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また別れ。。

23日、朝、トラが死んだ。
18才。

一緒に暮らして15年。

息子が11才だった。
娘が13才だった。
父も母も元気で、トラを可愛がってた。

レビー小体型認知症に罹った父から離れずに世話をしてくれたのもトラだった。

パジャマのまま、外に出て行った父が塀にまたがって、オロオロしているときに、
短いシッポをピンとたて、父を見上げながら行ったり来たり、
私を見つけると目をキッと見開いて、そこに座ったトラ。
まるで、忠犬だった。

放尿してしまった父が、いつも「それはトラだ」と、言張ると、トラはしかたないなぁと言う顔で
父と私を見た。

らんちゃんとジュリを育てたのもトラ。
喧嘩仲裁もトラ。

わからなくなった母に「あか」と呼ばれても母をじっと見つめて優しい顔をするトラ。

脳トレのドリルをする父の足元にずっとついてたトラ。。

うちにはまだ猫がいっぱいいるのに、全部いなくなってしまったような喪失感。
トラの存在の大きさを今知る。

他の子たちもうつろになっている。

この数日、トラは人間の高齢者と同じような身体状況になり、
今更ながら、もっとトラを気遣うべきだったと思った。
この気候の変化に翻弄されてしまったトラ。
人間なら100才に近い。

立派だったトラ。。
お寺のかたにもほめられたよ。
今日はもう姿はないけれど、トラのゴロゴロが聞こえて来る。

ありがとう。。
by ygracia | 2011-05-25 00:58 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

認知症って

親の介護に遭遇しなかったり、また認知症という言葉と縁のない生活を送っている同世代の人も
たくさんいる。
高齢だけれど、自分とは離れて両親だけで暮らしているし、「だいじょうぶなんじゃない」という
言葉を聞くたびに、「ほんとにそうなのかなあ」と思ってしまう。
でもそれもその人の運命で、私が心配することではないから、ま、深くは追求しないんだけど、
話しているうちに「なんだかぼけたことしてる」「なんでわからないんだろう」なんて
言葉がでてくると「だから、それが認知症なんだってば、認知ということが難しくなるんだってば」と
ついつい、気合いが入ってしまう。

だけど、認知症もさまざま。

母は脳梗塞のあと、MRIで見てもらって、もう明らかな脳の萎縮とダメージ部分があり、
アルツハイマーと言われた。
糖尿病のためアリセプトは使用しなかった。

早い時期に失語になっている。
ものと物の名前も一致しないし、家族の名前も忘れている。
今ある状況を把握しているかというと、
そうではないみたいだし。

で、今回の帰宅でわかったことは、「やっぱりわかってない」
ということだった。
できることも徐々に減って行く。

やはりアルツハイマーであり、レビーじゃない。

父の場合は座ってというと、座ろうとする意志を見せ、がんばっているのだか、
体が言う事を聞かない。
座って維持しようとするけれど、神経の問題でど〜〜んと後ろに倒れて行くのだ。

母は座るよ〜と行っても、うんうんとはいうけど、その意志はまったくない。
こちら任せ。
座るんだから、、と行っても、カラダを預けた相手に依存。
座ってというと、「できない」「なんでしなくちゃいけないの」「うるさい」とか言う。

夫は「家族だから甘えてるんじゃないの」というけど、そういう問題じゃない。
理解する気もなく、理解もできなくなってきているのだ。

ただ、とりつくろいは上手。

あとは猜疑心が強い??

車いすの部品がホームで破損されてしまい、そのため全取り替えなので
業者さんがきたのだが、その間なぜかベッド柵の間から
じ〜〜っと見ている目の恐い事。

今回はほとんど「てっちゃん」と呼ぶ。
「てっちゃんは、おかあさんの姉さんでしょ」
「そうだよ」

私もしつこいから「てっちゃんじゃない」というと、「だれさ」
「ゆみこ」というと「そうだった」とはいうけど、「ゆみこ」とは口にしない。

娘も「ひでこ」と呼ばれ「ひでこじゃないよ」と聞くと
「だれでもいい」と言う。

朝食のあと、もうホームに行く時間なのでそのまま車いすにすわってもらっていると、
「はやく〜〜はやく〜〜〜」のコール。
ベッドということばは出てこないので、「あっちに行く」と主張。
もう出かけるからというと納得するものの、また直ぐにコール。

最後は娘に「早く、早く、大変だから早く帰る」と主張。
娘はてっきり、私と娘が大変だから、もう帰ると言い出したのだと思ったそうで、、
ところが
「早く 帰る、病院に帰る、これに座ってるのは大変だから、いやだ」
ということで、主張。

車の中では、なぜかるんるんで、娘が朝から何も飲んでない私のために
ラテを作ってくれてきてたのだが、それを横取りしようとする母。
甘くないんだってば。。。
熱さもわからないので、カップのなかに指を突っ込みそうになった母。
危なかった。

車から車いすに移乗のとき、案の定、だれも来ません。
またすべりおちそうになったけど、踏ん張った。
脱力する母を支えきれない。
もう次回から介護タクシー決定だ。

今回はなぜかワガママ全開の母だった。
夜は8時前には眠りに入り、2時頃から起きだして、
うなったり(ガンのせいか、わからない)
てっちゃん、ごはんは〜〜を繰り返し。
そのあと、またうつらうつら。

今回は初めて寝言を聞いた。
母らしい寝言。
「やめなさい! そこの人、やめなさい!」
とはっきりとした命令口調。
大昔婦長さんだったから、命令口調得意なのよね。。。
一瞬幻視かと思ったけど、そうではなくて寝言だった。
どんな夢?
正義感の強い母はどんな夢みてたんだろう。。仲裁かな。。

でも12時頃のおむつ交換では、「ゆみこ、寝ないの?」と突然いう母。
寝ぼけてれば私は「ゆみこ」なのかなあ。。。と不思議だけど、
結局嬉しくなるんだ。
やっぱりおかあさんだと、そのときだけは思うんだ。
by ygracia | 2011-05-20 15:10 | 気まぐれなお話 | Comments(2)

私のパニック

母、元気で帰宅したものの、最初から「てっちゃん」

迎えに行ったときから、「姉が迎えに来たの?」と介護士に尋ねていた。

ケアプランもチェックして主任とお話。
思った事はこういう面談って何回もあったほうがほんとうは良いんだよね。
誤解の部分も理解できるし、ホーム生活の現状も理解できるし。
ケアプランの見直しのときだけじゃなくて。
もちろん面談希望すればいつでもできるけど。

母は以前よりも動かなくなった。
土曜日の体操も参加できるわけなく、週3日の機能訓練も
母の機嫌次第。
それでも「固くなったら娘さんのとこに行かれない」と言う言葉に
つられて数回は足を曲げるらしい。

結局、今の母には苦痛のない生活が大事なのだ。
固くなって来るカラダを本来なら、私が毎日行って、マッサージすればいいんだけど。。。

帰宅時は車にもうまく乗せることができた。
座席にすべらせるためのビニールを敷き、その上にひっぱるための
バスタオルをおいて、2度の動きでスムーズに
母を正面に座らせる事が出来た。
座席に置く、回転シートもあるんだけど、母には無効。
ただ、これも車いすからうまく座席にのっかってくれたからうまくいっただけで。。。。

おそらく次回からは完全に介護タクシーになるだろう。

家に着いた母はあまり感動はない。
なぜかわからないけど。
猫には反応するので、抱っこさせる。
すると顔をくっつけ喜んでる。

食事も気に入らなかったようで、あんまり嬉しそうじゃない。

今日は寝ている所を起こして病院の診察に連れて行った。
ちょうど小雨が降り出し(母は完全に雨おんな)ビニールポンチョで
母を包んで、でもカサももたせたら。。。。

途中で寝てしまった母、カサを離したもんだから、風でカサが舞い上がり、
私はそれを掴もうとした瞬間、ほんの一瞬だったけど車いすの取手を
離しちゃった。。
でも瞬間でカサを掴み母の車いすを止めた。
足の悪いのも腰の悪いのもぜ〜〜んぶ忘れて。。。

向かいから歩いて来た女性が、「大変ね、気をつけてね」と声をかけてきた。

心臓ぱくぱく。

病院につきエレベーターを降りて後ろを振り返ると、母の靴が片方。。。落ちてる。。。
ドアがしまる瞬間、ガッとカラダを挟み、片足で母の車いすを支え、その靴を拾った。。

すごーい運動。。。

だんだん疲れて来たので娘にお迎えの応援頼む。
来てくれて母のそばに立っててくれるだけで、こちらはちょっと安心する。

車いす通院の難しさ、先回から感じているのだけど、今日も感じてしまった。
母は待つ事もむずかしい。

ただ、血液検査のところでは今日は大きな声で自分の名前を言っていた。
この前は旧姓だった。。

雨は小降りになっていて、帰宅して、ベッドに移乗させようと。。。したときに、
ベッドから母のおしりが滑り落ちた。
母が私にしっかりしがみつかないで、途中で手の力を抜いたせいだ。

私は必死で母をささえ、しかたないので、再度車いすのほうへ回そうとした。
しかし、タイミングはもう悪く、母は脱力、
全体重(42キロ)が私にかかってきた。
とにかくドスンと落としたら骨折だし、足の絡み具合が母を支えている
私から見えないし、必死で、娘を呼んだ。
でも聞こえなかったらしくなかなか来ないので、コッチも必死で呼んだ〜
母も大騒ぎ、痛い痛い。。。

ああ〜〜折れたと思った。

どうにもならないので、母に足をのばしてと叫びながら、ゆっくりと床におろして
ころがした。
母は痛いと繰り返すので、どこが、というと腰のあたりをさす。

床の母を見下ろしながら、頭の中真っ白の私、どうしよう。。。。
娘も腰が悪いので、余計な力を出せない。
夫を呼んで、どうしよう、と3人で。。

で、娘が腰の下にシーツをいれて、両はじを持ち、夫が上半身を、、と言い出した。
そうか、そうだった。

ベッドを最低の高さ(25cm)にして、せ〜ので母をベッドにあげた。。。。

幸い、いまのところ、どこも痛くないらしいので、骨折はしてないかも。。。
まだ分からんけど。

この出来事のなか、私は、この先の在宅介護への不安が
大きくひろがってきて、「あ〜〜どうしよう」と思ってしまった。

でもあとから考えたら、在宅になれば、ヘルパーステーションに助けを求めてもいいし、
なんとかなるべさと、またすぐ、あっけらかんとなったけど。。

しかし、ひさしぶりのパニックにどっと疲れが出てしまった。
母はまだ滞在中だというのに。

でも母が生きてるから文句も言えるし、おふくろさんがいるのはいいことだよ
という夫。
たしかにそうだ、ガンを抱えてても、私の名前を忘れてても、喧嘩しても、
生きてるからできるんだもの。

でもね、なんか小憎らしいというか、
「娘の名前忘れちゃだめじゃない」と言ったら、
「なにさ!」と言われた。
主張は強いし、かわいくないし。。
といいつつも、母らしいと言えば母らしい。
生きていてくれるから、文句も言える、ほんとに。
by ygracia | 2011-05-18 01:41 | 母の記録 | Comments(3)

ママ友と再会

娘と息子が幼稚園時代、若さ(若くなかった私は)?で勢いで、でも真剣に
ママ友たちと付き合った〜〜〜

東京に引っ越すときに、別れたきりだったママ友Hちゃんと、
その間一回あったママ友Oちゃんと春秋ツギハギで再会!!!

な〜〜んだ、変わってないじゃん!!!
ふたりとも、いつも美人でおしゃれで、もちろん私よりずっと若いけど。

話は先日、テレビ番組で「モンスターペアレンツ」のことから。。
「あんなもんじゃなかったよね、もっとスゴい」と笑いながら、

「でも、こども育っちゃったら、あれは一体何だったんだろう、、だよね〜〜〜」

そう、地元の私立幼稚園、地元の付属に行かせるために、
幼稚園選びから始まってたし。。。
私はそんなこと知らずに選んでたから、入ってから目がテン。

でもね、私の仲間はみんな若くて誠実で、一生懸命だった。
だから20年近くのブランクなんか何にも感じなかった。

なんでね、仲良しになったんだろうって言うから、
なんでだろうね、、ま、みんな真剣に人生語ってたから、
こどもたちより、ずっとずっと仲良しになっちゃったんだもんね。
こどもたちには、こどもたちで、それぞれの思い出があり、

そんな母の話を聞いてた娘、Mちゃんとのお遊びも楽しかったのよ〜〜
ひとことも発せず、一緒に作業するんだけどさ〜〜〜またはマンガみるとかさ〜〜〜
でも楽しかったのよ〜〜〜と思い出にふけっておりました。

息子は、「え、H君のおばちゃん?え〜〜〜うそ〜〜」
私は知っております。
息子の女性像はずっとあなたのイメージであります(笑)

しゃべりまくって時間の経つのも早い。

次は神戸で会いましょう〜〜〜



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バリバリの80〜90年代
by ygracia | 2011-05-13 19:06 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

母とハグハグ

今週は、追いまくられるように忙しかった。
細かいことがいっぱいあったかなあ。。。。

ある日。
母に会いに出かけて、寝ていた母に声をかけると、「あ〜〜てっちゃん!!来たのぉ〜〜〜」
で、
「来たよぉ〜〜〜」と
しっかりハグハグ。

気がつくと匂う。。。。
みたら溢れてた。

すぐに介護士さんに言って、来てもらう。
もちろん、ちと待つ。

パッドのみ交換しようとしたので、全部取り替えてください、と頼む。
だって、オムツも汚れてるのにチェックしてない。
ただ施設だとあのくらいなら良しとするのかな。
うちじゃ、きれいに取っ替える。だって匂いだってついてるでしょ、大だもの。

で背中をみるとところどころ赤むけ状態。
アズノールないから、ちょっとと言って、フェルゼアつけたら
母「痛いわよ」と染みたらしい。
で、介護士さんが看護師さんを呼んで来るというので、おしり開いたまんま
かなり。。。待った。
もちろん、冷えちゃったから、案の定、再取り替えとなりましたさ。
防御してないもんね。

私はひとこともモウしません。
人間、失敗して気がつくんです、でも、、、気がつかないかぁ。。。。

看護師さん、さっさとアズノールぬるけど、、、母部屋にあったもう
何年もおきっぱのクリーム等の入れ物に入ったアズノールを塗る。
変色してた。
新しいのはなくなったら、頼むなんていってたけど、アズノールは
2本渡したはず。
どこにあるんじゃ。

で、全部すんで、出て行きましたね。みんな。

で、母の下着とセーターを着替えさせました。
だって、うしろの部分、しっかり染みて匂っております。
だれも気がつきませんのだ。
いちおう触って、「あ、汚れてません」とかおっしゃってましたが、
匂いかいでみ〜〜〜

その日はね、午前中にお風呂はいったんだそうで、なんともね〜〜〜
だからもう着替えさせないのかい。

クリーニング代もコッチが払うんだし、いいでしょ、別に。
オムツ代だってコッチが使用分払うんだからいいでしょ、

って思うけど、最低限の生活を守ってもらっているので
このごろはあまり文句は言わない。
はっきりしてるのは、私の体力と気力のバランス、整っちゃって、
静かになってしまったのかも。
できない、危ないって思う事が増えて来た。

ケアプランも再確認。
静かな生活、苦痛のない生活、できるかぎり、母の希望を聞いて、、
コウ縮を防ぐ為の機能訓練、それも母がイヤと言えばおそらくあまりできない。
上手に声かけしているけれど、なかなか手強い母なのだ。

家では入れ歯も手渡しすれば自分でいれるし、ご飯もほおっておけば自分で
しっかり完食すると伝えると、ホームでは「過介護だろうか」という見方もでた。
でもホームでは、「過介護」を見直すと「放置」になる可能性も生まれるから
「過介護」でいい、と思っちゃった。

そしてうれしいことは、かなり会話がはずみ、
笑顔が増えたと多くのスタッフから声があるということ。
これは、止めてたF100を再開したから。

良かったわ。
母にはこのくらいが一番合ってる。
母が幸せな認知機能のレベルであれば、そこでいい。

来週、母帰宅。
怒濤の週となる。



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by ygracia | 2011-05-13 18:47 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

生活が変わるということ

ゴールデンウィークも終わったようだけど、我が家はいつも同じような生活。
ただ、昨年とはまったく違う生活。

退職した夫は、自分の計画通り、部屋の荷物整理、思い出整理に励んでいる。
懐かしいものをみつけるたびに、持って来て説明。
とにかく、まだ倉庫に山のような荷物があって、そちらに手をかける前に
家のほうをやってしまわねば、と思ってるらしい。
母が在宅になる前に、と。
ところが、私はまったくその気になれなくて。。
毎日のご飯支度で、なんだかそれだけでいっぱいいっぱい。。って感じ。
「何食べさせよう」ってばっかり考えてる。。
ほとんど飯炊きオバさんに逆戻りの私なのだ。

夫の抗ガン剤治療は一端お休みになった。といっても3週間。
ま、白血球をたたきすぎたらしい。
夫は認知症ではないし、妻の役目というのも見張り?くらいで
あまり口は挟まない。
口を出せば、私自身、かなり大変なことになる。
これが配偶者介護と親子介護の違いかなあ。。
夫婦の性格の問題か〜〜


娘はまあまあの状態ではあるけれど、本人は辛いことだと思う。
これまた、じっと見守り、たまに叱咤激励、ま、母親としては、
夫のことより辛いかも、というのが正直なところ。
我が子のことはやはり心配。

私といえば、4月末に保護したというかうちにやってきたしまこのお父さん猫を
見送った。
悲しいけど、これだけ猫に関わるといろんなことが見えて来る。

今日も歩いて来た。
ちょっと続けて歩くと、足の腫瘍がどうも動くようで、神経痛がおきる事が
判明。これもつきあっていかなくちゃならない。
モーラステープがはなせなくなる。。。

町を歩くといろんなことハッケン。
防災公園で大声を出して集まってる若者たちがいて、
ま〜迷惑な、なんだかおたくっぽいから、なにかのオフ会かなあなどと
思ってたら、なんとお笑いの練習生たち。
みんな、それぞれのコンビで練習中。
まあまあ、がんばって〜〜と言いたくなったけど、
なんでみんなむさ苦しいんだ?
もうちょっとこぎれいにしたら、いいのになああ、何てオバさんのつぶやき。

商店街をはずれて歩いてると、スペイン料理の店発見。
かなり素朴。
ま、一回行って見るか。。

そうそう、福島避難区域の一時帰宅は、ペットの持ち出し禁止だそうだ、
ありえない。
車レンタカーしてもわたしなら連れて来る。
きちんとスクリーニングしてもらう。
家財の大きさも決まってるとか。変だよ。

これって弁護士頼んで政府を訴えることだってできるんじゃない?

「家畜は財産です、ペットと一緒にしないでください」と言った議員がいるそうだけど、

家畜もペットも家族です、命あるものです!

おかしいよね、ペット捨てたら犯罪です、罰金ですって条例あるのに
捨ててこいって、何なのだ。
何考えてるんだろう。

突然家族がいなくなり、冷たい雨の中に彷徨い、また帰らない家族を待って
救援のエサも食べずに犬小屋でつながれたまま死んで行った犬、
いないかなあと家の中をのぞこうとそのまま逝ってしまった犬、
車が通ると自分の家族かなと思って飛んで来る犬、
もう、みんなやせ細っている、ケガもしている。。。

待っていたんだね


人命優先、国民の安全を、、、どのことばも空しい。
政府が迷走して、国民を不安のどん底に突き落としている。

でもでも人間、ほんとに考え方も思い入れもみんな違う。
相手の思いも一生懸命理解しようと努力するけど、私は私の思いでやっぱりものごと、考えたい。
こころに嘘はつかないで、優しく、しっかり考えたい。



と、今日も書く事無いので、近況報告。
by ygracia | 2011-05-08 02:07 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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