかぎり、母の希望を聞いて、、
コウ縮を防ぐ為の機能訓練、それも母がイヤと言えばおそらくあまりできない。
上手に声かけしているけれど、なかなか手強い母なのだ。

家では入れ歯も手渡しすれば自分でいれるし、ご飯もほおっておけば自分で
しっかり完食すると伝えると、ホームでは「過介護だろうか」という見方もでた。
でもホームでは、「過介護」を見直すと「放置」になる可能性も生まれるから
「過介護」でいい、と思っちゃった。

そしてうれしいことは、かなり会話がはずみ、
笑顔が増えたと多くのスタッフから声があるということ。
これは、止めてたF100を再開したから。

良かったわ。
母にはこのくらいが一番合ってる。
母が幸せな認知機能のレベルであれば、そこでいい。

来週、母帰宅。
怒濤の週となる。



b0055939_22395720.jpg

by ygracia | 2011-05-13 18:47 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

生活が変わるということ

ゴールデンウィークも終わったようだけど、我が家はいつも同じような生活。
ただ、昨年とはまったく違う生活。

退職した夫は、自分の計画通り、部屋の荷物整理、思い出整理に励んでいる。
懐かしいものをみつけるたびに、持って来て説明。
とにかく、まだ倉庫に山のような荷物があって、そちらに手をかける前に
家のほうをやってしまわねば、と思ってるらしい。
母が在宅になる前に、と。
ところが、私はまったくその気になれなくて。。
毎日のご飯支度で、なんだかそれだけでいっぱいいっぱい。。って感じ。
「何食べさせよう」ってばっかり考えてる。。
ほとんど飯炊きオバさんに逆戻りの私なのだ。

夫の抗ガン剤治療は一端お休みになった。といっても3週間。
ま、白血球をたたきすぎたらしい。
夫は認知症ではないし、妻の役目というのも見張り?くらいで
あまり口は挟まない。
口を出せば、私自身、かなり大変なことになる。
これが配偶者介護と親子介護の違いかなあ。。
夫婦の性格の問題か〜〜


娘はまあまあの状態ではあるけれど、本人は辛いことだと思う。
これまた、じっと見守り、たまに叱咤激励、ま、母親としては、
夫のことより辛いかも、というのが正直なところ。
我が子のことはやはり心配。

私といえば、4月末に保護したというかうちにやってきたしまこのお父さん猫を
見送った。
悲しいけど、これだけ猫に関わるといろんなことが見えて来る。

今日も歩いて来た。
ちょっと続けて歩くと、足の腫瘍がどうも動くようで、神経痛がおきる事が
判明。これもつきあっていかなくちゃならない。
モーラステープがはなせなくなる。。。

町を歩くといろんなことハッケン。
防災公園で大声を出して集まってる若者たちがいて、
ま〜迷惑な、なんだかおたくっぽいから、なにかのオフ会かなあなどと
思ってたら、なんとお笑いの練習生たち。
みんな、それぞれのコンビで練習中。
まあまあ、がんばって〜〜と言いたくなったけど、
なんでみんなむさ苦しいんだ?
もうちょっとこぎれいにしたら、いいのになああ、何てオバさんのつぶやき。

商店街をはずれて歩いてると、スペイン料理の店発見。
かなり素朴。
ま、一回行って見るか。。

そうそう、福島避難区域の一時帰宅は、ペットの持ち出し禁止だそうだ、
ありえない。
車レンタカーしてもわたしなら連れて来る。
きちんとスクリーニングしてもらう。
家財の大きさも決まってるとか。変だよ。

これって弁護士頼んで政府を訴えることだってできるんじゃない?

「家畜は財産です、ペットと一緒にしないでください」と言った議員がいるそうだけど、

家畜もペットも家族です、命あるものです!

おかしいよね、ペット捨てたら犯罪です、罰金ですって条例あるのに
捨ててこいって、何なのだ。
何考えてるんだろう。

突然家族がいなくなり、冷たい雨の中に彷徨い、また帰らない家族を待って
救援のエサも食べずに犬小屋でつながれたまま死んで行った犬、
いないかなあと家の中をのぞこうとそのまま逝ってしまった犬、
車が通ると自分の家族かなと思って飛んで来る犬、
もう、みんなやせ細っている、ケガもしている。。。

待っていたんだね


人命優先、国民の安全を、、、どのことばも空しい。
政府が迷走して、国民を不安のどん底に突き落としている。

でもでも人間、ほんとに考え方も思い入れもみんな違う。
相手の思いも一生懸命理解しようと努力するけど、私は私の思いでやっぱりものごと、考えたい。
こころに嘘はつかないで、優しく、しっかり考えたい。



と、今日も書く事無いので、近況報告。
by ygracia | 2011-05-08 02:07 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

今日も犬猫ばなし

ここのところ、福島原発避難区域の動物たちの話を載せてみたら、
一挙に読者が減っちゃった(笑)

介護のお話をのぞこうと思ってきてみたら犬猫だったからあきれちゃったんだろう。
ま、いいけど。

母はホームでのんびりやっている。
私のほうは、夫の顔色うかがいながら、いつを在宅開始にするか
考えてはいるんだけど、まだ環境整っていないように思う。
だから介護の話、なんにもない。

福島の警告区域の動物救済は、原発対策本部の生活環境課というところが
することになり、今日さっそく取りかかったらしいけど、
結局は家族からの保護要請のあったところ、それ以外のつながっている犬は
鎖をといて放したという。
あほじゃない!!
野犬を増やしてどうするの。
どうして保護しないんだ。
飼い犬だってわかってるのに。
そして衰弱してるのに放してどうするの、犬社会で、喧嘩になり
弱い物は死んで行く。
いままで平和に生きて来た動物たちを地獄に落とす人間ども。。
そして、いつの日か、その失敗に気づいたときは、もう遅い。

今日の保護数は犬5頭、猫一匹。
人間は十数名いたらしい。

なんで動物に慣れた人たちに任せないの?
レスキュー団体、そろって入れるように、許可すべきだ。
各自の責任において、がんばってくれてるんだ。

「国が機能しないなら私たちで動こう!!」

震災後早い段階で、「被災者3万人と犬100頭を受け入れます」
と発表した佐賀県武雄市の樋渡市長さんが
「東日本大震災復興支援の新たな枠組みづくりの会議」に参加する。

「現場の必要性に応じてすぐに具体的に動く基礎的自治体と企業、
NPO等との連動による積極的な復興支援活動を、
市民を巻き込んだ形で
国民運動的に展開できる枠組みを構築し、
復興支援のモデルケースとして全国に発信していく」

この考え方を福島原発避難地域の動物救済に!!!

レスキュー隊は控えてる!!

取り残された動物たちがニュースになったころ、
こんな意見もあった、
「そもそも、人間がペットを飼うのがいけない、
だって、結局、こんなふうにペットを捨てる事になり
命を殺す事になり、それはすべて人間のエゴ」
うーーん。
by ygracia | 2011-04-29 00:11 | 気まぐれなお話 | Comments(1)

原発20キロ圏警戒区域に残された犬と猫

ある人が映像を取って来たという。

ここに保護団体と獣医師会が一緒だったら、いくつかの命は助けられたろうし、
これからの政府の対策の参考になったはずなのだ。

ひとりよがりではなく、アプローチは違ってもみんなでひとつの目的を
考えて欲しかった。
声かけをすべきだった、絶対に!!!

なんで入れたんでしょうね?

そして、ペットを置いてなければならなかった、家族!
この方たちが声をあげてほしい!!
まだまだ助けられるんだから。

それからいくつかの映像の中で放射線量を表示して、
汚染拡大を不安がらせるような数値を出してるけど、
その日によってもちがうだろうし、きちんとスクリーニングして
もらって、対処できるんだから、不安をあおるようなことするな!!って言いたい。

4月27日の放射線のお話→ここ



原発20キロ圏警戒区域に残された犬と猫


そのブログあの映画を取った人。


犬たちも長い孤独と不安の中で、優しかったこころも荒んで来ている。。。

家族が声をあげて!!!訴えて!!
by ygracia | 2011-04-27 16:51 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

福島原発警告区域

許せない、許せない。

私はやっぱり許せない。

苦しんで死んで行く動物たちを見殺しにし、静かに耐える福島県民を無視し、政府は何を考えているんだろう。

一時帰宅を認めるといいながら、一家庭ひとりって、何?
ひとりでぼう然としに行くの?

首相官邸にメールし続けても無視され続けるかもしれないけれど、
それでも続ける。
国民の声を聞かない国なんて、もう破滅だ。

世の中いろんな人間がいるから、もしかしたら人間の多くが悪魔の化身かも
知れないと思うときもあるけど、でも透き通ったこころを
集めて、大きなちからにしたい。。

動物たちも人間も見殺しにしないで!!

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

福島第1原発 牛に「ごめん」 警戒区域化で最後の世話



署名の協力お願い


2011-04-21
【拡散願います 原子力安全・保安院へのメールをお願い致します】

「犬猫救済の輪」さまよりの転載記事です






力の結集を!決定は、原子力保安院です!!
この件、最後のお願いになるかもしれません!

転載歓迎 拡散希望!!


大至急、ご協力をお願いします.



22日正午0時より20キロ圏内が警戒区域となるとの情報です。
圏内に取り残されている動物を救うためには、最高決定機関である原子力保安院にお願いする
以外に方法は残されていないと考えます。
全ての力を結集して、原子力保安院に嘆願して下さい。


ご参考のため文章のサンプルを作りました。
ご自由に全体、部分をお使い下さい。
ひとり、ひとりが保安院にお願いすることで、あの子たちの命をお救いください。
御急ぎ下さい。
(特にお願い1)の内容は大切です)


原子力安全・保安院へのメールはこちらから矢印


こちらから


(当会作成文例)

20キロ圏内に取り残された動物救助のためのお願い

1)20キロ圏内での愛護団体、ボランテイアの活動の継続

徘徊犬猫その他愛玩動物の保護捕獲は私達の様な動物ボランティアでなければ成し遂げられません。

経験と技術が無ければ救助は困難です。私達は自己責任で活動しており、

この区域で活動したことによって将来、健康上の問題が発生してもいかなる苦情、

要求を行うことはありません。

圏内への出入り時に警察の荷物チェックを受ける等いかなる条件にも従います。

動物ボランティアが活動時間や装備等必要な条件を満たした上で、

引き続き20キロ圏内で活動を続けられますようお取り計らい下さい。

2)飼い主自身によるペット救出

ペットを飼い主自身が連れ戻すことができるよう車両の準備をお願いします。

遠方避難等で飼い主自身が赴けない場合、愛護団体等が代行できるようお願いいたします。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

UKC JAPAN からもお願い。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

福島第1原発 牛に「ごめん」 警戒区域化で最後の世話


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


Tell the Japanese Government that the cruel act of starving animals must finally be made illegal


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

フェイスブックでも

save the animals left behind in japan's radiation evacuation area

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る。

                                マハトマ・ガンジー
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

最新ニュース!
警戒区域設定で環境省、ペット連れ出しを検討

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
地震のあと、動物いのちの私はレスキュー活動の報告に毎日釘付けになっていた。
自分が動く事はできないから、物資支援を少ししたりした。

夫が犬がだめじゃなかったら、3匹くらい一時預かりしたいと思ってたと
友人たちに言ったら、全員いっせいに、「だめよ、ぜったいだめ!」と
怒られた。
私ならやりかねないと思ったらしい。
残念ながら、環境整わないのと今の体力では無理だろうと思ってたから。。実現しなかったけど。

夫と娘も体調不良だが、元気だったらボランティアに行きたいと毎日言っている。
娘はお年寄りの世話と子供の世話ができる、認知症の方を引き受けると言う。
あとは建築関連の手伝いできると。
特に夫は仙台に甥も、親類同然の人々もたくさんいるので、すぐにでも行きたかったようだ。
ただ、ふたりともその体力がないことを毎日嘆いている。

私は、人よりももの言わぬ動物たちのことを毎日思う。

きっと日本中のひとが、あの地震のあと、こころが素直になったような気がする。。


素直じゃないのはおかみ。。のみ。
by ygracia | 2011-04-22 00:29 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

地震と母

東日本震災から一ケ月、昨日の黙祷の時間にちょうど母のホームに到着。
一ケ月前は、母のホームからの帰宅途中に地震にあった。

母の部屋に入ると、また異臭。
窓を開け、母のオムツを取り替えた。
おしり拭きを用意してなかったから、娘の持っていた除菌ウエットティッシュでおしりを
ふくと、なんと黄色くなった。
がっかりだった。
替えたあとではあったけど、しっかり拭いて、すっきりしてもらって、
ちょっと汚れていたズボンも取り替えた。
いつものことだが、膝頭は、擦り傷だらけ。
糖尿があるので、ベッド柵に軽くぶつけるだけで皮がむける。
これも気がつかれてなかった。

2週間前は母の腕が1.5倍に腫れ上がり、内出血も見られ、骨折の疑いで近所の整形外科を受診。
幸いにも内出血がひどくて、腫れただけだったので、2週間様子をみるということになっていた。
(今日の受診で無事完治)
機械浴のせいか、移乗のせいか、ベッドでのずりあげのせいか、原因は不明。
バイアスピリンを飲んでいるから出血しやすいとか、、言うけど。。
家ではならないからね。

母はボロボロだったけど、車いすに移動して、一階のホールでアイスやお菓子を
食べたら元気いっぱいになった。
それと、一時減らしていたサプリ、元にもどしたせいで、スタッフとのやりとりや、
反応も顔つきもやっぱり良くなった。
効いてるんだ。

新しい地デジ対応のテレビが入っていたけど、うつらない。
そりゃうつるわけない。
アンテナケーブルないんだから。
実は2ケ月ほど前からアンテナケーブルはなかった。
だけど、いつ気がつくんだろうと、ほっておいた。
母には悪かったけど、寝てる事が多いし、うちに来たらいっぱい見れるから
がまんしてもらってた。
で、ずっと気がつかないんだ。
テレビがうつりませんと伝えると、アンテナケーブルが足りないと騒いでた。
有料老人ホームですよ、ありえない。

残念なことだ。ほんとに。
いっしょうけんめい気をつかっているのかもしれないけれど、
みんな一杯一杯なのかなあと思ってしまう。
というか、やっぱり要になる人間が必要だ。

しばらくぶりで、母は車いすに座って、テレビ鑑賞。
地震のニュースをみると、「これは大変だ、友達もいるのに」と
しっかり娘とおしゃべりしてた。

さて母の訪問を終えて、いつものようにホーム近くのホームセンターへ。
ここでも一家族オムツはひとつとなってたけど、数の多いパックだったので
大喜びで取ろうと、、タナの一番上。
台があったので登ろうとしたら、通りかかった店員さんが、私を見て
「取りますよ」と言ってくれた。
正直助かった、だってまた骨折したら大変。。。

もちろん娘にも母のパッドを一パック、別レジで買ってもらった。
だってそうしないとほんとに困る。

お花やいろんなもの買って、車にいれて、それから2階のペットコーナーへ。
キャットフードやいろいろ眺めて、わんちゃん、ねこちゃんのいる
ケースを覗こうとしたとこで、ゆらゆら。。。。

すこし様子をみようと思う間もなく、ユッサユッサと揺れはじまったあ。
私は大きなカートを押してたのでそれに寄りかかって揺れが治まるのを
待とうとしてたら、
横のペットーコーナーから店員のお兄さんすごい勢いで飛び出して来た。
鳥やハムちゃんやいろんなのがいる部屋のドアあけっぱなし。
その瞬間、別の女性主任が叫んだ。
「なんで開けてくの!」
で、お兄さん飛びながらもどってドア閉めた。

私は動かずにいると、主任さんが、タナから離れてくださいと叫ぶ。

私は横にあるエサ袋は別に落ちて来ても怪我はしないだろうと思ったり、
それより、このペットたち置いてっちゃうのかと、どうやって助けようかとか
売ってるキャリーがあそこだから、とか、いろんなこといっぺんに考えてた。

で最後に私も階段脇に避難。
主任さんも外に出るかどうかで悩んでた。
一階におりて外に出たい人は出てくださいとも言っていた。

娘はすでに階段に掴まって、避難しておりましたわ。


この間ずっと揺れてたのに、ほんとに人間はおもしろいと思った。
揺れてる中、とにかくレジを済ませて帰ろうとする人、
買い物かご床に投げ出して、駐車場に走る人。
かわいそうなのはレジのお姉さんだ。
避難したくてもできないでいた〜〜

で、この間何分かわからないけど、その後、ぞくぞくと車が店から出て行った〜〜〜

なんであんなにあわてるのかね、と娘にいうと、
おかあさん、構造上、あの建物は簡単に床抜けるのよ〜〜、
へ〜〜〜〜そうなんだあああ。。

帰りの多摩川、やっぱり水かさ増してた。

今日も揺れた揺れた。

揺れますね〜〜がこのごろの挨拶だ〜〜

b0055939_1533272.jpg

by ygracia | 2011-04-13 01:53 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
プロフィールを見る