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ほんとにね、人間って。

私はサイクルで、どうにもこうにも介護や認知症ということばから
逃げ出したくなるときがある。

父を見送り、母ひとりを”姥捨て”して、そこから、このサイクルが
始まった。
自分がほんとうは何をしたいのか、人生に何を求めて生きたかったのか
考えたら、若いころに好き勝手してきて、どれを取っても
目標は達成せず、親にも恵まれ、配偶者にも恵まれ、なんとなく
好きなように生きて来れた。

友に言われた。
「ゆみちゃんの人生のまわりには普通じゃないことばかり起きている、
それに輪をかけて、自分で忙しい事探して生きてる」と。

まあね、確かに、普通ではありません。

だけど、なんだか静かに生きてみたいって欲望は多いにあるんだ。
実際はそうじゃないからかもしれないけど。

朝日新聞の収納袋に毎月入って来るスタイルアサヒ。
いつも捨てちゃうのだが、パラパラめくってたら。。。

「もっともっと
  許そうよ
 死は
  そこにある 望」


(在宅の最期は、ゆったりと大木が倒れるような感じと、明け方の突然に
と二つにわかれます。いのちの最期を繰り返して診ていると、わたしたちの
生活のストレスの多くはたいしたことではないと思うのです。いのちに比べたら
そんなことはまあいいかと思ってると楽になります。「許せるかどうか」にかかっています。

四万十川のほとりで内科医をしている小笠原望先生が毎月、見開きで
書いているエッセイ。

「在宅医療をしていると、訪問する往復に、風景に目がゆく。在宅のいのち
とのやりとりそのものが自然で、ひとのいのちも自然のなかのものと、
しだいにおもうようになってきた」

「しんどいときには先のことは考えない。今を最小限のエネルギーで
なんとかするだけでいい」

「幸せの
  ひとつ
 すこうし
  いい加減  望」



[スタイルアサヒ 診療所の窓辺から
        いのちを抱きしめる 四万十川のほとりにて]

いつか本ができるだろうな。
同世代の先生の言葉になんだかほっとさせられた。


というわけで、余ってるマイレージを最大限活用しようと
弾丸トラベラーを実行してきた。

昨日はここにいた。
今年の夏はいっつも同じ格好。
娘にもあきれられる。
好きなTシャツにビルケン、一夏ご苦労さんでした!


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大浦天主堂でお祈りし、すてきなおじいさんにも出会い、
人はいろんな生き方を自分で摸索して、でも静かに生きているって
実感してきた。

いいじゃないですか、人間って。

追記
ネットで小笠原先生のエッセイ読めます。

http://www.asahi.com/health/shinryoujyo/
by ygracia | 2011-09-28 17:29 | 気まぐれなお話

河野先生の空爆

日本認知症ケア学会での河野和彦先生の講演、大成功だったとのこと。
応援に行けなかったことは残念だけど、なぜか安堵した。

ひとりの医師が医師生命かけて、レビー本人とレビー家族を
支えて来た事、これは神様が与えた使命なんだと思った。

私が河野先生の名前を知ったのはまだ父がレビーと診断されていなくて
グラマリールのひどい副作用に驚かされたころだったから
ずいぶん前になる。
そのころからもうすでに先生はレビー治療を発信していた。

人はいろいろな人がいて、相性もあれば、人生のいろんな側面での
接点で、嫌いになったり、憎んだり、好きになったり、生涯の友に
なったり、いろんなことが起きる。

人づてに聞いた事で、今の放射能の風評問題のように広がって
胡散臭い人だと思われる事だってある。

でもそういうことを超えて医師として、身体なげうって診療している
ことは誰にも責める事は出来ないはずだ。

それなのに、医師や学会の世界ってどうなんだ、っていいたくなる。

意見が違って当たり前で、研究結果が異なって当たり前なら、
なぜそこを論議して、患者と家族のために良い方向を摸索してくれないんだろうか。

レビー小体型認知症研究会があるなら、そこからどうして、治療への
明るい報告が生まれてこないんだろうか。

厚生労働省の委員会ではどんなことが話されているんだろうか。

ひとつの医療方法に偏る必要はないけれど、せめて、レビーの患者を
苦しめ、殺すようなことになる治療だけは、もうやめてほしい。

父が亡くなってもう5年。
レビーが早期発見されるようになったのに、あちこちで苦しむ患者の数は
減らない。
混乱し、あきらめる家族の数は増える一方だ。

将来、レビー小体型認知症が治せる時代が来ると信じて、
とにかく、今苦しんでいる患者と家族をみんなで支えてほしい。

日本認知症ケア学会に参加し、河野先生の講演を聞いた
1000人以上の人々の心に
きっと大きな希望が生まれたと信じたい。

レビーを知らなかった人々も今からぜひ勉強してもらいたい。

今、レビーの治療に興味のある医師たちで、ぜひ討論会や
研究会を開いていってほしい。
体制や派閥等に負けないで欲しい。

河野先生、お疲れさまでした。
まだまだ続きます、がんばってください。

私は明日は空の上から日本をながめてくる。
by ygracia | 2011-09-26 23:37 | 気まぐれなお話

認知症ケア専門士

今日と明日、横浜で日本認知症ケア学会が開かれている。

私も行く予定だったが、体調、気力ともダウンしていて
断念した。

レビーに関しても、河野先生の講演(25日9時から第2エリア会議センター)
はもちろん、いくつか大きな流れがあることだろう。

気力が伴わない私はどうしようもない。

認知症ケア専門士という肩書きをこのごろよく見るようになった。
国家資格ではないけれど、
ケアマネさんからもらう名刺に結構書かれている。

東京都ではやっぱり世田谷区がダントツで専門士が多い。
行政できっと勧めているんだろう。

杉並区も多い。
やはり積極的な活動がある区が多いわけだ。

品川区というと、ま〜少ない。
在宅認知症ケア連絡会の方たちの名前がほとんど。

私も認知症コーディネーターっていうのをどこかで見て、
そういう資格ってないのかなあって思ってたけど、
ほとんどは、ヘルパー何年とか介護士取得、職歴何年という条件が
あり、いまからヘルパーにはなれないし、そのヘルパーも
なくなるだろうし。

そんな中、資格は問わない認知症ライフパートナーを受けたけど、
これも毎年の更新料がかかる。
また応用検定はやはり専門的なので、研修受けないと
一般介護家族にはちょっと難しい。

介護経験だけではな〜〜んにもできないわけだ。

世の中、資格がないと、一丁前に意見も言えないってわけか。。。。

介護家族が勝負できること、それは精一杯のまごごろと、愛だわさ〜〜〜〜

それでも社会にはなかなか通じない。。。。
by ygracia | 2011-09-24 18:48 | 気まぐれなお話

台風とインナーマッスル

まあ、台風、駆け足で首都圏通り過ぎましたね。
台風というとなぜか血が騒ぐ私。
災害が心配な区域の方には申し訳ないけれど。

娘が3時過ぎにリハビリの予約があったので、2時過ぎに
出掛けて、数分でずぶぬれで戻って来た。
風にあおられて、近くのファミリーレストランの駐車場に
運ばれちゃった〜〜歩くのは無理、と。
それで、私も低気圧のせいで、激痛が走っている左脚を
かばいながら、車で送ろうと玄関ドアを
あけたら、、ドアあかない。
グッと押し開けてみるとそとは真っ白。
雨と風で前がみえない。

結局、娘もリハビリはあきらめた。
その後電車も止まったから行かなくて良かった。

3時から6時すぎまで暴風雨。
雨はときおり小ぶりになったりやんだりで風はすごい。

庭の沈丁花が倒れてクロママの家の前をふさいだので、
風のなか娘とふたりがかりで
ひもで塀にしばりつけた。
突然突風、たぶんこれが最大風速だったのかと思うけど
この重〜〜い私が60cmほど飛ばされたア〜〜
娘は沈丁花に掴まってた〜

7時半にはもう静かだった。
10時ころ郵便局のポストへ行こうとでると、そとは帰宅難民?が歩いて帰宅中。
近くのパン屋さんの看板部分のモルタルが落ちて、警察がきて
片付け中。
はっと気がついて、私はいつものごとく、もう人気がないと思って
頭のてっぺんにゴムしばり、シマシマパンツにシマシマシャツに
おっそろしい格好だった。
しまった。
おまわりさんとしっかり鉢合わせ。
どうしようもありません。。。

台風の来る前から骨折した足にとつぜん激痛が走り出した。
もらってある神経痛の薬を飲んでも、ロキソニン飲んでも
治まらず、そのうち、肩こりと頭痛が始まり、
もうひどい目にあった。
やっと今日治まって来たところ。

8月から始めたピラティスが、私にとてもあってたらしく、
筋力が変わった。
まずお腹がしっかりしてきたことで、肩の位置がかわり、姿勢が
よくなり、足が軽くなった。
階段がものすごく楽。
重い荷物も平気で持てるようになった。
ただこのことで、いままで左足をかばって歩いてた筋肉の動きが
正しい位置に引き戻されるので左足は、またすこし不便になった。
それでもほか部分の筋力があっぷすればかなり改善される。
インナーマッスルを鍛えるピラティス。
体重減少までにはいたってないけれど、お腹と背中の筋肉痛が
嬉しいこのごろ。
しっかり筋肉使って生活してる。

だけど、足の神経痛はどうも筋力とは関係ないらしい。
低気圧が去ったら、治るだろう。。

そんなで母のところに行けてない。
母は固定ベルトもなくなり(骨はくっついていない)
通院ももういいそうだ。
痛みがでたら、また、とのこと。
そんなの初めてだ。

食事は相変わらず、食べない。。。

私の頭のなかも優先順位がぐちゃぐちゃだ。
by ygracia | 2011-09-22 13:33 | 気まぐれなお話

宇宙から

NHK見続けちゃって、頭も目も疲れちゃった〜〜

部屋の電気を消してみたら、すごい迫力。

映画みたいと思いながらもLIVEなのですね。。

古川宇宙飛行士、ほんとにお疲れさまでした。
子供たち、きっと宇宙に興味持った子たくさんでただろうなあ。

でも、昔々に勉強したであろう、月や太陽や、惑星や、、
忘れちゃってるからね、
え、流れ星ってなんだっけ、どうして起きるんだっけとか
オーロラ、え==と、なんて考えて、
スプライト?知らんがなあ、、へえ===

で、頭使ったのなんのって、疲れた、ほんとに。
すっかりのめりこんで見てた、みたい。

今夜は昔、子どもたちに買った高〜〜い百科事典の「宇宙」って
いうのを読んでみようかな〜〜〜

サハラ砂漠も広かったね〜〜
雲ひとつない。

戦争しているところも見えちゃうんだろうか。。。

宇宙からみたら、人間なんでアリよりも小さいのか。。。

命大事に、生きれるだけ、毎日しっかり楽しもう、、かなあ。
by ygracia | 2011-09-18 22:49 | 気まぐれなお話

神様の贈り物

なんだか映画のタイトルみたいになっちゃった。

昨日、4年ぶりで帰国した友に会えた。
2年前に声聞いてるけど、顔見れて安心した。

ついでにずっと御無沙汰してた仲良しとも再会。
目と鼻の先に住んでるのに、会わないって何なんだろう。
それでも会えば、昨日も一緒だったような気分。

とにかくこの繋がりは何とも言えない繋がりで、
絆ということばも違うし、
生の絆っていうのか、よくわからない。

異国の地でさらけ出し合った心のつながりというのだろうか。

何年会わなくても変わらない。
まだおとなになっていない?私を知ってるというかなんというか。

ついこの間ブログに紹介したjoyのママだ。

この2年の間に病気をして、大変だったし、今も体調は万全では
ないけれど、会えた。
良かった。

ちょっと前に偶然にjoyを見つけて、そしたらすぐに神様がママのほうを日本に
送ってくれた。

たったの数時間だったけど、話は尽きず、スペインの現在の政治の
話までになっちゃった。
日本と変わりないって。
人材はいなんだそうな。
あちこち汚職もあれば、失態ばかりなのに、議員は変わらず。
経済も最悪だそうだ。

世界中そうなんだねえ。

目の前にいる友ふたり、いつもの光景で当たり前なようなのに、
考えてみたら、ほんとに、「神様の贈り物」のように思えた。

さ〜〜て、夫さんに夕食作らなくちゃ〜
今日のベランダ収穫のとうがらし(今年は豊作すぎて〜)で
ペペロンチーノでいいや〜〜〜
あれ、夫さんのからだに良くないかな、ま、いいか。
by ygracia | 2011-09-17 18:28 | 気まぐれなお話

認知症予防と新大久保

今日は、レビーを知らしめるために活動してきたんで、頭が起きてて
眠れないから、ブログあっぷすることにした。

介護の世界もいろんなアプローチがあって、仕事のほかに、
認知症を取り巻く社会を少しでも良く変えて行こうと真摯に
考える人たちがいることを、すてきだと思った。
もちろん、会社にいれば、そんなこと考える暇もなく仕事に追われ、
お家に帰れば、お父さんでお母さんで、だろうに、明日の仕事も
あることだろうに、認知症のお話に花を咲かす。

今日もすてきな若い人達に会えて、自分も年齢忘れたり、
ふっとお母さん気分になったり、でも自分の認知症予防の
ためにはいいことで、楽しく過ごして来た。
ゆるりんも配って来たし、レビーの連呼もしてきた、イェーイ。

て、真面目な一日もあれば、私の日々は華やか?なので、
新大久保デビューのお話を。

あこがれの新大久保、行って来たぁ〜〜〜

12時に待ち合わせが間違えて11時20分にはついてしまい、
駅前はおばちゃんもいれば、若い女性もいっぱいで。。。。
暑くてたまらなし、ちょっと歩いたら、変なおじさんに思いっきり
肘で、胸にぶつかられたし、ぜったい、ねらってた(そんなわけないか〜)
で、マックに避難した所、ま〜〜〜おばちゃんのオンパレード。
どの人も待ち合わせ。

「あそこのサムゲタンが最高よ、やっぱり」(どこどこ?)
「だからね、あっちなら、ちゃんとそろってるのよ」(何が?)
耳がダンボになりそうだった。

お店は、あまりにもありすぎて、調べるのに疲れてた時
パタちゃんが「おんどる」と「アイスべリー」を教えてくれたもんだから、
もうすぐ、ホームページを見て、電話。
「おんどる2号店」に予約しておいた。
12時半の予約だったから、まだちょっと早いよねなどと言いながらお店の前を
通るとものすごい列。
で、少し先までブラブラして韓国市場?の店をのぞき、
またブラブラというより、ほとんど列をなして歩いてるんだけど。。
若い女性やおばちゃんたちが。。。
竹下通り状態。

平日なのに、なんで〜〜〜と何回もびっくり。

娘がホットク買って来てというので、それも気になってたら、
横丁からホットク食べながらでてきた若い子たち〜〜〜
調べる時間もなく、おんどる2号店へUターン。

ほんの10分早かったけど、テーブルあいてません!
列もすごい。
となりのおばちゃんが、さっきはもっとすごかったのよぉ〜と。
私たちが予約だと聞くと、おばちゃんはものすごくがっかりした。
「私も予約にすればよかったあ」って。
やっと空いたので、すわって。
ところが来ませんよ。だれも。
やっとjun君がやってきましたけど、このjun君働かないので
店長らしき、ほんとに気のきく、素早い女性に
「ジュニヤ!オットケなんとかなんとか」
(何やってるの、こちらお皿がないじゃないの!)(たぶん)
と何度も怒られてた〜

ま〜〜食べた食べた。
おしゃべりなんかする暇なかったね。
料理名を覚えるまもなく、お肉にトッポキにチジミにetc.
ま、典型的なもんばかりですが、最後にチゲで締めにして
というか、jun君がびっくりしておった〜

それでひとりたったの2000円ですよ。
もういらんというくらい食べたのに〜〜
おいしかった〜

それから、まだパッピンスがあるから、腹ごなしをしなくてはと
いうことで、おみやげのホットク探しの旅にでることにした。

ブラブラして、人がぞろぞろ入る道を歩いてったら、なんだか歌舞伎町のほうへ
いっちゃいそうだから、右へ。。
そしたら、明るいけど、ホテルストリート????

それでもぐるぐる歩いてたら、見つけた、ホットク!

熱々のホットクぶら下げて、今度はアイスべリーへ。

はい、並びました。

階段に一列で。

ときどき上の階の会社の人や住人が、「上行きま〜す」と慣れたように
通って行く。

待った待った。

店内の待ち人がいなくなったからと、店内に入った友、
外でお待ち下さいと、追い出されちゃった。
韓国式かと、大笑い。
2席あいても次の客が4人だと、空くまで待たされることが判明。
どこまでも順番です、ってか〜〜

あんまり暑くてまいっちゃうけど、パッピンスで冷えるだろう〜〜と
待ってた。

パパパと注文して、席について、あんまり暑かったから
そそくさと食べてしまい、まぜちゃってからの写真がこれ。
おもいっきり混ぜてくださいとはいえ、飲めちゃう状態は
つまんないから、私は途中までふつうに食べた。

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お隣で長居していたおばちゃんグル−プはキングサイズをみんなでつついてた〜
すごい大きさ。
そこでもっとすごいの、買って来たキンパッ(のり巻き)を出して
ちゃちゃっと食べちゃってた〜〜恐〜〜

五味子茶を飲んだ事ないっていうから、頼んでみたら、
ちっともおいしくなかった、うすい???
確かローズヒップのような爽やかさがあったと
思うんだけど、これはブドウジュースを薄めたみたいだった〜

韓国市場でマッコリとコチュジャンと米粉ともち菓子と
アホみたいだけど、テイスターチョイスのコーヒーを買って
重〜〜い荷物を持ってかえってきた。
ホットクも〜〜つぶさないように。

韓流百貨店も人人人。
知らないK-POPのグッズがどっさり。
友達は新聞買ってた。

ビラ配りの韓国なまりのお兄ちゃんたち、美男?にはどこか
足りないけど美男?みたいな。。

コスメ店も大にぎわい。

アイスべリーの下の韓流グッズの店で
やっとソ・ジソブの遠くをみるような目をハッケンして、ちょっとほっとした〜


夜、テレビで京本政樹や柳沢慎吾や河本が新大久保紹介してて、
わ〜ここ通って来たわ〜と楽しかった。
テレビに出た店は高くてびっくり。
でも昼間はそこも行列だったけどね。

老いも若きも、女性ばっかりですけど、なんだか不思議な新大久保だった〜〜


おまけ、これがパッピンス

このmaanguchiさんはyoutubeベストに選ばれていて、
世界から選ばれたその仲間たちにパッピンスをごちそうしている。


by ygracia | 2011-09-16 03:00 | 気まぐれなお話

なんとなく

2000年に家族で思い出の地を訪れた。

なんどとなく行ったことのあった、ワールドトレードセンターにも
こどもたちを連れて行った。
朝早く、コーヒー片手にエレベーターに乗って行く人々も見た。
愛想のいいガードマンとも話した。

私の仲良しのお父さんがワールドトレードセンターの内装を手がけたと
いつも自慢していたし、その残りだとかいう(ほんとかどうかは知らない)
マーブルの板をいっぱいもらって、その上でパンやパイの生地を練った。

こどもたちと見た朝のトレードセンター、
ちょうど一年後に消えた。。。

あの9.11から10年




別の角度から














「I miss you,daddy」というremixはあまりにも悲しくて。。
お父さんを無くしたひとりのこどもの10年間のお父さんへの話しかけ。。

今日はほんとは新大久保コリアンタウンの報告しようと思ってたけど、
そういう気分じゃなくなったので、また明日。
by ygracia | 2011-09-13 22:15 | 気まぐれなお話

お祭り

十数年ぶりでお祭りに行った。

うちの町会の盆踊りの場所を越え、次と次の町会の集会所や
盆踊りを超えて、終点が神社。

おかぐらも始まっているし、ものすごい人。
小さい神社なんだけど。

感心するのは、やってくる人みんな、中央のお参りの列にきちんとならび、
鈴をならしてから、屋台へと流れる。

子供が小さいときはそれにならっていたけれど、今日はいいわあ、
私宗教違うしと、勝手にパス。

子供より、中学生以上がやたらと多い。
金魚すくいもなくなってたし、遊びものはスーパーボールと
射的くらい。
規模が小さくなってるのかなあ。

それでも暑さのなか、次々と人がやってくる。

稲毛の浅間神社のお祭りが懐かしい。
毎年通ってたら、てきやのおばちゃんと顔見知りになっちゃったり。
カメをおまけしてもらったり、
やどかりいっぱい買って来たり、、
お人形さんの小物とか、ままごととか、昔ながらの出店が
いっぱいあったっけ。

昨日は目黒の大鳥神社の脇を通ったら、ガードレールにそって、屋台が
並んでいた。
今まで、こんなに大きかったっけと、思った。

今日も神社までの道のり、なぜか昔より祭りらしい雰囲気が
強くなってた。
おしゃれなマンションにも、薄明かりの祭り提灯がかざられ、
角角で、町会の盆踊り。
それも目につきやすい。

震災のあとで、みんな何かが変わったんだろうか。

上手いという、東京やきそば、ボリュームお好み焼き(列が長くて、私も
鉄板の暑さにやられながら、順番待っちゃった〜)
鳥焼き?など買いこんで、帰宅。

どれも500円だけど、内容、量、味ともに合格!
美味しかったあ〜

28才の娘、店の小学生とじゃんけんして、勝ったのでチョコバナナ2本ゲット。
なんだかね〜〜


スーパーボールすくいに夢中になる男の子を見て、
こどもたちの小さい頃を思い出した。

携帯もデジカメも忘れて、写真なし。
撮りたかったなあ〜〜
by ygracia | 2011-09-12 01:44 | 気まぐれなお話

介護と経験

「経験しないとわからない」ということばは良く聞かれる。

でも私はこのことばをふりかざしたことは一度もないんだけど、
介護家族と見なされると、だれもが、
「経験しないとわからないと言われると、話し合いにならない」
だから、経験から考えないほうがいいと言い出す。
経験には発展がないのだろうか。

どうも、私や介護家族が経験している、「通じ合うもの」を理解できない
非経験者は、コンプレックスと介護家族への偏見で、構えちゃうのだろうか。

そしたら、私だって介護職の経験なければ、認知症の専門分野での勉強もしたことないから
非経験者で、何にも知らない。

でも「聞く耳」だけは人一倍持ってる。
考える「こころ」だけは人二倍くらい持ってると思ってる。

でもね、本音で言っちゃえば、在宅介護の壮絶さを、親を殺してしまいたいほどに
人を狂わせる生活(または殺してしまおうとした)、
こころが壊れるほど人を世話するっていうことを、
誰がわかるって言うんだろうって思う。
だから、それを知ってる人たちに会えば、お互い、やっぱりねえ、経験したもんじゃ
なければ、わからないよねえって、、思っちゃう。。んだ。

訴えることって何だろう。

「私は認知症です。
病気です。
でも普通に人並みに生きたいんです。
私をばかにしないでください。
私にも人生があるんです。」

私は父の代弁者だっただろうか。
そうじゃないなあ。
私は父がりっぱな人生を送って来て、それが「認知症」ということで
消されて行くことが許せなかっただけ。

だけど、考えてみると、私がイライラしなくても
父を支えてくれた人たちは、みな父を尊敬していた。

認知症になっても父は、父であり、母は母である。
その人生はだれにも汚されることはない。

叫ばなくても訴えなくても人として、その人らしく
静かに人生をまっとうしていく人々がほとんどなのだ。
がんであっても、認知症であっても。。。

なんかね、、認知症の世界を語る前に、
「生きること」って何なのか考えたほうがいいのかも。

といいつつ、おいしいもの食べて、今日に感謝して、
また明日命があれば、精一杯一日楽しまなくちゃと
思ってる私なので、、、、

9月9日は重陽の節句。
私のお誕生日。

母は壁に顔つけて、食事拒否中だったけど、
私の努力でなんとか、食べさせた。

飲み込みやすいけど、かめるほうがいいと、母が言う。
今はミキサー食。


命をかけて生んでくれた母がまだ元気なことに感謝しつつ、乾杯。
by ygracia | 2011-09-10 01:52 | 気まぐれなお話