<   2005年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

母の電話

「しまちゃん」から電話が来たので、朝食中の母に
「アスパラガスのお礼言ってね」
といい、受話器をわたした。

脳梗塞の入院中以来の電話。
はたしてうまく行くか。

聞こえないのに「アスパラガス送ってくれてありがとう」
と一本調子でいう。
「もしもし」
相手の声が聞こえないので
スピーカーにしてみた。
おばさんの声もまる聞こえだけど、しかたない。

なかよし「げんきかい」
母「げんきにやってます」
なかよし「声はまえより、げんきそうだね」
「・・・・そうかい」
やはり会話ができない。
なんていえばいいのかわからないようだ。

そして母が昔の母ではないことがわかったのは、
電話がすんだあと、まるでなにごともなかったかのように
またパンをかじりだしたこと。

いちばんの仲良しもきっと何かを感じたことだろう。

電話大好きだった母がお友達の声になにか反応するかなと期待したが、やはり
壊れた細胞は完全に再生不能だった。
脳梗塞のあと、先生にも言われたことなのに、何を期待したんだろう、私は。
by ygracia | 2005-06-29 13:16 | 今日のお話

始まり

母の血糖値がどんどん上がっていくので心配で
先生に尋ねた。
家族の対応はかわっていないのなら、「何かたべた?」
と先生が母に尋ねる。「・・・・」無反応。
結局、インシュリンを増やす必要性もないし、そのほかの
検査では異常もでてないので様子見となった。
血糖値と脳梗塞も関係しているというし、ほんとはちょっと心配。

食事改善と運動をすこし増やすことにする。

ある日、ヘルパーさんが引き上げたあと、冷蔵庫にいれたはずの
食パンの袋がそとにおちていた。
しっかりきちんと袋をとじてくれていたはずが中途半端。

また別の日、パンが欠けていた。

また別の日、「すみません、ヨーグルトないんですけど」
また別の日、「牛乳は・・」

そしてある日、チーズも。

土曜日はショックだった。
あれとおもったら、母が牛乳を急須のなかにいれてそれを
マグカップに。
牛乳はその辺に[こぼれまくっている。

夕方、しずかだなとのぞくと、車椅子に乗った母がベットにむかってなにかしている。
ベットの上にはジャムの小袋が10個ほどちらばり、
母はジャムの袋にかじりついていた。切れなくてしゃぶっている。

母は自分のしたことはわからない。
なぜ、食べてはいけないのかもわからない。
糖尿の説明をしてもそのときはわかっても2分でわすれている。

そして、もっとショックだったのはお寿司についてくるしょうゆの袋が
冷蔵庫にたまたま残っていて、それにかじりついていたのだ。

かくして、1階の冷蔵庫はものがすべて撤去された。
ヘルパーさんが来る日は私がうえから食料を運んでくることになった。

食事の改善のために病院などにおろしているという
糖尿病食の冷凍を取ってみたら、これがまたおいしかった。。
父は私が作ったと思っていて、「うまいね」と久しぶりで言った。

私が作ると、どうしても調味のところでカロリーがうまく行かなくなる。
この冷凍食を使って、調整することに決めた。

父にはときどき、普通食を食べさせている。
うなぎも好きだしね。

母が、また言う。
「ごはんちょうだい」
by ygracia | 2005-06-27 13:00 | 今日のお話

JOLILYさんへ

私も、父や母の状況を受け入れられているわけではありません。
実の親だからこんなはずじゃないといっつも思うのです、
なんで、なんで、なんでっていつも思います。

徘徊への対処法として、みな一様に言うのは「徘徊には理由があります、
いっしょについて、まわってあげましょう」
でも現実、生活しててそんなことできません。
父だけの介護人ではないんです、私は。

父はとにかく外にでたがります、もともと建築の仕事だったので
現場にいかなくちゃ、とか事務所にいかなくちゃが口癖。
またゴルフも好きだったから、やっぱり外へいきたい、アウトドア派の
徘徊思考です。
ふだん、階段も上るのも面倒な人が120cmの塀にかるがるとのぼります。
鍵なんかむずかしくたって、あけちゃう。
引き戸の鍵なんて簡単に(どうやってるかわからないけど)あけてる。

うちの場合は玄関のドアが見えると出て行きたくなるので
みえないように大きなダンボールの屏風をくり、それをしっかりいろんなとこに
縛って、取れないようにしドアが見えないようにしてあります。
うちに来た人みんなびっくりします。
でも外にいって怪我されるより、事故にあうよりいいから。
センサーもつけたことあったけど、家族のほうがノイローゼになって
やめました。

夜中はサッシのガラスを割って外にいこうとしたことがあり、
父の居場所を変えて、見えないようにしました。
家族総出でさがしたこともあったし、警察のお世話にもなりました。
いまはそれがうそのようです。

週3回のデイにいくようになり、そのなかでお散歩したり、買い物いったりするので
かならず、外出できるから家での徘徊願望がだいぶおさまって来ました。

認知症の場合、低気圧がすごく関係します。
天気わるいときは要注意です。

出て行っちゃう、と心配するより、なにか対策はないかしら。
おかあさんの顔をみてもだめなのかな。
おとうさんにしてもらうこと、なにかないかな。無理かな。

私もいっぱい本読んだけど、結局、いい先生との出会い、いいケアマネさん、
ヘルパーさんとの出会いでいろんな問題が解決して言ったと思います。
またブログのおかげでいいお友達にも励まされたし。
介護はやっぱりひとりで抱え込んじゃだめです。
という私もつい最近素直になったわけですが・・

頭がね、すごく疲れてるはずです。
なんとか休めましょう・・・
by ygracia | 2005-06-22 19:33 | 今日のお話

ショートステイ

初めてショートステイを経験したとき、父や母より私のほうがひどく疲れ果てた。

まず、ふたりの生活用品をそろえること、初めてなのでどのくらい必要かが
わからなくて、持ち物シートに書いてあるものをすべて持たせた。
薬の準備も母が何種類も飲むので、間違えられては困ると思い、
1回分ずつ準備した。
まるで1ヶ月くらい行く感じの荷物だった。

入所時の面接も疲れた。
二人の健康状態、注意事項、いろんなことを伝えなければならない。
前もって文書にしてもっていったものの、職員は自分自分のメモをとることを
義務付けられているらしく、結局説明しなければならず
時間ばかりが過ぎた。

帰宅してくると頼んだはずのシップも封を開けた形跡もなく、
目薬も塗布薬も減っていなくてがっかり。
これはもう5回も同じ状態なので、クレームを付けなくてはならない。

衣類に関しては、母が職員に「足りないじゃない」
「あら、ないの?」とか言われるというので、母にはいっぱい持たせた。
母は元来おしゃれで、カジュアルなものはもっていないし、ふつうの
お年寄りが着るようなものも持っていない。
とりあえず、楽そうなものを選んでもたせているが着替えはお風呂のあと
だけということになってしまうらしく、そのまま戻ってくる。
ジャージのズボンでいいんですよ、なんで言われても母ははきたくないし
私も着せたくはない。
母は粗相があるからパジャマの数も半端じゃない。
パジャマこそ、病院と同じで貸し出しでいいと思うんだけど。

父のほうは、寒いとか暑いとかいえないし、どこに服があるかわからないし、
くれぐれもお願いしますといっているのに、先月は
スポーツシャツ1枚のままでいて、迎えにいくと体中が冷たくなっていた。
ベストもカーディガンもあったのに。
だから今回は父にしっかりクローゼットを教え、たしかめさせて、
見えるところにすべておいてきたので父も自分で着たそうだ。
引き出しになどいれたら、職員もみやしないのだ。

とにかく職員のメモはじぶんだけのものになってしまい、伝達ができていない。
データ化をして、次回からの利用者のデータをしっかり全職員が知るべきだ。おなじデータを見なければなんの意味もない。
そして家族が入所時に拘束される時間を少しでも短縮して欲しい。

「ご心配いりませんよ」という言葉がいまはまったく信じられない。

大きなショートなので職員の手がたりないのはわかる。
入所時にみていると、ひとりで3部屋6人は確実に見ているようだ。

看護師がひとりというのも解せない。
ぜったいおかしい。
母は夜寝る前のインシュリン注射があるが、ショートでは看護師が夜はいないので
できないという。ショートのあいだは打てない。

いいことは続けて利用していると職員とも顔見知りになって
とりあえず小さな安心感は生まれること。

おとなの保育園みたいでショートに連れて行くときすこし悲しいけど、
長くつづく介護のことを思い、目をつむって、父母を置いてくる。

ホテル形式のグレードアップしたショートもあるのでたまに、
そういうところに行ってもらうのもいいかもしれない。

なんだかんだ言ってもショートステイがなければ、私の気力も続かないのだ。
by ygracia | 2005-06-22 00:33 | 介護に思う

見えない介護生活

介護に関係する掲示板を見ていると介護の実態がなんとなく見えてくる。

まず、介護する家族の無知さ。
次に認知症に対しての考え方の相違。これは地域の医者の考え方も
見えてくる。「年のせい」「こんなもんでしょ」そして、ありきたりの投薬。
これは認知症専門医が少ないことも原因のひとつだ。
そして広く考えれば、専門外来も少ない。
精神科にいくのか、神経内科にいくのか。
精神科にいくことに躊躇する家族もまだまだ多い。
悲しいことに、認知症とわかるとすぐ、精神病棟入院と思っている人も多いのだ。

介護保険のシステムも家族に介護を必要とする人がでてこないと
ほとんどはわからないだろう。
だから、介護サービスの内容ももちろんわかるはずがない。

ひとりで介護をはじめて苦しんでいる人、壁に突き当たる人、
たくさんいる。
そういう人の場合、ケアマネージャーにも事業所にも恵まれていない。
これはまた、介護に関する事業所の基準の甘さにもつながっているのだ。
事業所でサービス内容も異なるし、ヘルパー、ケアマネの質も
大いに異なっているし。

先月、ひょんなことで某テレビ局の朝、10じからの番組から
介護生活の取材をさせてほしいと電話がきた。
こちらはそんな精神状態ではないし、切って張っての番組にも
貢献したくないし、いちばんはそのプロデューサーのため口に
腹立ったので・・・・
ま、そのやりとりのなかで「見えない介護」ということばが
何回か出てきた。
メディアの使命は介護生活を世間に知らしめること?

どうにも在宅介護がむずかしくなったときに家族は大いに悩む。
受け入れてくれる施設がないということ。

特養は2~5年待ち。
老健は3ヶ月待ち。

有料老人ホームは経費の高さに問題あり。
その老人ホームも金銭トラブルを避けるためということで年金手帳、貯金通帳を
渡さないと入居できないところも多いのだ。(昔からの慣例らしい)
お年寄りの人権もなんにも尊重されない。

老人病院など、最たるものだ。
家族が見ていなければ「死へのベルトコンベアー」状態で尊厳なぞありはしない。

悲しみのかたまり
b0055939_191231100.jpg
ではなく、暖かいひだまりのような、介護生活がみな、できればいいのに。
by ygracia | 2005-06-21 19:12 | 介護に思う

疲れ

やはり、疲れはとれない。
疲れてくると、キャパシティもなくなる。

ケアマネさんに愚痴をいっぱい言う。

でも話しているさきから、どうにもならないのにと思ってしまう。

老健は9月からになりそうだ。
でも突然電話が来ることが多いそうだ。
期待しないで期待してよう。
母は捨てられると思っているみたいだ。
だから憎たらしい「てっちゃん」になってしまった。
ケアマネさんに介護保険再審査の質問されたら、
「なんでそんなこと聞くの」始まった、それも怖い顔で。
しばらくしてからケアマネさんが帰りの挨拶をすると、
さっきのことはもう忘れていて、人のいいばあばになってた。
これがアルツだ。

今日も1日、おしっこの匂いの洗濯物とう○ちの匂いに
追われて、過ごした。
疲れは永久にとれない~
by ygracia | 2005-06-20 23:56 | 今日のお話

生活

ヘルパーさんに週3回はいってもらうようになって、
まず変わったことは、家族の夕飯をきちんと作れるようになったこと。
ようするに、私の気力と体力にすこし余裕ができたわけだ。
あと、そうじもできるようになった。
ヘルパーさんが父母の掃除をしているときに上の掃除ができる。
また夜中に父母をトイレに連れて行くこともコンスタントにできるようになった。
それまではもう泣きたいくらい疲れていた。
いまでも眠たいときはたまらないが気力はすこしはあるようになった。

まだ難問は洗濯かな。
父母ので午前中かかるから自分たちのをやるときはもう干すには遅すぎる時間。
だから、あいた時間にやるよりほかない。
夫はじぶんのは自分でやっている、えらい。

母はきょうは顔つきが悪いなとおもったら、案の定、昼ごはんをたべてないと
2時ごろ訴えてきた。
このごろ、血糖値も上昇していて、おやつも禁止にしたら、うっかり冷蔵庫に
いれてあった、チーズキャンディを5個も食べられてしまった。
毎日、糖尿の説明をし、もし好きなものたべて、それで寿命が縮まってもいいなら
そうしてもいいよというと、気をつけるという返事。
料理が大好きで師範まで取ってる人だから、おいしいもの食べたいのはわかるし、
私もおいしいもの大好きだし、ほんとつらい。
今日は母にふりまわされ、夫も母ににらみつけれて、困っていた。
時間を見つけて、寒天でなにかおやつをつくってあげなくちゃ。

父は相変わらず。
今朝は部屋中にティッシュのまるめたものが散乱。
「中国、四国地方に大火事なんだ」
というけど、ティッシュがなんの関係があるんかな。
水のつもりかな、なんなんだ。
ちぎって、まるめて、一箱全部。それも220枚入りの新品だった・・・
b0055939_010201.jpg

by ygracia | 2005-06-19 00:10 | 今日のお話

めずらしく

今日の1日はスムーズだった。

なぜかというと、まじめすぎる世話を今日はやめてみたのだ。
こうあらなければならない、こうしないといけない、
清潔に、正しくといつも思ってしまうことをやめてみた。
「ま、いいか」の精神だ。

母がトイレでがんばっていて、いつもならすぐ飛んでいって、
結局、母娘で疲れ果てる摘便になるのだが、
きょうはほっておいた。
ちゃんとふけたかなとか、パンツはとかいろいろ
考えた、やめた。
結果は、OK。
私にせかされることもなく、ゆっくりトイレにいて
ショートのおかげか、腰がしっかりのびて
パンツもひとりではけていた。
手もあらっていた。
全部でたわけではないけれど、すっきり感はあったのかも。

父はひさしぶりのアンパンとアリセプトの効果か、
夜は元気だった。
ショートから帰った昨日は夕方、私がダウンしているあいだに
脱走。雨のなか、タクシーをひろおうとしていたところを
近所の方が見つけて、つれてきてくれた。
息子が応対したので、どなたかわからない。
でも怪我もなくてよかった。
厳重にしてあったはずのバリケードもきのうは意味なかった。

今夜寝るときに父に目薬をさしていたら、
「薬のなまえはなんていうんだ」
「ヒアレインだって」
「・・・ひあ雨か」
「????」
「冷たいあめっていうなまえか」
「え~~~、カタカナよ」
「はははは」

ジョークだったのか、なんなのか、ひさしぶりでふたりで笑った。

ま、いいかの気持ちもいつもそうできるとは限らない。
でも父や母がもっと楽しく暮らしていけるように、
私もたのしくすごせるように、
ちょっとずつかわっていかなくちゃと思うのだ・・

そうそう、父と母のトイレのドアもはずした。
カーテンになった。
これで母も楽に車椅子が動かせている。
父もトイレ探しをしなくなる。
なぜか、私もうごきやすい。
匂いも掃除さえしっかりしておけばだいじょうぶだ。
なんでもやってみるもんだ。
by ygracia | 2005-06-18 00:02 | 今日のお話

休暇

私の休暇も今日で終わり。
また、明日から怒涛の日々が始まる。
ショートが済むと、きっと私はやさしくなれるとおもっていたときも
あったが、今は二人を家につれて帰るときから、イライラが始まる。
どうしようもない現実に引き戻される自分がいる。

今回の休暇はいままでよりⅠ日多かったけど、あっというまだった。
急に思い立って、夫と温泉に行ってきた。
あとは友人たちを家に招いておしゃべり。
ビーズの指輪を2個作った。
ビールを飲んだ。
父母の洗濯も部屋のそうじもしなかった。
朝寝ができた。

もう1日、欲しかったな。

考えようによっては、父母にとってもショートはいいことだ。
食事の栄養調整もできる、身体状況の調整(薬もコンスタントに塗ってもらえるし、
目薬も、いろんなこと)、トイレのがまんもしなくていいし、
よごれてもおこられないし・・・

また来月のショートが今回はすぐ来る。
私も来月は静かに休みたい。

こんなことを思うのはやっぱり、まだまだ疲れているからかもね。

b0055939_056265.jpg

by ygracia | 2005-06-16 00:56 | 雑感

今日のふたり

父は水曜日に床屋に連れて行ったので、ひさしぶりにすっきりした頭になった。
それで昨日はデイに行き、お仲間にとってもほめられてうれしかったらしい。
床屋さんは父が現役時代というかもう私が小さいときからそこに通っていて、
先代が父と同じ年だったので意気投合してたらしい、静かな父が気に入ったのだから
先代もすてきな人だったのだろう。
今は二代目が継いでいる。父を大事にしてくれるのでうれしい。
父はそこ以外には絶対にいかない。
なかなか連れて行かれなかったけど、やっとすっきりした。

母はきのうのあさ、私がついていかないのならデイには行かないという。
おかあさん、毎週木曜日はリハビリにいってるでしょ、というと不安な顔。
そうこうしてるとお迎えがきて、母はとりつくろって、しゃきっとして出かけた。
むこうで顔見知りの方たちとおしゃべりして、リハビリは積極的だったらしい。
これなら老健もだいじょうぶだ。

きょうはふたりとも元気。
すっきりした顔で、コーンフレーク&バナナをおいしそうに食べていた。

b0055939_232948.jpg


私はあすからのふたりのショートステイの準備で大変。
なんで、こんなに毎回たいへんだんだろう・・・・
ああ~
by ygracia | 2005-06-10 10:29 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
プロフィールを見る