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ピック病なら精神病院???

先日のNHKフォーラムで、ビック病の方の生活が映像で流れた。

ビック病でも自分の存在の意義を見つけてそれを周囲がサポートすることで
元気に在宅で過ごしている。
もちろん、家族は大変なのはかわりないけれど、それでも考え方や視点を
変える事でこんなに元気に過ごせる。
そして、しっかりしたサポート体制はぜったいに不可欠だ。
これからの認知症を考える時、とにかく支援の体制を作らなきゃ、あかん。

ピックだから一生精神病院に入るというのはありえないと私は思う。
もちろん薬の微調整のため、そして大きな治療目的の入院なら理解できるけれど、
病院は生活の場ではない、と思うのだ。

どんな認知症であろうとも受け入れられる施設はまだまだ少ない。
本来のひとりひとりに合った介護をしてくれるところ、あるなら教えて欲しいくらい。
胃ろうはだめ、インスリンはだめ、高齢になったら何かしら起きるのは当たり前なのに。
結局おとなしくできるなら、とか自然死するなら、とか、だったら受け入れますよってことか。

母のホーム、今日は歌の会だったが、母の車いすはそこにはなかった。
眠いからだろうし、行かないと言うから、参加してないんだろうけど、
1分でも覗かせたっていいんじゃないかな。
ピアノの音にすこしは脳がリラックスするでしょうが。
たとえ、鍵盤1回の音だったとしても。

出席してなかったのは、レビー系のTさんとうちの母。
なんだかなあ。
私が施設を作ったら、眠ってる人も、ちと起こしてみて、並んでもらうけどなあ、

寝てるからってあきらめるのが介護なのかな。
連れてってもすぐ帰るっていうから、連れて行かなくて良いっていうのが介護かい?

がっかりしたのだ。

布団カバーの汚れも、シーツの汚れも、母のめやにも、またのびてた爪も
いつまでたっても変えない、古いアズノールも(3年くらい前のもんじゃない?)

究極は、壊れた介護ベット。

ありえない。
有料老人ホームでしょ!
手配してますって、遅いよ。
山下コーポレーションなら、その日に持ってきてくれるよ!!

ベッドのコードの差し込み口も割れ、コードの先っぽがはずれ、壊れてる。
だから線は抜いてあって、ギャッジアップもできず、
母たいら。

枕を重ねて背中から深くいれてあげたら、身体が楽になったと、母。

全部に今日は腹がたったから、

言わない私も相談員に全部言ってきた。

いままで文句はなかったホームにほんとにがっかりした。

受け入れ準備できてないけど、連れ帰ろうと思った今日だった。


母の斜め向かえのおじいさん(母が嫌いなのか、いろいろある)、
私が帰るときに、なぜかあとから降りてきて、、
トイレに入っている私を確認して。。。

電気消された!!!(やられた、っておもったわ〜)

歩くのはの〜ろの〜ろなのに、逃げる足の早さはすごかったらしい。
そばにいた娘、黙ってみてたそうな。
止める理由はないからと〜〜

ま、いいけど。

で、おじいさんがうろうろしてても声かけないスタッフって何なんだろうと
また疑問がムクムク。

いつもソファに座っている姉妹も、急激に進行した感じで、
見送ってくれることもできなくなっていた。
やっぱり、何かが変化してるんじゃないかと思っちゃった。
ま、実際のところはわかりませんが。

母のこの前のことばもずっと気になってる。
「よけいなこというんじゃない」って。

それでもね、今日はスタッフにと思ってお菓子持ってたのにね、
なんだか悲しいもんだ。


あ〜一日30時間だったら、ゆっくりできるんだけど、毎日
バタバタ。

今日は自分の病院、この病院で、良い先生に出会った。3人目。
やっぱり、話をきちんとキャッチできる先生は良いね。

明日も自分の病院。これは頭痛い、やせてないし、ふとっちゃったし。。。。

あ〜〜あ。
by ygracia | 2011-06-30 22:10 | 母の記録

涙で

暑い!
今日は車に乗る前に外気温をチェックしたら、なんと日当りでは38度。
夜7時くらいで35度じゃあ。

暑いので、外猫クロママも無防備に日陰のコンクリートのうえで寝そべってる。
夜は夏仕様の小屋も暑いのか、物置きの屋根の上に寝てる。
あっついねえと言うと、「あん」と答える。

昨日は倉庫で格闘。
熱中症にならないでくださいねと所長に言われたけど、
仕事開始30分で滝のような汗。
夫は運動しているせいか、汗はカラダのほうにはかいてるけど、
流れるほどじゃない。

まあ、働いた、働いた。
水分補給はちょっと時間的に余裕がなくて、ボトルも底をつき
そのまま帰宅。
家の前で500mlを一気に飲むくらい喉乾いてた、あぶない、あぶない。

倉庫整理、非常に順調に終了。
もう1回くらいいかないと終わらないかと思ってたんだけど、
夫も私も思い切りよくいろんなものの未練を断った。
しかし、あとから、大笑い。
夫が持ち帰る本、三島由起夫だのなんだの、、
私も装丁が美しい三島由紀夫の本、同じだからどちらかにしようと、私の勝ち。
原本の英語本に私はスペイン語本。これは夫の重要な原本のみに。
私ももう読まないしね。古本屋に売るほどの本でもないし。かびくさいし。
広辞苑に。。。
で、広辞苑は、家にも何冊もあるからと廃棄。

雑多なものの整理ついて、廃棄処分をお願いして
所長とお別れの挨拶。
ほんとに長年ありがとう。

さて今日は昨日の疲れはどこへやらで、お出かけ。
「ブラックスワン」を見てきた。
ひぇ〜〜という映画ですが、音楽と映像は美しく、
あとからいろいろ話がはずむ映画。
なんとなく「17歳のカルテ」を思い出した。

広場で、被災した茨城県大洗からの野菜などの市場があった。
おそばの高田屋も出店してた。

そこにいたのが、JDTA(日本ドックトレーナー協会)の保護した被災犬エールちゃん。
ラブラドールのきれいなわんちゃん。
おもわず、さわりにいって、おもいっきりさわったら、おもいっきり
顔と首をなめられた。
すごく嬉しそうだった。
もしかしたら飼い主のおかあさんも太ってた??
もっと遊ぼうと思ったんだけど募金箱が気になり
そちらにカラダを向けてしまったもんだからエールちゃん悲しそうに横を向いた。
ごめんね。
お買い物してからもう一回いったら、もうキャリーにはいってしまってた。
もう一度会いたいなあ。
3ケ月たっても飼い主さんは見つからないというので、1日から里親募集とのこと。
ほんと、うちに来てもらえたらどんなにいいか、、といっても
夫が犬にはなれてないし、ね。
猫多いしね。せまいしね。ラブちゃんにはかわいそうだ。
すてきな里親さんが見つかりますように。
JDTAに保護されて(保健所からだそうだ)ほんとに良かった。
JDTAのみなさん、ほんとうにありがとう!!

帰りの車ではエールちゃんのかわいく、元気なからだを
思いながら、でも目の奥はそこはかとなく悲しげで、
人混みのなかにおかあさんやおとうさんを探している空気が
それとなく感じられて、それを思うだけで涙がでてきちゃった。

命あるかぎり、人も動物たちもがんばって生きよう。


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by ygracia | 2011-06-30 00:31 | 気まぐれなお話

生きること

昨日は元気な仲間と一日過ごして、この会がいいかたちで、伸びていって欲しいと
願いながら笑って過ごした。
夜ふけてからは、「生きる」ってすてきなことじゃないかと感じたり、
仲間のプロ仕事を見て、ほんとすごいなあって思ったり、
ゆるやかだけど、とっても良い時間を過ごした、キリン片手に。
帰宅はもう午前○時。もうすぐ朝だぞ、と言いながら。

私はもう、とっくに人生折り返し点すぎちゃって、
呑気に構えているけど、細かい悩みっていうのは
若いときでも今でもあるもんだ。
でも過ぎてみれば、たいしたことじゃない、かもしれない。
母のホームで、「人生どこからだってやりなおせる」って書いたお年寄り
がいたんだけど、そこまで達観できるだろうか。。
やりたいことはやまとあるけど、気力も体力もありゃしない。お金もか。

元気で一生懸命人生考えて、今日を過ごしていく人をみるのは
すごく楽しい。
もちろん先輩方の元気な姿にも関心しちゃう。
でもやっぱり自分より若い人たちが「生きる」姿を見るのはもっと楽しい。

縁の下の力持ち、でありたいと思いながら、これ以上太ったら、やっぱりヤバイ。。。
キリンもアサヒもすこし控えなくちゃ、、マッコリも、、、、

頭の中で薬師丸ひろ子がぐるぐるまわる〜〜〜???
わさお見損なっちゃったし〜〜

二日酔いのわけではありません。
人生楽しいって感じてる今日このごろです。

明日は、倉庫で格闘。
母の様子も早く見に行かなきゃならんのに、、、優先順位まちがってるかも。。




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by ygracia | 2011-06-27 23:23 | 気まぐれなお話

認知症フォーラムに行ってきた〜

昨夜はまったく眠れず、そう不眠症というか、寝付きがひどく悪いので
へたすると朝まで起きちゃうんだけど、それが昨日特にひどく、結局
寝たのが、朝5時。
起きたのが9時半だからま、4時間は眠ったからいいかなあと
思いながら、いろいろ朝の日課(猫がたくさんいるので、朝は時間が必要)を
こなし、予定時間より大幅に遅れて出発。
と言ったって、電車で一本、20分ほどだからね、、どうってことないんですけど。

すでに開演15分ほど前で、人いっぱい。
うしろのほうはまだ真ん中部分があいてたので、どんと座る。
太ってる私はできるだけそばに人が来て欲しくない(わがまま)なので、
来ないようにと思ってたけど、満席ですから〜〜
スマートな方が両脇座ってほっとした???

「フォラーム認知症新時代」
でもね、この「新時代」という言葉、ずいぶん前から聞いていたんだけど、
やっとほんとの意味で新時代なのかなあと思った。
(現実は違うけど。)

パネリストは
小阪憲司先生(メディカルコートクリニック)、織茂智之先生(関東中央病院神経内科)
市川裕太さん(NPO[語らいの家]理事、GHホーム長)
青津彰さん(認知症フレンドシップクラブ柏、彩星の会世話人、介護家族)

コーディネーターは町永アナウンサー

この町永さんは、ほんとうに人柄が感じられる、良いリードをされるんだと
生で見て、良くわかった。
言葉には真実しかないし、パネリストの話をほんとうに的確にまとめてくれる。
すてきだと思った。

発端は、「認知症をとりまく状況が大きく変わりつつあるということ」を
認識しようということだ。

健康な人でもだんだん加齢によって、
町永さんの言葉でいえば「ぼーっとしー」になることもある。
だれでも老いはやってくる。

最近は認知症になっても「心は生きている」というのが
理解され、そう知られている。

じゃあ、病気としての「認知症」をどう理解し、どう受け入れてもらい、
住み慣れた地域で生きていくにはどうしたらいいのか、

K医師
50年の変化は非常に大きい。
介護保険、薬、そして地域、めざましく変化した。
(確かにこの数年でレビーの周囲も大きく変化している。。。)

O医師
治療薬、そして新薬の登場
早期発見と正しい診断が大事。
そのためには認知症を知る事。
(そのとおり、でも正しく診断できる医者がいないぞ、少な過ぎるぞ。。。)

Iさん
認知症の方が何に苦しんでいるのか原因を取除く、
介護従事者の取り組みは、その人らしさと可能性を探す方向に向かっている。
ケアの方向性は大きく変化してきている。
(介護従事者がそう考えているところとそうでないところで差がありすぎる、
だから介護難民でちゃうんです。。。)

Aさん
暗闇のなかをふたりだけで彷徨った。
でも認知症を考え直すことで人生は変わった。そして周囲も変化した。
(その大きな壁や大きな波を乗り越える力を、ふりしぼるときに仲間が
いればもっと辛くないはず。。。

とここまできて、詳しく書くと楽しみにしている方に悪いのでやめることにした。
第一部で認知症の基礎知識、各認知症の医療とケアの話。
とてもわかりやすいと思う。
第二部で本人の思いに寄り添う、支え合い、地域とともに暮らすという
テーマで
認知症の方の日常の映像があるのだが、
これはどんな上手なロールプレイなどでもかないっこない、
本物ですから。
そして本人の心の声ですから。

私はロールプレイがどうしてもきらい。
もちろん専門家の方々には必要なことなんでしょうけれど、
良い例、悪い例なんてもっときらい。
そんなことするなら、家族の生声と、本人の心の叫びを
しっかり聞きましょうって言いたいのだ、いっつも。

レビーのKさんの言葉、
「今はお世話になっているけれど、いつかこの状況から抜け出せるだろう、
僕はそう思っている」

アルツのY子さん
絵本作家で若年認知症と診断されたときにご主人は必死で
脳トレのドリルをさせた。
できないということを認識させるだけだった。
本人「あれはだいっきらい」だったそうだ。でもご主人のためにがんばっていたのだ。
長年読み聞かせや絵本作りのボランティアをしていたY子さんに
またそのボランティアを再開。
大きくはっきりとした声で「まんじゅうこわい」を語る。
笑顔が絶えない。
おとしよりにまた楽しみにしてるといわれると
大きな笑顔で「また読みますよ!」って。

そのほか、ふたりの方の映像もある。

これはみんなの気持ちをしっかり画面に釘付けにし、
また理解をしっかり心に植え付けた。

別な意味で、ちょっと前にアルツの方々が人前にでてきたときよりも
理解してもらえる時期になっていると思った。

今からこそ、もっと本人たちの活動が
どんなロールプレイよりも強いと私は思うのだ。
活動をしたいという認知症の方とそれをサポートする人々がいれば
ほんとうの意味で認知症新時代を開幕し、
ほんとうの意味での「認知症になっても安心して生きられる町」作りができるのだ。

頭の上を通り越すような、想像でしか考えられないフォーラムではなく、
みんなが今日見た事、聞いた事を持って帰って周囲に伝える事ができる
のが、ほんとうの問題提起であり、フォーラムであり、
より良い社会のためになると思う。
だから今日のフォーラムは○。

しかし、私が2009年だったけ、レビーの介護家族として
経験をお話したときに、サポート体制を望むって話したんだけど、
それが形として動き出してる世田谷区。
(地域で認知症を診断、治療ーかかりつけ医から大きい病院で検査診断し、
またかかりつけ医に。行政と包括センターとの連携してサポートし
安心して暮らせる町作り)
独自の世田谷方式なので、まだまだ少ないんだろうとは思うけど、
こうやって、良い形で行政や地域がサポート、
そしてまた別の面から介護従事者によるサポート、
良い形の輪ができてきたらいいとほんとうに思う。
来月の世田谷区の連絡会に参加させていただくので、また勉強してこよう。
小さな家族会にも声かけてくださるっていうところが、やはり違うのだと思う。

我が地区は一体どうなってるのかなあ。


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by ygracia | 2011-06-25 22:56

人生整理?

こどもたちはまだ一人前になってないんだけれど、夫はリタイア、私もアラカン過ぎて?
親友の子供たちがおとなになって、勢揃いしている写真を見て、やっぱり長い年月が過ぎたのだと
つくづく感じるのだ。

私たち夫婦のなが〜〜い間の懸案事項を片付けに行った。
いやいや役所じゃありません。

千葉から東京に戻るときに、入りきらない荷物を倉庫に預けた。
開けたのは2回ほど。
中身はというと、アメリカから持って帰ってきたもの、夫の文献や本や
私のキッチンアイテムや、衣類や、、ベビー用品やら。。
夫の実家を壊すときに、「これはお前のだ」と義兄から
渡された箱類。義母が夫のものをしっかり取っておいたらしい。
きっとすぐに開けて使うだろうと思ってたんだろうけれど(すでに記憶は消えている)

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アメリカ時代にお金のないときに、必死で買ったベビーベッド。
これだけは持って帰ると頑張って、ふたりめにも使う事ができたんだけど。。
いや〜皇室のまねをしたいわけじゃないけど、代々使うっていうのは
やっぱり無理だ。
箱開けてないけど、おそらくカビだらけだろう。

私は衣類の箱を、夫は本類の箱をひとつづつ開けて
持って帰って家で整理するものはどんどん車に積んでいく。

しかしですね、思い出を見つけると止まっちゃう夫。

おもた〜〜い箱が出てきて、中身はなにやら、御丁寧に包まれてたんだけど。。

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でてきたのは ベーゴマ!!
重たいはずだ。
缶に入った重たいもんが4缶。
ほとんどがさびちゃってるんだけど、それを磨いて、そのさびがまた闘うにはいいらしい。。。

夫は作業ストップ。
月光仮面に力道山、だって〜〜

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あとは書道が得意だった義母の書道関連一式。
夫はさっさと車に積んだ、、やっぱり。

アメリカからのものというと、ベビー用品に、ミートスライサー。。。。
でかいスライサー。。肉を切る事なんてないだろうけど、パンでも切るか。。。。
とりあえず、まだ保留。

父と母が私に買ってくれた当時としては最高級品だったオリベッティの
タイプライター。。
「上にものを乗せるな」と書いてあるのに、重たい段ボール2個の下敷きになってた。。
これもチェックしてから、なんともなければ娘がオークションに出すそうだ。

本類も子供たちのために取っておいた本ばかりだけれど、
カビ臭く、リサイクルにもならないし、廃棄だ。

人からみたら、こんなものを取っておくためにお金かけて、と思われそうだけど、
思い出のためにそれができたんだから、しあわせだったんだと、夫と話した。

倉庫のある場所も今回の地震で液状化が起き、工事をするとのこと。
その前にわたしたちも片付け済ませなくちゃならない。
私たちが契約したころ、一般社員だった人が所長さんになっていて
やっぱり年月を感じた。
所長さん、災害地にも支店があるので、応援に行ってきたそうだが、
道は何もなく、がれきに覆われ、
この重い重いコンテナも流され、タンクローリーも行方不明、社員の車もすべて
流されていて、この世のものとは思えない光景だったそうだ。
ショックを受けたと話されていた。
それと、地震で事務所のトイレも壊れてしまい、簡易トイレが
設置されてたんだけど,1回使って,私は近くにコンビニへ。
私はきっと避難所生活できないかも、、って思った。

また来週、がんばって片付けてくる。

お持ち帰り荷物(家で整理するつもり?)が多過ぎて、玄関に山積みなんだけど、
疲れちゃって、まだ手がつけられない。
早くしなくちゃ。。。。
by ygracia | 2011-06-24 01:53 | 気まぐれなお話

母&交流会

おかあさん、また口がくさ〜〜い!

と帰宅したら娘に嫌われた〜〜

骨折のボルト抜く手術日が歯医者で深い部分の歯石を取る日だったんだけど、
手術入院があっというまに決まっちゃって、結局病院から歯医者にデンワ。

その日から歯医者に行ってない。なかなか。。。通うのもね。。大変で。。。

口臭じゃあ、周りに迷惑だから、また気をつけなくちゃと、、、ほんといろいろ大変だわ、加齢は。

そんな情けないオバさんだけど、レビーの家族を支える会に超久しぶりで参加してきた。

地方からの参加者もあり、お部屋がいっぱい。
限られた時間なので、なかなか全部の方の話を聞く事はできない。
それでもいくつかの話のなかで、参加者それぞれが、自分のところと摺り合わせるのか
うなづいたり、ため息ついたり、ことばは発しないけれど
なんらかの形で自分を納得させていくのだろうと思った。

できればときどきは小さなグループに別れての話でもいいのではないだろうか。
そのときには、スタッフがそれぞれのテーブルに参加してリーダーをするとか、
参加者はもっと気楽に声が出せるかもしれない。
残り時間で事前に集めた質問から医療問題を抜粋し、小阪先生に答えてもらう、、
なんて、勝手なこと考えちゃった。

ま、しがらみもな〜〜んにもない、おしゃべり中心のわれわれおしゃべり会とは
違うから、きっと想像以上に気をつけなければならないことが多いのかもしれない。

それより隣りにすわった、介護士新人たちがかわいくて、
一生懸命書いてるシートを思わず覗き込んじゃった。

新鮮なときこそ、いろんな勉強してもらいたいもんだ。

今日は小阪先生が欠席だったので、新しい話と言えば
新薬説明に大きな有名薬メーカー2社がそろってたもんで、説明があった。
特に目新しくはなかったけど、みなさん一生懸命聞いてた。

遠くから参加された方、ご本人もいっしょに聞いていた。
ご自分で判断されたのかはわからないけれど、
途中から、目尻に湧き上がる涙が、なんだか気になった。
家族は気がついてはいない。(ただ目が疲れただけかも。。)

初めて参加される方は何かを求めてきている。
一人で対応する会長も大変だけれど、その一言でみな、安心するのだろう。
家族が家族同士で支え会える会の形になるにはまだ、時間が必要かもしれないと思った。



そう母のところへも行ってきた。
バナナとぜんざい、マドレーヌとミルクたっぷりのカフェオレも。

そしたら、あんまり甘くないバナナは三分の一、
マドレーヌは一個。
ぜんざいは最初、二口でいらないというから、目の前で私が食べてたら、
食べると言い出し、結局きれいに平らげた。

わかったこと。
確かに「おいしい」ものなら食べてくれる。
中途半端な味だと食べない。

今日の母は「ふつうの」車いすでいいというから、それで廊下に出て行ったら、
スタッフがちょっと驚いた顔してた。
短時間ならだいじょうぶなんだけど。。。

また「半けつ」状態だったから、主任に見せた。。
母にもそのおしりをタッチさせて、「おかあさん、ズボンしっかり直してって言いなさいね」
というと、、、

「あんまり言うんじゃない、こっちにはねかえってくるから」と言った。

びっくりした。
いままでそんなこと言ったことないし。
もしかしたら、いやなことがあって覚えているのかな。
いろいろ考えちゃったけど、とにかくまだもう少し母には頑張ってもらわねば
ならないから、考えない事にした。
私としてはめずらしいことなんだけど。。。

それにしても母の目やにがたまっててがっかり。
濡らしたティッシュでちょちょっと拭くだけできれいになるのに。。

なんだかな〜〜〜〜

で〜〜〜

今日はいろいろ仲間としゃべってきたら、頭が冴えちゃって、眠れないので
ネットをぐるぐる。(実際は食べ過ぎたからかもしれないなあ)

私のブログ仲間はほとんど全員、顔見知りで知り合いで、どこのだれかもわかってて、
この人もこの人もで、知ってるってのは面白い。
で、もっと面白いのは介護の知り合いってのは、結構広いようでせまかったりして、
あるブログに知り合いの人がコメントしてて、そのブログの管理人も
コメントしてる人も私は両方しってるぞ、ってのは知らなかったり、、、ははは。

と、楽しみながら、もうすぐ朝だ。。。って遊んでしまう。
by ygracia | 2011-06-17 03:53 | 母の記録

暑いのだ。。

夫がやっと休薬の週になったのだけど、右腕が痛いというので、
つぼを押してあげたら、私の手が「湯たんぽ」だと言い出した。

そうなんです、私はまるごと熱いんです!

いつもだったら、もう梅雨のころから、エアコンがんがんの私なのに、
今年はあんまり勢い良く使えないから、がまんしてたら、
脂肪が燃焼しはじまったのか(それにしてはやせない〜)
からだが熱くてしようがない。 熱中症か〜〜

窓を全部開けて、風を通したって、暑いもんは暑い。
それに東京どまんなか、空気だって汚れておりますわい。
それでも、窓あけなきゃならんのか、とだんだん腹立ってきまして、
エアコンつけた〜〜〜

猫たちもほっとした顔しとりました〜〜〜

でも、またちょっと罪悪感にて、部屋が冷えた所でOFF。

今日は病院で母の主治医と懇談。
しっかり時間取ってもらいました。
私の話を口をぐっと一文字にして聞いて下さった先生、
母とはおそらく25年くらいのおつきあい。
元気なときの母を良く知っているので、こちらも安心して話せる。

父とは違って、認知症の話ではなく、ガンと、ターミナルのこと。

ほんとに両親から、いろいろ課題を与えられるって、
なんなんだ〜〜と思ったけど、また腹くくってがんばらねばならない。

母の姉「てっちゃん」の娘である、いとこから
「食べたい物があれば言って下さい。送る事ぐらいしか出来ないけど遠慮なしで。
送ったからってなーんも心配せんで良いよ。元気でね。」
とメールがきた。

母の北海道弁を聞いたみたいに、涙があふれてしまった。

母に聞いた。
「てっちゃんに会いにいこうか、飛行機に乗れるかな。」
「乗れるわよ」
と強気の母。
血圧、足、おしものこと、忍耐、どれを取っても母はもう飛行機には乗れない。。

それでも、自分の姉のことを思える母は、幸せなはず。
by ygracia | 2011-06-15 01:52 | 気まぐれなお話

不思議でしかたない

人間は具合が悪くなったら、病院へ行き、薬を処方してもらって、
不具合の調整をして、ときどきその副作用にびっくりしたりもするけど、
まあまあ、調整されて元気にはなれる。

もちろん、私が以前かじった、マクロビでも不具合調整を薬に頼らず
食生活でがんばれるってことも知ってる。

そのほかにもいろんな民間療法や、昔からの漢方や体操や
いろんなことで、不具合は調整できる。

だけどレビー小体型認知症では、この薬が、一挙に廃人になるか、
死期を早めるか、もしくは、劇的に元気になれるか、でもそのあと廃人になってくか。。
ものすごーくデリケートな病気なんだと、みんな知ってるんだろうか。

それと、みんな忘れちゃうのは、その人間自身がもってる身体機能の力だ。
薬に関係する肝臓や、またおおもとの心臓や、肺や、、、脳機能は
コンピューターの不具合だけど、自然の力のほう、、

60才になって、体のそれぞれの機能がやっぱり使ってきたんだなあと
思う事が多くなったけれど、これが70や80やまして90になったら
どうなんだ。。

私は感情型人間で、頭はちっとも良くない(お勉強はできたぞ?)ので
じっくり観察人間だから、人と話していても機転が利かないし、回転も悪いから
なんだか説明できないけどね。。

レビーの板で、聞いた事ない薬がいっぱい使われてるんだと知ったら、
なんだかレビーの人がすごく可哀想で、悲しくて、辛くなってしまった。

何の為の薬なんだ。。

介護者を楽にするための薬なら、もっと本人に優しい薬を使うべきじゃないだろうか。

その薬がどこにどういうふうに作用するかも考えずに、
これを飲んだら、幻視が減ってきたみたい、とかおとなしくなったとか。。
そのあいだにからだもボロボロになっていく。。って考えないのだろうか。

幻視やせん妄が始まり、動きが活発になると、車に乗せてドライブに出るという
妻がいた。。
みんなそうやって、すこしでも穏やかになれる方法を探している。

もちろん現実は大変だとは知っている。

ぜ〜〜んぶ薬をストップして、体を休ませてあげる時だって必要なんじゃないか。
介護者がすこしがまんして。。

でも医者も医者だ。
みんな処方が違ってて、そういうもんだとはわかるけれど、
レビーこそ、医者自身が勉強すべきじゃないかな。
そして、患者さんに理解してもらって、いろいろ試してみるべきじゃないのかな。

安易に薬ださないでほしいな。。

アリセプト10mg投与で、完全に元気になっている人をその最期まで
記録したカルテがあるんだろうか?

そしていちばん許せないのは、悪化すれば「レビーはこういうもんですよ、仕方ないですよ」
と言われて、家族もそうなんだと思い込んでいて、そのまま、永遠の別れとなっていくこと。。

人生は自分のものだ。
レビーの家族を持ったなら、その人生もしっかりその家族のものだと主張しなくちゃ。
薬を飲むのも、止めるのも、質問するのも、自分の自由だ。

嫌な顔する医者がいるなら、医者失格じゃ。

ね、天国のお義父さん、そうだよね。
今いたら、いっしょに考えてもらえたのにと、つくづく思う。
私とすごく気があったから。。。。
by ygracia | 2011-06-12 17:40 | 気まぐれなお話

悩む

母のホームから連絡が入る。

食事を全体で三分の一しか取れていないとのこと。
おちょぼ口にして、ひとくち、ふたくちでもう要らないというって。
家でもいうけど。。
昨日、母のところにいったのに、だれも困っている事伝えてこなかったのに。。

ただし甘いものなら食べるので、朝食はパンにジャムとかピーナツクリームを
挟んで食べているとのこと。
これは家でも同じだけれど。。
だから主食をちょっとジャムをつけたパンなどにしてみたらどうかと提案された。
糖尿病があるから、どうしたものかと言われたけれど、
主治医は、すでに好きな物を食べて良しと指示しているので、
あまり気にしない事にした。

ま、いろいろ試せば食べるはずだけれど、それを事細かに頼めないのが
なかなか難しい。
家だったら、すぐにおじやでもおかゆでもスープでも対応できるが。

母のアルブミン値はとっくに3.0を切ってしまっている。
ガンもあるから悩ましいことなんだけれど、栄養取ればそれはガンが取っちゃうわけで。

おいしいものしか食べない母だし、栄養ゼリーを好んで食べてはくれないし。
エンシュアは飲んでくれるけど。。
糖尿病患者用の栄養剤、高いの準備したのに、一本目にして、まずい!とのこと。
ワンケース廃棄処分となったしなあ〜〜

少し通わなくちゃならないかな。
おいなりやバナナでも持っていってみよう。
甘くして〜〜

父のときに、「命のスープ」の本買ったっけ。
どこにしまっちゃったかな。
探さなくちゃ。。

母はもう薬には頼れないので、食欲不振の改善、どうするか、これまた大変だ。。
ガンの転移かもしれないし、どこか圧迫してるのかもしれないし。
精神的なものもあるかもしれないし、義歯があわないこともあるし。。。

こういうときは、そばにいてもらうほうがずっと楽、って思っちゃった。
by ygracia | 2011-06-12 02:04 | 母の記録

どうしたの?母〜〜

担当主任がヘルプとかで不在の一週間が気になって、母のところへ。

今日は、匂わないと思いながら部屋に入る。
ベランダのサッシが20cmほど開けてあって外の風で
エアコン節約?
夜はちゃんと閉めてくれてるのかな。。心配。

壁側の柵に掴まって、自分で体交していた母。

顔色もまあまあ、元気な方の足は以前よりすこししっかりした感じ、なんでだろう。
だめな右足は、完全に脱力状態、外足になっちゃってるし、細い。
来月の帰宅はやはり介護タクシーを頼まなくちゃと思った。

持っていったクリーミーなプリンというのをあげたら、数口でいらないって。
まずいそうだ。
カルピスをあげたら、まあまあおいしかったらしい。
「いい味」と。
でもすぐいらないって。

おやつを食べたかどうかはわからない、覚えてないっていうので、
もうひとつのゼリーを出してみたら、まずい〜〜とおっしゃる。

娘と食べてみると、プリンはあまり甘くなく、ゼリーはまったく甘くなく、確かにまずかった〜〜

今日の母のトピックは
「いつ退院できるの?」
「・・・・・・来月」

「来週?」
「いや来月」

「来月?何日?」
「10日」(適当に)

「今日何日?」

しつこいぞ〜〜今日は。

「あ〜〜あ、もうねっころがってばっかりで、やになった〜〜」

母が言った!

「起きる練習しないとね」と娘が言うと、
「うん」と言いながら、起きるからそこをどきなさいと、ベッドサイドにすわっていた
娘に言った。

しっかりしてる、今日は。

入れ歯を取りに私が部屋を出たあと、母が言ったそうだ、
「うそばっかり、言ってる〜〜」

要するにゆみこという人はうそつきだと思ってるみたい、、、ま、ほんとだから仕方ない。


そしたら言いましたね、帰り際、「来週来るからね」というと
「うそでしょ〜」

今日の会話を明日は覚えてないとは思うけれど、でもきっと
母の頭のどこかには、「うそをつかれてる」と記憶が残ってるんでしょうね。
うそをつかなくて済むように、できるだけ早く準備しなくちゃとは思ってますが。。

母の爪が伸び放題で、巻き爪になってきていた。
以前はこんなことなかったのになあ〜
母は昔から深く切る人で、爪きりも凝っていて、ドイツ製だのなんだのと
いろいろ持ってた。
だからいつも爪がのびることを気にしていて、でもそれを上手く伝える事はできなかったのか、
言っててもやってくれなかったのか。
「どお?」と聞くと、自分で爪を触ってみて、「だいじょうぶ、ああ良かった」と言った。

施設に行くたびにこういう、なんだか当たり前なことが、なんで、きちんとなされないのかと
思ったけれど、大きな施設ほど人手不足で、もし、私が思うだけの要求を
満たしてもらうとしたら
専任介護士に、専任看護師をつけなければ、できやしない。

大財閥じゃないし、そんなことは到底できませんから、
私の望みも母の希望も叶えるには、結局そばで暮らす事になる〜〜

だってね、オムツにしても爪切りにしても、いろいろ伝えても
帰って来る言葉がわかってしまうっていうのも、なんだか、、つまらん。

今日も母の向いの部屋のおじいさん、母の部屋のドアを閉めた。
どの部屋ものれんがついていて、ドアは解放してあるのだけど、
このおじいさんは、以前いろいろありまして。。

私は部屋からでようとして、ガツンとドアにぶつかっちゃった。
(やられた)と思った。
で、私がまたドア開けて用事を済ませて戻るときに、付いてきました、おじいさん。
で、部屋の前でうろうろ。
私が見てるので、やっぱりあきらめた???

のれんにからまって部屋からでられなくなってる車いすのおばあちゃんも助けた〜
ものすごい可愛いおばあちゃんで、車いすの車の部分と輪の部分を両方掴んで
両足で、一生懸命前にでようとしている。
「だいじょうぶ?ひとりで?」と尋ねると、「だいじょぶよ〜」
「おねえちゃん、ありがとね〜」とにこにこ。

車いすの動かし方くらいちゃんと、教えてあげようよ。。。。

介護士3人、センターステーションにて何やら連絡簿のチェックに余念がない。
あ〜あ。

ま、母、だるさはあるものの、元気。

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いつ退院出来る?


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ピースサインをさせたら、「なんで?こうするの?」と。
説明するのに大変。


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孫娘にプロのマッサージをしてもらって御機嫌。

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なんだか、おかしくて笑ってる


そんな母。。。娘の私は悩みごと一杯なんだけど。。


今日の多摩川、警察隊の救助訓練。
オレンジのボートに、紺とオレンジのかっこいい制服の警察官が
4人のって、練習中。
機動隊のトラックも並んでた。

走る車から、携帯だしてとったつもりが、、(片手運転、すみません)
なんにも見えない〜〜

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by ygracia | 2011-06-11 02:48 | 母の記録