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人の痛み

「人の痛み」を解れと良く言われるけれど、実際のところ、
経験してなければ、想像でしかないわけだ。

キリキリ痛いのか、シクシク痛いのか、ズキズキ痛いのか、グーンと痛いのか。。。。

私も骨折、手術して、母がこんなことに耐えてきたのかと初めて分かった。
足を切ってくれって、本気で思うくらい、術後はひどい痛みに襲われた。
どこまで堪えればいいのかわからなくて、気が遠くなった。ほんとに。
お産の痛みのほうがずっと堪えられるって思ったくらい。
もう、骨は折りたくない。

というわけで、今の母の痛みがわからないから、悲しい。

昨日の咽せ事件は幸いになんともなかったけど、一晩中不安だった。
声がかわってれば、何か誤嚥している可能性もあるというから、
鼻声になった母にびっくりして、恐かった。
また、咽せたときに背中をたたくのも良くないそうで、まいった〜

今日の母は便がたまってきたせいなのか、癌の痛みなのか
わからないが、今朝から機嫌も悪く、朝食もちょっと食べて、あとはしかめつら。

便が出ていないので、レシカルボンを入れてみたのだか、
申し訳け程度の結果。
で、いちじくもしてみたけど、これまた申し訳け程度。

だらだらと一日中、不機嫌を引き起こしてしまった。。便対策しなけりゃ良かった。。

おしりも痔があって痛そうだから、ボラギノールをいれる事に。
母にも言うと「うん、わかった」と言った。
炎症は取れるから、本人は良かったらしい。

午後になって、どうにもこうにも疲れ果てた、私、
微熱もあって、そのまま、ベッドへ。
夕方まで寝てしまった。

母はぐたぐたしてたらしい。

痛いのかって聞いても、痛くない。
その数秒後には、う〜〜ん、う〜〜んと唸る。

一応痛み止めはもらってるので、飲んでもらったけど、30分経っても
寝ない。

なんだろうね。。

命をまるごと預かることは、覚悟してても、やっぱり難しい。


今日は大好きなオートミールも、生クリーム浮かせたココアも
ちっとも喜ばなかった母だった〜〜
by ygracia | 2011-11-30 02:12 | 母の記録 | Comments(2)

気を抜けば

今日は朝一の訪問診療だったので、急いで母も朝食。
その後ケアマネさんと計画書のことやらなにやら話し込み、
終了してから、母に、お昼ごはん食べる?と聞いた。

これが大間違いだった。
母は今、おおよそ、日に2回の食事でちょうどいいことが
わかってきて、ほんとうにお腹がすいたところで食事と
いうことで、落ち着いて来たところだった。

それが何となく、私自身がお腹すきすぎてて、母も空いただろうって
思い込んだのがいけなかった。
今日は私の腰もあやしいので、ベッドをギャッジアップして
覚醒した様子の母に昼食のスプーンを渡した。

なんだかもしかしたら、と思いつつも、どんどん食べる母を
見て、お腹空いてるんだと思い込んだ。
口もゆすいで、では、しばらくそのままの姿勢で休んでもらおうと。。

そうだ、お茶飲んでないわ。。

とすこし覚ましたお茶を母の顔をみずに渡した。

口をすぼめて飲もうとした瞬間、お茶が大量に口の中で、
ゲホ、グッ

瞬間でからだを起こして(ギャッジアップをしてあったけど)
背中を軽くたたく、母、グッとなったまんま、息してないみたいな。。。。

水はでたけど、何が起きたかわからず、、私もパニック。

とにかくすわってもらおうと、足をベッドからおろしで、ベッドサイドに
座らせる。
母、放心状態。

しばらく休んで、またベッドへ。。。

大丈夫と言う母、だけど、ものすごく心配。
肺炎起こさないかな。。

母は咽せないからまだ、平気という油断から、
慣れもあって、何気なく渡したお茶。

たぶん、母は昼食時も完全に覚醒してなかったのだろう。

眠いときは、寝てもらおう。
からだにあわせて、生活してもらおう〜〜〜

どっと疲れてしまった。。


レディーガガ、何でも歌えちゃう〜〜すごいね〜


by ygracia | 2011-11-28 17:08 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

看取るということ

先日、友人が知らせて来たブログを読んだら、胃ろう(経管栄養等)の
ガイドラインや現状など個人の意見もあわせての記事だった。

その中のコメント欄には介護のプロのコメントに混ざって、介護家族のコメントも
入っていた。
記事自体は、私も参加した老年医学会で「食べられなくなったらどうしますか?」
で発表され、ガイドラインとなったことの内容だったので、特に過激なわけでもなく、
それぞれが考えるべき問題だという提案であったのだが、なぜか
胃ろうにして、良かったという家族の一意見に、記事を書いた人は激怒していた。
そして、自然死議論に蓋をした、終末期ケアの議論をタブー視させるとして
「断固闘う」と結んであった。
今、大事な人と過ごしている介護家族と闘うのか。。。。と思っちゃった。。

胃ろうを選択した場合も、選択しなかった場合でも、家族は
少なからず、不安を押し隠して過ごして行く。
そんなときに、たとえ提案であったとしても、少しでも「良くない」
自分なら選ばないと、言われたら、家族は、どうしても、言いたくなる。
「幸せな時間」は得られたのだと。

端から見たら、食べられなくなったら「かわいそう」と
そこまでして生かすなんて、と言う人だっている。
だが、家族にしたら、目の前の「笑顔」や「冗談」や
たわいもない、小さなことを一緒に感じ取れることに大きな
喜びを感じる。
そんな時間も生まれるのだと、言いたいだけなのだ。

そういう、なんということない、ふつうの介護家族に
「断固闘う」って何なのだろう。
そんな相手ではないというのに。


専門家たちが、自分たちの目標として掲げて、お仕事の質を高め
より良い高齢者支援世界を作って行こうというのは、
理解するのだが、これが時に、家族を大きく斬りつけることを
専門家たちはあまりわかっていない。

本人を良く見て、理解して、ご家族の意見を取り入れてと言いながら、
家族の戸惑いを見抜けない、専門家があまりにも多過ぎる。
介護家族の心理を見抜けるのかなあ。

ホームで食事を取らなかった母、家では食事を取るようになった。
何の変哲もない、おじやや、野菜やチーズを入れた卵焼きや、
なんでも食べてくれる。
そんなとき、ホームで出来る事の限界を思い知らされた。
食事の形態を変えることはできても、母が食べられる物を
その場で作ってもらう事はできなかった。
入れ歯の固定剤も、ホーム側としては手間が増えるし
勧められることもなかっった。
食べられそうなものをお願いしても買ってくれるのは数えるほどだった。
共同生活だからしかたのないことなのだけれど。

こういう小さな事が積み重なり、食事が取れなくなれば、
胃ろうも家族の前に突きつけられる。

父のときも、専門家に突きつけられたことばには私も傷ついた。
「レビ−っていったって、死ぬときはレビーで死ぬ訳じゃない」
「なんで早く胃ろうにしなかったんだ」
「こんなんじゃどこも受け入れてくれない」

「胃ろう」という言葉は知っていたけれど、
突然選択を迫られて、動揺もした。
多くの家族が、未だに、同じことを繰り返している。

胃ろうになる前にすべきこと、できることを
しっかりリードしてくれる専門チームが必要なのだ。
家族は専門家ではなく、何も知らない、のだから。

「胃ろう」を選択する是非ではなく、正しく理解し、
正しく選択できるように、基盤を整えることは必要だ。
そのための議論ももちろん必要になる。

家族の死を見つめる、その家族は嫌でも考えさせられる、
人間って、
「どう生きるのか、どんな死を迎えるのか」

そして、自分はどんなふうに老いたいか、死にたいか。

最期の一呼吸を見つめるとき、それぞれがいろんなことを考えるわけだ。



父の末弟、私の叔父は、身寄りのいない人として、
ホームに住んでいた。
亡くなってから、市と施設の方が所持品から父の名前を見つけて
連絡してきた。
父と私と二人で葬儀をした。
棺の中の叔父の顔は父とそっくりで、父と私が居る事を
喜んでいるような笑顔だった。
施設の方が、「岡村さんは、ほんとうにダンディで
品のある方でした。」
と言った。
叔父のお骨を抱いて、電車に乗って帰ってきたのだが、
父も嬉しそうだった。

最期のときは叔父はひとりではあったけれど、
ちゃんと家族に看取られたのだと思った。


人の死もみな違う。
マニュアルがあるから、請負えることでもない。
死に間際に、「死にたくない」って叫ぶかも知れない人。
「ありがとう」とかっこ良く、去る人。
老人の死は、たいがい静かなんだろうけれど、
施設の若い職員たちが、慣れてしまうこともなんだかいやだ。

看取りの仕方を決める前に、自分を知り、自分を養うことのほうが
大事かもって思う。

各個人から生まれる、本人と家族への思いやり。
できることが何なのかを考える力をそれぞれが養うことのほうが大切かも。
それをしながらみんなで考えようよ。

闘うことなんて必要ない。
生きることを死ぬことを平和に考えてほしいなあ。



私も今また、新たな心境の変化を迎えた。

母の認知症を悩むのではなく、母のからだを気遣うことの方が大事だと言うことを。

怠さは痛みに変わりつつある。

うちには、同じ病気の人がもうひとりいるから、
複雑ではあるけれど、いつものように
「今」しかないので、「今」のこのときを
どれだけ素敵に過ごせるかだけを考えていきたい。

と人間で手一杯のところに
ジュリちゃん、体調不良。
夕飯支度の包丁を置いて、すぐに病院へ。
早期発見?で注射で済んだ。

寒風のなか、外猫たちの世話してたら、夫が言った。
「めんどうみる人?多くて大変だねえ」って。

猫も人間も同じって思ってるのは、私だけ。。。。内緒。。
by ygracia | 2011-11-26 01:20 | 気まぐれなお話 | Comments(0)

帰宅一ケ月

ターミナル?のつもりで覚悟してたら、う〜〜ん。

何とも言えないけれど、母は眠れる皇太后。
起きれば女王陛下。

「お湯加減いかかがですか?」とO君。
「熱い!」
「うめますね、いかがですか?」
「熱い!」

「では帰ります」
「うん(帰って宜しいという態度)」

返事も渋くて、女王陛下ですねと言われてる。

リクライニングを起こすと、目がさめ、朝食を召上がり。

なんやかやと闘って、約1時間は起こしておいて、
ベッドにお戻りになった瞬間、眠る。

お昼ご飯も眠いから、いらないということが多い。

夕方、なんとなくお目覚めで、お腹がすいたというので、
いつもの栄養オートミール。
これだけは、喜んでしっかり食べる。
朝に、いろいろ野菜など煮込んだおじやなどを食べてもらうから
ま、いいか。
今日はチーズも一切れ食べたし、だいじょうぶだ。

「いつものオートミール」というと満面の笑み。

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母の専属介護士、らんらん。
もうすっかり、ベテラン。

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つぶされてもがまん。
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顔つきまでしっかりしたらんらん。

看護師さん、訪問医、事務局さんにも抱っこされて認められ、ますます
自信がついて、りっぱな介護士となってます〜〜


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おっと、猫ブログになっちゃいそう〜〜


私は、宇宙遊泳状態。
by ygracia | 2011-11-21 18:38 | 母の記録 | Comments(6)

眠り姫

眠る理由は何なのか。

脳梗塞でもなかく、夜も昼も眠る。

「かまとばあちゃん」のことも思い出すけど、
かまとばあちゃんは歌をうたって起きてたけど、母は特になし。

薬剤の影響はなし。

でも眠る。

眠り姫というより、眠りオマママ〜〜だ。

ご飯をいらないというので、いじわるして?チューブになるのよ〜
って言ってみたら、ご飯がいいとおっしゃった。

で、食べ終わって、デザートの一口羊羹もいだだいて、
お口もきれいにして、パジャマに着替えてもらったら、
おっしゃった。

「ご飯、食べてない」


これがまさに、アルツ?

父にはこういうことなかったのだ。

まだ歩き回っていたレビーのころも、なかったなあ。

スペインからまた友が来た。
お母さんが亡くなった。
到着のその日の朝になくなったという。
待ってて欲しかったって。
もうすぐ90才ということだった。

母も人生最後の時間を過ごしているわけだ。

毎日、人が入るようになって、ちとお疲れの私。

やっと、日曜までゆっくりできると思ったら、明日は浄水器の交換日だそうで。。。
また人が入る。

たいした事ないんだけど、なんだか人疲れしている私。。。

母の世話の順番を、いろいろ変えてみて、すこしでも
楽な方法をと考えているんだけど、ご本人が変化するので、
ちっともリズムが作れない。

ま、母の介護人としては、状況に合わせて働くしかないってことか〜〜〜

今も闘い中。

食後すぐに寝かせられないので、カラダは起こしてる。
でもご本人はうつらうつら。
こういうときって、胃も動いてないんだよね。。
ためしてガッテンでやってたもんね。

さ〜そろそろ横になってもらいますかあ。


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by ygracia | 2011-11-10 19:44 | 母の記録 | Comments(4)

私の目標

母はほとんど寝ている。

眠いと言ったら、眠いので、起こせば起きるか、っていうと
無理に起こせば、やばい!ことになる。

普通だったら、デイに行きましょう、できるかぎり起こして起きましょう、
なあんて、プログラムを考えるんだけど、今の母には必要ない。

で、寝ている間に、家族のスペースの掃除やら、ナンやら。
母の洗濯物もはんぱじゃないし。。
家族は自分のものは自分で洗おうってことで、私のものはって
いうと母優先して溜まって行って。。あ〜〜。。

それでも一気に掃除機かけて、階段ふいてって。

の・び・た

母、夜中にだるくて唸る。
癌のせいらしい。

猫のらんらんが母を心配する。

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母の背中を支える。

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朝はなんとか起こして朝食はしっかり食べるけど、
その後は曝睡。

訪看さんが、日赤の後輩だと伝えると突然、シャキーンと
なって
「どこ? 旭川?」
「埼玉です」って訪看さんが答えると
「そお」
「よろしくお願いします!」
(うん)とうなずく母。

と言って、また寝た。

日赤の先輩後輩ってすごいというけど、母もシャキーン、
訪看さんもシャキーン、だった。

昼食は
「眠いからいらない!」

いらないものはいらない母なので、あきらめ。

夕飯もいらないと行ったけど、今日一日寝てたから
ご飯食べてないよというと、
「じゃあ、食べようか」

娘が作った欧風のオートミールのエネルギー食、
オートミール、豆乳、バター、砂糖、シナモンと日本人は
あんまり好きじゃないかもしれないものを
出してみたら、この通り。。パクパク。

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みんなに怒られそうな体勢だけど、母がいいと言えばいいので、
このまま。

母にはだれも逆らえない〜〜〜〜

父のときはベッドサイドに付きっきりだったけど、
今はベッドから離れて、ルーティ−ンをこなす私。

朝の母は、どうやら、私をホームの職員だと思っているみたい。
握手を求めるので、一応握手。

そうそう、訪問診療も訪問薬剤師も訪問看護もスムーズで
文句無し。

お薬も大量だったのを、血液検査後、見直ししてくれて
ほんとうに必要な物だけになった。

母の唸る原因は癌にあるのかもしれないけれど、
それが続くなら軽い痛みどめを常用してもいいということになった。

それも私の観察しだい。

母に「眠れる薬飲む?」と聞いてみたら
「今日はいらない」と言うので、いらないんだろうなあと。。。

撤退する私。

ルーティーンの家族のご飯支度。。

夫が「ケンタッキーが食べたいなあ」と気を利かしてくれた???


そんなこんなで辛いけど、嬉しいこともある。

ホーム生活で、おしりや腰の皮膚が黒ずんでしまった母、
うちに戻ってから、毎日洗って、化粧クリームつけて(フェルゼアとか
じゃなく)お手入れしてたら、
どんどんきれいになってきた。
母のおしりを昔のように美しくするのが、今いちばんの私の目標!!

褥瘡予防でアズノールの塗布を続けていて、黒ずんでしまったらしい。

ま、そういうことなんにも関係なく、わがままいっぱい自由な母〜〜
by ygracia | 2011-11-09 18:38 | 母の記録 | Comments(0)

自分との葛藤

母の帰宅から、生活ペースを作らなくちゃと考えていたことが
まったく通用しないことに気がついた。

その日暮らしになっていくということ。

ある日の母は穏やかで、普通で、いつもの日常ルーティンをなんとか
こなせたかと思うと、次の日は別人。
朝から唸り声とてっちゃんコール。
また別の日は発熱で、ダウン。
また治まって穏やかかなと思うと午後から機嫌悪く。
また昨日から発熱。

血糖値も低血糖を考えて、インスリン注射はいまのところストップしているが、
変動は激しい。

ホームで平均的な体調で、すごし続けられたということは
やはり手厚い介護を受けていたというべきだろう。

家ではいろんなことに気がついて、ついつい過介護になり
結果、私自身が振り回される。

何もはからなければ何も気がつかないけど、そうもいかない。

昨日から、また発熱なんだけど、認知症をいやというほど分からされる。

冷えピタを10分置きにはがす。
しかたないからタオルにしてみたら、投げる。
氷枕もあっという間にベッドの下。
それも私に見えないように。
冷えピタもどこへやら。

水分補給も大変。
知能犯は、飲んだ振りをする!!
とろみをつけて薬だと言うと、まあまあ口に入るから
飲まざるを得ないんだけど、
最終的に拒否するから、首周りにこぼれる。
もう、どれだけ飲んだかなんてわかりっこない!
(聞かないでほしい〜〜〜)


毎回、お医者さんからの指令だといい、そうするとしばらくは
我慢?するが、すぐに忘れるので、すべては一から始まる。
これで疲れ果てる私。
じゃあ、ナンにも言わなきゃいい。。。ってなる。

夜中から便と格闘。
余計なことして、座薬をいれたもんだから、結局私が寝られなくなってしまった。
自業自得。

母はそのときは了承してたものの、すぐ忘れるから、
おなかがへんなので、唸る。怒る。ちと叫ぶ。

だらだらと、いわゆるワキ便。

昼までに、オムツワンケース消えた。

今日の母、

家族はいないんだそうだ。
子供もいないんだそうだ。
てっちゃんは姉なんだそうだ。
子供の名前なんて、いないから知らないんだそうだ。

ご飯なんか食べさせなくたっていいんだそうだ。

うるさいね、あっちに行け。なんだそうだ。


この葛藤、私以外にはわからないと思う。

そんな自分との葛藤でもういっぱいいっぱいなんだけど、
世の中、ふつうの生活の圏内からのコンタクトが多過ぎて

はっきり言って、気が狂いそう。。。


ターミナルの母を、、、なんて、うわ〜〜ん、恥ずかしいったらありゃしない。




とにかくこの葛藤と胃酸の逆流を治めるために
フェイスブックのゲームをただひたすら、無心でやってる自分なのだ。。。

私の助っ人ヘルパー

ジュリとらんらん。



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by ygracia | 2011-11-06 14:51 | 母の記録 | Comments(6)

訪問診療

母の在宅介護を考えるようになった頃から、主治医と訪問医の
話をしていた。

母は父と違って、長い間、そう、ついこの間まで、通院していたので、
やはり病院からの連絡がしやすい訪問医を探していた。

最後に残った二つのクリニック。
それぞれに良い特徴もあり、癌を抱える母にはどちらも
安心できる体勢であると思った。

最終的には、やはりフットワークがどこまで良いか、
病院との連携などから、ひとつに絞った。

しかし、こちらが思うようには行かず、やはりウェイティングがあると
いうことで即答はもらえなかったのに、
ケアマネのプッシュの早業で、あっというまに決定。

訪問薬剤師は父のときからお世話になっていて
在宅認知症ケア連絡会の仲間であるKさんに突然お願いしたら
すぐに受けてくださった。
とにかく薬の心配がないのが嬉しい。
なんでも聞けるし、教えてくれる。

母帰宅してから、もう今日で3回来てもらった。
担当はK先生。
今日は、発熱と血糖値の変動。
点滴の用意もあったが、血圧が低くはなかったので、なし。
もし点滴だったら、私が2時間見張りになるとのことだった。
母は抜いちゃいそうだということで〜〜
フットワークの良さ、抜群。
嬉しいし、頼れる。
今日は院長先生がいらした。

で、クリニック全員が猫好き〜〜〜〜

訪問看護も週一だけど、具合によって、すぐに来てくれる。
母の便がだらだらだったのが、「ワキ便」ということで
浣腸したところ、大変な量が出た。
しかしまだ直腸に残っているというので、また明日来てくれる。
浣腸のときに、母はとんでもない声で大騒ぎしたから、猫たち全員、階段下に
集まった〜〜
しかし、母に「お母さん、腸閉塞起こしちゃうって、イレウスだって」
と言ったら、
「あら、」と真剣になり、ふんばった。。
やはり元看護婦さん。
訪問看護のSさんもびっくり。

ずっと3食完食していた母が、ご飯を食べなくなった。
きっと急に食べ始まったから、胃ももたれるんだろうと
思ってたのだが、どうも食欲もわかないみたい。
お昼抜きになり、エンシュアも飲まない、水分もやっと。

なんとかだましだまし、OS1ゼリーをスプーンで飲ませて、
水分を確保したいとがんばってみた。

夜は唸るので、抑肝散を半包だけ飲んでもらったら、、寝ちゃっておきやしない。

でも抑肝散のせいではないらしい。

今日も半覚醒のまま、朝のフレンチトーストをなんとか食べてもらって、
しばらく車いすでいたのだけど、辛そうなので、ベッドへ。
そのまま、うつらうつら状態。

朝食後2時間で血糖値をはかったら、556!!
今までは高くても280くらい。
ここのところ、200以下で落ち着いていたのに。
その後、発熱。37.7度。
あわてて、着替えさせて、涼しくし、冷えピタ、氷枕とワキと、
冷やしてみた。
それでも2時間たっても37.4度。
母、話すものの、半覚醒で、脱力。血糖値164と急激に下がっていた。

一時的に脳梗塞でも起こしているのかとか、いろいろ考えてしまう。

訪問医に連絡し、来てもらった。
肺もおなかもOK。
脱水もまだOK。
抗生物質がでた。
腎臓に爆弾もかかえているし、免疫も落ちて入るから、
いろんな感染も考えて、注意しましょうとのこと。
週末もK先生が待機しているからだいじょうぶとのこと。

夫がひどい風邪引いていたし、私もうつってたみたいだし、
母に移っちゃったかなあ。
母「だるくて起きれない」と訴えた〜〜

さっき、エンシュア、がぶがぶ!!飲んだ。
寝たまま、咽せもせず。
母の特技と言えるかもしれない。
ギャッジアップはしたものの、ちゃんと頭をあげて飲んでた。
復活の兆し。

ただ、母は布団をはいじゃうので、今夜は徹夜になりそうな、私。。。。
そういう私は、葛根湯のんで、のどぬーるをシュッシュして、マスク。
私が診察してもらうべきだった。。。失敗。

風邪菌の大元、夫は「オレが原因?」としょげ込んでる。
by ygracia | 2011-11-03 22:34 | 母の記録 | Comments(2)

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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