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ひさしぶりのDVD

The Interpreter

ニコール・キッドマン ショーン・ペン

舞台はNew York、国連
ひさしぶりのヒットの映画だった。
評論では酷評で、ま、理由としてはアメリカサイドの映画ということからだろう。
そういう点を省いてみれば、面白い。
テロの実態、国連の様子、見ていて飽きない。
ボーナスの「もうひとつのエンディング」を見るといいらしい、今から見る。

遠い親戚の女性が今年から国連で働いていて、
同年代の娘と息子は感激しながら見ていた。
「景子ちゃん、すごいね~」
娘のこころはもうNYへ飛んでいた。

それにしてもショーン・ペンも、ニコールも役者だ~

公式サイト
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Miliion Dollar Baby

クリント・イーストウッド
ヒラリー・スワンク
モーガン・フリーマン

ロサンゼルスのボクシングジムが舞台。
13才からウエートレスをしてきたマギーが32才でボクシング選手になる。
あまり話してしまうと面白くないから、見てください。
私がアメリカにいたころ、アメリカ合衆国の文盲率のドキュメンタリーがあって
広いアメリカで忘れられた地域がたくさんある、電気もガスも水道もこない
、教育施設もないそんな場所にいる白人たち。低層階級は黒人だけではないと
知り、すごく印象に残っていた。それに近い、田舎町からでてきたマギー。
なんだか、わかるような気がした。

宣伝サイト
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by ygracia | 2005-10-28 11:32 | DVD

空の巣症候群

今日は朝早く目が覚めてしまった。
一番に考えたのは父母の朝食、おかゆにするか、パンにするか。
あ、いいんだと思ったけど、そのまま、起きてしまった。

昨日は父母をショートに送り届けたものの、忘れ物がいっぱい。
母の介護士は新人で融通が利かなくて、父の担当の青年が
機転を利かせてくれて、再度届けにいかなくてもいいようになった。
へとへとで家に戻り、ボーっとしたものの、5時過ぎると、思わず
キッチンへ向かってしまった。

今日は、午前中、猫たちを予防接種に連れて行った。
ひさしぶりの動物病院。
まわりを眺めながら、私って介護に没頭しすぎだとつくづく思った。
かわいいミニチュアダックスフンドや、うさぎや、ブルドックや
いろんな顔みてたら、介護介護でいらいらしている自分があほらしくなった。

午後はDVD見てたけど、うとうと。
夜もDVDを見よう。
今日はみんないないから夕飯のしたくはしない。

本当は今日はひとりで東京脱出の予定でいたのだが、
夕べちょいと具合が悪くなり、寝てたほうがいいかもと判断。
脱出はやめた。
家にいるとやることがいっぱいあるから、結局休めないのだ。
家族も口では休んだらいいというけど、私がちょっと動き出せば、
あれもこれもとなる。
だから1日、脱出したかった。

介護が終わった人々はみなエンプティネスト症候群になるという。
やることがなくなって、虚しく鬱状態になるらしい。
私も絶対そうなるなと思う。
あまりにも介護に没頭しすぎだから。
介護者は自分の時間をもとうと言うけれど、そんな余力残ってない。
またボランティアを始めたとしてもゆうべ、寝てない頭で授業なんか
できないし、生徒にも申し訳ない。
甘くないよ。
趣味のことをしようと思ってもそんなまとまった時間もないし・・・
今は「没頭」するしかないのかも。

と、今日は急に暇になり、でも家事はしたくない、
ちょっと空の巣症候群の私なのだ・・
by ygracia | 2005-10-27 18:20 | 今日のお話

あと1日

ショートの前日。
いつものことながら準備がたいへん。
薬に関しては、あの老健が参考になり、分包がうまくなり、
ービニールの小袋にPCで出力したシール(名前、朝昼晩、月日)をはり、
日数分薬をいれる)ーインスリンや、血糖測定器、チップその他もろもろも
早く準備できるようになった。
遅いのが衣類。とにかく、何着せていいかわからない。
この間そろえたのは母の薄手長袖のもの、それも毎日きてたらよれよれ。
買いにいくひまもない。
厚手のものきせてみたら、あつい、かゆいといろいろ言う。
父は小さいので、ほんと困る。
子供160cmのところをみたら、いまはナイロン系のズボンばかり。
スウェットのものなどない。
スポーツ店でレディスのスポーツタイプを買い、すそをあげた。
でもウエストのゴムが広幅できつそうだ。直す暇もない。
ほんとうはきちんとした格好が好きな父。
こまった。
今回は私も父母もよれよれ。

娘が某テレビで介護番組をみたという。
「うちよりたいへんだった」という。
認知症になったもと警察官の大柄な父親を娘(43才)家族がみているという。
「おかあさんみたいにその女の人も疲れ果ててた
でもその人は2年だって、おかあさん、まだ1年未満だよ」だって。
あ~あ。
大変なのは当たり前、でもそんな番組みたくない。
リアルすぎちゃって。

今日は夕方私の熱があがった。
それでも父をシャワーにいれ、なんとかがんばった。

アスタマニャーナ。
by ygracia | 2005-10-26 01:00 | 今日のお話

母のきもち

おととい、母が正常だったので、聞いてみた。
施設で介護されて、健康な生活をおくるのと、私にわ~わ~
言われてうちで暮らすのとどちらがいいと。

母は答えた。
ゆみこに怒られても、うちにいるほうがずっといい。

ふだん出てこない私のなまえをよび、母はまじめな顔で答えた。

これで、私はまた悩み、ふらつき、疲れをひきずったまま、
日々を超えていかなくてはならなくなった。

でもわからない母に答えをもとめる私もわたしだ。

父は朝は覚醒していなくて、ご機嫌が悪い。
でもリハビリのためにトイレだけはあるいてもらっている。
あとはほとんど寝ている。
昨日はさすがにねすぎて、背中がいたいといいだした。
車椅子にしても30分もすわっていられないのだが。

ケアマネに相談。
ヘルパーさんをやはり朝に戻してもらうことに。
朝の作業のほうがおおいから、私も疲れてきた。
父母もわたしにうるさくいわれないだけ、いいと思う。

あさってからのショート、
父もなんとかなりそうだ。
一晩でもいいからいってもらおう。

うっかりして12月のショートの申し込みを忘れていたので
電話してキャンセル待ちにいれてもらう。
だめなら、ケアマネさんがさがしてくれることになっている。

実は私のつかれがピークで、微熱が続いている。
でも変わりはいないから自分に鞭打って、ふんばっている。
あさってまでの辛抱じゃ~~

母が起きた。
「てっちゃん、てっちゃん、晩御飯は? まだ~」

むむむ・・・・・・
by ygracia | 2005-10-25 00:42 | 今日のお話

生きること

フリータイムを楽しもうと思ったのは大間違い。
父のなかなかでないうんうんに付き合って、午前中はつぶれ、
家事に追われ、デイから帰った母の摘便をするはめになり、
その手で夕食を作る気にもなれなくなった。
でもほか弁も食べれなくなった父のためにはつくらねばならないんだけど・・・

人間は食べて寝て○そ、して生きる。
父のヒゲソリをするたびに、生きてんだとも思うし、
母の食欲みて生きてんだとも思う。
じゃ、私は?
食べる暇も寝る暇もなくふたりが生きることを支えているんだ。
そんな過酷な生活なのに、私の体脂肪は減らないし、
寿司を口に入れれば、ウマいとも思うし、ビールも最高と思う。
私を支えているのは何なんだろう。
愚痴も言う夫も彼なりに支えてくれてはいるんだ。

でも心の声はだれにも聞こえない。

鬱状態のときは、私も消えてしまえばいい、あとはどうにでも
すればいいと思うこともある。

昔、亡くなった夫の母と徹夜で話をした。
最初で最後のふたりだけの時間だった。
私はかなり変わってたので、夫となる彼不在で
義父と義母と対面し、入籍した。
その夜、義母と一生分の話をした。
その後、3年くらい会えなくなり、次にあったときは
母は動脈瘤破裂で命は取りとめたものの、別人になっていた。

義母はずっと着物で通したきりりとした細身の人だった。
ころころした私に義父はやせる話をした。
義母は「あなたをやせさせるようなことになったら、息子がわるいのね」
と言った。
息子二人の母で頑固で心を開かない義父のもとで、
母は長いこと寂しかったと言った。
すでに兄嫁がいたが、義母は私の出る幕ではないのでと言った。
義母の趣味の手芸をたくさん、見せられて、とりとめない話と
そして、義母はずっと長い一生のなかで悔いても悔やみきれないことが
あると話だした。

義母の妹は医大に通い、優秀な人だったという。
もうすぐ卒業というときに、人生に終止符を打った。
姉である義母はうすうす、妹の恋愛に気がついていたと言った。
でも妹が負の方向へ引っ張られていくのをどうすることもできなかったと
義母は母というより、一人の女性として、悲しく語った。
私も義母の語りに、そのあったことのない夫の伯母を
思い浮かべ、胸が痛くなった。
残されたものの、心の痛みは永遠に消えないと言った。
そんな話を誰にもしたことはないのに、私の顔みたら話したくなったって。
あと、考え込む性格の家系かもしれないしね、と笑った。

あの義母ももういない。
子供をおんぶして、車を運転し、ずいぶん病院まで通ったけど、
あの晩の義母に会うことは二度となかった。

生きることってなんだろう。

富田順子さんの介護の本を(失礼、題名今忘れた)を読んだけど、
ヘルパー向けであるが、家族はそれを実行するのは無理だと思った。
気力も体力も使い果たしている私には理想の世界でしかない。
父母ふたりの人生のペースにあわせるなんて到底できないよ。
それでも生きることをサポートし続ける。
父母がわたしを育てたように・・・

生きよう、生きよう、みんな生きよう。
アスタマニャーナと最後まで言い続けて、生きよう。生きよう。
あーあ。
私壊れてますか?

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by ygracia | 2005-10-20 18:51 | 雑感

性格

母をデイに送り出し、ほっとした。
今日は素直に出かけてくれたので良かった、母も外へ行きたかったのかも。
週2回にしてみようかな、無理かな。

父はすこぶる元気。
今日は寝ないで起きてる。
それもうれしいけど、実際は見守り必要なので
私は気が抜けない。

鬱になりそうなくらい、つらい日々もあるけど、
すぐ復活してまたがんばってしまう自分を観察する。
だけど、答えなんてどこにもない。
もっと鷹揚に考えればけっこう楽なんだろうけど、
介護は自分が一番と思っているから踏み切れないんだ。
そこを目をつぶれば、選択肢はいっぱいあるのに。
母や父が不快な思いや、がまんを強いられるのを
考えただけでこっちが辛くなる。

若いときに好きなようにさせてもらった。
父はふつうの人生を私に期待していたらしく、
留学が決まっていたのにお見合い写真を持ってきたっけ。
東大卒だったような。
母はいろいろな思いがあるけど、世界を見て来いと言ってくれた。
なにか期待があったのかも。
でも通訳試験もうけず、ガイド試験もうけず、
結局父母は私の真意はわからずに悩んだだろう。
私はというと、世界の空気をすって、好き勝手していた。
自由気ままな青春だった。
父母のすねをしゃぶりつくして、現在にいたるわけだ。
今は夫のすねにかじりつき、ぶら下がっている。
母は私を苦労なんかさせたくないといって大事に大事に育ててきた。
だから経済観念は育ってない。
でも精神面はとんでもなくスパルタで、すごかった。
もと赤十字看護婦で戦中は看護婦教育をしてきた母。
厳しかった。
このごろ思うのは私はもしかするとアダルトチルドレンかもということ。
だけど、人の世話をするのは好きだ。

父と母の性格、そして介護する私の性格。
いろんなものが混濁して現在がある。
だから、介護は100人100色、万人万色ということになる。

父も寝てるし、せっかくのフリータイムなので
DVDでもみよっと。
深く考えるのはやめよっと。

神戸屋キッチンのかぼちゃパイ。
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by ygracia | 2005-10-20 10:49 | 雑感

反省して

昨日、父がなぜかしっかりしていたので、夜最終のつもりでパッド交換に
いったのが1時。
「もう1回くる?」と父。初めて聞かれた。
「うん、なんで?」
「そのときお茶をのみたい」
「いまは?」
「いまはいい」
「じゃ、あとでね」
と、それで眠れなくなってしまった。

もう、起きてられないから2時半に行くと、
むせないで、お茶をごくごくのむ、
こんなのも初めて。
このごろは、小さじにいっぱいのお茶をごく、ごくんと2回に
わけてのむのがやっとだったのに。
でも良く飲んでくれた。
「おやすみ」

母をトイレにつれていき、もう3時すぎた。

は~
6時に母のパンツを交換してまた寝る。

途中で何回も起きなくチャと思い、
息子の「行ってきます」を遠くに聞き、
あ~とおもいつつ、うつらうつら、
夫がきたので、「起きられない~~」というと、
「ねてなさい」それをきいたら、一挙に目が覚めた。
なんで?

もう9時45分。やばい。

母の血糖をはかり、安心し、
父を歩かせてトイレへ。脱力寸前を声かけて、
「あるけるよ~」と成功。
スーパーにもいけなくて、生協のものもつきはて、
今朝はなにもないから、父にはパン粥。
ところが、たべてくれなかった。
クロレラをとろみつけて、飲んでもらう。
なにか怒ってる。
母はトーストと野菜のポタージュスープ。
父はいらないと拒む。

なんだか疲れた。
午後はばたばたとし、夕方母に父をみはっているようにいい、
オムツとパッドの買出しに。MサイズとLサイズ、母用パッドに、
父用パッド、それぞれ、昼用、夜用。ものすごい量だ。
ネットで買うより、やはり店で買うほうが安いので結局こうなる。
オムツでいっぱいで、食料は買わなかった。
こどもたちにサーティーワンのアイスとパステルのプリン、
銀だこを買って帰る。
なんじゃ、この買い物は。
あす、また買出しにいかなくては。

10時ころ眠くなる。
息子が11時半に食事するという。
11時に準備しておいて、11時半は母をトイレ、父のパッド交換と体位変換。

なんか自分の好きなようにしたいな。
勝手気ままに自分だけの時間をすごしたいな。
大昔、若い頃、勝手気ままに長いこと過ごしてたので
神様は今頃私に大仕事を与えてきたんだ、とつくづく思うのである!
あ~~~ショートまであと8日。
by ygracia | 2005-10-18 23:42 | 今日のお話

今日は

父は元気。
おととい、飲ませたアリセプト(2.5g)が効いてきたのか、
今日はごごから普通で元気な父だった。
言葉もはっきりして、目もあいている。
ヘルパーさんもびっくり。
しばらく続けてみようか。

朝はやはりぼんやりだったので血圧測ると67/48
すわっていると、すぐに血圧もさがるので油断できない。

夕食前、車椅子にすわってテレビをみていたが、
ひとりで歩いてしまい、また転倒。
車椅子の動かし方がわからないという。
ストッパーをもって、それで動かそうとしている。
電動車椅子にしようかときくと、そうしてくれといった。
もしかすると、母もそうしたいというかもしれない。
とりあえず、あす、ケアマネに連絡だ。

今日は父との会話がなりたち、疲れも少なかった。

いろんなことが頭をかけめぐり、いろいろあるけど、
とにかく、今月末になったら、十分に休養をとろう。

友よ、ありがとう。
涙をこらえて、話したけど、ちょっと気が楽になった。
それでも、母の顔みると、私さえがんばればいいんだと思ってしまう。
こまったもんです、親子というのも・・・・

と、今日は比較的落ち着いた1日でした。
アスは、父のうんうんが10日ちかくになるから、なんとかしなくちゃの日であります。
by ygracia | 2005-10-17 22:26 | 今日のお話

もう壊れた

父がまた食事を拒否し始まった。昨日から。
必死でミルサーを駆使して、つくっているので、それが
まるごと残る状態では腹もたつ。
今朝は父がスクランブルエッグの皿を投げた。
おかゆもひっくり返した。
目はまったく開いてない。
なんでも壊そうとする。
プラスティックのコップも捻じ曲げようとする。
全部とりあげたら、トレイを抱え込み、テーブルに
打ち付ける。
もう、私の神経もぶちきれ。

母はそのあいだに、私に注意されないことをいいことに、
朝食を飲み込んだ。
数分で終了。
薬は飲み忘れ。

昼食も同じ。
ちゃんとトイレに起きた父、目を開けて、あるいてくれたのに、
ご飯をはじめて数分で目が閉じる。
もう食べやしない。
無理やり立たせて、目を開けさせる。
ベットにもどると、すぐ、車椅子にうつろうとする。
ご飯たべるのときくと、手をふるので
またテーブルへ。
一口たべて、もう目を閉じる。
口もあかないので、ご飯は全部口にたまってる。
もう数回この状態なので、トゥースエッテで全部かきだし、
「もうごはん、なし!」と怒鳴って終了。
ベットにもどすと、もう知らん顔。
動いてないから別にたべなくてもいいやと思ってしまった。
水分のみ、心配なのでちょっとずつ、ちょっとづつ、飲ませてみる。

は~もういやだ。

母は自分の名前を旧姓でいい、
父を「加藤さん」といった。
だれじゃ、加藤って。
朝、起こしたのに、トイレにつれてったあと、また寝るので
「朝だよ、どうするんだっけ?」
ときくと、いやな顔しておきて、じっとしてる。
何してんの?ときくと、しらないと答える。
ご飯をみせると、あわてだした。
もう確実に壊れてきている。

あ~いやだ。

***********************************

応援してくださる皆さんへ。

ほんとに、いま、辛い状態です。アラジンのHPものぞきました。
がんばらない介護のHPものぞきました。
でも人に話しても仕方ないと思ったり、がんばらなくちゃやってられないと思ったり・・・
解決策は自分次第ということです。
あづけちゃえば、簡単だけど、ぜったい後悔して落ち込む自分が見えます。
もちろん経済的問題も。
父も母もいつこの世を旅立ってもおかしくない年齢で、いま、
私が手をはなせば、それで別れがくるかもしれないなんて思ってしまいます。

現在は週3回、2時間半のヘルパー導入。母の生活介護と、身体介護。
父の水分補給は毎日30分。でもこれがけっこう私が疲れるのです。
洗濯物がたまりっぱなし、明日の朝やろうと思っても、
ヘルパーさんのじゃまになるな~と思うと、夜中に必死で洗濯してしまう
そんな、見栄っ張りな性格です。
だから疲れちゃう。
それでも長くきていただいてる二人のヘルパーさんには、なにも
気にしなくなってきたけど。
本当は朝、8時くらいからのヘルパーをお願いするのがベストかな
と思ってるのですが、ヘルパーは9時からなのです。
すると、朝食もおそくなり、母の血糖値もみだれ、
昼食も夕食もずれていきます。
となると、住み込みヘルパーさんがいいけど、それは家の作りで無理。

ショートは一ヶ月に1回、1週間しか使えません。
となると、やはり、入居金をはらって有料ショートをいつでも利用できるように
するか、そういう選択になります。

いままで何回も悲鳴をあげてきて、そのたびに
すこし、道がかわり、またそこで苦しくなり、また叫ぶ。
そんなことを繰り返しています。
でも母の手をぶったり、父の頭をはたいたり、そんなことが
ちらちらと出てくると、自己嫌悪の塊になり、自分が壊れていくのがわかります。
今月末のショートまであと1週間なんとか乗り切って
頭を休めて、次の道を考えます。
ただ、父がショートに行かれる状態かどうかが問題なんですが・・・・

そんなわけで、頑固な私です。
でもご意見だけはありがたく頂戴するのでどんどん書き込んで叱咤してください。
よろしくお願いします。
by ygracia | 2005-10-16 13:55 | 今日のお話

日々悩み多し

14日は朝から、イライラしっぱなし。
父を皮膚科に連れて行く予定でいたけど、
2階の自分たちの居間の掃除の最中に、母のパニック。
トイレに何回もいく。
こちらは忙しいし、よく確認してなくてさっきしたんだから、
でないはずと言い聞かせというより、怒鳴っていた。
しばらくするとまたパニック、
「てっちゃん、いてほしい、てっちゃん」
「てっちゃんじゃない」
「だれでもいいさ、いてよ」
命令されると、またまた腹立つ。
なんてことはない、また摘便となった。
そのまま、母をシャワー浴。
結局、父を病院にはつれていけず、途中でやめてた
掃除をして、自分の着るものなくなって洗濯。
下に下りて、また父母の尿でよごれたシーツやら、パジャマやら
洗濯。
尽きることのない洗濯。私の朝食、午後3時。

午後ヘルパーさんがきて、おやつを食べさせてもらい、
その間、20分ほど寝てしまった。
ヘルパーさんも気づいた。
母が赤ちゃんがえりのようになり、父の世話をすると、
かならず、呼ぶという。
夜もおむつでいいといい始まった。
父のオムツをする様子をじっとみていたあとだ。
自分もかまってもらいたいというわけ。

今日は、朝、6時に母のオムツをとりかえ、父に水をのませ、
そのあと、私は寝込んでしまい、
おきたら9時半。
朝食がおそくなり、母の血糖値は混乱状態。
父の薬をとりにいき、買い物して、父母昼食、
父転倒2回。父、朝も昼も食事をひとくちしかたべず、拒否。
自分でそうしてるという。目はうつろ。
私の朝食、また午後3時。
夕方父シャワー浴。夕食、父完食、最初は目をあけてたけど、
途中からうつろ。スイッチオフ。ひげそって、顔ふいて、おやすみなさい。
母がトイレに行かないので、注意すること数回。
パッド交換もしたといいはるけど、したのは私。

14日のパニックと、母の生活も乱れていることから
私はやはり、母は介護してもらえるところにいたほうが
健康な生活がおくれるのでは考え始めている。
老健はもううんざりなので、やはり介護付老人ホームということになる。
夫もパニックと私の動きを見ていて、
「限界だよ、お父さんもかまってあげられないし、
考えたほうがいいよ」と言い出した。
しかし、入居金は数百万、月々、20から30万をはらうとなると、
やはり考えてしまう。父はレビー小体病なので、
理解してもらえないから、うちにいるほうがずっと幸せ。
母はもちろん家がいいだろうけど、施設にいれば生活は
安定する。
疲れていると、どんどん逃げ場をさがしてしまう。
ヘルパーさんの手助けを借りるには、もっと考えなきゃならないけど、
頼んでも私の休む時間はわずかなもの。
あ~悩みはつきない。
by ygracia | 2005-10-15 20:12 | 今日のお話

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia