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退院

昨日母が退院した。


早く帰りたいといってたものの、父のデイの送迎が遅れ、結局、
私が行ったのはもうお昼近く。
食べないはずだった最後の病院食を特別にだしてもらって、
いろいろあって、会計などすませて、家着いたのは3時近く。

部屋の模様替えにも特別な反応もなく、淡々とベットに入る。
夕方父が帰ってきたが、父は母のまえを素通り。
母もそんなに大きな感動なし。
「何か言ったら、おとうさん、」
「そんなにふとってないじゃないか」
「早く着替えなさい、お父さん」と母。

そんなこんなで父と母は素通り、行き違い、勘違い、小さいトラブル、
わがまま、いろんなものが交差して、私は母のトイレ介助だけで、
もう根を上げそうになった。

夜中は、私が大変だからと、母はオムツでいいからといってくれて、
自分もゆっくりねむれるしというので、私は安心しきって寝た。
起こされたのは2時45分と4時半。

渡した呼び出しスイッチがなりっぱなしで、無理やり目を覚ました私は
吐き気がした。
母は朝になると、夜中に私を呼んでトイレしたことなど覚えていなかった。

今日はケアマネージャーさんが様子を見に来てくれた。
来月、再審査をすることにする。
まだ、どういう生活になるか予想もつかないのでいろいろなヘルプは
もう少ししてからお願いすることにした。
私の腰がやられる前にお願いすることになっている。

母をみたケアマネさん、やはり以前の母ではないことをわかってくれた。

部屋の模様替えをして、母のベットの位置をきめておいたものの、
やはり、利き手とか、起き易さとかいろいろあるのでまだまだ
考慮の余地あり。
また父との共同生活というのも母自身がわがままになっていて、
難しいものが見える。
夜早くねるから、電気を全部消してというがまだ8時。
テレビを楽しんでいた父は真っ暗な中でしんとしてた。
また反対に行動の遅い父を気にしすぎる母。
「なにやってるの?」
「お風呂はやめて早く寝なさい」
「早く着替えなさい」
視界にはいない父にいろいろ言う。
大きなストレスにならなければいいが。

それでも今日はふたりでテレビを見て、お茶していた。
父が何年ぶりかで自分でお茶を入れるといった。
でも結局、ポットのどこを押すかがわからなくて断念。
もっとわかりやすいのを探してこよう。

私はというと、疲れ果ててしまい、母のトイレを済ませて
すぐ買い物にいったものの、目が回ってきて、買うものもかわず
帰ってきた。
昨日と今日で階段ののぼりおり、母の介助で
もものうしろの筋肉がぱんぱん。
いい運動だけどまいった~~

そういえば今日は雪がふっていたっけ。

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by ygracia | 2004-12-29 23:56 | 今日のお話

あす

母の退院の前日ということで先生がたから説明を受ける。
というより、私がうるさそうだったので先生方がやってきたという感じ。

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でも目からうろこではないけれど、モヤモヤが解消された。
母の脳梗塞はいい方向で治まったと言うことで、飲み薬は
消化器内科からだされるという。再検査は必要なし。
右の軽い麻痺が残った。
先生によると、脳梗塞は交通事故のようなものだと言う。
元通りになると考えるより、今の状態をどのように受け入れて、
暮らしていくかを考えるのがベターと言う。
本人は自分で今、どのような状態かわかってきている時期で、
周りの人がはやくその状態を受け入れて、いかに暮らしやすくするかということが
大事だと言う。
母の場合、失語症ではなくて単なる、物忘れ。
その部位の損傷はないと言う。
失語症というのは、単語をわすれるのではなく、ことばにかんする、
すべての状態での混乱が出てくる場合だと言う。
たとえば、これはナンですかとたずねると、赤いです。と答えるのだそうだ。

最初に母を救急に連れて行ったときに、なんでもないからと
家にかえされたことを告げると、先生も困惑顔になった。
その場にいなかったからなんともいえないが、判断がむずかしいときもあるって・・・

しかし、この次(あってはならないが)は24時間体勢で神経内科で
受け付けますと言った。

看護師のチーフとも最後にお話。
母がいろんなことを遠慮していたとのこと。
いつものことだが、看護婦の仕事の大変さをしっているだけにどうしようもないのだろう。
チーフは患者さんの退院を喜んでくれるほんとうの看護師さんだった。

整形の先生はわざわざきてくださって、また説明をしてくださった。
お世話になった。

長年お世話になった消化器内科の先生も朝きてくださったそうだ。

おかあさん、よかったね。

母の股関節はまだくっついていない。
いろいろな状態をかんがえると、無理なリハビリもできないので
ベットのうえでの足の曲げ伸ばし程度でいいという。
車椅子にすわっててもいい。
しかし、母はすぐ疲れるようだ。
ま、ゆっくり、ゆっくり。

父は相変わらず。
口のなかにある入れ歯を探して、だれかがもっていったという。
父に私をよびだすためのスイッチをわたしてあるが、なんか
むずかしいことをいって、使わない。
仲居さんでもよぶように、ぽんぽんと手をたたく。
「おとうさん、私、犬じゃないからね、ボタンおして」
「そうかい、あれは、本人いがい使えないと思った」
「?????」
あとでかんがえると、犬だって名前よばれるじゃん・・・
本人って誰??????

きょうは3時間ほど、庭の手入れをした。
ちょっと、草をむしったら、やめられなくなり、ぜんぶ片付けちゃった。
明日、腰が心配。

母が帰ってくる。
by ygracia | 2004-12-27 23:53 | 今日のお話

父に叱られる

昨日から父母の部屋の模様替え。
狭いところをうまく歩けない父のためと、母の介護のしやすさと
生活のうるおいと全部をワンルームにおさめようというのは土台無理な話。

結局使っていないもの、無駄なものを省いていって、
なんとかスペースを取り戻し、父のお気に入りのロッキングチェアも
復活。
今日は朝から父はそこから動かない。
かなり快適らしい。

母のベッドも、車椅子もシャワー・トイレ用車椅子もスライダーも
届いた。
父も電動ベッドを興味深げにのぞいていたが、処分される母のベッドが
どうも気になるらしい。
年代もののフランスベッドだが昔は高価だったのだろう。
でももう十二分に働いたからねと粗大ごみへ。

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母は相変わらずで「明日、何時に迎えに来るの?」
きのう、紙に書いたのに、週刊誌のしたになっていて、すっかり
忘れている。
言葉もいろいろ忘れてしまったらしい。
「これ、ズボンの下の・・・・」
「これこれ、」
足をぶらぶらさせる。
「なんだかわからないから、いいわ、もう」

神経内科の再診もないといわれ、「え~そんな」
と言う感じで失語の症状もあるし、いつまで薬飲むの?
と言うと、看護師さんもそうですよね~
話にならない、何考えてんの~~~
糖尿のほうはどうなってんの?
再診はいつ?
もう~~~
昨日、紙に書き出して、渡してきたのに、結局、
まともな答えは、整形のみだった。
整形外科で入院だからあたりまえだけど、
骨折はおまけだったのに。

ほんといろいろあった。
でもやっと明後日退院だ。
父はデイにいくし、あとはみな予定いっぱいなので
母とふたりで車椅子でトコトコと帰ってくる。

病院から帰ってくると、テレビを見ていた父が
私に言った。
「居丈高にものをしゃべるんじゃないよ」
「・・・・ごめんなさい」

わ~わ~言う私にお説教だった・・・
by ygracia | 2004-12-26 23:06 | 今日のお話

気力

まるでバッテリーがあがってばっかりの古い車のようで、
ちょっと走っては、ブルルルルゥと息切れしている私。

今日は友が来て、ふたりで塩ラーメンを食べて、涙した。
18のときから知り合って、うん十年、長いもんだ。
彼女なりにちょっと突き放して励ましてくれる。

父は「思い出したよ~」なんて挨拶していた。
今日の出来事としては、ためしにめくらないでいた
カレンダーがちゃんと12月になっていた。
もうすぐ12月も終わりだけれど。
やっと気がついたらしい。

母のところへは、子供たちが行ってくれた。
インシュリンを自分で打つと言ったらしく、看護師さん監視の下
自分で打っていたと言う。
あわてて、病院へ電話して、あと数日なので看護師さんが管理してくれと
頼む。
昨日のことを覚えていない人に、目が良く見えない人に、
耳が聞こえない人になんで、インシュリン注射をまかせるのだ。
以前の母を知らないし、母と会話をするわけでもないから
病院側は母の認識障害など気にも留めていないのだ。
こういうところが大きい病院は困る。

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いろいろなことを理想的に収めたい性格の私で、
現実には完璧どころか、できないことのほうが多くなり、
そのジレンマにひとり悩まされ、ひとりで疲れている。

どこまで両親を世話するのか、自分の家庭のことはどうなるのか。

朝、父の支度をせかしながら、なかなか起きれない息子の時間を
心配し、ゆうべ熱のあった娘を気遣い、
父の入れ歯にポリグリップをつけ、「口を大きくあけないと!
それは下の歯でしょ、上はもうつけたよ!」
とどなりながら、夫の歯を磨く音を聞いて、
お茶をださなくちゃ、と思い、上に飛んでいき、
戻ってくると、父は牛乳を忘れ、コップにいれた水にパンを
ひたして、むさぼり食べている・・
そんなとき、あたふたする自分に嫌気がさし、ほんとにすべてを
投げ出したくなってしまう。
ついこの間まで母が元気でなんとか父と過ごしてくれていた、
そんな時間が戻ってほしいと思った。

両親の世話に関して、だまっていた夫がはじめてはっきり言った。
「自分のためだから、できる限りやればいい・・」
夫は自分の母親が動脈瘤破裂で倒れ、そのあと一時回復したものの
母のためになにもできなかったこと、そのとき、母親が以前の母親で
はなくて悔しかったこと、そんなことを話した。
直腸ガンに倒れた父親のときは、最後の1週間を父親とともに過ごし、
世話をし、話をして別れることができ、夫は後悔を残さなかった。

この年まで親と一緒に暮らせて、最後まで過ごせることに感謝しよう。
試練は試練だけれど、乗り越えられないことじゃない。

夜、ベッドで腹筋運動をし、発声体操をし、童謡を歌い、
「うるさい娘ですみませんね~ああ、うるさいって思ってるでしょ!」
と言って見ると、
ケタケタと笑う父。
やっぱり、笑ってくれる父がいい・・・・
by ygracia | 2004-12-25 00:12 | 今日のお話

おつかれさま

父はひっくり返った翌日、元気でなんともないので病院へは行かなかった。
というより、火曜日の腎臓の超音波検査をもう先延ばしにはできないので
そちらのために月曜日は体を休めてもらった。

そして水曜日、ふらつきの究明をしないと父が納得しないので
くるみクリニックまで出かける。
火曜日に電話したら予約が取れたので安心して出かけられた。

父のレビー小体型痴呆はパーキンソン病の傾向が見られる。
また薬に過敏になる人が多いらしい。
父も薬に反応して副作用が多い。

パーキンソンはリズムの失調なので歩行がこきざみになったら
リズムをとってあげたり、ころびやすい場所に歩幅でテープを
貼るようにすすめられた。
歩行のリズムを練習してみようと歩かせたら、
父はすいすい、回転もスムーズ。
先生の前ではなんともない。
緊張のせいらしい。
かっこつけてんのかしら。

また血圧が安定していなくてめまいは低血圧のときらしい。

というわけで薬はなし。

父も納得。
軽い運動と気持ちの持ちようでなんとかなる。

しかし夕方からは何もせず、私にわ~わ~言われて、
「くどくされると、なにもしない」と口答え。
「いいよ、なんにも言わないから~」

それで夜はパンツを2枚はいて、パジャマのズボンも確認できず、
モーツァルトを一人で聞きながら寝てしまった。

あ~なんでこうなるの~。

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母は私の愚痴を聞いてくれて、笑ったりしてくれたが
帰り際、やはり認識の混乱があった。
看護師さんにトイレ介助をしてもらうときも母ではなかった。
「もうしわけありません」
「すみませんね」
「ほんと、もうしわけございません」
と言い続けている。
看護師さんが恐縮してしまうほど。

明日は父がデイに行くから娘のために時間を作らねばならない。
息子にはおいしいご飯を作れるときに作る。
夫は今のところ文句言わないけれど、いつか爆発するんだろうな、あ~あ。
by ygracia | 2004-12-22 23:00 | 今日のお話

神様、私に試練を与えすぎ???

夕べ、というか今朝父に2時半に起こされた。
「明日は日曜日だから、私起きないからね、パン焼いて食べてね~」
「わかったよ~~だいじょうぶだよ~♬」

子供たちとDVDを楽しんで、ベットに入ったのが1時半。
2時半、電気がバチッ!
「洋服がどこだかわからん!」

そんなわけで、朝から、偏頭痛と肩こりで死にそうだった私。

夕方夕飯を用意して、父も食べはじめたとこで病院へ。
病院からのかえり、娘に電話すると
「おじいちゃんが、ご飯をたべちゃいけないと親が言ったと言っている~」
急いでもどるとなぜか床にごろんと父がひっくり返っている。
どうやらテーブルを動かさずにせまいところからそのまま
立とうとしたらしい。
頭にこぶ。
意識ははっきりしているが、様子を見る。
立たせたら、大きいほうが出てきたと言う~
それから頭のほうはおいておいて、トイレで戦い。

寝かせて、頭を冷やして、様子見。
今夜は寝れません。

明日は受診になるでしょう。

ちょっと、私のほうがため息が大きくなると、何かが起きます。
コンスタントに精神力を保つのもすごく難しい。

母はきょうが19日と知って、28日までまだまだじゃないと
怒っていた。
ぜんぜん立てないのよ、へんね~と言う。
きのう、ひっくり返ったことは覚えていない。
昼間家のほうに、母の赤十字時代のクラスメートから電話があり、
病室に直接電話してもらった。
話しているうちに思い出したそうだ。
そう、母は看護学校出身者で、看護婦教育していた婦長さんでした。
今日のお友達もしっかりしていた。
去年1年、脳腫瘍と戦っていたそうだ。
「はげまさなくちゃ」と母に電話してくださった。

あ~一番弱虫の私にいっぱいお仕事やってきますね。

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by ygracia | 2004-12-19 22:11 | 今日のお話

今日もおなじ

あっという間に一日が過ぎて、昨日だったのか、今日だったのか
わからなくなる・・・・

☆今日の母の名言(迷言)

「28日は、私がちゃんと断るからね」
「???」
「二度と入院しませんって、断らないと退院できないのよ」
「???」

夜勤のナースがリハビリのつもりだったのか、母が重すぎたのか
トイレ介助を頼んだところ、母を転ばせてしまった。
その後、腕をひっぱって、さ、立って下さいというので
私が出て、母をしっかり抱いてベットに戻した。
怒るべきなのか・・・
立てないことわかっているはずなのに、変だ。
これで、また骨折していたら、怒るぞ!!

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☆今日の父の名言

あんまり周囲を見ないので、ご飯の前に、
「ほら、私の顔をみて、美人でしょ」
顔を上げた父、
「そうでもないね」
「そんな!」

「おとうさんは事実を言ってるんだ」
「・・・(--〆)」
by ygracia | 2004-12-19 01:51 | 今日のお話

きょうは父

お願いだから、家に帰して~Ⅱ

この数日、父の意識の混乱があるとき、
「おとうさん、どうしてここにいるの?」
と聞くと、

「岡○と○○の企業共同体で岡○の一部だから・・」
と難しいことを言う。

確かに父と夫がお金を出し合って建てた家なんだけど・・・・

「どこなのかわからない」
「じゃ、どこかへ帰るの?」
「岡○恭太郎の家(父の父)」

私の意地悪が始まった。
「ここはお父さんの家でしょ!帰るとこなんて・・・」

私自身、海外生活がながかったせいか、弱虫のせいか、
いつも困り事がおきると、「帰りたい~」と
心のなかで叫んでいる。

私もぼけたら、きっと家を探して、「帰りたい~」と言うだろうな。

母は今日ももう帰りたいと言っていた。
でもトイレにもたちあがることもできないし、
移動ももちろんできない。

また昨日とおなじことを教えて、退院日をいい、
ベットのリモコンを教えて(いる間に2回教える)
補聴器をつけて・・・・・
帰り際にまた「帰りたい」と言われる。

帰りたい場所、
私を理解してくれて、甘やかしてくれて、お酒が飲めて、
おなかいっぱいご馳走があって、
笑い声にあふれていて、
ネコも犬もいて・・・・

みんな帰りたい場所、
おかあさんのいるところ・・・・・?
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by ygracia | 2004-12-17 22:06 | 今日のお話

楽しみ Ⅱ

今日までにみたDVDの紹介

白いカラス

The Human Stain

二コール・キッドマン
アンソニー・ホプキンス
ゲイリー・シニーズ

白いカラスの意味、ストーリーの展開とともにわかってくる。
二コール・キッドマンが別人のごとく、すごい。
珍しかったのは、ゲイリーとアンソニーの男同士のダンスシーン。
とってもいい。
衝撃的、複雑な人種差別問題を扱った、フィリップ・ロスの小説。

恋愛適齢期

Something's Gotta Give
ダイアン・キートン
ジャック・ニコルソン
キアヌ・リーブス

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女性劇作家、実業家、ドクターとシチュエーションは
アメリカンドリームそのもので、おうちも海辺のゴージャスな
別荘。
とにかくかっこよすぎるけど、ほのぼのとして、いい。
おばちゃん、おじちゃん世代万歳、そして、必見。
by ygracia | 2004-12-16 16:10 | DVD

変更

寝不足とストレスのためにどうも体調がおかしいので今日は生活を変えてみた。
久しぶりで目的のない買い物に行き、ぶらぶらして、車を走らせ、すっきりしてきた。

父は朝から反応がおかしかったが、インフルエンザの注射に連れて行き、
好きなお菓子を買ってきてあげて、おやつにしたら、元気そうにしていた。
本当はおやつは1週間に一回がいいと先生にいわれているけど、
どうしてもおやつタイムが必要だ。

夕飯のときに母が帰ってきたら大変になるよと話したら、
「それは仕方がないよ」と言った。
やっぱり夫婦なんだと思った。

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私がひとりでイライラしてしまうのは主導権を取ろうとするからかもしれない。
昨日父が「世話されるほうがいい、楽だし。デイにいくと世話してくれる」と言ったのがきっかけで「自分でできることは自分でして、頭を使わなくちゃだめ」と喧嘩になった。
こんな父と喧嘩しても仕方がないが、何もやりたくないという父に
なんでわ~わ~言わなくちゃならないのか、考えてしまった。

できる限り元気で長生きしてもらいたいから?
完全にぼけてほしくないから?

自然に年取るままに生きて、不便なところを手伝うだけでいいのじゃないか?

割り切れるのはいつなんだろう。

娘と建築の話をふつうにしている父をみるとまたわからなくなる。

「痴呆症」の呼び方が「認知症」に変わったそうだがもっともっとわかりにくいような。

母のところへも今日は行かなかった。
電話はナースステーションに入れて、連絡してもらった。
おそらく、明日は機嫌が悪いだろう。
でも私の精神は少し休めた~
by ygracia | 2004-12-15 23:46 | 今日のお話