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夏模様

もう7月もおわり。

東京の空

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沖縄の風

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うちのなんとかトマト、カボチャ姿。

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まだまだ暑い日が続きます。
by ygracia | 2008-07-31 11:48 | 今日のお話 | Comments(4)

元気出す!

やっと母のところに行って来た。
氷をサーモにいれて、かわいいコップ、水まんじゅうに、パイまんじゅうに
メロンまんじゅうに、おせんべと。。
ホームでコーヒーを買って、母の部屋に。

ぐーぐー寝ていたのだが、「おかあさん」と呼ぶと、すぐ起きて、
「あ〜〜〜」とすがりついてきた。
もうだめ。

「ずっと来ないから、一体どうなってんのかと、わからなくなったよ」と言った。
歯をいれて、顔をふいて、化粧水をつけて。
この化粧水、ちっとも減らない。
何度も顔洗ったら、たっぷり付けてくださいとお願いしているけれど、
わすれるんだろうな。。

水まんじゅうを食べて、ごきげん。
コーヒーは結局私の分も飲んだので、2杯。
で、持っていった、おまんじゅう結局、おいしい、おいしいと全部食べた。。。
血糖値あがりますと、主任に伝えておいた。

OS1ゼリーも飲んでくれないからと、ストップしていて
賞味期限切れた。
冷やしてくださいとお願いして来た。
冷たければ気分も変わって飲んでくれるから。

サマーセーターにたまごがこびりついている。
ズボンにごはんつぶがこびりついている。
濡れタオルで拭けば、すぐ取れるんです、家族にしてみれば
親が汚いままはいやなんです。
主任に見せた。
やっぱり忙しいとできないんだろうな。

母が何回もうちに帰りたいと言う。
だから、もうすぐと何回も言うと、荷物をもう持って行っていいよという。
ずっと帰れると思っちゃったらしい。
あんまり聞くから、おかあさん、これで6回目だよっていったら、
「そんなに聞いたかしら、それでも教えてよ、いつ帰れるの。」

いろいろ話して、私の具合がおさまらないと、ふたりで脳梗塞起こしちゃうから、
おかあさん、もうすこしがまんしてと話すと、わかったと言う。
おかあさんが元気ないと、私も具合悪くなる。
小学校のとき、おかあさんが入院して、私は心配で一晩中寝なかったので
お父さんに怒られたと話すと、笑いながら
「お父さん、元気?、、、、死んだかね」

ホールにあたらしいおばあちゃんがすわっていて、
私を追いかける視線が痛々しかった。
家族かもしれないと、必死で見ている。

Tさんは相変わらず、アンダーシャツ一枚とジャージのズボンで、
もう私としては悲しいというかなんというか。
でもよそのお父さんだからどうしようもないけど。

お部屋でひとりのTさん、壁をたたきながら、確かめている。
部屋は転倒防止のため、なにもない。
寝るためのマットレスも壁にたてかけてあるから、
すわりたくてもすわるところがない。
壁につたわりながら、歩くTさんの顔には疲労が見える。
ウレタンフォームのソファでもはじっこにおいてあげたい。

主任に、よこになりたいんじゃないかといって、Tさんに聞いてもらうと
寝たいと言ったので、準備が始まった。
私はだまってTさんをみていると、父とおなじ行動がはじまった。
服を着ていないのだが、あきらかに、シャツのボタンをはずす行動。
つぎに、ベルトをはずして、ズボンの前チャックを探している。
着てはいないのに、長年の習慣で、ちゃんと行動している。

あきらかに、スーツのズボンをおろす準備。
背中を向けてた主任に、知らせて、トイレへ。

長年社長さんとして、お仕事されて来たのです。
肌着でいいわけないのに。
脱いじゃうから、着せないっていうのはだめ。
すてきですね、の一言で、脳内整理されるのに。

壁に向かって話していたTさん、
「両脇、3本、真ん中の2本とれば、完璧だ、それでいい」
昔のお仕事の機械、品物か、なんだろう。

やっと椅子にすわったTさん、
足を組んで、姿勢良く座る姿に父が重なった。
もう目を閉じて、眠たそうで
疲れた顔で、むくんでいた。。
むくんでいるときはせん妄がひどくなる。。

家ならば、もっと自由に休みたいときに休むことができるだろうに。
でも家族もお世話ができないから、施設にお願いしているのに、
現実は、やっぱり、事故を起こしちゃ行けないから、
普通の生活ではなくなるわけだ。。

今日の若いお嬢さんヘルパーさん、
母の部屋の入り口の、のれんを落っことしたと言う。
私もあとでつけてくれるのだろうと、そのままにしてたら、
「わたし、落としちゃったんだけど、どうやっていいかわからなくて。。」

「???これはね、突っ張り棒だから、こうやって、、」

結局足の悪い、太いおばちゃんが椅子にのって、のれんを付け直した。

母に夕食までいようかと言うと、帰って良いよという。
「おかあさんが元気ださないと、私心配で帰れない」
「だいじょぶ、元気出す!」
母がさよならといったので、さよならって言わないでと怒ると、
ははは、と笑った。

やっぱり、私も元気だして、早く母を連れて帰りたい。


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by ygracia | 2008-07-26 02:46 | 母の記録 | Comments(2)

思うけれど

地震大きかったけれど、皆さんだいじょうぶかな。

相変わらず、子供達と夫の生活時間帯に合わせているため、私の睡眠時間の
調整ができない。
これはほんとに体に良くないな。。

で、こぶたさん,のところで日記を読み、ドクターコウノの認知症ねっとへの
出現以来、確かに大きく情報の輪が広がったこと、ほんとにすごいなと思った。

でも父はいない。
80歳のときは矍鑠としていて、ほんとに元気で、新しいものが好きで、
これからパソコンを勉強しようとしていたし、何も問題なかった。
81歳のときも仕事を引退したものの、会社からの相談が多く、電話で
断るほどだった、
母が大腿骨骨折で入院したころ、父はすこしおかしくなった。。
はじめて診察を受けたときもその後も、気力の衰えを
何とかしようと自分でも頑張る人だった。
82歳のころだ。

そのときに、今のように、フェルガードや、薬の微調整があったなら、
父はもうすこし、人生を楽しむことができたと思うと、
やっぱり、悲しい。。
人一倍、努力できる人だったから、もっと切ない。

レビーさえ知られてなかったものね。

父は寝汗をかかなかったし、脳梗塞を起こさなければ、かなり
動いていられたほうだとおもう。
この脳梗塞も私の不注意で、夏の脱水から起きたものだったけど。

やっぱり、父にしてあげられたこと、もっともっとあったかもと
思うと、悲しく切なく、胸が痛い。

認知症の捉え方というのはほんとに人それぞれで、必死になる家族、
楽観的な家族、悲観的な家族、見捨てる家族いろいろいるんだけど、
結局は、残る人生、できるかぎり、すこしでも、家族と楽しくすごせる時間を
延ばせたらということを思ってくれたら、少しは気持ちが楽になるんじゃないかな。。

私は無呼吸症候群のため、精神科で治療を受けている。
先日、父のようにきちんとしたおじいさんが、重そうなバッグをもって
小さい体だけど、不安気な顔でやってきた。
紹介状を出し、椅子にすわると、バックから取り出したものは
エンシュアの缶と、
何語かわからないけど、横文字の分厚い本。
バニラ味のエンシュアを飲み干すと、本を台にして、
メモを書き始めた。
どうやら、日程らしい。
忘れないように、病院の予約表を丸写ししている。
細かい細かい字で。

父が自分自身に不安を覚えたはじめたころ、一生懸命メモをしていた。
父は何を思っていたのだろう。。

自分自身を不安に思う日が来たら、私は何を考えるのだろう。



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by ygracia | 2008-07-24 03:12 | 今日のお話 | Comments(2)

暑いのか

世の中暑い暑いと騒いでて、確かに暑いのに、この太った私、暑くない。
これって自律神経失調だ。
母も暑くないらしい。
まずい、運動してしっかり汗をかかなくちゃいかん。

夫は休みで家に居るのが楽しいらしい。
こちらはご飯支度で、どっと、疲れてる。
例のカップケーキを出したら、「こんな甘いものを食べちゃいかん」と宣う。
たしかに、ど甘いけど、一年に一回なら、甘すぎてしあわせ〜と思うはず。
高いのに、もったいない、夫にはやらん。

先週母のところに行く予定が睡眠不足で、生活リズム狂って行かなかった。
これがまたストレスになる。
義兄の言った「しょせんは姥捨て」という言葉が頭の中をかけめぐる。。

不眠は友人宅で解消かとおもったけど、だめで、内科からこれ以上の
睡眠障害をほおっておいてはいけないと言われて、
マイスリーがでた。
でも飲んでない。
ひどかったら、飲もう。
漢方の先生にも言わなくちゃ行けない。
おそらく、黄蓮解毒湯がでるだろう。

さーて、旦那様にご飯をお出しする時間だ。
by ygracia | 2008-07-20 20:01 | 今日のお話 | Comments(0)

ダイエットなんか

私の体調不良はすべて肥満から。
だったら、やせる努力をしなくてはいけない。
ところが、昔のような気力がない。
母のおかげで、単位数はしっかり頭にはいっていて、
母にはきちんと計算して、ご飯を作れるのに、自分にはできない。
これ、食べたいと思うと、せっせと作ってしまう。
だめじゃ、ほんとに。
運動しても何しても、代謝は落ちてるのに、食べてるから、結局
現状維持で何もかわらない。
夫や、こどもがあれ食べたいと言えば作って、お相伴。
かわりゃ==しない。。

久しぶりで息子とでかけたので、うどん屋さんでおいしいうどん食べて
その帰りに、買っちゃった。

セレブ御用達とか、いいお値段で、でも味もそれに見合ってるけど。

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すっきりデザインのすてきな袋。これ好き。

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で、もうひとつ。
あんぼじゅーる」
の有田焼の茶碗にはいったプリン。

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親友の弟さんのお店なのだが、クッキーも最高。

これで、今年もやせない私が続くのだ。。。。
by ygracia | 2008-07-19 12:39 | 今日のお話 | Comments(5)

不眠症治る?

ここのところ、ずっと朝方に眠るという、とんでもない生活だったのだけど、
友のところに一泊して、ちゃんと12時前に寝て、翌朝7時に目がさめた。
一回も起きなかった。
目が覚めると、友の愛犬が私のよこで、すやすや。
足でこちょこちょ遊んでたけど、体をマッサージしてあげたら、
だら〜〜んと私に寄りかかってくれた。
目がさめて、犬がいるなんて、小学校のころを思い出して、
ほんとに嬉しかったし、心がリラックスした。

前日は仲間とご飯を作って、ごちそうだと、わいわい。
おいしいワインに楽しいひととき。
ちょっとした変化で、体ずっと楽になった。

朝ご飯もおいしかったな〜〜

ありがとう、友。

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by ygracia | 2008-07-14 19:41 | 今日のお話 | Comments(4)

介護認定

昨年に続き、介護認定を受ける母。
前回、不機嫌になった経緯があるので、一日前に介護認定のために
調査員が来ることを伝えておいた。
しかし、私と調査員がはいると、私に「早くすませておいで」と言った。

その後、結構素直にそれもしゃきっとして応答。

私も担当主任も驚いたことが二つ。

ここはどこですか?という問いに、
「私のようなものがお世話になるところ」と答えた。
病院とは言わなかった。

生年月日を覚えていたこと。
すらすらと出た。
住所はだめ。

1000円で800円の買い物したら、おつりは
「200円!」すかさず答える。

1000円で350円の買い物したら、
「750円!」と意気揚々と答えたが、あとから、あれっといった顔してた。

今回のケアマネさんも始めてお会いする方だけれど、ベテランと見た。
昨年、母を知らないケアマネさんが調査すると聞いて、ほんとに
嫌なきもちだったのだが、ある程度の情報提供で母をわかってもらえると
すごくほっとする。
介護者や家族の話をきちんと聞いていて、ちいさな言葉でも
捉えて確認してくれるからだ。
アンテナがしっかり立っていて、反応が早い人。これはケアマネの必要資質。
今回は以前、父と母が在宅でお世話になった(3年も前)ときのケアマネが
介護認定の時期だから、申請忘れずにと電話くれた。
お仕事とはいえ、感謝した。
この方も反応が早いし、べったりするわけではないのに、
何でも解決にむけて努力してくれる人だった。

ケアマネージャーって大事。

糖尿病者のための和菓子を持って行ったので、母はふたつも食べちゃった。
おいしいね〜〜って。

それから外が気持ちがいいから、行こうというと、
最初は行かないと言ったのに、すぐ、じゃ、行こうかと気が変わった。
チャンスなので、お外へ。
暑いけど、風が気持ちよいので、車いすをゆっくりころがす。
ねこじゃらしを取って、母に渡すと喜んだ。
ホームの花壇の変わった花をみて、関心を示す。
小さな花も手にとって、きれいだと言っている。

部屋に戻る前に母の好きなサイダーを買う。
大喜び。

「ゆみこ、早く足を治してね、私が帰れないから」
「うん」
「ゆみこがいいと言うまで待ってるから」

この言葉はほんとに辛い。辛くて胸が張り裂けそうだけど
しかっと「来週来るからね」と答えた。

家に戻る日にちをすこしづつ延ばそうとは思っているのだが、
アップダウンの激しい私の体調では難しい。
早く、すっきりしたいのに。。

今日は渋滞に巻き込まれたりしたけれど、母とゆっくり過ごせて良かった。
調査も無事に済んで良かった。





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by ygracia | 2008-07-12 04:01 | 母の記録 | Comments(0)

母と糖尿病

母は40代後半から糖尿病と診断されて、インスリン注射ももう30年くらいしていると思う。
ところが、この2ケ月ほど、血糖値が下がり気味で、先月は低血糖値が10回以もでた。
本人は具合は悪くないというが、いつも寝てるからわからないのだろう。
今回の受診で、昼のインスリンをやめることになった。
インスリンの量もどんどん減ってきてたけど、こういうことってあるのだろうか。
血液検査で、インスリンを自前でだせてるかどうかのホルモンをチェック、来月
わかる。

食事も以前ほど、食べなくなったみたいだ。
気分もいまいち乗らないのか、寝てばかりというか、暇そう。
それでも、イベントに一回でて、お誕生日のケーキをいただき、ジャズの
生演奏を楽しむことができたそうだ。

家にいた3日間は、多少,混乱。
ここどこだ、といってた。
面白かったのは、夜11時に最終のトイレに行こうというと、行かないというので
寝たままオムツをつけることにすると、おそらく頭は眠っていると思うのだが、
「いいんだよ、朝まで取り替えなくて。濡れてもだいじょうぶだから、夜中はいいよ」
この話し方が、元気だったころの母そのものなのだ。
とても普通に話してくれる。

パジャマをおろすのもあげるのも、すいっと、腰を浮かせてくれる。
昼間は覚醒しててもこんなに腰をすいとあげてはくれないのに。

自分がどこにいるのか、何をするのか、あまりわからないらしい。

いろいろ話しかけると、まるでわかったように返事してくれるのに、
5分後、私はまた同じ話をしなければならない。

ちまたで話題の「New フェルガード」を購入してみたが、運悪く
インスリン、血糖値の観察をしなければならないから、今月は
スタート出来ない。

飲んでもらって、前向きになればいいけど、また攻撃的になったら
ほんとうに困る。

まず私が飲んでみようか。
糖尿コントロールにもいいらしいので。

今日のホームで、スタッフが私に出してくれるお茶を用意してると
おばあちゃまが、「あら、お客様、だれ、だれ」ととっても楽しそうに
お話ししていた。
かわいいおばあちゃまだ。
by ygracia | 2008-07-10 20:20 | 母の記録 | Comments(6)

懇談会

母のホームで先日懇談会があった。
ありきたりの入居者数とか、クレームとか事故とかの報告のあと、
ひとりづつ、意見を言う。
顔ぶれはほとんど毎回同じだと思う。

それでもみな、思いはひとつで、父母、祖父母、叔父叔母が、快適に過ごして
もらいたくていろいろ意見を言う。会社側も真摯に聞いてくれる。
団塊の世代だから、結構意見活発。それと社会での経験があるから
かなり良い意見も出る。会社もぼーっとしてられない。

私が同意見だったのが、洗濯の話。
洗濯していただいている服のシミがとれていないから、家に持ち帰って
普通に洗ったら、きれいに取れた。洗濯は業者に依頼しているのかって。
お母様を入居させている男性の方だった。
確かに、母のも洗濯されているはずが、食べ物が固まったまま返ってきている。

母が汚いまま、いるのはほんとうにいやだ。
皆さん、同じ気持ちだと思う。
濡れタオルで、ささっとその場で拭いてしまえば、食べこぼしも
きれいになるのに、母のカーディガンはいつもガビがビしている。
こんど主任に話してみなくては。

転倒が多いことも気になったが、現状のスタッフ数で手がいっぱい。
その上、法律の改正で、入居者ひとりひとりの生活状況を手書きで
記入しなければならないという、なんとも現場にふさわしくない
作業がたいへんなのだ。
だから、いつも机に向かって下向いてたり、たったまま、何か書き込んでいる姿が
増えたのだとわかった。
そんなことより、父や母の話し相手になってあげてほしいのに。

このホームは、偶然が重なって、私が信頼した場所の系列だった。
糖尿病のインスリン注射が介護士ができないため、最初のホームに
いられなくなり、看護スタッフの多い、今のところに移動した。
最初は不安だったけれど、介護長、主任、スタッフが、私と同じ目を
持っていてくれたので、ほんとうに安心してお願いできた。

母との思い出作りをもっともっと頑張らなければならないのに、
今の私には気力も体力もない。
でもいつか、母と過ごす時間のために、健康管理にがんばろうと思う。

母の記憶が今、わりといい。
私の来る日を覚えていて、「来なかった」と怒っていた。
私は足の具合が悪くていかなかったのだけど。

母のひきこもりはあいかわらずで、あまり笑顔がでないから、
心療内科などへの診察を考えるかと主任から話があった。
でも行っても、老人性鬱とか、名前をつけられて、処方がでるのは
わかっている。
糖尿のためにその薬も制限があるし、いま、飲んでいるものでいっぱいだ。

母の笑顔を戻すのは、家族と、そしてスタッフのなかに気に入った人が
できて、お話相手をしてくれること。


主任さんのことは大好きで、笑顔がでる。だからもっとそういう人が
増えてくれれば良いのだ。

でもいちばんは、家に帰ること。。。

心は痛い。。

(2008ー6-18)


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by ygracia | 2008-07-10 20:19 | 母の記録 | Comments(0)

母の思い

かめこさんのブログを見て、涙があふれてしまった。
お母様の「しのう」という言葉にお母様の深い悲しみや思いがあるっていうことを
書いてらした。。
それを見て、父の死ぬ間際の顔と様子と、その数日間のことが
突然、鮮明によみがえって来た。

呼吸困難になって、なんとかがんばってもらおうと、娘と私(ほとんど半狂乱)とナースで、父に「スーーハーースーーハーー、お父さん、ゆっくり息を大きく吸って!」と
声をかけた。
娘があわてる私を制して、「おじいちゃん、ゆっくり、ゆっくりだよ、大きく!大きく!」と言った時、父が「うん」とうなづいた。。。

その日の数時間前、父の手をとり、ベット柵にわたしはあごをのっけて、
父としゃべっていた。
「お父さん、退院したら、何食べたい?」
むにゃむにゃと、声にならない言葉を父が言い返した。
「ハンバーグかな、お父さん、好きだもんね」
うんうんと、額を冷やすタオルが落ちそうになりながら、父がうなづいた。
「うなぎもいいね」
むにゃむにゃとまた何か言った。
私の手をしっかり握り返しながら、その目は笑っていた。。。

体を動かすことが大好きだった父、動けなくなってきたころ、必死で
体を起こそうともがいていた。

今振り返ってみると、父が気落ちしていたのは、認知症と診断されるころ、
何もする気力がないといつも言っていた。
介護の中間期に、一度、何やっても無駄だ、生きている意味がないと
いったことがあった。
そのとき、私は叱咤激励してしまった。

でもだんだんに、父は生きることに積極的になっていた。
治療をすればよくなるんだと、信じているようだった。

そして最期まで、生きようとがんばった。
最期の最期に、ニヤッと笑って、眠りにおちた。。。

自分がいろんなことが出来なくなってくる時って、何を思うのだろう。
私も足が悪くなり、思うように歩けなくなった時、この世の終りがきたような
気になった。
人の世話にはぜったいなりたくない。
早く死んでしまってもいいとも思った。

母は今、迎えにくることのない、娘(私)を待って、何をおもっているのだろう。

帰宅して夜中のトイレ介助に「すみませんねえ」という母は、何を思っているのだろう。


深い悲しみがあるけれど、父の見せてくれた生きる姿をぜったいに忘れてはいけないのだ、
わたしのばあいは。。。。

(2008−6−4)
by ygracia | 2008-07-10 20:18 | 母の記録 | Comments(0)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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