アスタ マニャーナ、また明日! gracia.exblog.jp

老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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誰にも

命の問題って、命があるときには気がつかないことが多くて
それは人間誰でもそうだと思う。

60年近い人生のなかで多くの死を見て来たけれど、
友との別れ、通訳ボランティアで関わった子供の死、
父との別れ、この三つは私に多くのことを教えていってくれたと思っている。

そこにはそれぞれの人生がど〜〜んとあって、私を巻き込んで
私の心の中で命のともしびを消していったから。

「生」そのものを見せつけられたから、今の私がいる。

優しいだけではすまされない、生との闘いを見て、その
サポートがどこまでできるのか、
友にはなにもできなかった、だって何も教えてくれなかったから。
元気だよって言ってたのに、知らせの電話はご主人からだった。

縁があって関わった白血病の異国の子供、娘と同じ年だったけど
私ができたのは病院と闘うこと、両親をはげますこと、
そして別れのときに、精一杯のお別れをサポートした、
でも後悔がいっぱいだった、もっと出来たことがあったかもしれないと。。
きれいなガラスのような目は忘れることはない。

父とのことは、身も心もぜんぶ使って、ぶつかった。
理由はただひとつ、
父が「生きたい」と示していたから。
だったら精一杯サポートするだけ。

だから命のサポートはみんな違うんだ。

山友会のお手紙を見て、人間が生きることって、やっぱりすばらしいことだと
思った。

家も家族もいない、仕事もないけれど、集まった数人で、手にはいったお米を
炊いてわけあって、助け合っている方がいて、ひとり増えて、ご飯は減っても
それが嬉しいという。
サポートされなければならない人同士で生きている。

働かない人間にサポートする必要はないという考えもあるけれど、
命の尊さはみな同じ。

どんなにひねくれていて、絶対人を信用しなくて、心の中に冷たい風が
吹くような人間でも、もしかしたら、からすにパン屑なげる気持ちが
あるかもしれない、野良の子猫をふところにいれるかもしれない、
ありんこをふまないで、またいで通るかもしれない。

そんな小さな小さな心のともしびを、大事にしたいと私は思う。

私が優しすぎるからとか、人が良すぎるからと、甘いのよって
みんなは言うけど、
そうじゃないんだ。

相手のことを考えるとき、自分がもしその人で、その性格で
あったとしたらと考えて、いつも考えるんだ。

父や母の介護のときは、父だったらこうするなとか、
母だったらこうするなと思いながらいろいろ考えている。

こんなあま〜〜い人間、社会では役に立たないけど
それも私の人生で、私だけの人生で、だれにも迷惑かけてないなら
それでいい。。
なんて、迷惑かけてるか、私の人生に関わった人々に〜〜

きょうのお話、あまり意味ないけど、
こころを表現するのはやっぱり難しいね。

誤解されるのは一番悲しい。

最近は猫介護中。
そのうち猫介護専門家になるかも(笑)

人間介護はしばらくお休みだ。
by ygracia | 2008-02-21 02:10 | 今日のお話