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最近の父

いつから寝たきりになったのかよくおぼえていない、
あれよあれよというまだったような・・・

11月に突然立てなくなり、ドプスがたまってきたせいかと
考えていた。
それでも脱力しながらでもトイレまで車椅子で行き、
なんとか用をたし、お風呂もシャワーも浴びていた。

12月、訪問診療が始まり、父の身体の硬直がパーキンソン症状の
悪化であること、腕をまげると、わずかに残る筋肉が痙攣していること
などからまず、身体の緊張をとらなくてはということになった。
そしてネオドパストンの開始。
本来なら薬はあまり増やしたくないというのが先生にも私にも
あったのだが、緊張が強すぎること、そして、何よりも
父自身がもう少し歩きたいという希望を示していたことが大きかった。

ドプスを減らしながら
ネオドパストンを半錠を2回に分けて飲んでから4,5日して
父が私においでおいでをした。
私の前で手のひらを開いたり、握ったりして、
動くことを知らせた。
緊張が取れたのだ。
夜もがちがちで眠っていたのが、リラックスしている。

そして25日からドプスをやめてネオドパストン1錠を飲み始まった。
身体の緊張はゆるやかになってきた。
心配した幻視で不穏になることもない。

ただ毎日様子は変化するのでこれだという決まった形にはならない。
昨日は昼まで寝てたかと思うと、今日は8時から起きていたりする。
規則正しかった父も自由人になった。

血圧の変動はやはりひどく、父が一番活動的なときは140台、
車椅子に座らせたり、おむつ交換で動かすと一挙に70台になってしまう。
怖いのでいまはベット上の生活になってしまった。
また車椅子にすこしでも座らせてみたい。

訪問入浴1回目、
私のほうが興味津々だったので楽しかった。
父も何事が起きるのかとしっかり覚醒していた。
ヘルパーさんが言ってくれた言葉「お風呂屋さんがくる」
これは最高によかった。
来週もおふろやさんくるよ~というと、父がニッとした。
気持ちがよかったと言った。

痰の吸引もする。
口腔洗浄も吸引器でするようになった。

いろんなことが変わったけど、父はやっぱり父で
いろんなこと考えているらしく、いろんなことに答えてくれる。
by ygracia | 2006-01-28 19:15 | 今日のお話

まぁまぁ復活

介護を人にゆだねると、やはり残念に思うことも起きる。

ふと父の顔の変化に気がついた。
長年のトレードマークだった、長寿まゆ(翁まゆ)がない!
両方にりっぱなのがあったのに、短くきりそろえられている。
たぶん、ヘルパーさんがヒゲソリのときに長いと思って切ってしまったのだろう。
あ~ほんとに悲しい。
私のこだわりと、父の通っていた理髪店の主人のこだわりでいつも
大事にしてたのだ。
ひとこと伝えておくべきだった。
もう伸びるのにかかる時間を待つこともできない。

腰を痛めて、倒れた日、父に食事をさせなくてはならないのに、
動けない。
卒論で気が立っている娘もいやだと言った。
気合をいれてたちあがり、階段をおりた。
気合だ!と叫べば、人間どうにかなるもんだ。

そのまま気合で食事をさせて、床に倒れこむ。

夜中強烈な匂いに目が覚める。
父がう~んとうなっている。
また、気合でたちあがったものの、
立っていることがむずかしい。

父のベットのサイドレールを脇にはさみ、ぶらさがり状態で
おむつを取り替える。
ほっておくと褥創が悪化するのできれいにしなければと
気合だ!とくりかえし、父にも「おとうさん、わたし動けないから
しっかりそっちにつかまってて」というと、
父もうごかないはずの足をよいと持ち上げ横をむいた。

気合でやり終えて、からだななめになったまま(左がいたいので右に傾く)
片付けて、床になだれこむ。

翌日も同じ。気合だ!気合だ!

月曜日、ケアマネに連絡。
どやどやとヘルパーさんから、ケアマネからヘルパーステーションのチーフ
がやってきて、床にみんなすわり、私はねたままで
この先1週間の計画をたてた。
夜、どっと疲れた。

腰のほうは徐々に回復し、というか、父がむせれば吸引しなければ
ならないし、フリーズすればみにいかなければならないので
起きることも多かった。

そして、昼、夜と人がではいりするのも結局疲れた。
父のことをしてもらうのは助かるのに、私は眠ることもできず、
やっぱり疲れてしまう、でもしようがない。
また父の状態がとにかく時間で決められるものじゃないので
ほんと困った。
ヘルパーさんが来ても、ねているし、無理に起こすと
いいことはない。
食事を用意だけしてもらってかえってもらい、
午後、起きたところで私がたべさせる。
それはいいのだが、こんど夕方のヘルパーさんのときには
まだおなかがすいてないのに、食べさせられると、食べきることもできず、
拒否。

かといって、今日がこうだったからと時間を変更すると、
明日は違う。朝から目が覚め、調子がよかったりする。

どうしようもなく、夕方のヘルパーは2日でやめた。

ヘルパーさんもいつもの方たちだが、やはり食べさせ方がむずかしいようだ。
父の飲み込み具合、わかるのは私だけなので、結局、
つめこみすぎるかどうか横でみていなければならない。

結局、腰はなんとかよくなったけど、疲れた。
家族は私が入院になったらどうなるかかなり、不安だったらしい。

ネオドパストンを飲み始めた父の様子は別枠で報告しよう。
by ygracia | 2006-01-26 11:59 | 今日のお話

失敗

父をお風呂にいれたのはいいけど、やっちゃいました!

椎間板ヘルニア再発。

父と一緒の部屋の床に寝ております。

しばらくブログはおやすみしまぁ~す。
by ygracia | 2006-01-15 23:48 | 今日のお話

薬の作用

ネオドパストンを飲み始めて、3日。
午後から、画期的なことが起きた。
便がでてはじめはベットで処理。
夕食が済んで、トイレにいくというので車椅子で連れて行き、
だきかかえて便器に移動。
低血圧も起こらず、すっきり出せた。
「よかったね、お父さん」
「うん」

今日は午後、母のレンタル用品を引き取りに業者が来ていて、
1時間ほど作業していたのでその間父は車椅子で
お相撲を見ていた。
そのあと、ベットに戻り、ちょっとうとうとして、
夕食のときは、また車椅子でテーブルにつき、
スプーンで自分で食事することができた。
いつもならスプーンをもつ気もなかったのだが。

幻視のほうは、なにか天井に見えてるらしいけど、
にこにこしてる、楽しそう。
寝るときもずっと見てるので、
「おとうさん、もう寝るからね~」と
額と目をタオルで覆った。
いつものように、モーツアルトをかけて、
「お休み~」
「おふぁすみ~」

血圧は145/95
3日目順調。

ナースから電話あって、この旨報告。
by ygracia | 2006-01-13 22:01 | 今日のお話

変動著しく

今日からヘルパーさんに9時半から11時半の予定で入ってもらった。
ところが、父はぐっすり眠っていて、呼びかけても起きやしない。
何度か様子をみたけどだめ。
11時ごろ、なんとか起きて着替えやオムツ交換などしてもらい
そしたら、また気持ちよくなったのか眠り始める。
またなんとか呼びかけて、初めてのエンシュア、コーヒー味を
ゼリー状にしたものを少々、途中で薬も混ぜてなんとか
飲んでもらった。そのあとまたお休みなさい。

今日からレビー小体病にそくして、薬の微調整が始まった。
でも朝飲めないから、朝の薬を昼にのみ、昼の薬を
夜にのみで困ってしまう。

パーキンソンを抑えるためにネオドパストンを微量ではじめた。
父の身体の硬直が著しいのでとにかくすこしでも筋肉の緊張を
ほぐそうというのが第1プランとなった。
これで副作用の幻視やせん妄がでてくるからそれに対応できるか
と聞かれて、だいじょうぶと答えた。

木之下先生はカルテに父に対する、プランを次々と書き出し、
そのなかから、まず優先するものを並べていった。
でも薬が増えれば、またややこしくなるのがレビーなので
すこしづつ、すこしづつやるしかないのだ。
今回の先生の話のなかで勉強になったのは
レビーと無呼吸の関係、まだ研究されていないこと。
レビーの人(父の今の状態)は目を圧迫したり、首を圧迫するだけで、
心臓が止まってしまうこと。

次の訪問診療までナースが毎日電話をくれることになった。
変化を報告するのだ。
今日は、とくに変化なし。

父の仙骨部分に褥創ができてしまった。
あっという間だった。
あかくなっていたときに、便で汚れて一晩そのままだったから
そのあと、すぐできてしまった。
「しりが痛い」と自分で言った。
治らなかったら、ラップ療法やってみよう。

母はホームでおあづかり。
さっそく、スタッフをこき使っていた。
でも私はすこし安心で、ほんのすこし寂しい。
夕べは母の髪をカットしながら、
「おかあさん、ホームできちんと世話してもらえると
わたしも安心、だって私、なんにもできないじゃない、
おかあさんを怒鳴ってばかりだし」というと、
「ほほほ、どなってばっかりね、こまったね」
といった。
ホームへいくのに、あれやこれやもって行きたいといったが、
朝になったら全部忘れてた。
ついでにホームに行くこともすっかり忘れて、ドライブを
楽しんでた。
多摩川を眺めながら、この辺はひあたりがよくていいねと
楽しげだった。
おかあさん、ちょっと休ませてもらうから
by ygracia | 2006-01-11 22:40 | 今日のお話

連休きらい

休みが続くと、家族もち介護者の私は何百倍も疲れるのだ。

休日に家族と食事するのが大好きな夫はお正月に続き、
今回の連休も「さあ何食べようか」と切り出す。
だけど現実はそうはいかないので夕食は10時過ぎになったりする。
それもやっぱりずっと続くと腹もたつだろう、わかっていても。

今日も訪問診療の日だったので朝から私は大忙し。
夫はほったらかし。

猫のジュリがホカロンを破いて遊んでた。
床は真っ黒、白いジュリの顔も真っ黒。
というわけでいらいらのつのった夫はぶち切れ。
「猫なんか外へだせ!」
また始まったのだった。

介護に休日はない。
介護者にも休みはない。ちょっと手をぬくと倍になってかえってくる、
と私は思う。

かいごの学校」には介護体験談が出ている。
でもこれを読むたびに私はへそ曲がりになるのだ。
笑って介護ができれば、仕事にするよ、
父母の時間に合わせて生活したら家族崩壊するよ、
ゆったりした気持ち、できるもんなら疲れないよ、
はらのたたない人っているの?
きっと楽しい介護ができると感じたときはもう最後のときかも・・・
とかおもいっきり偏屈になる私なのだ。

いつになったらゆとりができるの・・・
by ygracia | 2006-01-09 12:47 | 今日のお話

日々是戦闘也

といいながらも、母に腹を立てるのをできる限り抑えることにした。

数日前の夜、ダウンしてしまった私のかわりに娘が対応した。
母が車椅子にのり騒いでいたという。
「お父さんが歩き出して、たいへんだった、わたしが寝かしたのよ」
とうわけだ。
食事用のテーブルは部屋の中央に移動し、
母はばたばたと騒いでいたらしい。

娘は父のところへいき、「おじいちゃん、おきてないよね」
「うん・・」
「うるさいけど、もうねていいからね」
「うん・・」
掛け布団もなにも乱れていなかったという。

翌朝、母に尋ねると、たしかに父が歩いてきたという。
もしかしたら、歩きたいという父が幽体離脱でもして
あるいていたのかも。
いや、ほんとうにあるいちゃったのかも・・・・
真実はわからない・・・・

私も疲れやすく、父母の食事と下の世話と洗濯でいっぱい。
このごろは父の吸引も仕事に入った。
レンタルは結局高くつくので購入した吸引器、
なかなかいいけど、ゴムのチューブがいただけない。
使い捨てももうすこし、弾力あるかなとおもったけど、
やはり、傷つけないためかやわらくて、むずかしい。
父は口になにかはいると食べようとするので
これまた舌を押さえるのがたいへん、結局ゆびで
しっかり抑えるのがいちばんよかった。
痰や、食べ物の残りかすもきれいに取れる。
病院のように、鼻からがまだやったことないけど、
先日ははじめて窒息しかかったのでほんとに吸引器があってよかったと思った。
ごはんつぶひとつで窒息するとこだった。

父のからだの筋肉はあっというまに落ちてしまい、
これをみると、きっと心臓や肺やいろいろな筋肉も落ちていくんだろうなと
思う。
母をホームに送ったら、少しづつ、父復活作戦を始めようとは思っている。
どこまでできるかわからないけど、もう1回がんばってみよう・・・
by ygracia | 2006-01-07 22:20 | 今日のお話

何をかいわんや~

壮絶な年末年始。

父母のことに追われて、お正月の準備をしていなかった。
三が日の食料は夫が買出しに行ってくれたのでだいじょうぶだったけど、
おせちが・・・。

時間がないけど、なんとかと思い、栗きんとんとお煮しめだけは
作った。それも大量に・・・
ところがこのふたつが好評で父母の介護食にもなり助かっちゃった。
その分、私はへとへと、そして、ずっとわが家族の夕食は夜10時。
お鍋をかこんでなんとか年越しをして、元旦を迎えた。
父はまったく目を覚まさず、振り回された。

母は決まった時間に騒ぎだす。
ご飯をまったく食べてない、弁当よこせと、過激なのだ。
そして車椅子で徘徊。
とうとうポリデントを食べてしまった。
知能犯なので食べた後の紙をかくしたり、怒ると寝たふりをし、
私が部屋からでると、さっさと動き出し、冷蔵庫をあさる。
夜は姪たちの名前を呼び続け、大声をだす。
静かにしてというと「もっとどなってやる」と言う。
ゆうべはとうとう「死ねばいい」と言われた。
なんだかどっちが介護者かわからないくらい母は攻撃的だ。
老人ホームではこんな姿は微塵もみせない。
娘いわく、「かまってもらいたい病だよ」
今夜はもうリスパダールを飲ませよう。

夫の兄夫婦に電話で年賀の挨拶。
医者である義兄に「あきらめるという言葉は悪いけど、
もう十分に生きて来た人たちはいいから、自分や家族のことを
考えて。人ができることというのは限りがあるんだよ」
言われて、夫に背を向け、キッチンのシンクに涙を落としながら
その言葉を受け入れた。
義姉の明るい話に救われて、なぜかほっとした。
ほとんど1年数回しか話さないけど唯一の親戚なのだ。

というわけで相変わらず熾烈な日々なのだ。
2006年どんなことになるんだろう。

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by ygracia | 2006-01-03 13:38 | 今日のお話

年明け

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ことしもどうぞよろしく!

生きることに感謝、
生かされることに感謝♪
by ygracia | 2006-01-01 00:47 | 今日のお話