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報告2

主治医からの説明。
入院時にすでに4種類の菌が検出されていて、抗生物質の確定に
時間がかかった。
低栄養のためにこれをアップするべく栄養剤を替えたが
下痢になる。過敏である。
酸素マスクをつけているものの、血中酸素に関しては大きな
問題はない。
血液検査にて腎臓、肝臓とも問題ない。
呼吸器科からの見解では肺炎の繰り返しは避けられない。
肺炎を起こせば胸水もやはりなかなか引かない。
呼吸の問題は特にない。
栄養状態を改善して、菌に合う、抗生物質を用いて、利尿もよくして
在宅に向けての体作りをする。
もう少し見させてほしいとのことだった。
先生にはっきり聞いた。
「先生がご覧になって、父の生命力はどうですか?」
一瞬びっくりしてたが、「あります」

おととい、父に家にかえりたいか聞いたところ、
「病院のほうが安心だ」と答えた。
父自身がやっぱり、生きる意欲を示した。
在宅でわからない熱の原因に私がおろおろしていたのがわかってたのだろうか。
ちょっとショックで、「でも痰とかくるしいでしょ?」と聞くと
「そうでもない」
何回もうちのほうがいいんじゃない?ときくと「病院」という。
マドパーのせいで、頭もはっきりしてる。

昨日も今日も熱のせいでうとうとしていた父だが
先生がはいってくると目を開けた。
私は先生と病室のそとで話す。
気が小さい父は、悪い話をきくと、すぐ具合悪くなっちゃうから。

そのあと、いろいろございまして、病院側もかなり真剣になって
私の要望を聞き入れている。

皆さんにも心配かけたけれど、腹をくくって、父の思いもかなえて
それと、担当ナースの涙も信じて、
もうすこし、病院での治療に専念すること決めた。
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私の要求でナースが張った吸引方法。
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by ygracia | 2006-10-30 21:05 | 今日のお話

報告

やはり誤嚥性肺炎だった。
先生から留守電がはいっていて、抗生物質の投与をしているとのこと。
月曜日からずっと、熱があがったり下がったりだ。

すっと見ていて、治療は必要だけども、病院にいるかぎり、
父にとっての環境は最悪だ。
私が行くときはかならず、痰と唾液で苦しんでいる。
頻繁にしますといっても、現実はついているわけにはいかないから
やはり待たされてしまうわけだ。

木曜日に訪問診療のHナースに相談。
治療が必要なのはわかるけれど、環境としては父には家のほうがいい
ような気がする事など話す。
Hナースはよく理解してくれた。
最初に言われた事は、いますぐではないとしても終末まで在宅でみる
覚悟が家族にあるかどうかということ。
見ていられないからやっぱり病院にという場合もあるから、
そのあたりをよく話し合わないとということ。
うちは家族4人だけだけど、すでに家で看取ることをきめているから
その旨を伝えた。
父が父らしくいられることを前提に、最初いわれた20日間の入院を
クリアして、そのときの状態によって家につれて帰る事に決める。
点滴などの治療に関しては訪問診療と、訪問看護の体制を
整える事、先行き呼吸器系の先生に移行することで24時間体制に
替えていくことなどを話した。
ほっとした。

ただ、病院の主治医に、月曜日に話を聞く事になっているので
またいろいろあることだろう。

父は入浴もできず、清拭もしていないのでパジャマだけでも
取り替えてもらおうと思ったけど、結局すぐにはだめで、数時間後
になった。

いろいろ不満を言っても仕方ないけれど、疑問はいっぱい残るし、
家にいれば、素人考えでも栄養もいれられるし、自然なかたちで
病気と戦える。
今までそうしてきたんだし。

父がある程度落ち着いたら、父の意思も聞こうと思う。

私はというと、夜眠れるようになったのですこしは体力回復。
昨日はまえから約束していたので友人たちと食事。
庭のある豆腐料理屋さんの個室でゆっくりすることができた。

夜になってちょっと失態。
というのは母の通帳と印鑑を無くしてしまったとわかり、大騒ぎ。
書き入れのためにホームに持っていってことは覚えていたけど
そのあと、どうしたのか全く思い出せない。
いつものようにビニールケースに入れていたはず。
しかし、ホームにもどこにもない。
あわてて、郵便局へ飛んでいき、お金を確認、残金をおろそうとしたが
限度額をこしてるというのでおろせない、
あ〜^やられたと思い込み。
夫に連絡したら、夫は夫で自分が通帳無くしたと思い込み、
念のためにお金を下ろしておいたのだった。
カードだけはあったから。
どちらにしても対策とろうと話した。
で、ショック状態でいた。
寝るときになって、家中探してもみつからないけど、もしかしたら
でてくるかもと、じ〜〜っと部屋を見回し、
朝からずっとおいてあった赤い財布に目が止まる。
あれ、ずっと使ってない財布なのに、何で出したんだろうと自問。
あ〜〜〜〜
ホームに行くときに、ビニールケースの予備がなかったから、引き出しにあった
赤い財布に入れてもっていったんだぁ〜〜
あった。

心臓が痛かったのがすーっと引いた。
記憶がなくなるというのは、やっぱり脳梗塞の前触れかな〜〜〜
by ygracia | 2006-10-28 11:46 | 今日のお話

母と。

今日はどうにもこうにも母の通院で手一杯。
母も目を離す事ができないことに気がつき、父の病院に電話。
今日はいけるかどうかわからないと伝えると、むこうから
父の様子、熱もさがったこと、お風呂はやめたこと、
14frのカテーテル、用意したこと。
つぎつぎと報告が出た。
今日は彼らを信じるしかない。

朝、母にお化粧。
「おかあさん、おしろいぐらい、はたけないの?
顔色悪いから」
「そうだね、でもめんどうだよ」
「すこしはしたら、、昔はいつもしてたでしょ」
「そうね、でも何にもないから」
と、うれしそうに口紅のついた唇をまっまとあわせた。

母は午前中整形外科へ。
これが先生がかわってしまっていた。
おまけに、まったのなんのって、予約時間から2時間経過してた。。
こんなに待ったのは初めて。
母はめずらしく、おとなしくしてたが、私があと6人と適当に答えてたら
しっかり人数数えてたのか、6人はいったから、さ、行こうと車いすを動かした。
まだまだと言ったら、ちょっと怒ってた。

今回は娘なのか姪なのかどっちかわからなくてだまってたのだが、
迎えにいった車にのったとたん、
「ばーちゃんは死んだのかね」
「うん、もう死んだ」と答えた。
「そうか、しらなかった」

孫である娘が、「だ〜〜れだ?」
「りょうこでしょ、」
「わかる?」
「りょうこがわからなくてどうするのさ」
「じゃ、この人は?」と私をさす。
「わからない」と母は笑って答える。
ふざけてるのかナと思ったけど、やっぱり変。

いったん、戻って、午後にまた内科へ。
風が強くて私の髪が乱れて、母をそれを注意。
「あれ、もってないの?」
「くし?」
「うん、くし」
「もってない。」
「だめでしょ、ひどいから」と言う。
とつぜん、「飴ちょうだい」
[これから検査だからだめよ」
「帰るときに飴をいっぱい持って帰る」
「おかあさんは糖尿だから、飴は1日1個。Zさんに預けてあるの」
「私はもらってない、だれ?」
「Zさん、私くらいの人」
「あ〜。あの人、ゆみこが私の娘だっていうのよ」
と言って、母はうれしそうに笑う。
おもわず、「じゃ、わたしはだ〜れ?」
「ゆみこは姪」
「誰の子供?」
「ばーちゃんのこどもだよ」
なんだか、おかしくなって、笑ってしまった。
悲しくなくて、おかしくて笑った。
母も笑った。

そのあと、
「私はどこにかえるの?」
「うちよ、お母さんの家でしょ、」
「ゆみこのいるところ?」
「そうよ」
「あそこ、あそこ、私の住んでるところはいやだね。
みんながいるところにはかえりたくない、うちにかえりたい、
おかあさんはいつ、うちにかえれるの?」
「かえれるよ、すぐ」

エレベーターのなかで突然、
「お金だいじょうぶ?」
「なに?」
「おかあさん、お金どうしたか、わからない」
「だいじょうぶよ、ちゃんと預かってるから」
「お母さんのお金、ゆみこ使っていいんだからね」
「うん、わかった」

帰り、雨が降ってて、インフルエンザの予防接種をしたばかりの母を
具合悪くさせてはと、コンビ二で傘を買い、車いすを飛ばして、
超特急で帰宅、私はずぶぬれ。
母は傘はいらないから、いそいでいけばいいからという。
走る車いすから母が叫ぶ。
「ゆみこ、なにかかぶってるかい?ぬれてないかい?」
「だいじょうぶだよ」
私は重くなったカーディガンを感じながら
車いすの赤い取手を握り直した。
涙も雨も心地よかった。
by ygracia | 2006-10-24 23:55 | 今日のお話

病院

23日、お昼前に父のところへ。
着くなり、吸引。
吸引しながらナースコールをして(やっぱりこない)
顔を出したナース(顔見知りじゃない)に
「痰吸引、こまめにお願いします! 溺れてましたよ」
「はぁ〜、しましょうか」だけ。
「もういいです!」

父も苦しかったという。

母を迎えにいき、もろもろのはんこ押しをして、母を連れてまた病院へ。
4時過ぎ。

着くなり、父のくるしそうな状態。
あわてて、吸引!
母も「かわいそうに、こないのかい、だれも」
吸引し終わって、くまのように行ったり来たりした私。
婦長を呼んでと、顔見知りのナースに言う。
結局、別のナース(しっかりした人)が婦長はこれから会議なので5時半になら
来れるという。
母がいるので無理だから、ふたりのナースでいいから、ちょっと聞いてくれという。
父を前に
「とにかく、痰吸引のやり方を徹底させてください!
舌押さえ(名前忘れた)を使って、喉奥、カテーテル7cmいれて、吸引してください。
わずかかもしれないけど、それでも本人は苦しいので、こまめにやってください。
できれば14FRのカテーテルのほうが、何回もやらなくてすむので、私持ってきますから」
「はい、よくわかりました。苦しい思いをさせてしまって、申し訳ありません。
カテーテルはもってきます」
「え、常備されてないっていってましたよ」
「常備されてなくても取り寄せられますから」
「本人は訴えられないし、とにかくこまめにお願いします。ガラガラいってなくても
たまってるから」
ま、いろいろやりとりはあったものの、こんな感じ。

おろおろする母、両手を差し出し、
「あ〜〜何にも助けてやれない、あ〜〜」
ナースの血が騒いだのだ。

ナースってどんな仕事してるだろう。
確かに忙しいのはわかるけど、昼間はナースステーションに数人はいる。
仕事しながらでもちょっとのぞくくらいしてもいいだろうに。
重篤な人は必ずチェックするんだから、どんな人にも公平に巡回しなくちゃ。
あの、ナースコールの返答も「どうしました?」
言えるなら呼ばないよ。

入院中、痰吸引の瓶、3回洗った。
病院って、なんで水使わないんだろう。
痰の量をはかってるわけでもないし。
チューブは痰で汚れている。
いくら取り替えるからって、汚いままなんて。
ついでにチューブも洗ってる私。

さあ。改善されるかどうかみものだ。

今日は1日、母の病院。
1泊はかわいそうかなと思ったけど、ゆうべからの作業で
すでにギブアップ。
プロに任せたほうがいい。
洗濯は3回。
トイレも夜中に2回連れてったけど、それでもあふれた。
早い夕食で7時から寝た母。
夜中に起きて、ごそごそ。
早朝から便処理。からだにはいいこと。
ホームでよく管理されているなとおもった。
私は半分眠りながら、母のお尻を洗う。

朝は5時からてっちゃんコール。
呼びながら遊んでる。小さい子どもがたいくつなときにやるように。
「てっちゃん、てっちゃん、て〜〜〜ちゃん、て〜〜ちゃあああん。てっちゃん。あ〜〜あ」
猫のらんちゃんが
母がてっちゃんと呼ぶたびに、「はぁ〜〜ん」「にゃ」「にゃ〜〜ん」「はっ」と返事してた。
おなかがすいたというので8時に朝食。
取り寄せ糖尿病食ばかりでは良くないと思い、7時からご飯作り。
でもぺろっと食べてくれたからうれしい。
おいしい、まずいもないけれど。。。

さあて、母を病院に連れてく時間だ。
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by ygracia | 2006-10-24 09:18 | 今日のお話

いろいろと

元気だったはずの父、昨日夕方から発熱。
いいたいことはやまとあり、ナースにしつこく言って、やっと
タング押さえを持って来て深く吸引。
はいらないからって、ちょこちょこやっただけじゃだめだっていうのに、
鼻からやってもとれないから、もうだいじょうぶなんでいうな。
だから奥なんだっていってるじゃない。
ぜったい、誤嚥してるって。

吸引に時間がかかったのと、熱とで父の心電図も呼吸波?も乱れに乱れる。
だけどナースコールしてもすぐにはとんでこないから、呼んだときには
収まってる。
夜になり、やっとナースがしばらくついて様子をみたので呼吸が悪いのが判明。
酸素マスクになる。
私が行った午後からずっと呼吸悪いんだって、わかってたのに。
無呼吸でもなりますからとか、いろいろいうけど、そんなことわかってるよ
私はずっと父をみて来てるんだから。
この目のまわりが白くなるのも具合のわるいとき。
だんだんナースも納得してくる。
父の事は私がいちばんわかるんだから、聞きなさいよ、話を。

父はマドパーのせいでせん妄あり、でもなんか楽しそうなのでいい。

また父の記憶力がまだ作動している事判明。
先日、わたしの従姉妹たちがお見舞いにくるかもしれないといってたので
父に「とこちゃん、来た?」ときくと、
「来たよ、○○△□※〜〜〜」
ほんとかなと思ってたら、今朝、ほんとうであることが判明。
従姉妹3人で来て、長姉が夕方までいてくれたとのこと。
院長回診もあって、元気になってるといわれたことなど判明。
私、なんにも聞いてないけど、家族の代わりに聞いてくれてた。
何年も行き来もないのに、ありがたいことだ。
父が姪たちをかわいがっていたからだ。
そしていちばん信頼できる叔父だったということだ。

さて、話をもどして、夕べは最悪のところまで考えて覚悟した。
でも電話はなかったのでなんとか収まったのだろう。
いまから病院へ行く。
それから母のお迎えだ。
by ygracia | 2006-10-23 11:30 | 今日のお話

困惑

介護が終わった人たちが空の巣症候群になるのはよく聞く。
うちに来てくれるケアワーカーさんも3年間の在宅で実母を看て
亡くなった後丸1年間、仕事も何もできなかったという。
働き続けてきた自分が何もする気にならないというのがほんとに
不思議なくらいだったそうだ。

私も今、いままでの事を振り返る時間が突然やってきて
はっきり言って、頭の中が混乱している。

年月にすると、父が老化してきて認知証になり、現在に至るのに
そんなにたっていない。
展開が早かったのだ。
ところが、私の感覚だともう10年くらいたったような気がする。

DLBであることをなんとか周囲に理解してもらって、
父を理解してほしいという行動から、だんだん遠のいていっている。
なぜなら、現場というのは、現在の父の状態を観察して、それに
対処することで良しとされているからだ。
たしかにDLBの症状や副作用や理解していてもらわなければいけないことも
あるけれど、現実はそんなにその症状が重要という感覚は現場には
必要ない。
世話する側、治療する側にとって、DLBの人の機微なんて重要ではないからだ。

でも今現在、DLBに気がつかず、治療されている人、介護されている人、
そしてその家族のために、どんどん声をはりあげていかなくちゃいけない。
生きてきた人生を尊重され、人間としての尊厳を最後まで保って生きる事が
できるように。。。

父はマドパーの投薬で(と思われる)やたら元気。
良いのか悪いのか、わからない。
せん妄も少しあるようだが、影響はでていない。
血管も浮き上がり、先生に言わせると元気になった証拠だそうな。
私と指相撲もする。
ただ私は気分が落ち込んでるので夕方から病室に行くのだが
父が何やら文句を言って、私の手をつかんで離さない。
お父さん、ごめん。もうすこしだけ休ませて。。

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病室での訴え状況。
口の乾燥をふせぐこと、体位を楽にするためにメモをおく。それでも
成功率は60パーセント。読んでない人も多いのだ。
タオルはナースがメモもつけてくれた。
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by ygracia | 2006-10-21 11:44 | 今日のお話

兄妹

80になる叔母が父のお見舞いにやってきた。
足がわるいので心配したけれど、しっかりしていた。

「つとむちゃん、わかる?」
叔母の切れのいい江戸弁に父が(えっ?)という反応をした。

叔母としきりにおしゃべりしていたら、父がなにか言ってる。
何をいいたいのかわからないけど、
叔母は
「うるさいんじゃないの?」と。

何回も手をさすり、にぎり、帰る頃には父も叔母の問いかけに
「わかる」と答えていた。

おとなになって、叔母とこんなに話したのは初めて。
まだお仕事をし、コーラスをして、元気そのもの。
なんだか忘れっぽくてというけれど、私よりはるかに頭が冴えてる。
無類の猫好きで猫ばなしに花をさかせる。
母の代わりにいっぱいいろいろ言ってくれて、うれしかった。

ベレー帽をさっとかぶり、グリーンの上着に白いパンツ。
足下はしっかりとおしゃれなパンプス。
80なのに、おばあさんらしいところはみじんもない。

ヨガの先生に長生きの秘訣はと聞かれ
「そんなこと考えないで生きてきたから、それが秘訣かも」と答えたそうだ。

つながった過去をもつ親戚がいるって、うれしいかもとつくづく思った。

ちっちゃいおばちゃん、長生きしてね。

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by ygracia | 2006-10-18 22:55 | 今日のお話

安定

下痢が止まった父、水分補給もできて元気になった。
この数日、ほんとうに悩んだけれど、まずは治療。
ナースたちも私の書いたメモをベット脇に張って、気をつけてくれている。

K先生からもお話があり、これからは神経内科よりも内科的な問題が
繰り返されるだろうということ。
油断はできないけれど、まずは適切な栄養状態を確保して
体の調整をはかり、できればリハビリまでやりましょうとのこと。
心臓肥大もある(以前からだが)。
胸水に関しては穿刺するほどではない。

肺のまわりの空洞に水がたまってくるのだそうだ。

マドパーが開始され(ちゃんと微量調整されている)動きもよくなった。

父も酸素マスクがはずされただけで、楽になり、
また病室の天井の機械などのチェックを始めた。
「あれはなんだ?」ふがふがなので私が解釈。
「このレールは点滴なんかをぶら下げるもの」
というと、自分の点滴袋をみて、
「△○***」

周囲のことに興味を示せるだけ復活。
娘とまたテレビ電話。
今回はトラと、ジュリも参加して、父が笑った。
デジタルに非常に興味のある父。
「すごいでしょ、トラがみえたでしょ」
「うん、ふごい〜〜〜。ふぃえた(みえた)」

いろいろ起きると思うけど、私も覚悟してふんばろう。

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by ygracia | 2006-10-18 05:36 | 今日のお話

葛藤

今日の父は無反応。
ただ痰をだそうと、けっこう大きな声であ〜〜といって、がんばっている。
経管栄養がかわったせいでひどい下痢。
それも私がいるから、出たと伝えて、オムツ交換するけど、いなかったら
時間までほっておかれるわけだ。
低栄養の改善のためとはいえ、なにか違うような気がしてならない。
栄養とるために、無理じいしてるようなもんだ。
栄養剤のせいだと言ったけど、病院側は抗生剤のせいかもしれないので
食事をとめて様子をみるという。

血糖値をはかるためにみみたぶは傷だらけ。
父の福耳はむらさきになった。

なにか間違っている。
熱の原因を調べにいったのに、父を苦しめる状態になってしまった。
胸水はきょう、再度レントゲンをとったので、明日には結果を聞けるだろう。

あまりにも無反応なので、携帯にあった、トラの写真と、娘の写真を見せる。
娘がモデルのバイトをしてお化粧してきれいな顔なので父が目を開けた。
「きれいでしょ」
「。。。」

娘の電話して、携帯のテレビ電話をしてもらう。
「おじいちゃん_」
娘の声に目をしっかりあけた父。
「きこえる〜〜?」
娘の顔を携帯のなかに見つけた父、しっかり目を開ける。
「。。。お〜〜〜〜。。。」
しばらく刺激をあたえて、しっかりさせた。

枕も父の枕をもっていって替えた。
替えたとたん、120もあった脈拍が110にさがった。
そしてすやすやと寝た。

どうすればいいんだろう。
治療のためとはいえ、衰弱にむけているような気がしてならない。



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by ygracia | 2006-10-17 02:30 | 今日のお話

むずかしい

元気で入院した父が1日で病人になってしまった。
やはり、口の中はがびがび。めやにがあふれた。
痰吸引してくれるといいつつも、現実は時間でしかしないし、
してくれても家でするように、完璧にはしないから
すぐにガラガラとなっている。
唾液が多いから自動でやってといったけど、「そうですね」と
言われただけで却下。

心電図と尿道カテーテル、ツインパルの点滴、酸素マスクでもう疲れてしまった父。
おとといは必死で訴えるので聞くと、尿道の先が痛いという。
ナースに伝えると、カテーテルのせいで赤くなっていた。

経管栄養は味の素のメディエフ、プッシュケアにかわった。
150gで300キロカロリー。
これのせいで、また下痢。
入院まで元気で快適だった生活が胸水の治療のためとはいえ、
すべて壊れてしまった。

できるかぎり、そばにいてお茶ガーゼで口をふき、吸引もして
体位も楽なようにみている。
まかせておくと、ありとあらゆるところに枕をあてられて、
そっくりかえったまんまで父は緊張したまま数時間を過ごすことになる。
その間、脈も早くなっている。
私が行って、枕をはずし、足を自由にさせたとたん、脈拍も落ち着く。
そして安心して眠る。

治療はしなくちゃならないけど、精神的、体力的にすごく無理させていて
いまは辛くてしかたない。
夫はひとまず収まったらつれて帰ってきた方がいいよという。

私も父が入院したこと、あっという間にぼろぼろになった父を目の当たりにしたこと、
混乱しきっている。
夜は死んだように眠り、なんとか体力を回復することができるけど、
精神的にかなりきつい。
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by ygracia | 2006-10-16 11:15 | 今日のお話