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父が逝って半年

父が私の前から消えて半年が過ぎた。

最初の3ケ月は泣いていた。
夜になると携帯に残された父の姿をアップにして、泣いた。

5ケ月まで父に話しかけた。
お父さん、トラ(父の世話をした猫)がきたよ。
お父さん、ジュリだよ。ジュリはいつも遺影を見つめる。

どうしても記憶のなかから消すことができないのは
10月13日の入院の日。
起きれるはずのない、父がベットにすわった。
病院に、くりかえす熱の原因を調べにいこうと言ったら、「うん」と言った。
お気に入りの白いカーディガンをパジャマの上からはおリ、
リクライニング車いすに乗った。
私の車に乗せると、ウッと言って、くるしそうだったので
だいじょうぶ?と聞くと、はっきりと「だいじょうぶだ」と言った。

あの日、病院に行かなければ。。。。

在宅での不安にかられていた私。。
ほんの一瞬、訪問医では見切れないものもあると思った。。
吸引のために寝ていなかった私、疲れ果てていた。。
はっきりさせたい、どうしていいかわからない、そんな私がいた。。。
一瞬の迷いだったような気がする。。

入院してからの父の劇的な変化に私は大慌てになった。
在宅で看取ることを、考えているようで、まだ考えていなかったから
病院から連れ帰って、どこまでできるのかも考えつかなかった。
考えをまとめよう、決心しようとすると、父が変化してしまい、
連れ帰れない日々。
担当医のいろいろな努力(努力してくれたのだとおもう)がかえって
父を弱らせてしまった。
寿命でもあったのかもしれないけれど、家にいればもっと穏やかに
体も楽に過ごせたと思っている。
ただ私の中に、強さが湧き出てこなかった。。。。

父に尋ねた。
「お父さん、うちへ帰ろうか。木之下先生が見てくれるからうちでもだいじょうぶだよ。。」
強く言えなかった、自信がなかったからだ。。。

父が横向きになって、私の手をしっかり握りながら答えた。
父の答えはいまはまだ書けない。。。

私は何にも言えなくて、でも帰ろうって、だいじょうぶって言えなかった。

救いだったのは父は病院と先生を信じていたこと。
レビーだったはずなのに、とってもしっかり主張出来たこと。
最後の数日は、しっかり昔の元気な頃の父になり、
コミュニケーションもふつうになった。
父の最後のときのことは、まだ私の中でくすぶってるので書けない。。。

友が言った。
他の人の手で最後を迎えることになるより、娘の手で最後を迎えた方が
よかったのよ、娘のためにおとうさんはそう選んだのよ。。。
これで気持ちが楽になった。。

半年過ぎて、すこしだけ父のことにふれられるようになった。
 
お父さん、うちに居るなら、返事してって言ったら、
天井にはったままだった緑色のテープがひらひらと落ちて来た。
このテープは、まだ父が歩いていた頃、ベットの頭がどっちかわからないとか、
まっすぐねれないとかいうので、天井に目安になるように貼ったもの。
そのテープがとつぜん、ひらひらと落ちて、私の枕の上におちた、まっすぐに。。。

遺影の若いころの父が笑っている。
by ygracia | 2007-05-31 23:12 | 父と千の風

母に翻弄されて

お迎えにいったら、「私の娘だっていうのよ」と言われた。
だって、娘じゃない、というと、「え〜〜っ」と言う。
姉妹で、姉が迎えに来たと思っている。
顔も12日とは大違い。
脳のせいとはわかるけど、別人の顔。
そして、右目が炎症起こしていて、目やにだらけ。
朝からそうなったらしい。
白内障は手術したけど、老人性の飛蚊症というか黄班が
目の中にあるので、よく目をこする、
きっと汚い手でこすったんだろう。

車の中で、恒例のカルピスとおやつを食べて、ご機嫌で家に着く。
玄関先にいた娘には、ちゃんと挨拶する。

私もひさしぶりの介護でうまく手順があわなくて、ちょっとだけ
イライラした。
でもすぐにヨガの呼吸をして落ち着かせる。
そしたら、便の汚れも何にも気にならなくなる。

マクロビの炊き込みご飯とおすましを用意してみた。
お茶碗を抱え込んでぱくぱく食べる。
母向けに、カットした野菜もよかったし、ごはんもやわらかめに
したので、食べやすかったらしい。
それでも口につめこまないように注意する。
朝もマクロビの野菜の煮しめ。
便が薬なしで、連日でた。
これはぜったい野菜効果だと、嬉しくなる。
新鮮な、健康な野菜を食べて、海藻類、キノコ類も効果でた。
母にしてみれば普通の食事なんだけど。。

夜間はいつも防水シートもふとんもいつも洗濯となるので、
悩む。
でもぐっすりねているところを起こすのはかわいそうだし、
重いのでねたまま、パッド交換はむずかしいし、、
で、リハパンの中にテープ式オムツをパッド大のかわりに
引きつめ、そこにライフリーの夜用ずれないパッド(ドラッグストアのほうがネットより安いかも)を
二枚ずらして置いてみた。
これで朝の8時まで横漏れせずにしっかり吸収できた。
ライフリーのずれないパッドはあふれないのだ。
ただ1枚だと長時間は無理。だから2枚ずらし置きで、カバー。
テープ式おむつも横漏れをしっかり吸収してくれる。
母の様に糖尿で夜間の尿量が非常に多い場合、
これはいい。
以前は、オムツカバーを使って、洗濯に明け暮れたっけ。

朝となりのベッドに私がいるのをみて、喜ぶ母。
「あら、そこで寝てたの〜」

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名前を呼んでもらいたいので、「だーれだ」を繰り返してたら
呼んでくれなくなった。
でも父が死んだこと、息子が薬科にすすんだこと、そういうことは分かってる。

病院へ車いすで行く。母はたのしそう。
帰りに寄り道してドラッグストアにいく予定でいたが
やはり母のため息攻撃と、早く早くコールが始まったので
寄らないで帰ることにしたら、
「あら、洗剤買っていかなくていいの?」だって。
記憶力はあるじゃない。。

車いすでの通り道、おかしなことだらけなので、写真にとった。

病院へおりる坂道。
車が多い。道のど真ん中に電柱。
車がなくなるまで待たないと危険。
介助者がいればなんとかなるけど、自走の人は大変。
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そして病院へ渡る交差点の曲がり角も電柱。

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帰りは警察署の横。
駐車防止のためにコーンを置くのはわかるけど、
車いすや自転車が通るときはじゃまになり、車がこようものなら危険。
警察さん、気がついてない。。
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「子育てするならS区」というキャッチフレーズで若い世代にアピールしてるため、
都市計画も景観も無視したマンション乱立を許可しちゃう区なんだけど、
ちっとも住みやすくないじゃない。
15才まで医療費無料。はしかも追加は無料だって。
ホームページを見ても、結局は電話で聞けということになってて、
解決策はけっして出てこない区政。
介護保険の説明も最終的に電話。
なんだか遅れてるような。。
と、区政をどうのこうのいってるわけじゃないから、やめた。

そうそう子育て応援する区なのに、危険もいっぱい、
豪華マンションがたって、そのまわりの道路に、
駐車よけと、経費帳尻合わせの装飾の丸石が並んだんだけど、
小学生は飛び越えようとして転ぶし、赤ちゃんがだきついて、あごぶつけるし、
危険きまわりないこといっぱいあるんだ。
こういうのもきっと区は知らないんだろうな。。。

てなわけで、ひさしぶりの母の世話に翻弄されて、
ひさしぶりにへとへとになった。

今夜は母はホームのベットですやすや寝てる、と思う。。。
by ygracia | 2007-05-30 22:37 | 今日のお話

マクロビ調理実習5

今日の先生は南先生。
マクロビ実践でものの考え方が変化し、都会を離れたという。
私もやってみたい。

今日のメニュー
☆野菜入りひえ(ひえ、カリフラワー)
☆そばの実スープ(そばの実、椎茸、白菜、出し汁、わかめ)
☆セイタンシチュー(たまねぎ、人参、蓮根、しめじ、マッシュルーム、
        長いも、せろり、まめ味噌)
☆かぼちゃの種ふりかけ(カボチャのたね、青のり、ゆかり)
☆浅漬け(だいこん、カブの葉、こんぶ)
☆フルーツクランチ(全粒薄力粉、オートミール、くるみ、メープルシロップ、
         リンゴジュース、葛、レモン、シナモン、りんご)

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今日のメニューは体を暖めるものだそうだ。
たとえば、そばの実は雑穀のなかで一番陽性で、頻繁にとらないほうがいいという。

セイタンはグルテンミートを味付けしたもの。
「かいごの学校」でさんざん、苦労したグルテンミート。
でもかみごこちからいうと、嚥下障害には向かないから、ミンチにしたものを
利用するほうがいいんだろうと、思った。
セイタンシチューは具沢山で、味付けは味噌なのに、味噌の味は強くなかった。
先生のシチューの色はこかったので、もっと煮込むのかな。
この味は息子も食べるかもしれないけど、鶏肉にしたら味かわっちゃうかな。
試してみよう。

そばの実スープも私としてはもっと煮たかった。
だいこんおろし、大葉、ごまをのせて食べる。

フルーツクランチは娘の作るリンゴパイと同じ味。
リンゴがもっとやわらかいほうが好き。
家でできたブルーベリーをいれて、作ってみよう。

そうそう、娘のおかげで、うちの屋上には、レモン、ブルーベリー、いちご、
たまねぎ、紫たまねぎ。にんじん、大根(終了)、各種ハーブが育った。
味もいいし、役に立っている。

先生の盛りつけ
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ボリュームがあったのでお腹いっぱいだったけど、お友達とカフェでおしゃべり。
行ってみたかった LE LION。
フランス風のカフェで、BGMもフランス語。
ハーブティを頼んだら、なつかしい、ガラスのグラスが出て来た。
マドリッドのカフェもみんなガラスだったのを思い出し、嬉しくなる。
このお店、食事もお酒でもなんでもある。
なんといってもギャルソンがいい。
友達が「ながながとごめんなさいね」というと、
「いえいえ、どうぞまったりしていってください。」って。

近所の常連さんが多いとか。
この次は食事をしよっと。
昼間はいま、店の前のビルが工事中で、ちょっとうるさいけど、
話に夢中になればなんにも気にならない。

おとといは韓国料理のソナムにいったし、すっかり恵比寿漬け。

娘の友達のわんちゃん、あんまりかわいいので写真をお借りした。


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by ygracia | 2007-05-24 23:05 | MACROBIOTIC

マクロビ調理実習4

今日で4回目の調理実習。
もう顔なじみになった方たちといつものテーブル。

今日のメニュー
☆無圧玄米(圧力をかけない玄米の炊き方)
☆レンズ豆のスープ(レンズ豆、昆布、タマネギ、長いも、ごぼう、れんこん、セロリ。。)
☆煮しめ(キャベツ、丸い野菜ーカボチャ、たまねぎ、かぶなど、根菜、昆布。。)
☆プレスサラダ(旬の野菜ーキャベツ、ラディッシュ、きゅうり、大葉)
☆玄米もちワッフル、フルーツソース(玄米もち、ドライフルーツ、リンゴジュース、季節の果物)



今日は、今までの復習のように、昆布だしを使い、野菜を静かに煮るだけ。
ほとんどタイマー活躍という感じだった。
全体にテンション低い空気のなか、みな淡々と料理してたから、マクロビって
こういう感じの物なんだとみなが気がついてきたのかもしれない。
昆布だし、ごま油、醤油、自然塩、オーガニック野菜を使って、
バリエーションを増やしていくのがマクロビ調理というところだろうか。
皆が感動してたのはフルーツソース。これはマクロビではなくてもいける。
娘が作るのは玄米もちではなく、玄米の残りご飯を使ったワッフル。
こちらのほうが家庭では便利なような気がする。
マクロビとは気がつかないもっとバラエティに飛んだメニューはアドバンス
クラスまでいかないと出てこないようだ。

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レンズ豆のスープは、体にいいからおすすめ。
レンズ豆は水で戻す必要がないのでそのまますぐ使える。
まずはレンズ豆を水でことことにて、途中でびっくり水をして
やわらかくなるまで煮る、そこにさいの目切りにしたごぼう、
セロリ、たまねぎ、長いも、レンコンなどを入れ、
蓋をしてことこと煮る。塩で味付けしてからさらに10分煮る。
パセリを飾って出す。
コトコト煮て、とろ〜んとするとおいしい。
スペインのレンテハスのスープと同じだった。

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先生の盛りつけ

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今日は大雨。
大雨のなかクラスに向かう途中、ビニールのレインコートで
黒いかさをさしながら、もたもたしている人を発見。
その傘のしたには、首にタオルをまき、寒いのに半袖シャツ、杖をつき、
装具を付けた足を引きずりながら、必死で歩こうとしている
高齢の男性。
(あら、やだ、タクシーにのるのかな、あの若い人、おぶってあげればいいのに、
おじいさん、ぬれちゃってるじゃない、肺炎起こすし。。。。)
と妄想がわき起こる。
近くに朝のパトロールの警官が二人、体格いいし、おぶれるかも。
頼んであげようかなと思い、うろうろしていたら、
声が聞こえた。
「よいしょ、よいしょ」
「あそこまでですよ、べんちね」
「よいしょ、よいしょ」
「は〜い、お疲れさまでしたぁ」
と若い男性は雨の中、バックから新聞紙をだすと、ベンチに広げた。
おじいさんはよいしょとそこに腰をおろした。
その横顔は品のある、素敵な方で、その一途な気持ちも垣間見えた。
大雨の中のリハビリ歩行訓練、ごくろうさまでした。
でも私もおせっかいなおばさんだ。
by ygracia | 2007-05-18 18:12 | MACROBIOTIC

か・ん・げ・き

外国脚本で日本人の舞台を見たのは数十年前、市川染五郎(当時)の
「ラ・マンチャの男」ぐらい。
そのとき、どうしても歯がうく感じがしてなじめなかったのだ。

だけど、今夜はスペイン、ガルシア・ロルカの本ということで
面白そうと思って見に行った。
「血の婚礼」
場所は東京グローブ座。
ここは住居と保育園とか劇場などをいっしょに作って
コミュニティのようにしたマンション。
娘の大学の先生もしている人が設計したそうだ。

劇はどんなものかと思ったけど、娘や息子の世代と
私たちに近い年齢のベテラン女優との組み合わせだし、
演出は俳優さんでもあるし、良さそうかなと思っていた。
それでなくても一生懸命なソニンを応援しようという気持ちで
見に行った。

モダンな舞台をぐるっと取りまくように席があり、
舞台の俳優の顔もしっかり見える。
フラメンコギターは今回はじめてという奏者(渡邊香津美)が
奏でる音から幕が開く。
衣装の色合い、捉え方がいい。
森山未来のサパテアードも、一生懸命でいい。
まだ腰が浮くのと、重心がさがるから、それが直ればかなりいい。
でもフラメンコみせるわけではないから、十分。

私はいつのまにか舞台に引き込まれて、頭の中では
スペイン語訳が始まってしまった。
学校で読んだ文章が、ちらちらと頭をよぎったのだ。
日本語の台詞も歯のうくようなものではなく
自然で、よかった。

今は舞台、みんなよくなったんだとつくづく思った。
ソニンも声がよく出ているし、いい。
全体にベテランの根岸と江波がきちんと舞台を引き締めている。
また全員出てくるときの構成、がすごくいい。
モダンダンスの振り付けに通じるものだった。
印象的だったのは息子と同じ年のあさみれいなが
ラストの立ちいちで、芝居の余韻から目覚めず、涙をうかべたまま
呆然としていて、引っ込むのがワンテンポ遅れたこと、
ハッと我にかえって、もどっていった。
拍手はなりやまず、カーテンコール3回。
スタンディングオーベーションしたかったけど、だれもしないからやめた。
劇だとしないのかな?
でもとなりのお兄ちゃんもまえのおばさんも腕を高くあげて拍手、
私もまけじと手を高くあげてあげた。

ソニンちゃんは何回か見かけていて、娘と同じ年だし、なんとなく
気になってかわいいと思っていたので、がんばってる姿みれて良かった。
これからどんどんお芝居してほしい。
森山未来は娘となんだか息子によく似てるねと話しながら帰って来た。
踊れるし、セカチューだけの人ではありません、大きな俳優になるでしょう。
声もいいし。

なかなか良かったのでチャンスがあったらご覧あれ。






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by ygracia | 2007-05-16 00:07 | 今日のお話

思い出

思い出す、思い出、想いで、思い出して。。。

アメリカから帰国して6ケ月の娘と働きだしたばかりの夫と
3人で生活をはじめたのが千葉の稲毛。
電車から見える稲毛、お店が増えたかなというかんじもするけれど
あんまりかわってないようにも思えた。

今日は久司道夫さんの講演会。
アニューという自然食品の会社の主催でクラブ会員が多かった。
それでも関東近県から大勢きたらしく、用意された席だけではたりず
講演開始後もスタッフは椅子の手配にてんやわんやだった。

久司道夫さんは今年81才になられる。
すらっとして声もはりがあってお元気の様子。
父も80の頃は元気ではつらつとしていたし、久司さんよりも
若かったので、あまりおどろかなかったけど、周囲は感嘆の声をあげた。
お話の内容は、先週、マクロビの講義でならったそのもの。
久司さんの言葉で声で聞くと、なおいっそう明確になった。
なかでも久司さんがなぜ国際政治学からこの道にすすんでいったかという
経緯はご本人の口から聞いて、すごく理解できた。
また当時の世相や世界状況をよく知っていないと、これを理解しにくいの
ではないかともおもった。
講演の文章や話し方が英文的。
ジェスチャーも欧米式。
会場の人びとを立たせて、各列向き合いお互いの顔のチェック。
これで見知らぬ人とも会話するチャンスが与えられる。
この方法もマクロビの講義で使われる。
ま、ヨガのオープンマインドにも通じる訳だけど。
人見知りの人はつらいかもね。

講演は2時間ちょっとで終了。
私は講演前に人間ウォッチングを楽しんでいた。
「きょうの講演会は満席となっております、まえの方から順におつめください。
なおお席とりはどうぞご遠慮くださるようおねがいもうしあげます」
と再三放送があるんだけれど、おばちゃまたちはモウ大変。
バックから化粧ポーチや、上着や携帯や、いろんなもの取り出して、
おともだちのために席を取る。
だれかが「ここあいてます?」ときくと、形相変えて「だめです、きますから」
そんなに必死にならないで〜〜〜。
マクロビ崇拝、ナチュラリスト派集団もいる。
綿や麻素材のナチュラルな服装、ストレートの髪。
デザイナー系、モデル系、みなさん自然食品派かマクロビ派というわけだ。
最前列に陣取った、ギャルたちのミラーボールなみのカチューシャは
まぶしかった。あの人たち一体なに?
おばあちゃんたちもたくさん。マクロビで元気なのかな。
この会社、レトルトもあるのでお年寄りのためや介護食品としても
利用されているのかもしれない。
でも、どうもこの「崇拝」という空気はあんまり好きじゃない。

実はあえて久司さんと書くのも私の抵抗かも。

講演後は千葉の友人と待ち合わせ。
駅から10分のところに住んでいるのですぐ飛んで来てくれた。
豆腐料理で乾杯し、6年ぶりの再会を祝った。
こどものことも生活のこともいっぱいいっぱい話した。

思い出話もたくさん。
わがままな私は新婚時代から夫婦喧嘩がたえなかったのだけど、
この千葉でもしょっちゅう喧嘩していて、
息子をおぶって、娘の手をひいて、東京の実家に帰ることが多かった。
そんなとき、いっつも駅で出くわすのがこの友人だった。
「またぁ〜〜〜?」

彼女もそのときの娘の悲しそうな顔をずっと忘れないという。
何回も諭したけど、いっつも帰っちゃったよねって言われた。

私の生まれもった、気ままさと、培われた気ままさがちっとも
変わってないと言われた。
そんな気ままな私に会うと、ほっとする、って言われた。
楽しくて嬉しかった。

帰りが遅くなり、電車に飛び乗ると、
私に続いて飛び乗った若い女性。
泣き続けていた。
そのまま、寝込んでしまい、終点でおこしてあげた。
泣きはらした目がかわいかった。
かわいそうに、一体何があったんだろう。

あ〜〜それにしても私はしあわせなひとだ。
by ygracia | 2007-05-14 19:01 | 今日のお話

母の日

母のホームで本社交えての運営会議だった。
初めて電車で行く。
思ったより近かったのでびっくり。
途中乗り換え駅であまり気持ちよくてパチリ。
河原ではバーベキューをしている人がいた。

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運営会議は対面式。
これはサークルのほうがいいのにな、変な威圧感があってよくない。
会社は今年四月から、分社化されてお顔見知りの方がこの地区の
支社長になられたので心強い。
いろいろな面で変更もあり、これでやっていけるのかなとすこし
不安も感じたが、利用者側にとっては朗報だと思う。
また家族から、辛辣な意見もでて、この会社のスタート時は
ほんとうに良い施設で、良い介護職員がそろい、安心の極みだったのに、
ここのところの介護職員の変動や、レベルに不安を感じざるをえないと
言う。
たしかにそのとおりだけれど、どこもかしこも長続きする介護職員を
確保するのにたいへんなのだから、難しい面もある。
しかし、会社への希望として、介護職員が長く働きたいという
環境を整え、その研修においてもここで勉強すれば一流であると
おもわせるくらいの労働環境を整えればいいのでは、という意見だった。
会社側はこれからはたしかにそのとおりで、質の向上というかたちで
進むことを決めていると言った。
家族が自分たちもここに入りたい、介護職員もここで働きたいとそういうふうに
思える施設作りをしてほしい。
この会社、たしかに今までは大きすぎて、文句言いたくても上までとどかない
のではというのがあった、またうえのうえのほうは、最低という評判だったので
どうしようもないと思ったけど、A支社長以下、このスタッフなら意見がすぐに
反映してくると確信した。良かった。
施設長にはもう頼りっぱなしだけど、これからは若い職員をどんどん、
ベテランへと育てていってほしい。
今日もまたあたらしく担当になった若い男性職員にやめないで、素晴らしい
お仕事だからっていったけど、やはり体がもたないらしい。
若いのに、それでも大変だという介護職。
どんどん減ってるみたいだ。

母はとってもご機嫌だった。
途中でちょっと混乱して、「わたし、いつ帰るの?」がはじまったけど、
終始ご機嫌で、冗談言ってた。
近所の話をしたり、笑った。
来週遊びにくるからと言うと、
「え。だって28日に帰るんだから、遊びになんか来なくていいわよ」
だって。
わかってるんだか、なんだかわからなくなったけど。
何回もふたりでばいばいをして帰って来た。
ホームシックは私のほうみたい。

母の日のプレゼントはホーム近くのすてきな花屋さんに
お願いしたアレンジ。
ラ・フランス

ヨーロッパの片田舎の感じのお店で、お花もシックなのにかわいくて
すてきだった。

母もパーマがかかってないから髪がまとまらないと
自分で言うし、いつもの母だった。
笑顔も最高で、いい母の日だった。

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私はその帰りにヨガへ。
ヨガの定期コース第二段階が始まった。
ヨガのまとめをアップしていないが、内容がかなり高度?になったので
まとめるの大変でストップしている。
徐々にやってこう。
で、ヨガパワーは確実に私を変化させていて、とにかく
物事をおっくうだとか、めんどうだという考えを消してしまった。
ポジティブに考え、そして努力もするというあたりまえのことなんだけど、
とても気持ちよくなんでも出来るようになった。
疲れを疲れと感じなくなったのが不思議。
愚痴も減った。
そして、今日はヨガでおともだちになったcちゃんが
会えるかな〜〜と思ったとたん、目の前にあらわれたので、
驚いた。思わず、「会えた」と言っちゃった。
ヨガは宗教でもなく、みんなでいっしょにあわせてやるものでもありません。
いまよりもより良い状態にするために、自分と対話し、
何を何にどのようにつなげていくか、選んでいく力を養うもの。

学んだこともいっぱいで、心も満たされて、今日はすてきな一日だった。
by ygracia | 2007-05-13 00:10 | 今日のお話

座談会

雑誌の座談会の傍聴に行って来た。
テーマは「若年認知症の方、家族、支援者の本音を聞く」という
ちょっと失礼ではと思うような題名だったけれど、
ざっくばらんに話してということをいいたかったらしい。

御夫婦が4組、介護者(夫)が2名、そして鎌田実先生。
先生はあのままの風貌だが、麻のカジュアルサマースーツで
フットワークが軽そう、そしてお声がはりがあって、はっきりと大きい。
気持ちがいい。

家族の会は「彩星(ほし)の会」の方たちで、家族会にたどり着くまでは
みなさんそれぞれの道を通っていらしたようだ。

奥様の発症を家族共々認められなくて、自分だけでありとあらゆることを
納得いくまでやってきたご主人の話は私に近い物があった。
もう数年たつのに、家族会には最近入られたという。

ご本人たちの言葉には大変な重みを感じる。
すこしづつしか話さなくてもその訴えはわかる。
またまったくコミュニケーションに問題を感じない方もいらっしゃる。
そして、夫婦2人三脚の生活。
この夫にして、この妻あり、この妻にして、この夫あり、、なのだ。

今日のこの時間までにきっと口にはできない苦しみも痛みも
経験されてきたであろうことを感じた。
涙よりも笑いのあふれる家族だけれど、心の痛みもはかりしれないと思った。

でも若さということ、生きようという力はすばらしい。
地域、社会の理解が深まれば、勤務を続ける意欲もつぶされることもないし、
家族もがんばれる、そういう理解をもとめるためにも家族会は活動するそうだ。
また自分の親と同じくらいの高齢者のデイに参加しなければならない苦痛など
あたらしい視点も見えた。
若年性にあったデイとプログラム、あってしかるべきなのだ。

新薬、および治療法の治験に積極的に参加している方もいる。
今の20代が中高年になるころにはきっといい結果がでているだろう。

若年認知症は最近でこそ、表にでてきたが、初診の段階で
鬱病と診断されたり、脳チェックを受けていながら、その変化を
見つけてもらえないなど、内科医の情報不足の点も指摘された。
もちろん、医師の研修、講習会などもあるけれど。

これはレビーにも同じことが言える。
今でこそ、名前は知られてきたけれど、まだまだ違う診断を受けている人が
たくさんいるだろう。

家族会というものも、人によって考え方も多少異なるけれど、
同じ痛みをわかる人と話せる、病気の進行状況がわかる、
介護のコツを知ることが出来る、病気のことを勉強出来るという
ことだった。
また家族会によって、病気の捉え方がすこし違ったりするので
いくつかの会にはいってみるというのもあるそうだ。

レビー小体型認知症の家族会ってあるのだろうかと思った。
ブログ仲間でちいさく集まっているけれど、私たちも家族会には違いない。

今日の1時間半、かなり濃厚で集中してお話を伺うことができた。
雑誌発売決まったらお知らせしますので、読んでください。

もう神田祭。




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by ygracia | 2007-05-12 00:10 | 今日のお話

マクロビ講義2

連休明けのマクロビ教室。
勇んで行って、やっぱり通り過ぎた。
でも早めについたので、前の方に。
眠っちゃいけないからと、おばちゃまたちが陣取った感じ。
でもちょっと眠気ももよおした。。。

娘がしつこく言っている、陰陽の勉強。
野菜の陰陽とかはなんとなくわかっていたけど、
変化するといわれると、わからなくなる。

マクロビでの「食事」とは
「自分自身でコントロールできる数少ない生きる手段」
人間は自分が食べたもの、自分が摂取したものが姿をかえたもの、
何をどのように食べるかはその人の人生に大きな影響をあたえる。

要するにからだに取り入れる物で、身体の状態も精神も変わるから、
陰陽のバランスをとりながら食事を考えようということなんだけど、
まだ把握できていない。

宇宙的な考えから発してくるから、天のエネルギーー地のエネルギー、
外から内へー内から外へ、下降するー上昇する、
凝縮するー拡散する、固めるーゆるむ ということくらいしか、
言えない。

かならずしも絶対的なものではなく、簡単に考えれば、ニキビがひどく
なったから、お砂糖ものや、粉物(ケーキとかパンとか)すこしやめてみたら、
治まって来た、
じゃ、肌にいい、はと麦でも食べてみようかな、っていうところ。
そういう考えが食物全体にひろがっていて、環境も作り出すというのが
陰陽の考えだ。

より陰に近いもの
ジュース、アルコール、牛乳、砂糖、果物、チョコレート、魚、生クリーム、
化学調味料

より陽に近いもの
豚肉、牛肉、鶏肉、チーズ、シオ、エビ/かに、卵、塩

食べちゃいけないというわけではない、
バランスを考えようっていうこと。

娘がふるい、「ビオ」クロワッサンの雑誌を持って来てくれて、
久司道夫さんと鎌田実さんの対談と、パトリシオ先生ののっている記事を
読むようにいってくれたので、楽しく読んだ。
今日習って来たことが、なんとなくわかったような気がした。

明日は、鎌田実先生に会えるし、日曜日は久司先生に会える、
なんとも不思議な五月だ。

悲しいこともあった。
おとなりのお姉さんが急逝した。
一人残されたお父さん、今日はしっかりなさってたけど
どれだけ心痛めていることか。
父が亡くなってから、ご近所のおばちゃん、おじちゃんと
よく交流するようになった。
もちろん子供のころから知ってるわけで、不思議なものだけど
おかあさんがいっぱいできたみたいな感じもする。
こころの疲れをすこしでも和らげられるなら言葉をかけ続けようと思った。




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by ygracia | 2007-05-11 01:16 | MACROBIOTIC

がんばらない介護

鎌田先生が「がんばらない介護」を提唱されて随分立つけれど、
私自身、「がんばらない」なんて絶対ありえない、
そんなことしちゃいけないってずっと思っていた。
がんばらなくちゃ、一体誰が何をしてくれるっていうの、
私しかいないじゃないと、いっつもいっつも思っていた。
がんばらないなんて、いけないんだって。
先生がおっしゃる意味は「がんばらないであきらめなさい」
ということではなくて
「あきらめることじゃない、希望をすてることじゃない、ちょっとリラックしながらいこう」
という意味。だけど、これがなかなかできない。

私だって、どうにもならなくて周囲の手を借りるようになり、
その輪に安心してまかせられるようになったと思ったとたん、
父は逝った。
でもやっぱり頑張り続けたかったかもしれない。

母は昔入院して、同じ部屋の方にいつもこういっていた。
「私はね、がんばるっていうことば、きらいなのよ」
「なんで?」
「頑張るって、実は我を張るっていうことじゃないかと思うから。
我を張ってもいいことないじゃない」
「へ〜〜」
「もちろん、頑張ってもいいのよ、でも我を張りすぎないようにしながらね〜」

私はいつもこのシーンを思い浮かべる。
骨折を繰り返し、車いすで退院するときの母。
そのあと、自分なりのリハビリで杖で歩けるようになったんだけど、
またすぐ骨折。その後完全に車いすになった。

頑張らない介護、
私はこの先生の話が好きかも
「がんばらない」っていうのは以外に大変なこと

私はやっぱり「ふんばる」同盟かも。
足がぶるぶる震えてもふんばらざるおえない、
踏んばり棒をしっかり握って、ぶるぶる震えて進む、
そんなんかもなあと思っている。

今週は鎌田先生のお顔を拝見できそうなので楽しみだ。
by ygracia | 2007-05-08 00:26 | 介護に思う