カテゴリ:雑感( 36 )

いろいろ

ブログのタイトルを考えたときに、すぐ浮かんだのが
¡Hasta mañana! アスタ マニャーナだった。

スペイン語で、「さよなら」「じゃ、またね」「また、明日ね」そして、
「あしたがあるから、また明日考えようよ、なんとかなるさ」
明るそうなスペイン人もけっこうクヨクヨ考えるのが好き。
恋人のこと、仕事のこと、女同士、男同士でいろいろいっぱい話す。
そして時間がくると、「ま~ね、こんなもんなのよ。アスタ マニャーナだわ~~」

こんなタイトルをつけたものの、私の心の中はひっちゃかめっちゃか。
二人介護に負けそうになり、昨年の11月後半から完全に鬱状態になっていった。

おととしアリセプトの効果もでて父が元気になって、意欲的になり
家族総出で応援し始まったころ、母が脳梗塞で倒れた。
そのまま、アルツハイマーを発症。

母の退院をきっかけに父の世話ができなくなり、父はそのまま
元気を失っていくことになった。
母の攻撃的で一方通行の意思表示、わかっているのかと思いきや
あくまでも一方通行。そして無感動。私のなかで母の状況を
受け入れたくないという気持ちが大きくてひとりで葛藤することになった。
母は父を見守っているつもりが、父を頼り、夜中に起こしたり、
怒ったり、静かな父は翻弄された。
夏の脱水がきっかけで父は9月に脳梗塞で倒れる。
そのあとは坂を転げ落ちるようにベット生活へと・・・・

父が元気になっていったとき、生活がたのしかった。

昨日の会話
「お父さん、来週6日に退院だよ、よかった」
「おお~」
「どうする、洋服ちゃんと着て帰るよね」
「おお~」
何かを指差す父。
「なにか見えるの?」
「うん」
「何?人?」
「牛だ」
「え~そんな大きいもの、よくここに来たね」
「うん、大きいぞ」
「怖くないの?」
「おとなしいぞ」

「おお、おおおお、いるんだ」
「なに?」
「いえ、おおおおいたんんだ」
「いえにおいた?」
「うん」
「なにを?」
「人」
「家にだれがいるかって?」
「うん」
「りょうこがいるからだいじょうぶよ」
「そうか、だいじょうぶだ」

これでは、家族しかぜったい分からないな~~

今思うこと、
こうしたい、ああしたいといっぱい思っているけど
ひとりではできないことがある、
誰かの手をちょっと借りるとそれができたりする。

一人っ子で育ったから何でもかんでも自分でやりたい私。
ナースにもヘルパーにも医者にもなりたくなる私。
忘れちゃいけないのは私は父と母の娘であり、二人の親の人生の
最後を見守ること。あわてふためくことなく・・・
夫が言った、「夫と子供もわすれないでよ~~」

b0055939_104501.jpg


エンシュア、OS1ゼリー、記録ノート
by ygracia | 2006-04-01 10:46 | 雑感

うつうつ

気力が萎えた。

今月、母が戻ったときもふたりを看るのは無理と限界を感じてた。
でもどこかで、「私はさぼってるのでは」と考えてしまう。
がんばらなくちゃと言い聞かせても気力体力とも限界だった。

どうしても完璧主義というか準備万端整えないと気分が落ち着かない
性格が邪魔をする。完璧なんかありえないのに、何とかしようとする。
そして不完全燃焼で気分が落ち込む。
楽観主義なのに悲観的。
めちゃくちゃだ。

今日は息子も試験が終わり(惨敗)なのでどこかで
食事でもしようと思ったけど、息子はカラオケにいきたいといい、
娘は1日、マイペースですごしたからもうどこも行かないといい、
私はカラオケに行きたかったけど、結局意見まとまらず、
やめになった。

うつうつと落ち着かないけど、すぐに出かけられる友も
いないし、飲み友達もいないし、なんと私の人生
寂しいもんだとまたうつうつになる。

夫は海外出張中。
今日も韓国ドラマでもみようかな・・・
by ygracia | 2006-02-25 21:02 | 雑感

生きること

フリータイムを楽しもうと思ったのは大間違い。
父のなかなかでないうんうんに付き合って、午前中はつぶれ、
家事に追われ、デイから帰った母の摘便をするはめになり、
その手で夕食を作る気にもなれなくなった。
でもほか弁も食べれなくなった父のためにはつくらねばならないんだけど・・・

人間は食べて寝て○そ、して生きる。
父のヒゲソリをするたびに、生きてんだとも思うし、
母の食欲みて生きてんだとも思う。
じゃ、私は?
食べる暇も寝る暇もなくふたりが生きることを支えているんだ。
そんな過酷な生活なのに、私の体脂肪は減らないし、
寿司を口に入れれば、ウマいとも思うし、ビールも最高と思う。
私を支えているのは何なんだろう。
愚痴も言う夫も彼なりに支えてくれてはいるんだ。

でも心の声はだれにも聞こえない。

鬱状態のときは、私も消えてしまえばいい、あとはどうにでも
すればいいと思うこともある。

昔、亡くなった夫の母と徹夜で話をした。
最初で最後のふたりだけの時間だった。
私はかなり変わってたので、夫となる彼不在で
義父と義母と対面し、入籍した。
その夜、義母と一生分の話をした。
その後、3年くらい会えなくなり、次にあったときは
母は動脈瘤破裂で命は取りとめたものの、別人になっていた。

義母はずっと着物で通したきりりとした細身の人だった。
ころころした私に義父はやせる話をした。
義母は「あなたをやせさせるようなことになったら、息子がわるいのね」
と言った。
息子二人の母で頑固で心を開かない義父のもとで、
母は長いこと寂しかったと言った。
すでに兄嫁がいたが、義母は私の出る幕ではないのでと言った。
義母の趣味の手芸をたくさん、見せられて、とりとめない話と
そして、義母はずっと長い一生のなかで悔いても悔やみきれないことが
あると話だした。

義母の妹は医大に通い、優秀な人だったという。
もうすぐ卒業というときに、人生に終止符を打った。
姉である義母はうすうす、妹の恋愛に気がついていたと言った。
でも妹が負の方向へ引っ張られていくのをどうすることもできなかったと
義母は母というより、一人の女性として、悲しく語った。
私も義母の語りに、そのあったことのない夫の伯母を
思い浮かべ、胸が痛くなった。
残されたものの、心の痛みは永遠に消えないと言った。
そんな話を誰にもしたことはないのに、私の顔みたら話したくなったって。
あと、考え込む性格の家系かもしれないしね、と笑った。

あの義母ももういない。
子供をおんぶして、車を運転し、ずいぶん病院まで通ったけど、
あの晩の義母に会うことは二度となかった。

生きることってなんだろう。

富田順子さんの介護の本を(失礼、題名今忘れた)を読んだけど、
ヘルパー向けであるが、家族はそれを実行するのは無理だと思った。
気力も体力も使い果たしている私には理想の世界でしかない。
父母ふたりの人生のペースにあわせるなんて到底できないよ。
それでも生きることをサポートし続ける。
父母がわたしを育てたように・・・

生きよう、生きよう、みんな生きよう。
アスタマニャーナと最後まで言い続けて、生きよう。生きよう。
あーあ。
私壊れてますか?

b0055939_18513792.jpg
by ygracia | 2005-10-20 18:51 | 雑感

性格

母をデイに送り出し、ほっとした。
今日は素直に出かけてくれたので良かった、母も外へ行きたかったのかも。
週2回にしてみようかな、無理かな。

父はすこぶる元気。
今日は寝ないで起きてる。
それもうれしいけど、実際は見守り必要なので
私は気が抜けない。

鬱になりそうなくらい、つらい日々もあるけど、
すぐ復活してまたがんばってしまう自分を観察する。
だけど、答えなんてどこにもない。
もっと鷹揚に考えればけっこう楽なんだろうけど、
介護は自分が一番と思っているから踏み切れないんだ。
そこを目をつぶれば、選択肢はいっぱいあるのに。
母や父が不快な思いや、がまんを強いられるのを
考えただけでこっちが辛くなる。

若いときに好きなようにさせてもらった。
父はふつうの人生を私に期待していたらしく、
留学が決まっていたのにお見合い写真を持ってきたっけ。
東大卒だったような。
母はいろいろな思いがあるけど、世界を見て来いと言ってくれた。
なにか期待があったのかも。
でも通訳試験もうけず、ガイド試験もうけず、
結局父母は私の真意はわからずに悩んだだろう。
私はというと、世界の空気をすって、好き勝手していた。
自由気ままな青春だった。
父母のすねをしゃぶりつくして、現在にいたるわけだ。
今は夫のすねにかじりつき、ぶら下がっている。
母は私を苦労なんかさせたくないといって大事に大事に育ててきた。
だから経済観念は育ってない。
でも精神面はとんでもなくスパルタで、すごかった。
もと赤十字看護婦で戦中は看護婦教育をしてきた母。
厳しかった。
このごろ思うのは私はもしかするとアダルトチルドレンかもということ。
だけど、人の世話をするのは好きだ。

父と母の性格、そして介護する私の性格。
いろんなものが混濁して現在がある。
だから、介護は100人100色、万人万色ということになる。

父も寝てるし、せっかくのフリータイムなので
DVDでもみよっと。
深く考えるのはやめよっと。

神戸屋キッチンのかぼちゃパイ。
b0055939_1050196.jpg
by ygracia | 2005-10-20 10:49 | 雑感

ブログ

娘が友人たちとMixiをやってたので、おもしろそう
娘に招待メールというものをもらって、いれてもらったんだけど、
やっぱり場違いというか友人もいないから3日で退会した。

このブログもいろいろ編集してみたいんだけど、
じっくりやる暇もなく、スキン編集のブログからちょっと借りてきて
いろいろやってみたのに、まったく反映されてない。
なにかがちょっとだけちがうんだろうけど、それをじっくり
見つけ出す暇もない。

私のホームページ作りは一冊のタグ辞典から出発した。
ホームページビルダーは知らなくて使ってなかった。
猫なかまの一人に先生になってもらって、必死で作ったっけ。
タグを勉強したのでソフトを使うようになっても細かいところが直せて助かった。

ところが、このブログはCSS編集なるものがあって、その表示もちがうから
ちょっとてこずる。
でもCSS編集の本はもってるのでまたいつか勉強するぞ。

と、ちょっとパソコンを離れられないでいると、
父は脱出し、母はまたトイレにいるのだ。
すこしは遊ばせてほしいんだけどな~
by ygracia | 2005-10-05 23:47 | 雑感

介護とは

介護ってなんなんだろうって考えている。

よくテレビでみる光景、
大勢の家族の食卓にちっちゃい、ばあちゃんもいて、もくもくと
食べている。
こぼせば、隣にすわっている、嫁さんか娘か、息子がそれをひろう。
おかずを口にはこんでやって、首にはタオルでよだれかけだ。
みんな、ばあちゃんの存在をふつうに受け止め、
むせて飛んだごはんつぶも気にしない。
わいわいと食事がすすむ、日常の光景なんだ。

寝たきりのじいちゃんのベットが奥に見えていて、
こちらでは嫁さんとばあちゃんがお茶を飲んでいる。
訪問看護師がやってきて、じいちゃんに問いかける。
孫ものぞく、みんなでのぞきこむ。庭の犬も網戸ごしにのぞいている。
日常の風景なんだ。

うちはというと、1階のワンルームにふたつの介護ベット。
部屋にはいって正面に母。右奥に父。
それぞれのテレビ。
それぞれの車椅子。
ポータブルトイレ、父用。
なんとなくタンス。
壁には前ローマ法王の写真、母の知り合いの司祭の写真。
母の作った皮細工の絵画。
ねこたち。
でも囲む家族はいない。
会話のない、ねているだけの二人。

こどもたちにもそれぞれの生活がある。
朝晩のコエカケはしくれるけど、介護にはかかわっていない。
夫はまったく関わっていない。

生かされていることに感謝しているけれど、
生きることのサポートの介護って、
家族のなかで自然に受け入れられればいいのだけど、
やっぱり難しい。
どこかでだれか犠牲になり、どこかでだれかに迷惑をかけている。

それぞれの家族のかたちのなかで介護生活がある。
なんだか、田舎の大家族がうらやましい、このごろだ。
by ygracia | 2005-10-02 09:57 | 雑感

たとえば私の一日

ヘルパーさんの来ない日の私の一日。

5:30  父と母の境の戸の鍵を明けに行く。
        父の部屋が暑くなるので空気を入れ替える。
        たいがい、母が目を覚まし、全介助でトイレ、お尻洗い、パンツ交換
        パジャマも取替え。

6:20 うち猫たちと外猫たちにご飯タイム。

6:40 うち中のごみだしの準備。外へ出すのは夫。

7:00 父がおきだすのでチェック。
        調子がいい日はスムーズ。
        悪いとどうにもならない、がちがちにかたまってるので動いてくれない。
        洗面介助、パンツ交換、着替え。

8:00 朝食の準備。母血糖測定、インスリン注射
        父母のみ、子供たちには、「牛乳のみなさ~い」と上に向かって怒鳴る。
        夫はジョギング中。
        父母の朝食、半介助。薬を飲み忘れる。
        スムーズにはいくわけなくて、とにかくカリカリする時間。
        首からエプロンぶらさげ、パンをこぼしてあるく父。
        ぜ~んぶ口に詰め込んで、ミルクで流し込む母。
        ヘルパーさんが来るとお上品に食べているのに。
        食事が済んで父を寝かしつけて、食器のかたずけ、
        その辺の片付け。
        夫はお茶だけのんで出勤。

9:30 父母の洗濯開始。
        尿のにおいといろいろ。毎日汚れるから、防水シーツ2枚、
        父のシーツ、衣類(一日の間にいろいろあって汚すから1枚ではない)
        大量のタオル。
        洗濯機を回す回数 3回。

10:30 何事もなければ、3階にあがって、自分たちの洗濯。
        やっと自分の朝ごはん。
        テレビをみながらぼーっとする。
        気がついて、掃除始める

11:00   なにもなければ(そういう日はすくない)知らないうちにねちゃう私。

11:45   昼食準備

12:00   母が騒ぐ、ごはんがないという。母血糖測定、インスリン注射
        昼食 半介助

13:00   父を寝かしつける 母は勝手にしてる
        片付け

14:00   やっと自分の昼食。
        いろいろ電話が来る。
        そのほか、うちのこと、父母関連のこと、やらなきゃならない事務処理電話。
        
        静かな日はすきなDVD。

15:00   母が頻尿になり、騒ぎ出す時間。
        5分おきにトイレにいき(でるわけない)それを忘れる。
        
        おやつにするとおさまる。
        
        母の冷蔵庫アサリ。
        うっかりすると牛乳全部飲まれてしまう。(現在は冷蔵庫からっぽ)
        それでもあさっていて、何もないと言ってる。
        
        時代劇チャンネルにして、気をそらす。

        父はテレビをみてるかうとうとしてる。
        悪い日は、徘徊。5分おきに部屋のドアを開け閉めする。
        へたすると脱走。
        ドリルをしたり、かまってあげる気力は私にはない。

17:00   夕食準備

17:45   父入浴 全介助

18:40   母血糖測定、インスリン注射 父母夕食 全介助&見守り

19:45   寝る準備。
        父歯磨き(半介助)、トイレ
        簡単体操 

20:20   父就寝 夜間用水準備

20:30   母寝る準備 夜用パッド交換(全介助)
        夜間用、爽健美茶準備(血糖値がさがるので)
        部屋の電気は消すが、母はテレビ観賞中。
        うち猫、外猫にご飯タイム

21:00   母、夜用インスリン注射。

21:10   こどもたちの夕食準備。子供たちは帰りはまちまちなので。

21:30   やっとほっとする。
        夕飯をたべたいような、食べたくないような。

23:00   息子、夫が帰ってきて夕食。

23:30   父母トイレタイム。
        寝てたら、1時間後に。

24:00   キッチン後片付け。

25:00   世界陸上やってたら、見ているうちに寝ちゃう。

でもいろいろあるので、四六時中、というか24時間父母べったりかもしれない。



        
       











   
by ygracia | 2005-08-14 14:01 | 雑感

今日も雑感

やっぱり疲れている、介護放棄したくなる。
それでも動く、無表情か、ヒステリーとともに。

こぶたのきもちさんのHPからここへ行ってきた。

野田明宏さんの奮闘記。

正直な介護日記。読みながら、私も父か母かどちらかだったら
やれる、やりとおせると思った。
私がいま、混乱しているのは種類のちがうふたりの認知症に
振り回されているから。
どちらを選べなんていえない。
現に、母を老健には入れられない私、父をグループホームには行かせられない私がいるんだから。

与えられた現実を淡々と受け止めるにはどうしたらいいのか、
それが私の今の苦しみなのだけど・・・・

新聞広告をなぜかまきながら歩いている父をみながらブログを書いている・・
by ygracia | 2005-08-12 17:55 | 雑感

笑って

人生のいろんなしがらみから解放されて人生を楽しめるのは
いつなのかなと昔は考えたけど、今はなんにも考えられない。
一日過ごすだけで精一杯。

昔のコーラス仲間のHPから飛んでここへたどり着いた。

久田恵さんのHPだ。

ナンセンスポエムも面白い。

疲れたらご覧あれ。

友達のHP「やっとこさっとこ」もすばらしくて、ここの「筆に覚えあり」は
人生の先輩の語りを聞ける。

淡々と生きたいんだけど、今日もカリカリする私がいる・・
by ygracia | 2005-08-11 23:07 | 雑感

夢は百歳~

夢は、100歳で・・・・

父母の世話を始めてから、なんだか鬱状態で、「長生きはしたくない・・」と思ってしまう。
一人の友もそういう。
でももうひとりは「何言ってんの、みんなで長生きしようじゃない!」
と元気だが、どうも私はいいわ~って鬱状態。

でも夢は百歳だなんて、ほんとすばらしい。
生きていることに、生かされていることにほんとうは感謝して
淡々と楽しく、長生きしなくちゃいけないんだ・・・と思った。

父母を励ますときは「長生きしなくちゃ、孫の将来を見てね」
なんていってる自分は「長生きしたくない」とは、
私もほんとに情けない・・・
by ygracia | 2005-08-10 22:54 | 雑感