カテゴリ:母の記録( 96 )

母&交流会

おかあさん、また口がくさ〜〜い!

と帰宅したら娘に嫌われた〜〜

骨折のボルト抜く手術日が歯医者で深い部分の歯石を取る日だったんだけど、
手術入院があっというまに決まっちゃって、結局病院から歯医者にデンワ。

その日から歯医者に行ってない。なかなか。。。通うのもね。。大変で。。。

口臭じゃあ、周りに迷惑だから、また気をつけなくちゃと、、、ほんといろいろ大変だわ、加齢は。

そんな情けないオバさんだけど、レビーの家族を支える会に超久しぶりで参加してきた。

地方からの参加者もあり、お部屋がいっぱい。
限られた時間なので、なかなか全部の方の話を聞く事はできない。
それでもいくつかの話のなかで、参加者それぞれが、自分のところと摺り合わせるのか
うなづいたり、ため息ついたり、ことばは発しないけれど
なんらかの形で自分を納得させていくのだろうと思った。

できればときどきは小さなグループに別れての話でもいいのではないだろうか。
そのときには、スタッフがそれぞれのテーブルに参加してリーダーをするとか、
参加者はもっと気楽に声が出せるかもしれない。
残り時間で事前に集めた質問から医療問題を抜粋し、小阪先生に答えてもらう、、
なんて、勝手なこと考えちゃった。

ま、しがらみもな〜〜んにもない、おしゃべり中心のわれわれおしゃべり会とは
違うから、きっと想像以上に気をつけなければならないことが多いのかもしれない。

それより隣りにすわった、介護士新人たちがかわいくて、
一生懸命書いてるシートを思わず覗き込んじゃった。

新鮮なときこそ、いろんな勉強してもらいたいもんだ。

今日は小阪先生が欠席だったので、新しい話と言えば
新薬説明に大きな有名薬メーカー2社がそろってたもんで、説明があった。
特に目新しくはなかったけど、みなさん一生懸命聞いてた。

遠くから参加された方、ご本人もいっしょに聞いていた。
ご自分で判断されたのかはわからないけれど、
途中から、目尻に湧き上がる涙が、なんだか気になった。
家族は気がついてはいない。(ただ目が疲れただけかも。。)

初めて参加される方は何かを求めてきている。
一人で対応する会長も大変だけれど、その一言でみな、安心するのだろう。
家族が家族同士で支え会える会の形になるにはまだ、時間が必要かもしれないと思った。



そう母のところへも行ってきた。
バナナとぜんざい、マドレーヌとミルクたっぷりのカフェオレも。

そしたら、あんまり甘くないバナナは三分の一、
マドレーヌは一個。
ぜんざいは最初、二口でいらないというから、目の前で私が食べてたら、
食べると言い出し、結局きれいに平らげた。

わかったこと。
確かに「おいしい」ものなら食べてくれる。
中途半端な味だと食べない。

今日の母は「ふつうの」車いすでいいというから、それで廊下に出て行ったら、
スタッフがちょっと驚いた顔してた。
短時間ならだいじょうぶなんだけど。。。

また「半けつ」状態だったから、主任に見せた。。
母にもそのおしりをタッチさせて、「おかあさん、ズボンしっかり直してって言いなさいね」
というと、、、

「あんまり言うんじゃない、こっちにはねかえってくるから」と言った。

びっくりした。
いままでそんなこと言ったことないし。
もしかしたら、いやなことがあって覚えているのかな。
いろいろ考えちゃったけど、とにかくまだもう少し母には頑張ってもらわねば
ならないから、考えない事にした。
私としてはめずらしいことなんだけど。。。

それにしても母の目やにがたまっててがっかり。
濡らしたティッシュでちょちょっと拭くだけできれいになるのに。。

なんだかな〜〜〜〜

で〜〜〜

今日はいろいろ仲間としゃべってきたら、頭が冴えちゃって、眠れないので
ネットをぐるぐる。(実際は食べ過ぎたからかもしれないなあ)

私のブログ仲間はほとんど全員、顔見知りで知り合いで、どこのだれかもわかってて、
この人もこの人もで、知ってるってのは面白い。
で、もっと面白いのは介護の知り合いってのは、結構広いようでせまかったりして、
あるブログに知り合いの人がコメントしてて、そのブログの管理人も
コメントしてる人も私は両方しってるぞ、ってのは知らなかったり、、、ははは。

と、楽しみながら、もうすぐ朝だ。。。って遊んでしまう。
by ygracia | 2011-06-17 03:53 | 母の記録 | Comments(4)

悩む

母のホームから連絡が入る。

食事を全体で三分の一しか取れていないとのこと。
おちょぼ口にして、ひとくち、ふたくちでもう要らないというって。
家でもいうけど。。
昨日、母のところにいったのに、だれも困っている事伝えてこなかったのに。。

ただし甘いものなら食べるので、朝食はパンにジャムとかピーナツクリームを
挟んで食べているとのこと。
これは家でも同じだけれど。。
だから主食をちょっとジャムをつけたパンなどにしてみたらどうかと提案された。
糖尿病があるから、どうしたものかと言われたけれど、
主治医は、すでに好きな物を食べて良しと指示しているので、
あまり気にしない事にした。

ま、いろいろ試せば食べるはずだけれど、それを事細かに頼めないのが
なかなか難しい。
家だったら、すぐにおじやでもおかゆでもスープでも対応できるが。

母のアルブミン値はとっくに3.0を切ってしまっている。
ガンもあるから悩ましいことなんだけれど、栄養取ればそれはガンが取っちゃうわけで。

おいしいものしか食べない母だし、栄養ゼリーを好んで食べてはくれないし。
エンシュアは飲んでくれるけど。。
糖尿病患者用の栄養剤、高いの準備したのに、一本目にして、まずい!とのこと。
ワンケース廃棄処分となったしなあ〜〜

少し通わなくちゃならないかな。
おいなりやバナナでも持っていってみよう。
甘くして〜〜

父のときに、「命のスープ」の本買ったっけ。
どこにしまっちゃったかな。
探さなくちゃ。。

母はもう薬には頼れないので、食欲不振の改善、どうするか、これまた大変だ。。
ガンの転移かもしれないし、どこか圧迫してるのかもしれないし。
精神的なものもあるかもしれないし、義歯があわないこともあるし。。。

こういうときは、そばにいてもらうほうがずっと楽、って思っちゃった。
by ygracia | 2011-06-12 02:04 | 母の記録 | Comments(0)

どうしたの?母〜〜

担当主任がヘルプとかで不在の一週間が気になって、母のところへ。

今日は、匂わないと思いながら部屋に入る。
ベランダのサッシが20cmほど開けてあって外の風で
エアコン節約?
夜はちゃんと閉めてくれてるのかな。。心配。

壁側の柵に掴まって、自分で体交していた母。

顔色もまあまあ、元気な方の足は以前よりすこししっかりした感じ、なんでだろう。
だめな右足は、完全に脱力状態、外足になっちゃってるし、細い。
来月の帰宅はやはり介護タクシーを頼まなくちゃと思った。

持っていったクリーミーなプリンというのをあげたら、数口でいらないって。
まずいそうだ。
カルピスをあげたら、まあまあおいしかったらしい。
「いい味」と。
でもすぐいらないって。

おやつを食べたかどうかはわからない、覚えてないっていうので、
もうひとつのゼリーを出してみたら、まずい〜〜とおっしゃる。

娘と食べてみると、プリンはあまり甘くなく、ゼリーはまったく甘くなく、確かにまずかった〜〜

今日の母のトピックは
「いつ退院できるの?」
「・・・・・・来月」

「来週?」
「いや来月」

「来月?何日?」
「10日」(適当に)

「今日何日?」

しつこいぞ〜〜今日は。

「あ〜〜あ、もうねっころがってばっかりで、やになった〜〜」

母が言った!

「起きる練習しないとね」と娘が言うと、
「うん」と言いながら、起きるからそこをどきなさいと、ベッドサイドにすわっていた
娘に言った。

しっかりしてる、今日は。

入れ歯を取りに私が部屋を出たあと、母が言ったそうだ、
「うそばっかり、言ってる〜〜」

要するにゆみこという人はうそつきだと思ってるみたい、、、ま、ほんとだから仕方ない。


そしたら言いましたね、帰り際、「来週来るからね」というと
「うそでしょ〜」

今日の会話を明日は覚えてないとは思うけれど、でもきっと
母の頭のどこかには、「うそをつかれてる」と記憶が残ってるんでしょうね。
うそをつかなくて済むように、できるだけ早く準備しなくちゃとは思ってますが。。

母の爪が伸び放題で、巻き爪になってきていた。
以前はこんなことなかったのになあ〜
母は昔から深く切る人で、爪きりも凝っていて、ドイツ製だのなんだのと
いろいろ持ってた。
だからいつも爪がのびることを気にしていて、でもそれを上手く伝える事はできなかったのか、
言っててもやってくれなかったのか。
「どお?」と聞くと、自分で爪を触ってみて、「だいじょうぶ、ああ良かった」と言った。

施設に行くたびにこういう、なんだか当たり前なことが、なんで、きちんとなされないのかと
思ったけれど、大きな施設ほど人手不足で、もし、私が思うだけの要求を
満たしてもらうとしたら
専任介護士に、専任看護師をつけなければ、できやしない。

大財閥じゃないし、そんなことは到底できませんから、
私の望みも母の希望も叶えるには、結局そばで暮らす事になる〜〜

だってね、オムツにしても爪切りにしても、いろいろ伝えても
帰って来る言葉がわかってしまうっていうのも、なんだか、、つまらん。

今日も母の向いの部屋のおじいさん、母の部屋のドアを閉めた。
どの部屋ものれんがついていて、ドアは解放してあるのだけど、
このおじいさんは、以前いろいろありまして。。

私は部屋からでようとして、ガツンとドアにぶつかっちゃった。
(やられた)と思った。
で、私がまたドア開けて用事を済ませて戻るときに、付いてきました、おじいさん。
で、部屋の前でうろうろ。
私が見てるので、やっぱりあきらめた???

のれんにからまって部屋からでられなくなってる車いすのおばあちゃんも助けた〜
ものすごい可愛いおばあちゃんで、車いすの車の部分と輪の部分を両方掴んで
両足で、一生懸命前にでようとしている。
「だいじょうぶ?ひとりで?」と尋ねると、「だいじょぶよ〜」
「おねえちゃん、ありがとね〜」とにこにこ。

車いすの動かし方くらいちゃんと、教えてあげようよ。。。。

介護士3人、センターステーションにて何やら連絡簿のチェックに余念がない。
あ〜あ。

ま、母、だるさはあるものの、元気。

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いつ退院出来る?


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ピースサインをさせたら、「なんで?こうするの?」と。
説明するのに大変。


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孫娘にプロのマッサージをしてもらって御機嫌。

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なんだか、おかしくて笑ってる


そんな母。。。娘の私は悩みごと一杯なんだけど。。


今日の多摩川、警察隊の救助訓練。
オレンジのボートに、紺とオレンジのかっこいい制服の警察官が
4人のって、練習中。
機動隊のトラックも並んでた。

走る車から、携帯だしてとったつもりが、、(片手運転、すみません)
なんにも見えない〜〜

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by ygracia | 2011-06-11 02:48 | 母の記録 | Comments(0)

私のパニック

母、元気で帰宅したものの、最初から「てっちゃん」

迎えに行ったときから、「姉が迎えに来たの?」と介護士に尋ねていた。

ケアプランもチェックして主任とお話。
思った事はこういう面談って何回もあったほうがほんとうは良いんだよね。
誤解の部分も理解できるし、ホーム生活の現状も理解できるし。
ケアプランの見直しのときだけじゃなくて。
もちろん面談希望すればいつでもできるけど。

母は以前よりも動かなくなった。
土曜日の体操も参加できるわけなく、週3日の機能訓練も
母の機嫌次第。
それでも「固くなったら娘さんのとこに行かれない」と言う言葉に
つられて数回は足を曲げるらしい。

結局、今の母には苦痛のない生活が大事なのだ。
固くなって来るカラダを本来なら、私が毎日行って、マッサージすればいいんだけど。。。

帰宅時は車にもうまく乗せることができた。
座席にすべらせるためのビニールを敷き、その上にひっぱるための
バスタオルをおいて、2度の動きでスムーズに
母を正面に座らせる事が出来た。
座席に置く、回転シートもあるんだけど、母には無効。
ただ、これも車いすからうまく座席にのっかってくれたからうまくいっただけで。。。。

おそらく次回からは完全に介護タクシーになるだろう。

家に着いた母はあまり感動はない。
なぜかわからないけど。
猫には反応するので、抱っこさせる。
すると顔をくっつけ喜んでる。

食事も気に入らなかったようで、あんまり嬉しそうじゃない。

今日は寝ている所を起こして病院の診察に連れて行った。
ちょうど小雨が降り出し(母は完全に雨おんな)ビニールポンチョで
母を包んで、でもカサももたせたら。。。。

途中で寝てしまった母、カサを離したもんだから、風でカサが舞い上がり、
私はそれを掴もうとした瞬間、ほんの一瞬だったけど車いすの取手を
離しちゃった。。
でも瞬間でカサを掴み母の車いすを止めた。
足の悪いのも腰の悪いのもぜ〜〜んぶ忘れて。。。

向かいから歩いて来た女性が、「大変ね、気をつけてね」と声をかけてきた。

心臓ぱくぱく。

病院につきエレベーターを降りて後ろを振り返ると、母の靴が片方。。。落ちてる。。。
ドアがしまる瞬間、ガッとカラダを挟み、片足で母の車いすを支え、その靴を拾った。。

すごーい運動。。。

だんだん疲れて来たので娘にお迎えの応援頼む。
来てくれて母のそばに立っててくれるだけで、こちらはちょっと安心する。

車いす通院の難しさ、先回から感じているのだけど、今日も感じてしまった。
母は待つ事もむずかしい。

ただ、血液検査のところでは今日は大きな声で自分の名前を言っていた。
この前は旧姓だった。。

雨は小降りになっていて、帰宅して、ベッドに移乗させようと。。。したときに、
ベッドから母のおしりが滑り落ちた。
母が私にしっかりしがみつかないで、途中で手の力を抜いたせいだ。

私は必死で母をささえ、しかたないので、再度車いすのほうへ回そうとした。
しかし、タイミングはもう悪く、母は脱力、
全体重(42キロ)が私にかかってきた。
とにかくドスンと落としたら骨折だし、足の絡み具合が母を支えている
私から見えないし、必死で、娘を呼んだ。
でも聞こえなかったらしくなかなか来ないので、コッチも必死で呼んだ〜
母も大騒ぎ、痛い痛い。。。

ああ〜〜折れたと思った。

どうにもならないので、母に足をのばしてと叫びながら、ゆっくりと床におろして
ころがした。
母は痛いと繰り返すので、どこが、というと腰のあたりをさす。

床の母を見下ろしながら、頭の中真っ白の私、どうしよう。。。。
娘も腰が悪いので、余計な力を出せない。
夫を呼んで、どうしよう、と3人で。。

で、娘が腰の下にシーツをいれて、両はじを持ち、夫が上半身を、、と言い出した。
そうか、そうだった。

ベッドを最低の高さ(25cm)にして、せ〜ので母をベッドにあげた。。。。

幸い、いまのところ、どこも痛くないらしいので、骨折はしてないかも。。。
まだ分からんけど。

この出来事のなか、私は、この先の在宅介護への不安が
大きくひろがってきて、「あ〜〜どうしよう」と思ってしまった。

でもあとから考えたら、在宅になれば、ヘルパーステーションに助けを求めてもいいし、
なんとかなるべさと、またすぐ、あっけらかんとなったけど。。

しかし、ひさしぶりのパニックにどっと疲れが出てしまった。
母はまだ滞在中だというのに。

でも母が生きてるから文句も言えるし、おふくろさんがいるのはいいことだよ
という夫。
たしかにそうだ、ガンを抱えてても、私の名前を忘れてても、喧嘩しても、
生きてるからできるんだもの。

でもね、なんか小憎らしいというか、
「娘の名前忘れちゃだめじゃない」と言ったら、
「なにさ!」と言われた。
主張は強いし、かわいくないし。。
といいつつも、母らしいと言えば母らしい。
生きていてくれるから、文句も言える、ほんとに。
by ygracia | 2011-05-18 01:41 | 母の記録 | Comments(3)

haha~~地震

母、帰宅中、絶好調で、ボロボロだったお肌も美しくなり、病院には
口紅もつけて行った。
塗ってあげると、ムニュムニュと唇をあわせた。
そういうことは忘れないんだ。。。
母はお化粧きちんとする人だったし、化粧品もうるさかったなあ。

母に化粧水、クリーム、ってちゃんと毎朝、看護師(看護師だと思ってるので)さんに
いうのよというと、全然塗ってくれないわよという。
どこにおいてあるのかと。
忘れちゃうけど、教えておいた。

髪の毛もボサボサにのびきっていたけど、娘がきれいにショートカットに
してくれたので、ほっとしたし、母も喜んだ。
(何回もカットお願いしてたんだけどね。。。どうなってんだか)
ただ、右側の頭が敏感で、ちくちく痛い、もういい、と大変だったが、
娘が片側だけ長いのはおかしいでしょ、というと、また我慢して
がんばってた。

ま、いろいろあって、整形外科では骨への転移はいまのところ見える段階ではないとのこと。
(見えたら、もうかなりすすんでるということだし)
骨折もなかったけど、骨は硝子細工の骨!
チョンと空手の手をいれたら、ポキンと折れちゃうくらいうす〜〜〜くなってた。
というか。。。
ボルトのある股関節はボルトで支えてるだけ、骨はな〜〜い、みたい。
あ===

母、だましだましだけど、なが〜〜い診察時間を堪えてはくれた。
レントゲンの固いベッドに寝かされてたら、なぜかからだがカチンカチンに
固まってしまい、そのまま起こしてそのまま車いすへ。
体中もみほぐして、やっと戻った〜〜

食欲も旺盛で、びっくり。
夜中はなにやらおしゃべりしてたけど、私は疲れて曝睡。
朝起きて、母が落ちてたらどうしようと、考えながら、そのまま寝ちゃった。。朝まで。

で、予定を早めていたので、お昼頃までに母をホームへ。

「早く、帰りなさい。いつから入院なの?」(覚えてた)
「待ってるから、早く帰って来てね」(自分の意志をはっきりと)
担当主任もびっくり。

ホームのお昼ごはん、なんだかおいしそうだった。
大好きだったおそば食べてた〜〜〜

帰りは入院の準備もあって、ホームセンターに寄り、キャットフードなど
買って、次にダイエーにいこうと思ってたのが、すごく疲れて
二子玉川の交差点でボケして、反対車線に右折してしまい、
周りに迷惑かけながら、軌道修正。
で、疲れちゃったから、帰宅することに〜〜〜

で、途中で、地震〜〜〜〜〜〜

ちょうど赤信号で止まったら、車がボンボン〜〜
バンピング?とブレーキ踏み直してみたのに、ボンボンボン
隣りの車みたら、横にボンボン。
運転者もパニック。

そしたら、周囲のビルから人、人
信号が青になったけど、どうしようかと考えて、後続車もいないので、
信号機と電線の揺れが治まるのをちょっと待ってたけど、
揺れてる〜〜〜
そのうち、後続車がきたから、ゆっくり走行。

途中、道路に裸足のご夫婦。胸にワンコをしっかりだいてるのだが、
顔がまっさお。

で、事の大きさに気がついた。
カーラジオでは、車は走行やめて左に寄って止めてくださいって〜〜
だけど、誰も止まらないし。。。。。
信号機はだいじょうぶ。

帰宅したら、免震構造の3階は、大揺れだったらしく、
娘の部屋はすごいことになってた。
2階は人形ケースがセーフというところで止まってて、
ピアノがほんのすこし動いてて、
キッチンは、棚のドアが揺れると開かなくなるので、それはいいんだけど、
地震後に開けて、いろいろ受け止めなくちゃならなかった。
猫たちは、
トラじいは、腹だして寝てた。うしくんも寝てた。
ほかのはパニック。隠れた子2匹。こたつのなかに2匹、
あとは、飾り物が落ちて割れた〜

片付けしながら、また大揺れきたけど、もくもくと片付け。
だって、私の頭の中はとにかく早く休みたい、
明日はしっかり休まないと月曜日の手術に堪えられない〜〜てことしかなかったから。

6時過ぎてすこし落ち着いて来た頃、バイト中の息子が心配になった夫が
バイト先までみてくるといいだしたので、ついでに買い物頼んだ〜〜

ピザ屋でバイト中の息子、地震発生のときは、店中のタナからものが
落ちて来るなか、ドアをあけ、オーブン消して、焼き途中のピザを出して、
逃げる道を確保しようと他のドアあけたら、頭の上には上階の
室外機がいくつかあって、それがゆらゆら揺れて落ちてきそうだったので
すぐに店の中に戻ったそうだ。
そのとき、すく近くの古い木造の二階建ての家が
しなって揺れてたという。

今日は家族の性格しっかりわかっちゃった。
夫と娘は、パニックではないけど、興奮状態。
私と息子は意外とクール。

それから、テレビの報道見てて、東京の状況がほとんどわからないのに、
唖然。
たしかに東北地方、大変だけれど、それはNHKに任せてもいいし、
お台場フジや、六本木朝日は、もっと東京の情報重視して
優先して欲しかった。
あとからちらちら画像でてたけど、電車はどうなったのか、被害状況は
どうなのか、テロップだけじゃなくて、もっときちんと伝えてほしかった。
テレビが何もないから、ラジオ聞いてた。
ラジオのほうが、しっかり東京の状況伝えてた。

みんな大変だけど、東京、地震に弱いと思うんだけど。。。

夜、すぐそばの幹線道路は歩いて帰る人でごったがえしている。
車は渋滞。
まだまだ続いている。

みなさん、気をつけて。

でも考えちゃった。
手術中に地震がきたら。。。そんときはそんときじゃ〜〜〜寝てればわからん。

あ〜〜忙しい一日だった〜〜
by ygracia | 2011-03-12 01:45 | 母の記録 | Comments(0)

アルツハイマー復活騒動

私の足の問題で昨年から母の帰宅が不規則になった。
で、ひさしぶりの本気介護で、連れて来たら。。。。。

ホームに迎えに行くと、介護士のステーションの脇に頭ボサボサの母が
リクライニング車いすにすわって待っていた。
口のまわりにはカレーの黄色い色がついている。
ふいたんだろうけど、ついている。。。

セーターにはごはんつぶがいっぱい。

伸びきった髪で、私をみると、両手をのばして「あーーあーーー」と言った。
悲しみでいっぱいになったけど、「こんなことは想定してた」と割り切った。

担当主任は玄関であったが、病院付き添いのために出かけるところだった。
だから、遠目で大きな声で連絡事項を確認しあって、お別れ。

結局母が外出するのに、介護士も事務員もだれも出てこなかった。
こんなこと、いままでなかったけど、介護士の姿もみえないから
仕方ないのか。

また悩みのエイヤで、車いすから、車の助手席に移乗。
今回はプラスティックのペーパーを広げておいたから、
体勢を直すのは楽にできたけど、、、やはり母の足はどうにもならなくて
力まかせに母を抱き上げて乗せるしかなかった。
そろそろ、限界かな。
次回からは福祉車両のレンタルかな。。介護タクシーかな。
近くの店でちらみはしたけど、、確認してこようかな。

車にのった母に「寝てていいよ」というと、
「ひさしぶりだから、外の景色がみたいの」とはっきり言う。
ちょっとびっくりした。

そのまま、病院の診察にいく予定だったのが、なぜか246がすいてて、
早く戻って来てしまったので、病院通り越して、家に戻る。
それともひとつ、ホームを出る時、すでに母のおしりが汚れてた。。

ダダっと、片付けて、短い時間だから、というわけではないが、
リクライニング車いすを押す力が私に残ってなかったので
普通の車いすで、病院に向かう。

だいじょうぶそう。

なぜか元気で、私の名前も間違えない。

とってもご機嫌で、先生にも笑顔を見せた。
先生も「この前より、今日は目がしっかりしている」って。

帰宅途中の道で母の長年の知り合いのご夫婦に会う。
いつも母に会いたいと言っていたおばちゃんが、母に手をのばすと
母の顔がほころんだ。
うれしそうに、「覚えてる」と言った。
「いろんなところに連れてってくれたねえ、このごろ、ずっとそんなこと考えてるの、覚えてる?」
母「うんうん」
握手を交わして、お別れした。

母が「今、どこにすんでるのかな」というので、
お店を閉めて、おうちを改装して、きれいになったのよと説明して
おばちゃんの家を見せた。
母、何か考えているようだった。

家に到着して、夫と娘がお買い物にでかけて、
私は母をベッドに寝かせ、2階にあがり、ヨベールをセッティングして、
カチっとスイッチいれて。。。。。。。

私の目に飛び込んで来たのは。。。

母が起き上がって、足をベッドからおろそうとして、片足が柵にひっかかってる。

ギャーというより、心臓止まりそうになって、
1階に飛んで行った。

「おかあさん!!」
「ご不浄に行きたいの、足がひっかかっちゃったからとって、車いす、こっちにむけて」
と指示する。
「おかあさん、歩けないの、そのまま降りたら、また骨折しちゃう!!」

「歩けるわよ、何言ってんのよ! 早く、早く、でちゃうぅううう」

「だめだってば!」

私は母を寝かそうと必死、母は起き上がろうと必死
(いつもはひとりでは起き上がれないのに)

シャワー車いすでトイレに行けばいいのだけど、立てないのだから。。。
それにもう一年近く家でトイレには行っていない。
どうしちゃったの?

すったもんだで、ま=昔を思い出したけど、あのころと同じように、
母と娘で罵倒しあった〜〜〜

結局言いました。。「歩けるもんなら歩いて見なさい、折れてもしらない!」

「何言ってんのさ、歩けるんだから、ヒーヒー歩けるわよ」
と母、しっかりベッドサイドにすわって、車いすをたぐり寄せ、立ち上がろうと
してるけど。。。。。無理です。。。

「ヒーヒー、ご不浄にいきたーい」

で、娘(私)は結局負けまして、シャワー車いすに移乗して
(母は自分で立ってすわったつもり。。。)
トイレ行きました。。。

パンツをおろすのに、立てない母、ここでやっと目がさめたらしい。
私は腰をそらして母をだきあげて、パンツをおろし。。。

でるわけありません。。。。もうリハパンもパッドもしっかり重い。

ベッドに寝かせようとやっきになってた時に気がついた。
母の目。。。せん妄状態。

近所の人にあったことで、何か回路がつながったのか、
まだすこし動けたころの記憶が呼び戻されたのか。。。

母は数年前の母になってたのは確かだ。。

ひとつひとつ消えて行くのがアルツハイマーかなと思ってたけど、
母の場合、脳梗塞でドカンと消えて、、、
今はどんなことになってるんだろう。。

で、バトルのあとは、腰痛と右膝(移乗させるときに軸足なので)の痛みで
完全ダウンの私。。

あとから夫に報告。
「そんな、、階段駆け下りて行ったの? また骨折しないでよ」

たしかに、いつもは階段ふつうに降りれない私、たしかに駆け下りていたあ。。。こわあい。。


久しぶりに自分からリクエスト、クリームあんみつ堪能中、病院のカフェで。

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by ygracia | 2011-03-10 02:59 | 母の記録 | Comments(0)

おかあさん、86才の誕生日

インフルエンザももう恐れててもしかたないので、母しっかり帰宅してもらった。
右膝下の骨折は、治ったものの、以前のように立つ事は出来なくなった。
元気だった左の足もやせほそり、力は結構あるけれど、体重を支えるだけの
力はない。
すこしづづ、トイレでのズボンをおろす間だけの立位を保つ練習を日に一回程度
始めたが、ほんとにほんのすこしだけなのと、慣れている担当主任にしかできない。
ベッドの上でも自分から起きる事はなくなってしまった。
もうすこし、動きが良くなればいいんだけど。

でも頭のほうは結構いい感じ。
先日亡くなったいとこの奥さんの話をしたら、「何で先に亡くなったの?」
「早かったね」「ガンならしかたないね」
いとこたちの名前もしっかり覚えてた。

また看護婦学校時代の友人から梨が送られて来たので、それを伝えると
「ああ〜Yは千葉に住んでるのよ」と言った。そのとおりなのだ。
こういう記憶はしっかりしていて、不思議。

帰宅一日目は爆弾攻撃2回。
翌日も1回。
喜ばしい事なのだけど、今、トイレにすわらせることが非常に難しいので、
タイミングがはずれると。。。。。

通院日もクリアし、カルピス飲んで、クリームパン食べて、
るんるんで、時は過ぎ。。

今日は私も疲れが出て、朝起きれずじまい。
母も爆睡。
私に介護されることで、相当お疲れだったのか。。
時計をみたら、もう9時半。
血糖値さがっちゃったかと思ったら、クリームパンのおかげかさがってなかった。
遅い昼食。

それからずっと寝てる母にだんだん心配になり、途中で起こしてみたがちっとも起きてくれない。
また脳梗塞かとすごく心配になった。
でも昼過ぎに「おかあさん、お昼ご飯」と大声で言ったら
起きた。

そのあと、また寝た。

夕方娘が母にお化粧。
もう、眠いから、やめてほしいという顔してたけど、鏡見せたら、けっこう喜んでた。

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こんなに元気でお誕生日迎えられるなんて5年前には考えられなかった。
おかあさん、元気でいてくれてほんとうにありがとう。
バンザイ!!!


母、元気です♪

おまけ
じっと見てます。。
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がまんできない。。。。
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ああ〜〜おいしい〜〜♪
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by ygracia | 2009-09-30 23:04 | 母の記録 | Comments(12)

意外にしっかり母

母はギブスもはずれて、整形外科より受診終了といわれて、かなり落ち着いていた。
先生も母の以前の状態から考えても、無理なリハビリはしないほうがいいという、私と
同じ考えだったので安心した。
6ケ月かかった。私の思ったとおりだった。

ケアプランの見直しで、また以前のように、介助により、立位を保ち、自分で車いすに
移乗できるようになるように、トイレにもいけるようになるように、リハパンに戻すように、
と一年見込みの計画を立てた。

ホームにはほんとうに御世話になって、今もお風呂でのリハビリは続いている。
これがいちばんいいらしい。
今度は、無理無く、事故無く、目標に向かって日々の生活が続くのだ。
わたしひとりだったら、きっとめげてた。
寝たきりの母を抱えて泣き叫んでたかもしれない、とつくづく思った。
多くの人の手を借りて、母はまた元気になれる。

母は猫の話をしてたら、機嫌良くなり、ついでに足のことをたずねてみる。

動かせる?
だめ。

動かしてみて。
(動かない足、ももから上がる、よいしょ)

動くじゃない。
(ぴこぴこ、足首をまげたりのばしたり)

やだ、すごいじゃん。
まあね、すこしづつね。

起きられる?
これがあるから起きられない(ベットの柵をさす、母の行ってる事は正しい)

寝てばかりじゃダメよ、起きれたら起きてね。
まあね。もう少ししたら起きるようにするから。
(???母は自分でコントロールしてる?)

何が食べたい?
なんでも食べたい。

おいなり?
それはご飯でしょ、まあね。

じゃあ、ケーキ?
甘いものならなんでもいいね〜〜

来週持って来るね。
うん、待ってるからね。

かなり御機嫌の母だった。

来月は逆ショートでちょっと長い滞在にする予定。
孫娘にアロママッサージをしてもらうのを楽しみにしている母だった。

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東京地方、チョー暑い日々が続いていて、今日は突然涼しくなって、からだは追いつかない。

我が家もへんなうちで、いろんなとこにエアコンあるのに、全部つけたら大変なことになるから
リビングだけにとしてるのに、設計ミスなのか、とにかく冷えない。
で。考えて見たら、猫のために戸がちょこっとあいてるもんだから。。。
閉めちゃうと、猫が6匹いるからとらじいさん以外、あけられないから、だれかしら
鳴くのでその度に、立たなきゃならない。
で少しでも冷たい空気が流れて行かないようにとのれんをつけてみた。

家族からブーイング。
というのは、こののれんにぶつからないのは、わたしだけ。
ほかのかたには邪魔だったらしい。。

猫たちは、快適空間でぐーぐー寝ている。

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by ygracia | 2009-07-31 22:29 | 母の記録 | Comments(0)

今日の私は

昨日とは打って変わって、ハイテンションで母のお世話を敢行。

ぐっすり寝た母に起こされ、からすも猫たちも起きてない時間から、シャワーに
オムツ交換。
そしたら、母がまた気持ち良くなって寝てしまい、その間に朝食準備。
朝食後は私もぶったおれて、寝てしまった。

お昼に病院へ。
小雨のふる中、私はレインコート、母には足元、ゴミ袋、上はカサ。
母もカサ持ちにずいぶん慣れて、これもいい運動。
だんだん斜めになるけれど、また握り直してがんばってる。

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母と病院へいくとき、なぜか雨が多い。
泣きながら車いす押したこともあったけ。。。

昼食は病院の喫茶で、お決まりのドリア。ふ〜〜ふ〜〜言いながら完食。
ホームの食事問題うそのようだ。
主治医に話したら笑ってらした。

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行き交う人をながめながら、このときはしっかり目を開けている。
普段は目をつむりながら食べることが多いんだけど。

母が笑った。
夫がうしろから来て、車いすを押した時。
「だれだ〜〜?」
「ヒロシさん!」
にこにこ満杯。

なんで婿の名前はすっとでてくるんだろうなあ〜〜〜〜

クロネココッキーは母が来るとクロという名前になる。
今夜もいっしょにお休み。
クロもクロだと思ったらしい。
母は「あ〜〜かわいいね〜〜」とにこにこ。
母は子どもの時からクロネコばかり飼っていた。
お嫁に行くときもクロネコ連れてお嫁に行った。
だからクロはクロなのだ。
アニマルセラピー大成功。

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私はというと、夕べは首のうしろから凝りだして、いやはや血圧かとあせったけど、
治まった。
今朝は睡眠不足で体中がしびれていたけど、2時間爆睡したらすっきりした。

インスリンの前の血糖値を測るために母の指にプッシュしたとき、
血が出てこなくて、指をなでながら、血をだそうとしていたら、
母が「いいから、もういちど差しなさい」とはっきりとした口調で言った。
ひぇー昔の母よ。

で、また別のとき、インスリンを打ってたら
「世話かけるね〜」と言った。

来月はもっとがんばるよ〜〜おかあさん。




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by ygracia | 2009-07-22 02:13 | 母の記録 | Comments(0)

介護のかたち?

母帰宅。
どうも私のテンションがどんどん低くなり、在宅介護への気力が薄れていて、
母の顔をみると申し訳なくなる。
そして、どんどんテンションダウン。

母、うちのカレーライスをペロッと食べて、サラダもゆでたまごもペロッと食べて、
すぐに爆睡。

先ほど目覚めて、「大変、病院に今日の家に来ることを言ってこなかったから、
今帰らなくちゃ」と言い出した。
だいじょうぶ、私が手続きして、いっしょに帰って来たでしょうというと、
「ああ、そうか。でも明日帰らなくちゃ」
「明日は病院の診察だからね」
「何時?」

会話がまともにつながっているので、私としてはもっともっと申し訳なく思う。
母がホームに帰るなんて言えるなんて、私は悲しくなっちゃうのだ。
まだ膝下の骨折完治ではないので、トイレ誘導はもう少し先の予定なので
オムツ交換をするたびに、「ありがと」「大変だね」と言う。
ホームでも言っているようだ。

こんなにはっきりしているのに、私どしたらいいんだろうって、思っちゃう。

先月は動けない母だったから、便処理が大変だった。
今回はもう、準備万端、ペットボトルのシャワーボトルを2本用意。
ばたばたせずに、じっくりできたぞ。

母を迎えにでる直前、知り合いから相談の電話が入る。
家族で意見が異なってしまったからどうしたらいい、という話。

元気でいてもらいたいという家族の思いが、ご本人の身体状況を上回って
しまうのだが、家族はそこがあまり見えていない。

すぐに横になりたがるから、寝たきりになると困るから起こしてしまうのだという。
お昼寝もさせないわけだ。
妻は心配だけど寝させてあげてといい、娘は寝かせるなと対立。
熟睡しているところを起こすのはレビーにはいけない。
家族の頭の中は「寝たきりにさせない」でいっぱい。

リハビリも増やし、できたらもっと活発に生活させたいと思う家族。
昔は元気な人だったからと。


ふっと私自身のことを振り返ってみた。
私も父に対して、「昔はこんなだった、今、こんなになってるけど、こんなはずじゃない、
なんとか復活できるかもしれない、試せることはなんでもしたい」
と思っていた。

休みたいと言っても、運動だといって、チューブで体操。
お散歩と言って、連れまわした。

でも考えて見たら、健康なお年寄りだって、食後はうとうとするか、横になるのも自由だし、
好きなように暮らしている。
夜寝ないとか、問題があるなら別だけれど、調整取れているなら、
横になりたいときに寝かせてあげたっていいんじゃないか。

なんでも加減。

行き過ぎないように、ソフトに介護も大事かも。
確かにね、毎日のリハビリの積み重ねで、筋肉も衰えずにすむかもしれないけれど、
命終わるまでトレーニングするというか、させられるっていうのもなんだかね。。。。

在宅介護で視野が狭くなり、介護者の精神状態もピークになると、
命終わらせたくない一心で、外野の声も医療の声も聞こえなくなり、
自分のやり方を通す介護者もいると言う。

治療の方針が決まったなら、こんどは、介護の形をいまいちど、
本人はどう望んでいるのか、よ〜〜く観察して、適したお世話ができたらいい。

どっちの介護者タイプ?

叱咤激励して調教師のごとく、デイを5日、リハ2回、マッサージに、鍼灸に、脳トレ。
健康食に、快眠環境、すべてをコントロールするのか(でも決して悪いことじゃない)

本人の気持ちと身体と脳の要求に答えて自由な時間の過ごし方をサポートするのか。

結局、上手い具合にバランス取れれば一番。

そのためには介護者が健全で元気じゃないとっていうことか〜〜



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by ygracia | 2009-07-21 00:43 | 母の記録 | Comments(3)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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