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会話

父の会話1

夜中、「おとうさん、おしっこは?」
「もういいよ、それより、山田が」
「?」
「3階の企画室の電気を消し忘れてるんだ、言わないと・・△×※▼???」
「言っておいたから、もう電気消えてる~」
「そうか」
「おしっこいいの?」
「する」


父の会話2
寝るとき
「さ、電気消すからね~」
「お前、だいじょうぶか」
「?」
「お前、払えるのか」
「?何を」
「借金だよ」
「借金?借金ないよ、お前ってだれよ」
「ゆみこだよ、何億って借金があるんだよ」
「ないよ~~」
「大変だぞ」
「・・・お父さんがいっぱいためてくれてるからだいじょうぶよ」
「そうか、でも足りないと思うんだ」
「だいじょうぶだよ、いっぱいあるから心配しないで、
お父さん、いっぱい働いてくれたから、だいじょうぶだよ」
「そうか、じゃ、安心だ」

ニュースのなにかが頭の中で作動している。
いつものことだけど。
突然、紙と鉛筆と電卓をくれと言う。
書斎にぜんぶあるけど、書斎をわすれたらしい。

書斎、今、私が占領しているから返してみようかな。
なにかいいことあるかもしれないし・・・・

私とはとんちんかんでも孫と、婿とはしっかり話す父。
不思議な脳の世界・・
by ygracia | 2005-07-30 13:21 | 今日のお話

介護ヘルパー

介護保険の導入、介護ヘルパー資格試験が始まったころ、
私はボランティアで日本語教師をしていた。
将来もずっと日本語教師を続けようと心に決めていたので
大学に戻り、資格も取った。
そんなとき、日本語仲間は相次いで、介護ヘルパーの資格取得に
向かっていった。
ちまたでは日本語教師も所詮ボランティアだし、お金になるほうがいいと言って
ヘルパーのほうに移っていくのだとうわさが流れた。

それから何年たってるのだろう。

ヘルパーさんは私と同年代の方が多い。
たまに若い方もいるが、少ない。

はじめて利用したとき、母の通院で私よりずっと年配の方が見えて
私はほんとうに恐縮して、申し訳ないなんて思ってしまった。
でも「仕事なんですよ」と言われて、「確かに」と。
慣れるまでしばらくかかったけど。

現在までに5.6人お世話になっている。
今の方はもう1年以上のような気がする。
母が倒れる前からなのでよくわかってくださっていて
気がつくし、観察もしてくれるのでうれしい。
仕事もパーフェクト。
この仕事が大好きとおっしゃる。

ときどきピンチで来る方は一生懸命なのだが、
清拭のときの手袋そのまま、ボトルもそのままとか。
掃除の洗剤そのままとかうっかりも多い。
でも仕事以外の私の荷物運びまでしてくださるので、良しとする。

ヘルパーステーションのチーフは気の利く、やさしいかた。
どんな緊急のときも対応が早い。
副のかたは融通の利かないまじめな人で電話の対応がぶっきらぼうで困る。
でも仕事は確実。

朝日新聞に介護ヘルパーの実態が出ていてほとんどが
2年目には離職するとあった。
事業所のやりくりも難しい上に
不確かな保障に問題があるからだという。

父は言った。
「愛想がいいだけじゃだめだよ」
ヘルパーといってもお手伝いさんではない。
だから誰でもなっていいわけではない。
適性も必要だし、それなりの洞察力も体力も必要。
質の向上をはかり、それなりの保証を行政がしていかなくてはいけないと思う。

介護のトラブルにも質の悪いヘルパーの存在が見える。
この先、需要に応じて、海外からのヘルパーも増えてくる。
(現にもう養成講座は行われているが)
想定できない問題も広がっていく。

格差のない規定をなんとか作れないのだろうか。

政治家さんには興味のないことなのだろうか。
by ygracia | 2005-07-30 10:03 | 介護に思う

我が家の衝撃吸収剤

とにかく、疲れは永久に取れない。
寝てもさめても取れない。
もともとそんなにカリカリする人間ではない私だけど
(子供たちはそう思ってないようだが)
疲れてくるとちょっとしたことにもカリカリになる。
父母のわけのわからない行動にもひとりでカリカリする。

母を病院へ連れて行くので大雨の中私はレインコートで
母はレインコートとかさ、さあ出発と思ったら、動かない。
よく見ると母のコートが前輪に絡み付いている。
「何よ!ちゃんとすそをあげ・・」
「じゃぁ、じゃぁ、ごうがとってあげるからね、おかあさん、車椅子持ち上げて」
と出かけるとこだった息子が雨にぬれながら飛んできた。

父がうろうろしている。
逃亡防止のダンボールのつい立の上から、顔だけだして、のぞいている。
「おとうさん!、どこいく・・」
「おじいちゃん、今日はあついよ、37度だって」
「そうかい、あついね、出かけるの?」
「うん、学校」
「自転車で行くの?」
「うん、じゃ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
父は孫娘をみおくり、にこにこ部屋へ戻る。

私が、カリカリ、わーわーどなっていると、
猫たちが「うおん」「うが」「あん」「にゃん」とか返事をする。
なにせ4匹いて、私と父母のやりとりを見ているので、
私も監視されているみたいだ。

私のヒステリーは日曜日も治まらない。
家族にいろいろしてあげなければいけないのに、
父母に時間をとられて、何もできない。
夕飯もずっとまたせることもある。
するとヒステリーも極致に至る。
夫は2階でただひたすら洗物をしたり、ごみをまとめたりしている。
キーキーで2階へあがると、一言。
「わからないんだから、あきらめないと・・」

今日はハプニングがあった。
デイサービスが勘違いをして、母を迎えに来なかったのだ。
20分待ってもこないので電話をすると、「今から確認します」と言うので
めんどうだから、もう連れて行きますといった。
歩いて8分もかからないから、そのまま車椅子を押していった。

帰りは足が重かった、といより、暑くて疲れた。
母はひさしぶりにみる景色を楽しんでたけど。

ずっとずっとこんな生活なのだ・・・
by ygracia | 2005-07-28 19:57 | 今日のお話

ガス欠

ほんとにショートがちかくなると息切れする。
もうすべてがいやになり、介護放棄をしたくなる。
それでも世話しなければならないのか、頭のなかはもうごちゃごちゃ。

父は確実に認知症は進んでいるようだ。
平穏なようで着実に。
アリセプトのせいで頭と体と行動がすべてばらばら。
それに振り回されてもうこっちが死にたいくらい。

母もいいようでおかしい。
おかしな父を世話したかとおもうと、知らん顔をし、
父がはだかで歩いていてもなにも気にしていない。
どうでもいいようだ。
ベットにばかりいるとどうしても消費カロリーがすくなく、
糖尿も悪化するので車椅子で起きているようにいっても
すぐ忘れて、注意するとおこる。
母は糖尿はあるものの、今は至極元気なからだなのに。
依存していて何もしない。

二人をなんとかしようとひとりで空回りしてもう限界。

ショートの準備もあるし、ああ~
ため息ばかり。
by ygracia | 2005-07-27 18:24 | 今日のお話

デイ

今日も小雨のなか父はデイに出かけた。
意思表示が無反応な日でも着替えを始めるとデイの日だと
気がつくようで、バスが来て、職員の顔を見ると
元気に片手をあげる。

このデイに変えたのは4月。
痴呆専門、少人数(10人)制。
グループホームの通所型と言っていいだろう。
自分のペースにあわせて、一日を過ごせる。
職員4~6人にボランティアが3~4人入る。
だからマンツーマンと言っていいくらい。

ここの職員の質は高レベル。
段階で評価させていただけば、Aランクだ。
なぜなら、手が足りている(足りていないかもしれないけど)と言うことで心の余裕があり
お年寄り、ひとりひとりの性質をしっかり見ているからだ。
医療、心理に関しても高レベル。
また介護者、家族ケアも怠らない。

父は午前中はソファでゆっくりし、午後は絵を描いたり、
ボールゲームなどで体を動かしている。
公園に散歩も行く、スーパーにも行く。

帰りのバスの中のお年寄りの顔はみなすっきりした顔だ。
お互いに気遣いあい、それもまたお年寄りたちの自己確立に
役立っているのだ。
家に帰れば、包丁も持たせてもらえないおばあちゃんが
デイでは上手に果物をむき、みなに配る。
漬物も上手に漬ける。
洗い物もガーデニングもやる。
父は昔バラをそだてていたから、きっとまたみんなと花をいじるだろう。

その人の残存能力を十分に生かし、自己に自信を持たせてあげて
穏やかに生きること。
家族は以前の状態と比較して、「だめになった」とおもうけど、
お年寄りにしてみれば、脳の作動がゆっくりになり、動作も遅くなり、
視界も曇り、だけど時間をかければなんでもトライできる・・・

父が認知症と診断されたとき、父は鬱状態だった。
笑うこともなくすぐに横になった。
医師は「そのままでいい、ふつうでいい」といいつづけた。

たしかに与えられた命を自然のままにまかせて、寿命をまっとうするのも
一理ある。
でも私はそのとき思った。
父は努力の人だ。なんでもトライする人だ。
「おとうさん、がんばってみようよ、りょうこが一級建築士に、ごうが医者になるのを
しっかり見届けようよ」
父は「うん」と言った。

無理のない、小さな努力で父は元気に生活できている。
あのままだったら今頃どうなっていたかと・・
筋力もちょっとした体操でみごとに戻る。

本人が今日を元気に過ごしたいと願う限り、私も協力したい。
デイのちからも多いに借りて。
by ygracia | 2005-07-23 09:45 | 介護に思う

また戻る

父はまた通常に戻った。
通常というのがどのへんか説明しにくいけど、
コミュニケーションが取れて、自発的に動けることかな。

アリセプトの副作用らしく、頭の中で薬が効いてきて、いろいろ
いいこともあるけど、父の場合、流涎、そして最近は舌の震え。
これは副作用ともいえるし、そうではなく脳のせいかもしれない。
先生もこれは断定はできないという。
アリセプトは3日に1回のませることにした。
ドプスの効果はとてもいい。すくみ足も治るし、ついでに意識もはっきりする。
アリセプトは最近、利用者が増えたことで、その副作用もたくさん報告されてきて
いちばん重篤なものでなくなった方もでたという。
ただ、劇的な効果も高く、家族にとっては以前の父や母が祖父や祖母がかえってきたと
うれしいことが大きいんだけど・・・
治療薬ではないので家族とすこしでも長く生活できるようにという希望のもとに
飲む薬だ。

母はきょう、主治医の先生にめずらしく話しかけた。
「ぼうやはお元気?」
以前は先生とよくお話していたので先生は母の耳元に、
「中学生になってね、いろいろやんちゃで・・」とたくさん話してくださった。
ただ母はうなずくだけで返すことばは一言もなかった。

母と病院のカフェで朝食。
入れ歯忘れたのに、ぱくぱくごくごくとすごかった。
でも昔みたいに喜ぶ(カフェが楽しみだった)顔はなく、なんだか悲しかった。
帰り際、別のカフェを見つけたので
「おかあさん、この次はここで食べようね」
というと、「そうね」と言った。

父はその間、かわいそうだけどお部屋に閉じ込められて寝ていた。
出かけるときに
「お父さん、どこかへいっちゃうと私、こまっちゃうから部屋の鍵かけるけどいい?」
と聞くと、
「わかった、いいよ」
朝食を用意していったら、ちゃんと食べて、コップも全部流しに片付けてあった。
昔からまじめで几帳面なところはいつまでも変わらない。
でもアリセプトを飲む前はこれもできない日も多かった。
いまは洗いものもする。

午前11時にして、全精力使い果たした私だ・・・
by ygracia | 2005-07-22 10:58 | 今日のお話

平穏のあとは

嵐がやってきた・・・

今朝、父たちの部屋に入ると、母はぐっすり、父は散乱したベットで寝てる。
私の気配で父がおき、しかし、顔をみて、「ああ、きょうはだめだ」と思った。
案の定、放尿のあとが2箇所。パジャマもパッドも濡れてない。
ポータブルは未使用。

ヘルパーさんが来て、起きてしまった父を先に世話。
母も起きそうだったので、もうちょっと寝ててとだます。
そうでないと「はやくして~はやくして~」が始まってしまう。

ヘルパーさんのいる2時間の間に2回呼ばれ、父を世話。
午後の母の入浴の1時間の間に1回呼ばれ父の世話。

昼は、父のう○ち騒動。
私のいうことを聞かない。
よく考えてみると、父は自分で解決しようとしているらしかったけど
待ってられなかったので私はヒステリー状態。
父がトイレを長時間使っていたので母もパニック。

私は昼過ぎには、全精力使い果たしてしまった。

疲れてしまった。
ショートステイはまだ遠いぞ~
by ygracia | 2005-07-20 19:37 | 今日のお話

こころの不思議

今日の父はまったく普通。

朝から、スムーズに着替え、洗顔、朝食と進み、どちらかろいうと
自分できちんとできていた。

お昼前は音読ドリルを広げていたり、絵の続きを書いたり
していた。

午後は漢字ドリルをやっていた、
テレビもめがねをかけてなにか真剣に見ていた。

どうしたんだろう。

昨日、ひさしぶりでくるみクリニックへ行った。
朝の血圧が低すぎて、無反応だった父をタクシーにのせ、
目的地に着くと、先におりた父はどんどんクリニックのほうへ
一人で歩いていった。

先生に母の様子を伝え、父の日々を話し、私自身もほっとし、
帰りに先生が父にデイは楽しい?と聞くと、
「たのしいほどでもないです」とにこにこと答えた。

帰りにいつものようにコンビニですきなものを買わせて
帰宅。

疲れてお昼ねしていた・・・

でも今日は元気。

夜のトイレも自分で起きてトイレまで行った。

脳のシナプスが活発に動いたのかな。
くるみクリニックの西村先生のお顔をみるとなぜか元気になる父。
でも私もなぜかほっとするのだけど・・・
by ygracia | 2005-07-19 23:14 | 今日のお話

平穏か

平穏な日々が続くと不安になる。

ちょっと夜、こども二人を引き連れてカラオケへ。
父は寝てしまい、起きていた母に
出かけたい旨話すと、
「いいよ、ゆっくりしておいで」
万が一のために車椅子も置いておいた。
転んだらという不安もあったが、動かないと言う言葉を信じてでかける。

帰ると母はもう寝ていた
父は自分でポータブルにトイレを済ませていた。
「おとうさん、トイレいいの?」
「もう済んだよ」
「じゃ、ねて」
ベットを離れる私に
「ちょっとちょっと、今日ね、あんこのまんじゅうを作ったから・・」
「あらそう」
「おいてあるからね」
「じゃ、明日たべようね」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」

父は私が小さい頃はよくカルメラ焼きを作ってくれた。
中学の頃は母が低血圧で具合が悪く、お弁当は父が作ってくれた。
幼稚園のときは髪の毛の三つ編みは左が母で右が父。
左はゆるゆるで右はがちがちだったけ。

いろんなことを思い出す。
by ygracia | 2005-07-14 01:12 | 今日のお話

七夕に

父がデイから帰ってきて、連絡帳をあけると、短冊がでてきた。

父の字でしっかりと
「元気で一日いられますように」
と書いてあった。

なんだかものすごく穏やかな気分になった。

父がのぞむもの、今日一日を元気ですごすこと・・・・

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by ygracia | 2005-07-12 18:54 | 今日のお話