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老いた父と母と-いつまでもあなたがたの一人娘でいたい~


by ygracia
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タグ:#レビー小体型認知症 ( 5 ) タグの人気記事

介護って。。

私はひとりっ子だったから、年老いた両親の世話をするのは当たり前だと思っていた。

北の大地から、幸せを信じて東京に出てきた母の
「苦労は自慢にはならないのよ、しなくていい苦労はしなくていい」ということばの通り
私は子供の時から、大事に育てられ、呑気に生きてたけれど、

父や母がどんな老後を過ごしたかったのか、一度も話したことなかった。。

私が外国に行っている間に、父が一度だけ、和歌山?県のリゾート型マンションの話をして、
「ここに住もうと思うんだよ」と聞いたことがあったけど、母の猛反対で、消えたようだった。

ひとりっ子の私が結婚決めた時も父や母と将来の話なんかしてなかったなあ。

その変わり、「人の人生」については小さい時からいっぱい聞かされて、話もした、、

そして、その辺の人間に成長した私は、結婚、子育て、しながら、父母の老いに直面していった。

家族会は卒業し、応援団になってからもまだ相談が絶えない。
経験を語るなというけれど、希望のある、そして道を探せる経験なら、みんながどんどん語るべきだし、
具体的な解決方法も模索できるなら、どんどんするべきだと私は思っている。

家族はついつい責任を追ってしまう。
かつげるわけのない重たいリュックを背負ったまま、道もないのに歩き出してしまう。

周囲のシステムはマニュアル化しすぎてしまい、職責以上のことはしないのが当然になっていて
ほんとに困っている人たちには、残酷な解決方法しか提示されない。

福祉って、法律で片付けられないものであるのにね。
だから、福祉なのにね。

で、世の中の矛盾に翻弄されながら、あきらめることの多いレビー家族は、
今日もがんばって、戦っているわけだ。

いまだに、病院でも施設でもちゃんと理解されてないレビーさんとその家族。

寝たきりは「寝かせられたきり」
食べられないわけじゃない、なぜ食べないのか、考えてみて。

我慢できちゃうレビーさん。
遠慮するレビーさん。

遺伝子的にも家族も同じで、遠慮がち。
だけど、必死で声を振りしぼる。

うちらの結論は
「ふつうの生活」を支えてくれたら、元気でいられるレビーさん

笑いと、周りの人の声、と日々のからだの動きと、ちょっとの薬調整と、
それが繰り返されていけば、腸内も元気になり、自律神経も整えられ、薬もちゃんと効くし、
本人は意欲が取り戻される。

気張りすぎてる家族、

今日も朝起きたら、歯を磨き、顔洗って、着替えて、
さあ、今日も1日元気でがんばろう!!

って、レビーさんとエイエイオーをしてみてね。


介護って。。_b0055939_13121074.jpg







by ygracia | 2020-10-26 13:14 | 気まぐれなお話

介護な話

11年、レビー小体型認知症の家族会をやってきた。
もともと一人っ子で、一匹狼タイプの私は一緒に何かをするということは好んではしない人。
しかし、絵画もパッチワークも料理、日本語の先生ももなんでも好きだけど、どれもこれもそれほど長続きしないのに、
家族会だけは人と関わり合いながら、ずっと続けて来られた。

父の介護、母の介護、義父母との関わり、老いの終い方の手伝い、してきた。

家族会の空気の変遷もあった。

レビー小体型認知症というまだまだ理解されていない認知症の家族はふつうの認知症家族会に行くと、
不完全燃焼のまま、帰宅することになり、そこから孤独の介護に入っていってしまう。
幻視の話をすれば、
「年寄りって、そういうのあるよね、いいんじゃない?」
せん妄を相談すると
「それって精神病じゃないの?しっかりしてるとこもあるなんて、やっぱり精神病」
みんなに呆れられ、「おお、コワッ!」と避けられる。

やっとの思いで参加してもそういうものだった。
今でこそ、レビー小体型認知症という名前を知られ、介護職などもケアや対応を認知している(私たちからみたら???)ようだが、
なかなか難しいところもある。

どこかの家族会や、自治体の相談場所、イベントなどで、辛い思いをした家族たちが自然と集まってきたのが
レビーおしゃべり会。

これの先生の考え方、いいかも、とか薬はこれみたいだ、とかそういう情報に飛びついても
できるだけ、家族の視点、家族の見ているレビー、を崩さないようにしてきたつもりだった。

どんな学会にいっても、お腹の中で「いや、ちがう、それ!」と手をあげたくなることもたくさんあった。
家族会で報告すると、みんなが同意するくらい、家族のほうがよく知っていた。
しかし、それを医学的に伝えるすべはないし、生活がいっぱいでそんなことできるはずもないし。
そして、聞いてくれる医師などほとんどいなかったんだ。

最初の頃は、家族会に参加してくる人が皆泣いた。
口を一文字に結んで、怒った顔している方がいて、何も話さなかったので、帰り際に声をかけた。
「体調はだいじょうぶですか?」すると、「私、今日、いっぱい聞きたくてきたんです、やっと来たんです!」
と堰を切ったように話だし、最後は泣いた。
家族の顔をずっと眺めているのが私の仕事。
ちょっとした、くちびるの歪みや、涙ひとすじや、笑顔や、そういうものをみてきた。

数年後、新しく参加する人たちが、最初から笑顔、に変わった。
会の進行は、前回参加した人たちが自由に話すことで、進んでいく。
重要だなあと思うとこは私やスタッフが突っ込んでいく。

医療、ケア、人生、なんでも話し合ってきた。

創立メンバーの最後の介護が昨年終了し、これを期に会は解散した。
レビー小体病について、私たちなりの結論も出た。

時代もどんどん進んで、レビーについてはいろんなところで話されるようになっている。
新しい介護家族たちは、今のやり方で、またおしゃべり会を再生させている。

しかし、レビーを取り巻く社会の状況はあまり変わってはいない。

声をあげられる認知症の方々が「私は私」と叫んでくれていて、
認知症の人への理解は変化しているが、
レビーを取り巻く状況はまだまだ辛いところが多すぎる。

今、レビー小体型認知症の方を介護している方がいたら、伝えたい。
愛する人、大切な人を守るためにはあなた自身が元気でいないとね、
無理しないでね、仲間もいるから、ひとりじゃないから。







by ygracia | 2020-09-25 12:54 | 気まぐれなお話

季節って

寒くなった〜

昨日は暖かかった〜〜

で、明日はどうなる??

年をとったと感じる話は大嫌いなのだが、最近は「とし」を感じることが、、
認めたくないけど、多々ある。。

1番。徹夜ができなくなった。徹夜をすると、その後3日は使い物にならない。
勉強会で使うパワーポイントをいろいろ手を入れてると、どうしても時間を忘れてしまうのだが、
最近は、徹夜したら大変だ、と先に思うので、朝起きたら始めよう〜〜って考える。

2番。背中が寒い。昔、おばあちゃんたちがベストを好んできているのを見たり、背当てが
ついてる下着が売られてたり、今頃こんなの着る人いるのかなあなんて思ってたけど、、
背中が寒い。私はもともと暑がりで、冬でも薄着。しかし、今年は寒い。
ヒートテックをしっかり着込んでいるし、冬でも家では裸足だったけど、今年は靴下はいてる。
おまけに、母や近所のおばちゃんたちがしてたように、首にはスカーフ。。。巻いちゃってる。。

3番。人一倍、食べるのは好きだけど、、市販のお弁当を食べきれなくなってきた。
お腹いっぱいが早くなってる。。。。それを私は「としのせい」だと感じている。。
友だちに言ったら、もともとたくさん食べる人だから、年は関係ないと思う、って
言われた。。ただの食べすぎが収まってきた?

4番。人が同じこと何回もいうと、同じこと言ってる、と思うのだが、自分が同じこと何回も
言うのにきがついても、、また同じこという。指摘されると「同じこと言ったっていいじゃない」と切れる。

などなど、、なんだかなあ。
まだ60代。
こんなじゃいかんと思うんだけど。。

はっきり言って、ストレス受けるような生活は辞めたいと思っているのだ。
だけど、そのストレスが若さを支えている部分もあるかもしれないとも思う。

ボケ防止のために、いろいろやってるのよ、という先輩方もたくさんいる。

私はね、自分らしく、残り人生過ごせればいいかなあ。。

だけど。。
寒いなあ。。
猫たちは、ヒーター付ベッドでぬくぬく中。
外猫たちもホカロン入りおうちですやすや中。

自律神経追いつかない〜〜〜〜

季節って_b0055939_16170093.gif










by ygracia | 2018-12-06 16:18 | 気まぐれなお話

別れ

友が去った。。

遠い海のかなたで、人を助けて、自分が犠牲になった。

でも海が大好きな人だったから、きっとあの笑顔のまま、天国に登って行ったのだと思っている。

若い頃のふたりだけの思い出もある。

お互いひとりっこだから、理解し合えることが多かった。
それぞれに好きな人もいたけど楽しかった。

笑顔は何十年ぶりで会っても変わらなかった。

知らないところでこの何十年の空白がつながっていたりもした。
不思議だねと思った。
感性が同じだから同じような人生環境を作っていくのかもしれない。

明日会えたら、また話せる、今度会ったら、こんな話しようか、

と永遠に会い続けることができると思い込んでいた。

あ、そばにいたんだね、と数日前にコメントいれてくれてた。

消えた。
大泣きしたいけど、こっそり泣いた。

「君は満天の星」 

古語辞典のページのすみに書かれた文字はそのままに残っている。。。



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by ygracia | 2018-11-27 10:23 | 気まぐれなお話

だいじょうぶ。。

だいじょうぶ?
だいじょうぶですよ。
ダイジョーブよ。

それでも、専門職の方々から、「大丈夫ですよ」って言われると、
とてつもなく、嬉しく、ほっとするというのは、家族、認知症本人たちの本音でもある。

特に医師から
「大丈夫ですよ、一緒にがんばりましょう。」
「だいじょうぶだよ、一緒にいるから。」
「大丈夫、何かあったらいつでも電話して。」

なんて言われちゃったら、涙腺壊れるかも(???)

行政から言われる「大丈夫ですよ」は眉につばをつける。


実際は、
認知症と出会ったら、大丈夫なんて言ってられない、
ちっとも大丈夫じゃないのだから。

初めて出会う状態に、
あの、しっかりしたお母さんが、、、
あの、優しいお父さんが、、

と娘や息子はおおあわてだ。
いくら説明されたって、受け入れられないのがほんとうのところだ。

まして、本人が一番苦しいはず。

今、地域でおしゃべりカフェをしているが、今までひとりでしっかり生きてきた先輩たちが、
加齢による変化に戸惑いを見せているのがとてもよくわかる。
「年だからね」では解決できない不安感はやはり大変なものだと
いつも教えられる。

何かができなくなったり、忘れたり、それがどうしたっていうんだって気持ちになるまで、本人も家族も葛藤するんだ。

だから、先輩たちの話を聞いて、すこしでも悩む時間を減らして、その時間はもっともっと楽しいことに使いたい。

認知症サポーター講座の動画の中で、
お金の計算ができない認知症の人の話がでてきて、正しい対応は、みたいなのをやってたけど、
いいじゃない、1万円だしたって。お金はお金。小銭貯めようがおかまいなく。
本人だって、レジに並ぶ人に迷惑かけたくないって思ってるんだし。

樋口直美さん(レビー小体病当事者)もツイッターで同じことをつぶやいていた。

みんなが思いやりあいながら、生活すればいいんだと思う。

認知症の症状をある程度知っておくことも大事。
認知症サポーター講座に参加した一般の方たちのことばにも少し驚かされた。
「認知症の人に会ったこともないし、そういう症状がでること自体、想像できない」
「ぜんぜんわからなくなるんですか?」
「なんで忘れるの?」

認知症になった人々の声、
ともに暮らす家族の声、

もっと自然に広がるといいなあと思う。

だいじょうぶ。。_b0055939_11202449.jpg






by ygracia | 2018-10-16 11:20 | 気まぐれなお話